禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る

秋津冴

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第一章 爆発と出会い

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その日の授業は、魔法理論の講義だった。
基礎的な魔力循環理論、魔法陣の構造、属性魔法の分類――全て、私が既に知っている内容だった。
退屈だ。
でも、真面目に聞かなければいけない。16歳の生徒として。
ノートを取るフリをしながら、私は周囲を観察していた。
クラスメイトたちは、真剣に講義を聞いている。中には、難しそうな顔をしている者もいる。
ああ、そうか。これが普通の16歳なんだ。
魔法理論を初めて学ぶ、新入生。
私は5年も先を行きすぎている。
「ネイサ、大丈夫? ボーッとしてるよ?」
リリアが小声で囁いた。
「あ、うん。大丈夫」
「この理論、難しいよね。私、全然わかんない」
「え? そう?」
「うん。魔力循環って、どういう仕組みなの?」
リリアは困惑した表情だ。
ああ、彼女は本当に初心者なんだ。
「えっとね……」
私は簡単に説明しようとした。でも、どこまで簡単にすればいいのか分からない。
「魔力っていうのは、体内で生成されて、魔法陣を通じて外部に放出されるの。その循環がスムーズにいかないと、魔法が暴走したり、失敗したりするのよ」
「へえ……ネイサ、詳しいね」
「あ、前の学校で習ったから……」
「いいなあ。私の前の学校、魔法の授業少なかったから」
リリアは羨ましそうに言った。
授業が終わり、昼休みになった。

食堂は、予想以上に賑やかだった。
何百人もの生徒が、昼食を取っている。魔法で料理を温めたり、冷やしたり、みんな自由に魔法を使っている。
「ネイサ、一緒に食べよ!」
リリアが私を空いている席に案内してくれた。
「いただきます」
学食の料理は、思ったより美味しかった。シチューとパン、それにサラダ。質素だが、温かい。
「ねえねえ、ネイサは恋愛とかしたことある?」
突然、リリアが聞いてきた。
「こ、恋愛?」
「うん! 好きな人とか、付き合ったことのある人とか!」
「え、えっと……」
困った。私に恋愛経験などない。16歳から21歳まで、ずっと研究ばかりしていたのだから。
「……ない、かな」
「マジで!? ネイサ、可愛いのに!」
「か、可愛い?」
「うん! 黒髪ロングで、瞳も綺麗だし! 絶対モテるよ!」
「そ、そんなこと……」
モテる、か。そんなこと、考えたこともなかった。
「私はね、アーガム様に恋してるの! でも、王子様だし、手が届かないよね」
リリアは夢見るような表情で言った。
「アーガム殿下は……どんな方なんですか?」
情報収集のチャンスだ。
「えっとね、すごく強くて、優しくて! でも、ちょっと怖いって言われてるの。筋肉がすごいから」
「筋肉……」
「うん! この前、訓練場で岩を素手で砕いてたんだよ! すごいでしょ!」
岩を素手で?
それは……魔法ではなく、純粋な身体能力なのだろうか。
「でも、オルビス殿下の方が人気あるんだよね。生徒会長だし、優しいし、スマートだし」
「第二王子は……どんな方ですか?」
「完璧! って感じかな。勉強もできるし、魔法も強いし、みんなから慕われてる。でも……」
リリアは少し声を落とした。
「なんか、完璧すぎて怖いって言う人もいるんだよね。いつも笑ってるけど、何考えてるか分からないって」
興味深い情報だ。
オルビスは表向きは完璧な王子。でも、裏では何を企んでいるのか。
「ねえ、ネイサはどっち派?」
「え?」
「アーガム様派? それともオルビス様派?」
「え、えっと……」
どう答えるべきか。
「私は……まだ、どちらもよく知らないから……」
「そっか。じゃあ、これから観察しようね! 私はもちろんアーガム様一択だけど!」
リリアは笑顔で言った。
その時、食堂の入り口が騒がしくなった。
「あ、アーガム様!」
「本当だ! アーガム様が食堂に!」
生徒たちがざわめく。
入り口には、赤い髪の大男が立っていた。
アーガム・フォン・エルドリア。
彼は食堂を見回して、空いている席を探している。そして――
私たちの方を見た。
「おい、そこ空いてるか?」
え?
まさか、こっちに来る?
「え、ええ、空いてます!」
リリアが興奮して答えた。
アーガムは、私たちのテーブルに座った。
「悪いな。王族専用の食堂、息苦しくてさ」
「い、いえ! 全然! 光栄です!」
リリアは顔を真っ赤にしている。
アーガムは豪快に食事を始めた。その食べる量が、尋常じゃない。
「うまい! この学食、意外といけるな!」
彼は満足そうに笑った。
そして、私を見た。
「お前、新入生だろ? 名前は?」
「ね、ネイサ・フィルメントです」
「ネイサか。よろしくな」
彼は気さくに言った。
これが、護衛対象。
第三王子アーガム。
思ったより、親しみやすい人だ。
でも、油断してはいけない。彼の命を狙う者がいる。
私は、彼を守らなければならない。

その日の夜、私は寮の部屋で師匠に報告していた。
魔法通信で、師匠の顔が魔導具に映し出される。
「報告します。本日、無事に学園に潜入しました」
「うむ。順調のようだな」
師匠――アルフレッド様――は白い髭を撫でながら言った。
「標的の確認は?」
「はい。第三王子アーガム殿下を確認しました。現在、同じ学園に通っています」
「接触は?」
「簡単な挨拶程度です。まだ本格的な護衛体制には入っていません」
「そうか。焦る必要はない。自然に近づきなさい」
「はい」
「それと、第二王子オルビスには注意しろ。彼が黒幕である可能性が高い」
「承知しています」
師匠は真剣な表情で言った。
「ネイサ、この任務は危険だ。いつでも撤退する準備をしておけ」
「大丈夫です。私は万年2位ですから。目立ちません」
「……その万年2位が、お前の強みだ。忘れるな」
「はい」
通信が切れた。
私は深く息を吐いた。
「お疲れ様」
ランスが闇から姿を現した。
「初日としては、上出来だったんじゃないか?」
「そうかしら……手加減が難しいわ」
「まあ、お前は優秀すぎるからな。普通の16歳に見せるのは大変だろう」
「リリアは良い子ね。友達になれて良かった」
「ああ。でも、忘れるな。お前は任務中だ」
「……分かってる」
窓の外を見ると、月が出ていた。
三日月。
アーガムの顔が脳裏に浮かぶ。
赤い髪。翡翠色の瞳。豪快な笑顔。
彼を守る。それが私の使命。
でも、心のどこかで――
いや、何でもない。
私は任務に集中しなければ。
これから、どんな困難が待ち受けているのか。
まだ知らないまま、私の潜入生活は始まったのだった。
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