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不貞の代償
しおりを挟む「妹に‥‥‥妹に手を出すなんて、なんて情けない。貴方はどうしてそんな愚かなことをしたの‥‥‥信じていたのに」
「アナベル。違うんだ、これは王都に着くまでの関係」
「もうここは王都です! この部屋は翌週からわたしたちの寝室になる予定でした! あなたを愛していたから妹を託したのに、どうしてこんな裏切るようなことをするの! ねえ、レビル!」
「すまない」
悲鳴が慟哭へと変わる。
エマはシーツの下で彼に抱き着いて嘆いていたし、アナベルは聖女という仮面を無理やりはがれたような。
その上で、すべてを奪われて焼き尽くされたような。
そんなどうしようもない虚ろな表情をして、婚約者の謝罪とも思えない言葉を受け止めきれない。
レビルは場をどうにかしようと、言い訳をするばかりだった。
「聞いてくれ、アナベル。エマは僕を補佐してくれたんだ。領地が売られてしまっていた。それを取り戻すために神殿から金を借りたんだ。全部、エマが整えてくれた。話をまとめて、僕を補佐してくれたんだ。僕は領民から信頼を取り戻した。侯爵様にも認めて貰えた。君の夫になれるように頑張ったんだ――」
「……夫なら」
「へ?」
凍れる地獄の底に住む悪魔のような声が、アナベルの喉を突いて出た。
怒りのせいか、聖女としての能力を制御できてないようにも見えた。
その場に馬車から後を付いてきた乳母が、
「いけません、聖女様! お力が漏れております。聖女様!」
必死になってそう声を掛けるが、それはアナベルの耳には届かない。
側に行き着こうとしても、部屋の扉には透明な壁でもできたかのように、入る者を拒んでいた。
アナベルの豊かな金髪が海のようにうねり、さざなみを立てるようにざわざわと四方に浮き上がる。
さながらそれは地獄の悪魔が降臨した様を思い起こさせた。
「ひいっ‥‥‥待て、待ってくれ! これは全部、君の為に――」
「わたしの、ため? これが? 妹をまるで妻のように、わたしの目の前で肌を合わせているこの光景が?」
「待て‥‥‥っ、待て。待ってくれ、まだお前のことを愛している」
愛なんて。
そんな見えないものなんて、いまは要らない。
アナベルは心のなかで、レビルの愛を拒絶するとその傍らで幼児のように泣きじゃくっているエマの頭をがっしりと掴んだ。
ひゅっとエマの喉が鳴る。
恐ろしさで、これから起こるであろう惨劇の予想に絶望して、何も言えないようになってしまっていた。
エマの知る限り、アナベルは裏切り者を‥‥‥許さない。
「た、たすけ、て。お姉様、違うの、彼のために。領地を取り戻すために――」
「ああ、そう。悪いのはこの舌、というわけね。それが無ければ、お前も彼に愛をささやかなかった」
「ぐえっ―」
びちゃり、なにかくぐもった音がした。
アナベルがエマの口の中に、その手を差し込んだからだ。
ぐじゅっぐじゅっと肉が潰れ破ける、悲惨な音が室内に響きわたる。
エマは悲鳴をあげるどころか、その痛みで気を失っていた。
それは幸か不幸か、彼女がこれから先の行く末を知らずに済んだことに対しては、役に立ったといえる。
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