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73話
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「ふぅ……」
自分の中にある疲れを吐き出すかのように、大きく息を吐く。
そんな白夜を慰めるように、上空を飛びながら近づいてくる軍隊蟻を警戒しているノーラが鳴き声を上げる。
いつもであれば毛針を飛ばすような真似も出来ただろう。
だが、ノーラも今の状況は決して油断出来るような場所ではない。
だからこそ、ノーラは白夜の頭の上を飛びながら、慰めるように鳴き声を上げたのだ。
「ああ、問題ない。気にするな。……今は、早乙女さんたちがこっちにやってくるまでは、持ち堪えてみせるさ」
そう言いながらも、白夜の闇から新たなゴブリンと軍隊蟻が生み出される。
闇によって生み出されたそれらは、白夜が何も言わなくても敵に向かって進んでいく。
次々に生み出される闇のモンスターの群れ。
軍隊蟻の数は加速度的に減っていっており、その戦力は加速度的に減っていった。
……とはいえ、白夜も五十鈴によって回復されたとはいえ、決して疲労していない訳ではない。
そうしながら、次から次に闇のモンスターを生み出し、倒した軍隊蟻の死体を闇に呑み込んでいく。
「ん?」
そんな中、不意に白夜が疑問に思ったのは、闇から生み出された軍隊蟻の姿が明らかに少し前までと違っていた為だ。
一回りほど大きくなり、それでいながら動きが遅くなったりといったこともない。
(これ、倒した軍隊蟻が違う種類になった? それこそ、上位種とか希少種とか、そんな感じで)
たとえばゲートの件で戦い、現在白夜の主力となっている四本腕のゴブリンはとてもではないが普通のゴブリンではない。
そのような感じで、軍隊蟻の中でもより強力なモンスターが闇のモンスターたちによって倒され、その死体が闇に吸収され、こうして新たに闇のモンスターとして出てきたのではないかと、そう思ったのだ。
実際、白夜が見たところでは軍隊蟻の数は加速度的に少なくなっている。
そうである以上、女王蟻の親衛隊とでも呼ぶべき軍隊蟻が出てきてもおかしくないし、そのようなモンスターが数の差でやられても、おかしくはない。
いける。
そう考えた瞬間、不意に周囲が強烈な光によって覆いつくされる。
「なっ!?」
いきなりのその強烈な光は、当然のように白夜の生み出した闇の全てを駆逐する。
……それでも幸いだったのは、闇が消えたのはほんの数秒程度だったということか。
そして何より、背後で埋まれた暴虐的とすら言ってもいいような光は、白夜の闇は消し去ったが、白夜が闇から生み出したモンスターを消すといったことはしなかったことだろう。
また、闇が消えたことにより、再び白夜の闇の領域も広がる。
そのことに安堵した白夜だったが、そうなると先程の光は何だったのかということが気になる。
新たに展開された闇から闇のモンスターを生み出しつつ、視線を後ろに向け……白夜が見たのは、仮面の男たちが全員地面に倒れているという光景だった。
「おお」
白夜の口から思わずと飛び出たのは、予想外の光景に対する驚きの言葉。
同時に、いきなり始まったこの戦いも、ようやく終わりに向かっているというのを実感する。
軍隊蟻の中でも兵隊蟻と呼ぶべき存在はすでにほとんどが闇に呑まれて残っておらず、現在残っているのは近衛蟻とでも呼ぶべき精鋭だけだ。
その上で麗華や五十鈴、早乙女といった戦力が合流するのであれば、戦局は間違いなく有利にある。
もっとも、女王蟻の巨大さを考えれば、楽に勝てるとは到底思えないのだが。
「ともあれ、焦る必要はない。今はとにかく、現状を維持し続ければいい」
それこそ、もし現状で麗華たちの手助けがなくても、今の状況を維持するだけでいずれ勝利は転がりこんでくるはずだった。
……そのときまで、白夜の能力が維持し続けることが出来ればの話だが。
いくら五十鈴の能力で回復したとはいえ、すでに最初の戦闘が始まってから相当の時間が経っている。
このままでは、そう遠くないうちに限界を迎えるというのは、闇の能力を使っている白夜本人が一番よく分かっていた。
だからこそ、現在の状況を維持して消耗を少なくし、後は麗華たちがやってくるのを待ってから女王蟻を含めて全ての軍隊蟻を倒せばいいと、そう判断したのだ。
実際、それはほとんど間違っているようなことはない。
「みゃー!」
頑張れ、と白夜の頭の上を飛んでいるノーラが、応援するように鳴く。
そんなノーラに励まされつつ、白夜は能力を使うことに集中する。
白夜から少し離れた場所では、何とか闇のモンスターの群れを抜け出た軍隊蟻が、白夜を狙って進むが……そこに到着するよりも前に、新たに闇から生み出された軍隊蟻が、元の仲間に噛みついて足止めし、そこを闇のゴブリンが動きの止まった軍隊蟻の頭部に向かって拳を振り下ろすといったことをして倒していた。
軍隊蟻が押され気味になっている今の状況であっても、一方的に白夜が有利な訳ではない。
それこそ、今のように闇のモンスターの隙間を縫うようにしてその包囲網を抜け出し、白夜の下に向かう個体もいた。
結局最後は白夜に直接攻撃するよりも前に、倒されてしまうのだが。
(けど、軍隊蟻の数が減ってから包囲網を突破するようなモンスターの数が増えてきたのも事実だ。兵隊蟻からより上位種の軍隊蟻が前線に出るようになった……ってのが、この場合は大きいのか? だとすれば、少し厄介だな)
上位種になっただけあって、恐らく頭も良くなっているのだろう。
そう思うと、白夜としても面倒な相手だという思いを抱くのは当然であった。
だが……じゃりっ、という地面を踏む音が後ろから聞こえたことにより、白夜は笑みを浮かべる。
「待ったかしら?」
「いえ、ついさっき来たところですよ……と、そう言えばいいんですか?」
後ろから聞こえてきた声に、白夜はそう返事をする。
まるでデートのようなやり取りに、白夜に向かって軽口を言った麗華の方が薄らと頬を赤くする。
幸いだったのは、白夜は前を……女王蟻のいる方だけを見ながらの返事だったために、そんなところを見られなかったことか。
もっとも、それはあくまでも白夜に見られなかったというだけであって、麗華の側にいた五十鈴や早乙女たちにはしっかりと見られていたのだが。
「取りあえず、残っているのはあそこにいる女王蟻と取り巻きだけですわね?」
「そうですね。……もっとも、その女王蟻を倒すのが難しいので、こうして現状維持をしつつ、向こうの戦力を少しずつ削る程度に留めていたのですが」
「それで十分ですわ。さて……」
そこで言葉を切った麗華は、指揮を執ることになっている早乙女に視線を向ける。
視線を向けられた本人は、麗華の言葉に当然といった風に頷き、口を開く。
「幸い、雑魚のほとんどは白夜が倒してくれた。であれば、残っているのは女王蟻とその側近だけだ。さっさと片付けるとしよう。あの仮面の男たちの尋問もしなければならないしな」
そう言いながら、早乙女の視線が向けられたのは手足を縛られて地面に転がされ、念のためにトワイライトの何人かが見張っている仮面の男たちだ。
麗華から軽く説明されているが、やはりこの場合はしっかりと本人たちから自白させる必要があった。
ここで自白させ、どの国の能力者なのかがはっきりすれば、その国との力関係は明らかに日本が有利となる。
もしくは、この能力者たちを研究することにより、日本の能力開発に新たな一石を投じることが出来るかもしれなかった。
……とはいえ、その国が表だって能力者を日本に派遣し、不法入国して活動していた認める訳もないのだが。
ともあれ、それらの理由を考えると能力者は絶対に確保しておくべき存在なのは間違いなかった。
「そう言って貰えると、俺も頑張った甲斐がありますよ。……取りあえず、今の状況で女王蟻を倒すのは難しいと思っていたので、援軍は助かります」
基本的に、白夜が生み出せる闇のモンスターというのは物量で圧倒するタイプだ。
それだけに、極めて強力な個体を相手にした場合、相手の体力や魔力といったものが消耗するまで延々と闇のモンスターを生み出し続ける必要がある。
白夜が万全の状態ならともかく、今の状態ではまず無理だ。
……もっとも、白夜にも奥の手はある。
それは本当に奥の手と呼ぶべきもので、出来れば使わない方がいいだろう選択肢。
だが、それでも使わなければならないときは、白夜も躊躇うことはなかっただろう。
幸い、今回は麗華を始めとした面々が援軍に来てくれたので、最後の手段を使わずにすんだが。
「任せろ。お前ばかりに良い格好をさせる訳にもいかねえしな。……全員、残っている軍隊蟻に攻撃開始だ! 残りは少ないが、女王蟻を始めとして強力なモンスターだ。決して油断をするな!」
早乙女の言葉に、動ける全員が女王蟻を始めとした軍隊蟻に向かって駆け出す。
全員、ここが最後の踏ん張りどころと考えているのだろう。
残してあった力を全て使うつもりで、最大限に自分の力を使おうとする。
……とはいえ、白夜がいる場所から女王蟻がいる場所まではそれなりに距離があり、その間には闇のゴブリンと闇の軍隊蟻、もしくは少数ではあるがそれ以外にも闇のモンスターが大量に存在していた。
それらを回避しながら進み……やがて、真っ先に女王蟻の下に辿り着いたのは、麗華だった。
最初に襲ってきた軍隊蟻の襲撃には参加していなかっただけ、麗華やそのすぐ後ろにいる五十鈴には体力的な余裕があったのだろう。
「はぁっ!」
鋭い声と共にレイピアが振るわれ、女王蟻の周辺にいた、他の軍隊蟻よりも大きな近衛の軍隊蟻の間接にレイピアの刃が突き刺さる。
麗華が使っているレイピアは非常な業物で、それこそ本気になれば甲殻の上からでも軍隊蟻を貫き、斬り裂くことは出来るだろう。
それでも麗華が今のよううに装甲を狙ったのは、単純にレイピアの消耗を少なくしたかったからというのが大きい。
かなりの業物ではあっても、手入れが全くいらない訳ではない。
使えば当然のように刃は消耗し、鈍くなる。
その辺りの事情を考えれば、麗華の選択は決して間違っている訳ではない。
……また、関節と甲殻を貫くのでは、多少であってもレイピアの刃を引き抜く速度にも影響してくる。
ほんの一瞬、コンマ数秒といったところだったが、今回のような乱戦ではそのコンマ数秒といった時間が戦闘に大きく関係してくる。
早乙女を含めたトワイライトの面々も、それぞれの能力を使って軍隊蟻と闘う。
唯一、五十鈴のみは、その音の能力で広範囲に攻撃をすることになれば、味方にも大きな被害を与えかねないということで、味方の援護に徹していた。
その援護は、地味ではあるが非常に大きい。
そもそも、五十鈴の声を聞くだけで気力が湧いてきたり、視力がよくなったり、もしくは動きやすくなったり……といったことになるのだ。
五十鈴が一人いるのといないのとでは、戦いの難易度は大きく変わる。
それは、軍隊蟻側にとっては致命的な戦力だった。
白夜だけを相手にしても、時間が経過するごとに不利になっていったのだ。
そこにさらに戦力が……それも腕利きの戦力が追加されたのだから、それはいっそ致命的と言ってもいい。
今までは何とか拮抗――時間経過で不利になっていったが――していた戦況が、一気に軍隊蟻にとって不利な戦況となったのだ。
「ギギギギギギギギギギギギ!」
と、不意に女王蟻が周囲に響く鳴き声を上げる。
今までも軍隊蟻の鳴き声は聞いていた白夜だったが、さすが女王蟻というべきか、その鳴き声は普通の軍隊蟻とは全く違うものだった。
だが……その鳴き声は相手を驚かせるようなことだけが目的のものではない。
その鳴き声の本当の意味をこの場にいる者が理解したのは、周囲の土の中から大量の軍隊蟻が姿を現したときだ。
「なっ! 馬鹿な、この期に及んで、まだ手駒を持っていたのか!?」
早乙女が驚きで叫ぶが、それは他の者も抱いた感想だ。
そもそも、女王蟻がこうやって前線に出てきていたのだから、それ以外の戦力はないと、そう思ってしまうのは当然だろう。
だというのに、女王蟻とその近衛しかいなくなったときに兵力を追加されるとは、誰も思ってもいなかったのだろう。
(どうする? 俺の方も余裕はそうないし、他の人も……早乙女さんたちはこれが二戦目……いや、仮面の男たちとの戦いを考えれば、実質的には三戦目だ。だとすれば……麗華先輩や五十鈴に頼る? いや、けど……そうなると、奥の手を使うか? あれなら数の差も容易に引っ繰り返すことが出来る)
そうして、白夜は考えを纏め……決断するのだった。
自分の中にある疲れを吐き出すかのように、大きく息を吐く。
そんな白夜を慰めるように、上空を飛びながら近づいてくる軍隊蟻を警戒しているノーラが鳴き声を上げる。
いつもであれば毛針を飛ばすような真似も出来ただろう。
だが、ノーラも今の状況は決して油断出来るような場所ではない。
だからこそ、ノーラは白夜の頭の上を飛びながら、慰めるように鳴き声を上げたのだ。
「ああ、問題ない。気にするな。……今は、早乙女さんたちがこっちにやってくるまでは、持ち堪えてみせるさ」
そう言いながらも、白夜の闇から新たなゴブリンと軍隊蟻が生み出される。
闇によって生み出されたそれらは、白夜が何も言わなくても敵に向かって進んでいく。
次々に生み出される闇のモンスターの群れ。
軍隊蟻の数は加速度的に減っていっており、その戦力は加速度的に減っていった。
……とはいえ、白夜も五十鈴によって回復されたとはいえ、決して疲労していない訳ではない。
そうしながら、次から次に闇のモンスターを生み出し、倒した軍隊蟻の死体を闇に呑み込んでいく。
「ん?」
そんな中、不意に白夜が疑問に思ったのは、闇から生み出された軍隊蟻の姿が明らかに少し前までと違っていた為だ。
一回りほど大きくなり、それでいながら動きが遅くなったりといったこともない。
(これ、倒した軍隊蟻が違う種類になった? それこそ、上位種とか希少種とか、そんな感じで)
たとえばゲートの件で戦い、現在白夜の主力となっている四本腕のゴブリンはとてもではないが普通のゴブリンではない。
そのような感じで、軍隊蟻の中でもより強力なモンスターが闇のモンスターたちによって倒され、その死体が闇に吸収され、こうして新たに闇のモンスターとして出てきたのではないかと、そう思ったのだ。
実際、白夜が見たところでは軍隊蟻の数は加速度的に少なくなっている。
そうである以上、女王蟻の親衛隊とでも呼ぶべき軍隊蟻が出てきてもおかしくないし、そのようなモンスターが数の差でやられても、おかしくはない。
いける。
そう考えた瞬間、不意に周囲が強烈な光によって覆いつくされる。
「なっ!?」
いきなりのその強烈な光は、当然のように白夜の生み出した闇の全てを駆逐する。
……それでも幸いだったのは、闇が消えたのはほんの数秒程度だったということか。
そして何より、背後で埋まれた暴虐的とすら言ってもいいような光は、白夜の闇は消し去ったが、白夜が闇から生み出したモンスターを消すといったことはしなかったことだろう。
また、闇が消えたことにより、再び白夜の闇の領域も広がる。
そのことに安堵した白夜だったが、そうなると先程の光は何だったのかということが気になる。
新たに展開された闇から闇のモンスターを生み出しつつ、視線を後ろに向け……白夜が見たのは、仮面の男たちが全員地面に倒れているという光景だった。
「おお」
白夜の口から思わずと飛び出たのは、予想外の光景に対する驚きの言葉。
同時に、いきなり始まったこの戦いも、ようやく終わりに向かっているというのを実感する。
軍隊蟻の中でも兵隊蟻と呼ぶべき存在はすでにほとんどが闇に呑まれて残っておらず、現在残っているのは近衛蟻とでも呼ぶべき精鋭だけだ。
その上で麗華や五十鈴、早乙女といった戦力が合流するのであれば、戦局は間違いなく有利にある。
もっとも、女王蟻の巨大さを考えれば、楽に勝てるとは到底思えないのだが。
「ともあれ、焦る必要はない。今はとにかく、現状を維持し続ければいい」
それこそ、もし現状で麗華たちの手助けがなくても、今の状況を維持するだけでいずれ勝利は転がりこんでくるはずだった。
……そのときまで、白夜の能力が維持し続けることが出来ればの話だが。
いくら五十鈴の能力で回復したとはいえ、すでに最初の戦闘が始まってから相当の時間が経っている。
このままでは、そう遠くないうちに限界を迎えるというのは、闇の能力を使っている白夜本人が一番よく分かっていた。
だからこそ、現在の状況を維持して消耗を少なくし、後は麗華たちがやってくるのを待ってから女王蟻を含めて全ての軍隊蟻を倒せばいいと、そう判断したのだ。
実際、それはほとんど間違っているようなことはない。
「みゃー!」
頑張れ、と白夜の頭の上を飛んでいるノーラが、応援するように鳴く。
そんなノーラに励まされつつ、白夜は能力を使うことに集中する。
白夜から少し離れた場所では、何とか闇のモンスターの群れを抜け出た軍隊蟻が、白夜を狙って進むが……そこに到着するよりも前に、新たに闇から生み出された軍隊蟻が、元の仲間に噛みついて足止めし、そこを闇のゴブリンが動きの止まった軍隊蟻の頭部に向かって拳を振り下ろすといったことをして倒していた。
軍隊蟻が押され気味になっている今の状況であっても、一方的に白夜が有利な訳ではない。
それこそ、今のように闇のモンスターの隙間を縫うようにしてその包囲網を抜け出し、白夜の下に向かう個体もいた。
結局最後は白夜に直接攻撃するよりも前に、倒されてしまうのだが。
(けど、軍隊蟻の数が減ってから包囲網を突破するようなモンスターの数が増えてきたのも事実だ。兵隊蟻からより上位種の軍隊蟻が前線に出るようになった……ってのが、この場合は大きいのか? だとすれば、少し厄介だな)
上位種になっただけあって、恐らく頭も良くなっているのだろう。
そう思うと、白夜としても面倒な相手だという思いを抱くのは当然であった。
だが……じゃりっ、という地面を踏む音が後ろから聞こえたことにより、白夜は笑みを浮かべる。
「待ったかしら?」
「いえ、ついさっき来たところですよ……と、そう言えばいいんですか?」
後ろから聞こえてきた声に、白夜はそう返事をする。
まるでデートのようなやり取りに、白夜に向かって軽口を言った麗華の方が薄らと頬を赤くする。
幸いだったのは、白夜は前を……女王蟻のいる方だけを見ながらの返事だったために、そんなところを見られなかったことか。
もっとも、それはあくまでも白夜に見られなかったというだけであって、麗華の側にいた五十鈴や早乙女たちにはしっかりと見られていたのだが。
「取りあえず、残っているのはあそこにいる女王蟻と取り巻きだけですわね?」
「そうですね。……もっとも、その女王蟻を倒すのが難しいので、こうして現状維持をしつつ、向こうの戦力を少しずつ削る程度に留めていたのですが」
「それで十分ですわ。さて……」
そこで言葉を切った麗華は、指揮を執ることになっている早乙女に視線を向ける。
視線を向けられた本人は、麗華の言葉に当然といった風に頷き、口を開く。
「幸い、雑魚のほとんどは白夜が倒してくれた。であれば、残っているのは女王蟻とその側近だけだ。さっさと片付けるとしよう。あの仮面の男たちの尋問もしなければならないしな」
そう言いながら、早乙女の視線が向けられたのは手足を縛られて地面に転がされ、念のためにトワイライトの何人かが見張っている仮面の男たちだ。
麗華から軽く説明されているが、やはりこの場合はしっかりと本人たちから自白させる必要があった。
ここで自白させ、どの国の能力者なのかがはっきりすれば、その国との力関係は明らかに日本が有利となる。
もしくは、この能力者たちを研究することにより、日本の能力開発に新たな一石を投じることが出来るかもしれなかった。
……とはいえ、その国が表だって能力者を日本に派遣し、不法入国して活動していた認める訳もないのだが。
ともあれ、それらの理由を考えると能力者は絶対に確保しておくべき存在なのは間違いなかった。
「そう言って貰えると、俺も頑張った甲斐がありますよ。……取りあえず、今の状況で女王蟻を倒すのは難しいと思っていたので、援軍は助かります」
基本的に、白夜が生み出せる闇のモンスターというのは物量で圧倒するタイプだ。
それだけに、極めて強力な個体を相手にした場合、相手の体力や魔力といったものが消耗するまで延々と闇のモンスターを生み出し続ける必要がある。
白夜が万全の状態ならともかく、今の状態ではまず無理だ。
……もっとも、白夜にも奥の手はある。
それは本当に奥の手と呼ぶべきもので、出来れば使わない方がいいだろう選択肢。
だが、それでも使わなければならないときは、白夜も躊躇うことはなかっただろう。
幸い、今回は麗華を始めとした面々が援軍に来てくれたので、最後の手段を使わずにすんだが。
「任せろ。お前ばかりに良い格好をさせる訳にもいかねえしな。……全員、残っている軍隊蟻に攻撃開始だ! 残りは少ないが、女王蟻を始めとして強力なモンスターだ。決して油断をするな!」
早乙女の言葉に、動ける全員が女王蟻を始めとした軍隊蟻に向かって駆け出す。
全員、ここが最後の踏ん張りどころと考えているのだろう。
残してあった力を全て使うつもりで、最大限に自分の力を使おうとする。
……とはいえ、白夜がいる場所から女王蟻がいる場所まではそれなりに距離があり、その間には闇のゴブリンと闇の軍隊蟻、もしくは少数ではあるがそれ以外にも闇のモンスターが大量に存在していた。
それらを回避しながら進み……やがて、真っ先に女王蟻の下に辿り着いたのは、麗華だった。
最初に襲ってきた軍隊蟻の襲撃には参加していなかっただけ、麗華やそのすぐ後ろにいる五十鈴には体力的な余裕があったのだろう。
「はぁっ!」
鋭い声と共にレイピアが振るわれ、女王蟻の周辺にいた、他の軍隊蟻よりも大きな近衛の軍隊蟻の間接にレイピアの刃が突き刺さる。
麗華が使っているレイピアは非常な業物で、それこそ本気になれば甲殻の上からでも軍隊蟻を貫き、斬り裂くことは出来るだろう。
それでも麗華が今のよううに装甲を狙ったのは、単純にレイピアの消耗を少なくしたかったからというのが大きい。
かなりの業物ではあっても、手入れが全くいらない訳ではない。
使えば当然のように刃は消耗し、鈍くなる。
その辺りの事情を考えれば、麗華の選択は決して間違っている訳ではない。
……また、関節と甲殻を貫くのでは、多少であってもレイピアの刃を引き抜く速度にも影響してくる。
ほんの一瞬、コンマ数秒といったところだったが、今回のような乱戦ではそのコンマ数秒といった時間が戦闘に大きく関係してくる。
早乙女を含めたトワイライトの面々も、それぞれの能力を使って軍隊蟻と闘う。
唯一、五十鈴のみは、その音の能力で広範囲に攻撃をすることになれば、味方にも大きな被害を与えかねないということで、味方の援護に徹していた。
その援護は、地味ではあるが非常に大きい。
そもそも、五十鈴の声を聞くだけで気力が湧いてきたり、視力がよくなったり、もしくは動きやすくなったり……といったことになるのだ。
五十鈴が一人いるのといないのとでは、戦いの難易度は大きく変わる。
それは、軍隊蟻側にとっては致命的な戦力だった。
白夜だけを相手にしても、時間が経過するごとに不利になっていったのだ。
そこにさらに戦力が……それも腕利きの戦力が追加されたのだから、それはいっそ致命的と言ってもいい。
今までは何とか拮抗――時間経過で不利になっていったが――していた戦況が、一気に軍隊蟻にとって不利な戦況となったのだ。
「ギギギギギギギギギギギギ!」
と、不意に女王蟻が周囲に響く鳴き声を上げる。
今までも軍隊蟻の鳴き声は聞いていた白夜だったが、さすが女王蟻というべきか、その鳴き声は普通の軍隊蟻とは全く違うものだった。
だが……その鳴き声は相手を驚かせるようなことだけが目的のものではない。
その鳴き声の本当の意味をこの場にいる者が理解したのは、周囲の土の中から大量の軍隊蟻が姿を現したときだ。
「なっ! 馬鹿な、この期に及んで、まだ手駒を持っていたのか!?」
早乙女が驚きで叫ぶが、それは他の者も抱いた感想だ。
そもそも、女王蟻がこうやって前線に出てきていたのだから、それ以外の戦力はないと、そう思ってしまうのは当然だろう。
だというのに、女王蟻とその近衛しかいなくなったときに兵力を追加されるとは、誰も思ってもいなかったのだろう。
(どうする? 俺の方も余裕はそうないし、他の人も……早乙女さんたちはこれが二戦目……いや、仮面の男たちとの戦いを考えれば、実質的には三戦目だ。だとすれば……麗華先輩や五十鈴に頼る? いや、けど……そうなると、奥の手を使うか? あれなら数の差も容易に引っ繰り返すことが出来る)
そうして、白夜は考えを纏め……決断するのだった。
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