2 / 13
奇跡
しおりを挟む地下牢に押し込められて数日が経過した。
その日の夕焼けはあまりにも美しすぎて見ているだけで感動して心が泣いてしまう。
心が泣き、感情が揺れ、本当の涙が溢れてしまう。
それほど美しい光景だった。
心が洗われるようでぼうっとそれに魅入っていると、招かざる客がやってくる。
元夫の男爵だった。
そばに若い女性を連れていて、彼女はミリアよりも清楚で可憐な儚さを含む美しい女性だった。
「再婚することにした。お前取り込んできて俺は今最高だ。最高に幸せな気分だ。子供達にも今よりももっと素晴らしい環境で暖かい家庭を与えてやることができる。俺はお前以上に愛情豊かで優しく家庭を大事にする女性を妻にする」
「……勝手にすればいいではないですか。離婚され、こんな場所に閉じ込められて――今更、私に何ができるというの」
「お前は知らなければならない。俺が味わわされた悔しさと絶望を。あれだけ恥をかいた経験は初めてだ。お前には一生思って償ってもらう。この地下牢でな」
「あなた。彼はこんな男性だけど、それでも愛することができるの? 元妻の顔を、こんな風に殴りつける男なの」
そう言って腫れ上がった自分の顔を晒してやる。
女は「ひっ」と小さく抜いて彼の後ろに隠れてしまった。
面白い。
心のどこかから悪魔の笑うようなそんな声が溢れてきた。
あなたもいずれ、こうなる。
彼によって弄ばれる。嘘偽りを叩きつけられて暴力を振るわれる。
そして今の自分と同じようになるのだ。いつの日か。
「怯えているじゃないか」
「本当のことを見せたまでの話。……子供達はどうするの」
「俺たちの子供として育てる。お前みたいな母親は二度と関わらせない。このちかで朽ち果てるがいい」
「……哀れで可哀想な人」
人というのは面白いもので、手に入れた幸せを誰かが壊そうとすれば必ず報復する。
それを奪われまいとして必死に抵抗するものだ。
元夫がいまはそうだった。
これ以上自分の悪いところを新しい妻になる女性に見せないようにするために。
「その忌まわしい口を二度と開けなくしてやる!」
「止めて、やめなさい! 止めて――っ!」
ミリアの悲鳴は聞き届けられなかった。
鉄柵の間から、長い棒を突き入れて、さんざんミリアの肉体を殴打した。
強く打ち据えられた左腕が上がらなくなったのはそれからすぐのことだ。
多分、骨が折れたか、ひびが入ったがそのどちらかだろう。
だけど助けてくれる者は誰もいない。
無慈悲な暴力を尽くした後、去っていく彼の後ろ姿に優しさはなかった。
新しく妻になるという女性はこちらを振り返りもしなかった。
「……示し合わせたみたい」
そんなことはないのだろうけれど。
でもそんな邪推が生まれるくらいは、二人の行動は奇妙で、おかしなものだった。
あらかじめこうすると決めて行動した結果のような、そんなものを彼らを共有していて、でも表面には表そうとしない。ただ隠そうとしても隠しきれず、態度のどこかに不自然となって現れる。
そんなものをミリアは二人の関係に見出していた。
「最悪ね。私が裏切ったと見せかけて、本当は向こうが裏切ったのかも」
子供たちを守らなければ……。
卑劣な元夫と、それに付き従う新しい女から、愛おしい我が子達を守らなければ。
そう思うと、ほんの少しだけ力が湧いて出た。
折れた腕の痛みも我慢することができた。
それから後、数日おきに彼らはやってきて、あの長柄の棒でミリアを打ちのめし、その身になにがしかの怪我を負わせて気分を良くしては、戻っていった。
都合の良い、ストレス発散の道具にされている気分だった。
「このまま、死んでしまいたい」
二週間が過ぎ、三週間が過ぎ、胸の骨が折れ、左手は完全にいうことを効かず、右足の膝をひどくはらせて、用を足すにも一苦労する、そんな頃。
またあの夕焼けのように美しい、幻想的な光景が目の前に現れた。
夕方にはまだ間があるというのに、牢獄の壁を破るようにして、明るい朱色の光が室内を満たしていく。
「死ぬ……、の?」
己の肉体が限界に近いことは悟っていた。
子供たちが発する無邪気な声に支えられて、どうにか生き長らえてきた。
でも、それもどうやらこれで終わりらしい。
最後の覚悟を決め、目を瞑って光の渦へとその身を投じた。
そして――彼はやってきた。
『面白いものを見つけてね。君だよ、ミリア。あんな壮絶で凄惨な状況に置かれてそれでもなお、子供の事を考えている君に興味が湧いた』
「……誰?」
『ああ、名乗るほどの者じゃない。ただ単に、遥か昔にこの世界を作り旅立ったはいいものの、なんとなく懐かしさを覚えて戻ってみたら君を見つけた。それだけだ』
「つまり――貴方様は、神?」
『エルリオ、と君たちの宗教では呼んでいるようだけど?』
それはミリアが信仰している教えの中で、創造主たる神の御名だった。
『僕は退屈でね。しばらく君と遊ぼうと思う。手伝ってくれるなら――褒美を取らせよう』
「それはどんな……」
世界を統べる神の御名など知らなかった。
知ろうとも思わないし、知りたいとも思わなかった。
それを知ってしまうことで何かの形に利用されるのなら、知らない方がマシだった。
だけどそれは――ミリアの前にやってきた。
彼女の死と引き換えに……神は舞い降りた。
『例えばそう――あの日より少し前に戻って、人生をやり直すことができたら。君には新しい素晴らしい人生をプレゼントすることを約束するよ』
創造神エルリオはそう言い、無邪気な笑顔で、静かに微笑んでみせた。
64
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。
Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。
彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。
そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。
この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。
その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
私の療養中に、婚約者と幼馴染が駆け落ちしました──。
Nao*
恋愛
素適な婚約者と近く結婚する私を病魔が襲った。
彼の為にも早く元気になろうと療養する私だったが、一通の手紙を残し彼と私の幼馴染が揃って姿を消してしまう。
どうやら私、彼と幼馴染に裏切られて居たようです──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。最終回の一部、改正してあります。)
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる