上 下
37 / 76

王子の思い出1

しおりを挟む
「もう夕暮れか……」
 茜色に染まる空の下。
 イルヴィスは、天を仰ぎながらバルコニーの柵に腰掛けていた。
 その手には、美しい漆黒と琥珀の石を伴った首飾りが握られていて。表情は、どこか寂しげなものだった。
 ゆっくりと瞳を閉じる。
 そして、首飾りをそっと胸にあてがった。
「願わくば、また彼女と出会わんことを――」
 その声は、静かな空へと消えていった。
 小さく息を吐く。切なげな笑みを浮かべた。
「…………君は、最期まで僕に与えてくれるんだね。『恐怖』なんて、初めて感じる感情だよ。ましてや神頼みなんて――」
 振り返り、視線を湖へと落としていく。
「――いや、それは違うか。神にはきっと、ずっと願っていたんだろうな」
 ふっと笑ったイルヴィスは、過去のことを思い出す。
 ミラを初めて、あの時のことを――

 彼女に出会う前の僕といえば、良く言えば大人びてる、悪く言えばつまらない、それが正しい形容の子供だった。
 物心ついた頃から要領が良く、飲み込みが早かったのもあって成果を残すことに長けていた。だから、兄同様『天才』という評価を容易く得ることになり、どこか世を達観し、冷めた所があったのだ。
 いつだったか兄は、王になると言っていた。そして、その為に勉学に武術に魔法に社交等々、乏しい表情ながらも『必死』というものが見て取れる姿で取り組んでいた。
 だから、それが兄の目標なのだろうと、僕は常々感心をしていた。
 何故なら、僕には目標そんなものはありはしなかったから。
 同じ『天才』であれ、それは似て非なるもの。兄はその力を、国の為に行使したいと望んで励み。僕といえば、なんの希望も目標も――興味すらをも持てぬまま、つまらない日々を淡々と過ごしていたのだ。
 
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

踏み出した一歩の行方

BL / 完結 24h.ポイント:434pt お気に入り:66

好きだから手放したら捕まった

BL / 完結 24h.ポイント:823pt お気に入り:1,587

【完】生まれ変わる瞬間

BL / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:114

君の中の僕

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

とある便利屋の事件簿

青春 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:51

You're the one

BL / 完結 24h.ポイント:789pt お気に入り:63

【R18】幼馴染が変態だったのでセフレになってもらいました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:504pt お気に入り:39

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:43,055pt お気に入り:3,300

処理中です...