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王子の思い出5

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 それは、貴賓棟で彼女の姿を眺めていた時だった。
 入学式後のオリエンテーション待ちで、教科書の配布も終わり、クラスメイト同士の懇親を深めているはずの時間。
 一般棟と川を望むその特別室のテラスから、のが目に入ったのだ。
 厳密にいえば、彼女は、一般棟側の二階部から飛び降りた。
 少し、谷のようになって流れる川に向かって。
 その時、彼女は叫んでいた。
「私に任せて」と。
 彼女はまるで飛ぶように、フワリと浮いて。華麗にスカートを翻した。
 そうして、僕の目の前で霰もない姿を見せびらかせば、大きな音を立てて落ちていった。
 それは、あの時と同じ音だった。
 バシャ――ン‼︎ という激しい水の音。
 けれど、あの時とは、全く違う感情が芽生えていた。
 僕の心臓は、激しく鳴っていた。
 身体は熱く、胸が握られたように苦しくなっていた。
 今まで、あらゆる女性が寄ってきた。避けてはいても、中々全てというわけにはいかなかったから。
 けれど、その誰にも感じ得なかった、胸の苦しさが、そして愛おしさが僕の中に湧き上がっていた。
「……純白の」
 目に焼き付いた光景に赤面する。
 今まで、もっと強引な誘われ方をしたことは何度もあった。けれど、僕はたった今、初めての欲情を実感したのだった。
 その場にうずくまる。
 立ってはいられなかった。
「……まずいな」
 自分の中のタガが外れてしまったような気がした。
 今まで、無かった感情が無限に湧き出し、彼女に対する幾つもの欲が生まれ出す。
「ジル……」
 なけなしの声を絞り出して呼び付ける。
 呼べばすぐに後ろについた。
「お前の記録術って、物にその姿を写すことってできたよね?」
「? はい、状況にもよりますが可能ではあります。ちなみに、どういったご用途で?」
 ジルの答えについ笑みが溢れ出して行く。
 僕は、突っ伏したままに答えていった。
「うん……。あのさ、人形を数体作りたいんだよね。飛びっきり可愛いやつ。柔らかくて、笑ったり怒ったりちゃんとするやつをさ」
「なるほど。でしたら、人形師・魔法学・素材学それぞれの権威を集めましょうか。どれほどの大きさがご所望ですか?」
「身長160。上から、80、60、83。体重は48kgで」
「…………かしこまりました。準備を急いぎましょう」
 ジルは言葉を残して後ろへと下がっていく。
 僕といえば、まだ覚めやらぬ高揚感で頭がいっぱいだった。

 
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