もう君以外は好きになれない

皐月めい

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錯乱、のち、生の意味

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 自分を千年前の黒龍になぞらえた白萩に、桜を含めたほぼ全員が全く理解できずに戸惑った。狂っているのか、何かの暗喩か。
 帝なら何を言いたいのかがわかるのだろうかと彼を見て、桜は固まった。


 彼は肩を震わせ、笑っていた。

 笑いながら、その目に殺意と憎悪を宿していた。

「ーーそうか。……千年前のお伽噺を引っ張り出して、黒龍を自分のことだと申すのか。自分こそが、私に深く深く、愛された女だと。……毒を盛った、罪人の分際で?」

 刺すような憎悪に、その場にいた全員の背筋が凍った。
 彼のこのような声は聞いたことない。白萩も言葉を失い、唇を戦慄かせた。

「……そうだな。親切にも私にたくさんの手がかりを残してくれたおかげで、調査自体は簡単だったよ。それではここにいる全員に説明しよう。桜花に毒を盛り、橘に罪を被せようとしたのは本人の言う通り白萩だ」

 そう言って一息つく頃には、帝はいつもの涼やかな表情に戻っていた。

「白萩は花見を機に自身の女官を通して桜花の女官だった朝顔に近づいた。桜花を気遣う朝顔へ気持ちが安らぐという茶や香を教え、白萩が贔屓にしているという商人を紹介し、彼女は桜花のために品物を仕入れた。……その商人は、架空だったわけなのだが」

 桜の脳裏に、「桜花さま」と呼ぶ朝顔の声が響いた。
 信じきれなかった自分を、心から恥じた。

「商人を名乗る男は、南條三家に仕える下男だった。家宅捜査に朝顔も同行させ、間違いなくその下男から品物を買ったのだと証言した。家宅捜査で南條三家の敷地内に龍花が咲いていたのも確認している。……生花を初めて見たが、確かに美しい花だった」

 最後は自分に向けて言ったのだろうか、独り言のように呟いて、「二度と見たくもないが」と帝は自嘲気味に嗤った。

「橘の部屋に龍花を隠したのは、龍花を見つけたと告発をした掃除夫だった。話が二転三転するため丁寧に聴取したところ、南條三家に雇われたと、自供した。……お前は桜花と橘を、陥れることが目的だったのか?」

 帝が問うと、少し平静を取り戻したらしい白萩が微笑んだ。

「先ほども申し上げたでしょう?仇討ちです。わたくしと、あなたさまの。だってあなたさまは、花の女神がお嫌いでしたでしょう?わたくしが亡くなってから、彼女にわたくしをなぞらえるほどに」

 彼女の語尾は、微かに震えていた。

「だからわたくしは、彼女に消えてもらおうと思いました。今回・・は皇后にはならなくてもいい。罪人になっても良い。わたくしは、あなたさまに愛されたい。あなたもわたくしを愛していて、前のように閉じ込めたいから、この花の儀までわたくしの犯行を暴かなかったのでしょう?」
「確たる証拠を集めるために時間がかかった。それにお前には他にも追求したい余罪がある。それだけだ生涯幽閉になることは間違いないが、私が今後お前に会うことは二度とない」
「うそ、うそです!この着物をご覧ください、わたくしは、覚えております!」

 白萩の悲鳴に、帝は感情のない顔を武官に向けた。

「話にならん。武官、白萩を」

 連れて行け、と言いかけた声を遮ったのは、悲鳴のような声だった。

「その女に騙されるおつもりですか!」

 激昂した白萩が、桜のことを指差した。
 憎々しげに桜を見る白萩に、先ほどまでの穏やかな面影は残っていない。燃えるような憎悪に射抜かれた桜は、息を呑みながらも白萩を見つめた。

「お前は、彼に愛されないからと嫉妬に狂った花の女神の生まれ変わりよ!お前が皇后になるなんて、絶対絶対許されない!お前の血なんて絶えれば良い!大体お前も死ぬ筈だったのに、母親だけが死ぬなんて。それも母親だけじゃなく、お前まで、あの女にそっくりだなんてっ、」
「聞き苦しい。武官、連れて行け」

 白萩が武官に捕まれ、「下賤な!」と悲鳴をあげる。

 彼女の言葉に、桜の頭が真っ白になった。
 桜の母は、桜を産んだ直後に苦しみ始めたと義母は言った。

(……まさか、)

 首を振る。
 白萩と桜は四歳しか変わらない筈だった。四つの子が殺人を犯すなど考えられない。
 まさか、と、そんな、が交錯する中で、低く重い声で「待たれよ」と言ったのは父だった。

「十六年前、春……桜花の母に、彼女の両親の名を騙って茶を贈ったのはお前か?その両親を殺したのも」

「……そうです。驚いたわ、東一条家の離れに、あの女にそっくりな女がいるんだもの」

 白萩は笑った。

「あなたのおかげで、あの女の存在に気づいたけれど……ああでもあなたのせいで、あの女が帝の目に止まることになったのだから、やっぱりあなたのせい、……」

 言いかけた白萩の言葉は、途中で断末魔のような悲鳴に変わった。
 桜の父が、いつの間にか手に持っていた桜の懐剣で白萩の顔を切りつけたのだ。鮮血が飛ぶ。捉えようとした武官が、大公家を捉えて良いものかと一瞬思案し帝を見るが、彼は鷹揚に笑って首を振った。

 顔を抑えて悲鳴をあげる白萩に、とどめを刺そうと父が懐剣を振りかぶった。何も考えずに、父の背中に夢中でしがみついた。その衝撃で懐剣を落とす父に、大声で叫ぶ。

「お父様っ、それ以上は……!」

 いくら情が薄くても、父が誰かを殺すところは見たくはなかった。と言っても白萩の傷は素人目にも深く、早く治療をしなければ危ないだろう。

 それでも桜を振り払おうとする父に必死で声をかけ続ける。すると父は急に動きを止め、ゆっくりと振り向いて桜の顔を凝視した。恐怖に体が強張った。瞳は桜を見つめている筈なのに、真っ黒な瞳は虚ろだ。壊れてしまった、と即座に思った。
 目を離せず見つめていると、彼はふっと幸せそうに笑った。

「ーーここにいたのか、春」

 血に塗れた指が、桜の頰をゆっくりと撫でる。頰が不快に濡れる。恐怖に動けないまま「お父、さま、」と口にすると、父の顔は歪み、呻いて桜から手を離した。

「……お前は、春ではない……」

 春はどこだ、とゆらりと、彼の体が動く。

 どこにいる、と見回した。か細い声で、彼はもうこの世にいない女性を呼んだ。

「春、子どもは無事に生まれた。女の子だ。君に似た、とても可愛い子だ。でも眉は僕に似て……どこにいるんだ」

 彼は両手で顔を覆い、蹲って泣いた。誰もが彼から目を離せず、憐れみと恐怖を宿した瞳で見つめた。

「……武官。当主も連れて行け」

 帝が呆然と成り行きを見守っていた武官に命じると、彼らはハッとしたように父を支え、父は抵抗も見せずにそのまま連行された。

 帝はそのまま、痛みに呻く白萩の前に立つ。涼やかで美しい、晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

「……花の儀の恩赦により、処刑は考えていなかったが、丁度良かった。私の手で・・・・殺されずに無念だろうが、せいぜい来世は良い人間に生まれることを願っているよ」

 この上なく優しい口調だった。白萩の耳に届いているのかはわからない。

「まあ、もう生まれ変わることもないと思うが」

 誰もが絶句する中、音もなく動いたのは蝋梅だった。
 黙って白萩の近くに寄り添い、彼女の顔にそっと手を当て金色の光を当てる。まだ先ほどの疲労は回復していないはずだった。辛そうな表情で、その光も弱いものだったが、彼女は唇を噛みながら震える手で治癒をかけた。

「……蝋梅、何をしている」
「我が国では私刑は認められてはおりません」

 有無を言わせぬ声だった。

「恩赦で処刑を免れるだけの罪人だ。救う価値などない」
「わたくし、今、非常に怒っております。あなたさまのお話は聞けません」
「……なに?」

 限界を超えて治癒をする蝋梅の顔は、土気色だ。それでも瞳だけは強く輝き、あと少しの力を振り絞る。

「彼女が罪を裁かれぬままここで亡くなって、一体誰が幸せになりますか」

 辛そうな彼女に感化され、慌てて医師が駆け寄り治療を始める。命の危機は脱したようで、蝋梅が手を離して物憂げに吐息を吐いた。

「あなたが何のために生まれてきたのか、一度よくお考えになってください」



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