偽りの愛など必要ありません。さっさと消えてください。

秋津冴

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奇跡

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 地下牢に押し込められて数日が経過した。
 その日の夕焼けはあまりにも美しすぎて見ているだけで感動して心が泣いてしまう。
 心が泣き、感情が揺れ、本当の涙が溢れてしまう。
 それほど美しい光景だった。
 心が洗われるようでぼうっとそれに魅入っていると、招かざる客がやってくる。
 元夫の男爵だった。
 そばに若い女性を連れていて、彼女はミリアよりも清楚で可憐な儚さを含む美しい女性だった。

「再婚することにした。お前取り込んできて俺は今最高だ。最高に幸せな気分だ。子供達にも今よりももっと素晴らしい環境で暖かい家庭を与えてやることができる。俺はお前以上に愛情豊かで優しく家庭を大事にする女性を妻にする」
「……勝手にすればいいではないですか。離婚され、こんな場所に閉じ込められて――今更、私に何ができるというの」
「お前は知らなければならない。俺が味わわされた悔しさと絶望を。あれだけ恥をかいた経験は初めてだ。お前には一生思って償ってもらう。この地下牢でな」
「あなた。彼はこんな男性だけど、それでも愛することができるの? 元妻の顔を、こんな風に殴りつける男なの」

 そう言って腫れ上がった自分の顔を晒してやる。
 女は「ひっ」と小さく抜いて彼の後ろに隠れてしまった。
 面白い。
 心のどこかから悪魔の笑うようなそんな声が溢れてきた。
 あなたもいずれ、こうなる。
 彼によって弄ばれる。嘘偽りを叩きつけられて暴力を振るわれる。
 そして今の自分と同じようになるのだ。いつの日か。

「怯えているじゃないか」
「本当のことを見せたまでの話。……子供達はどうするの」
「俺たちの子供として育てる。お前みたいな母親は二度と関わらせない。このちかで朽ち果てるがいい」
「……哀れで可哀想な人」
 
 人というのは面白いもので、手に入れた幸せを誰かが壊そうとすれば必ず報復する。
 それを奪われまいとして必死に抵抗するものだ。
 元夫がいまはそうだった。
 これ以上自分の悪いところを新しい妻になる女性に見せないようにするために。

「その忌まわしい口を二度と開けなくしてやる!」
「止めて、やめなさい! 止めて――っ!」

 ミリアの悲鳴は聞き届けられなかった。
 鉄柵の間から、長い棒を突き入れて、さんざんミリアの肉体を殴打した。
 強く打ち据えられた左腕が上がらなくなったのはそれからすぐのことだ。
 多分、骨が折れたか、ひびが入ったがそのどちらかだろう。
 だけど助けてくれる者は誰もいない。
 無慈悲な暴力を尽くした後、去っていく彼の後ろ姿に優しさはなかった。
 新しく妻になるという女性はこちらを振り返りもしなかった。

「……示し合わせたみたい」

 そんなことはないのだろうけれど。
 でもそんな邪推が生まれるくらいは、二人の行動は奇妙で、おかしなものだった。
 あらかじめこうすると決めて行動した結果のような、そんなものを彼らを共有していて、でも表面には表そうとしない。ただ隠そうとしても隠しきれず、態度のどこかに不自然となって現れる。
 そんなものをミリアは二人の関係に見出していた。

「最悪ね。私が裏切ったと見せかけて、本当は向こうが裏切ったのかも」

 子供たちを守らなければ……。
 卑劣な元夫と、それに付き従う新しい女から、愛おしい我が子達を守らなければ。
 そう思うと、ほんの少しだけ力が湧いて出た。
 折れた腕の痛みも我慢することができた。
 それから後、数日おきに彼らはやってきて、あの長柄の棒でミリアを打ちのめし、その身になにがしかの怪我を負わせて気分を良くしては、戻っていった。
 都合の良い、ストレス発散の道具にされている気分だった。

「このまま、死んでしまいたい」

 二週間が過ぎ、三週間が過ぎ、胸の骨が折れ、左手は完全にいうことを効かず、右足の膝をひどくはらせて、用を足すにも一苦労する、そんな頃。
 またあの夕焼けのように美しい、幻想的な光景が目の前に現れた。
 夕方にはまだ間があるというのに、牢獄の壁を破るようにして、明るい朱色の光が室内を満たしていく。

「死ぬ……、の?」

 己の肉体が限界に近いことは悟っていた。
 子供たちが発する無邪気な声に支えられて、どうにか生き長らえてきた。
 でも、それもどうやらこれで終わりらしい。
 最後の覚悟を決め、目を瞑って光の渦へとその身を投じた。
 そして――彼はやってきた。

『面白いものを見つけてね。君だよ、ミリア。あんな壮絶で凄惨な状況に置かれてそれでもなお、子供の事を考えている君に興味が湧いた』
「……誰?」
『ああ、名乗るほどの者じゃない。ただ単に、遥か昔にこの世界を作り旅立ったはいいものの、なんとなく懐かしさを覚えて戻ってみたら君を見つけた。それだけだ』
「つまり――貴方様は、神?」
『エルリオ、と君たちの宗教では呼んでいるようだけど?』

 それはミリアが信仰している教えの中で、創造主たる神の御名だった。

『僕は退屈でね。しばらく君と遊ぼうと思う。手伝ってくれるなら――褒美を取らせよう』
「それはどんな……」

 世界を統べる神の御名など知らなかった。
 知ろうとも思わないし、知りたいとも思わなかった。
 それを知ってしまうことで何かの形に利用されるのなら、知らない方がマシだった。
 だけどそれは――ミリアの前にやってきた。
 彼女の死と引き換えに……神は舞い降りた。

『例えばそう――あの日より少し前に戻って、人生をやり直すことができたら。君には新しい素晴らしい人生をプレゼントすることを約束するよ』

 創造神エルリオはそう言い、無邪気な笑顔で、静かに微笑んでみせた。

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