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王子の思い出6

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 その日から、彼女は僕の『観察対象』ではなくなった。
 僕の『最愛の人とくべつ』になったのだ。

 彼女と関わるまでは、本当に長かった。僕に取っては茶会なんて生温いほどの永遠で、何度も何度も眠らせて城へ持ち帰ろうとした。
 けれど、結局持ち帰ったところで僕は彼女と話せない。彼女が僕の価値を見てくれなければ、また眺めるだけで終わると分かっていたので我慢した。
 だから、やっと蒔いた種が芽吹き、彼女が告白をしてくれた時には本当に嬉しくて。
 僕の目を見て声を発してくれる、それだけで幸せだったのに――僕は欲が出た。
 次の日には、もう彼女を手に入れようと動き出していた。
 両親に話をつけて、周りを言いくるめ。
 彼女に逃げられないよう、上手く閉じ込めた。
 幸いにも、ペンタ草の効き目は同じ体格の者数名で効き目を測り終えていたから、彼女にも安心して使用することができた。
 とはいえ、それでも彼女は少し効き目が良すぎるようだったから。心配になって一晩中、体調確認を怠ることができなかった。
 ずっと、彼女に着せたいと思って作っていたドレスも、隣に寝ている実物に合わせて微調整してみたり。あまり記録できていなかった寝姿は、ここぞとばかりに色んな姿を残していった。
 彼女と関わってからの僕は忙しかった。
 主に幸せで。楽しくて。
 なにか僕とは違う考えで恋人となった彼女を、上手く騙して取り込んで。一刻も早く僕の婚約者モノにしたいと、奔走した。
 けれど、邪魔者が現れた。
 アスラ・セクリーという彼女のクラスメイト。僕から彼女を奪おうとした。
 あの時は、まだ彼女に恋心を抱いていなかったから、茶会の時のように彼女が寂しくならないよう少しでも関わりのある者をと、近くに置いた。けど、それが僕の最大の過ちだ。
 だから何度も遠ざけたのに、男の記憶まで奪い去ったのに、何故か彼女はこの男に寄って行った。
 それどころか、あんな屈託のない笑みまで見せて――
 僕は、そんな彼女に残るこの男の記憶を消すべきだと判断した。
 彼女には必要のないものだと。
 けれど、できなかった。
 一縷の望みを懸けて、自分にも彼女を同じように笑わせることができるんじゃないかと連れ出したあの放課後――その夜に、彼女の愛らしさに触れてしまったからだ。
 結局、同じような笑みを彼女に与えることはできなかった。けれど、その代わりに得た大切なもの。あの、愛おしい彼女を汚してしまうのならば――僕は、一度した覚悟を切り捨てた。
 僕の彼女は、綺麗で美しいもの。
 だから、その身に魔術の使用は避けてきた。
 それでも、アスラ・セクリーの脅威に心を決めたのに、やはり彼女を弄ることはできなかった。
 とはいっても、僕はジルの記録水晶で彼女とあの男のやり取りを見た。
 あそこに映っていた彼女は、僕が知らない彼女だった。
 男の言葉に顔を赤らめて、無邪気に笑い、恥ずかしげに言葉を口にする。
 僕はあの記録を、水晶が割れるほどに見返した。
 何度も何度も何度も見返して、気がついた時には涙が流れていた。
 あんなに向けて欲しかったその顔を、なんの努力もなしに近づいたあの男には容易く向けるのだと。
 僕は、彼女の未来にあの男の存在を悟ったのだ。
 そして、僕との未来は想像ができなかった。
 でも、それだけは許せなかった。
 どうしても、彼女は自分のものであって欲しかった。
 だから、それが叶わないのなら――
 僕は、全てを無くしてやり直そうと思った。
 例え、彼女と出会うことが確定していない過去だとしても。誰かに取られるくらいなら、出会わない方が良いと、そう思ったのだ。
 真偽の望眼は非常に大きな力を持っている分、制御にも莫大な力が必要とされる。
 完全に制御するならば、現代の高位魔力保持者を三名は必要とするとも言われている代物だ。
 故に、この僕の力を全て使っても、三分の一程度の力しか発揮出来ない。
 つまり、本来の望みを完全にモノには出来ないことを意味する。とはいえ、魔導具に組み込まれた術の性質上、あくまで『望みを叶える』という部分は揺るがない。
 故に考えうる状況は、戻り過ぎ。
 僕が望むのは『彼女とアスラ・セクリーが関わらない未来』だから、その為には入学より前からのやり直しができればいい。
 クラスを分けるのは必須として、アスラ・セクリーをさっさと生徒会にでも入会させて閉じ込める。成績は特待にまでは及ばなくとも、それに掛かるものは持っているから、僕の推薦でもあれば容易いだろう。
 だから精々数ヶ月、それだけを戻せれば良いのだ。
 上手くいって僅かなズレで着地できれば良いものの、使用者の記憶の有無が確定していない以上、彼女と出会う前であれば、永遠に彼女を知らずに生きて行くことになるかも知れない。
 あの白と黒の――つまらない時間しか知らぬまま生きていくことになるのかも知れない。
 極端だと思った。
 こんな不確定要素に懸けるくらいなら、現在《いま》をどうにかする方がずっと良いとも。
 けれど、どうしても、彼女が僕だけを見る未来が見えなかったから――
「……あの時、僕が池に飛び込めていたら、なにか変わっていたんだろうか」
 ふと意識を戻したイルヴィスは、もう一度空を仰ぐ。
 すっかりと日は沈み、空には満面の星が輝いていた。
「流石に往生際が悪いな……」
 吐き出すように呟いては、自嘲の笑みを浮かべた。
「もう、ここから僕に向けるのは無理なことなのに」
 言いながら、真偽の望眼を垂らして眺め。いよいよ覚悟を決めた。
 瞳を閉じる。
 瞼の裏には、僅かな時間ながらも自分に向けられたミラが浮かんでは消えて行った。
「……楽しかったな」
 呟いて、
「起動――真偽の望眼・発動――我望む偽り世・全てを無――」
 
「だったらまずは、謝罪と話し合いでしょうがぁ――!」
 
 詠唱を遮る、激しい怒声が美しい夜空に響き渡った。
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