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お風呂2
しおりを挟む「やっぱりこの仕置きは正解だったね。そうだ、そろそろこっちに来てみない?」
王子は、私に手招きをする。
けど、思いっきりそっぽを向いた。
一応、私だって素っ裸な訳じゃない。王子が選んだピンクの湯着が一枚、心許なくも私の身体を守ってくれてはいる。
けれど、それにしたってそんな軽装備で王子の横なんか行けるものか。あれよあれよという間に、大人の階段を登っていくのが目に見えるというものだ。
私はパーティーでの一件を結構根に持っているんだぞ! ファーストキスなんだからな!
そんな恨み言を胸中叫びつつ、体勢をまた膝を抱えた丸まりスタイルに戻した私は、それとなく話題をすげ替えていった。
「……というか、なんでお仕置きで『お風呂』って話になるんですか。お仕置きっていったら普通、労働とかパシリとかそういうのいっぱいあるじゃないですか」
正直、荷物持ちとか庭掃除、そういうのの方が何十倍良かったことかと思っている。
しかし、それを見透かしたように王子はあっさり、
「だって君、恥ずかしがり屋でしょ」と。
「……?」
意味が分からず黙っていれば、
「僕さ、君と出掛けて宿に一泊したあの日に、目覚めちゃったみたいで。物凄い好きなんだよね、君の恥ずかしがる姿」
なんて恐ろしいことを。
目覚めなくていい、そんなこと!
しかも――
「よく、小さい子が好きな子をいじめちゃうって話があるでしょ。あれも、ずっと意味が分からなかったんだけど、最近共感するようになってね」
嫌な予感……。ていうか、普通に聞きたくないし、共感もしないで欲しい。
けれど……。
「好きな子の困ってる姿って、ほんっと可愛いいなって」
やっぱり、悪趣味だ!
「……イ、イルヴィン様は、意外と意地悪なんですね」
何重にもオブラートに巻いて悪口を伝えておく。趣向がちょっと歪み気味なことに気がついて欲しかった。
しかし、そんなボヤキは「君に言われるなら褒め言葉だね」なんて軽く流されて、
「ついでに言うと、君との追いかけっこも実はそんなに嫌じゃないんだ」
とか、また訳のわからないことを言い出した。
「散々、『無理だ』って言うくせに……」
ボソッと呟けば、それは王子の鋭い耳に入ってしまったようでくすりと笑われて、
「止めるところを頑張って足掻いて、それで捕まえて。結局、『無理だったね』って君が慌てるところが好きなんだよね」
と、超絶歪んだ趣味をお披露目されてしまう。
そんな私はうわ……と血の気が引いて。膝を抱えた腕にギュッと力を入れてみれば、ふいに腕が開かれるように引っ張られていった。
「っな……、わ⁉︎」
無理矢理手を引かれ、思わず向いた前には浴槽の底に弛んでいた分のチェーンを操る王子がいた。
王子は、相変わらず嬉々として笑っていて、
「だからね、何回逃げ出そうとしたって構わないよ。何回でも僕が捕まえて『無理だね』って教えてあげるから」
そんな、末恐ろしい爆弾発言を落としてきたのだった。
私といえば、色んな意味で顔がひくついて。
「……ま、まずは、前を隠させては貰えませんかね?」
そんなことくらいしか口にできなかった。
しかし、王子はそれすらもあははと軽く笑って、
「大丈夫だよ。君の湯着は、際どくしか透けないように作ってあるから。一応、僕たちは婚前だしね」と。
そっと、自分の身体を覗く。
確かに際どくしか透けてない、絶妙に大丈夫な奴だった。
「ほ……、本当だ」
ちょっとした安心感。しかし、それも束の間。
「まぁ、それはそれで、僕にとっては眼福だったりするんだけどね」
「へへへ変態だ!」
「あはは」
た、立ち上がった⁉︎ しかも、近寄ってくる!
ちょっと緩んだチェーンに、私はいそいそ背中を向けて距離を取ろうと試みる。
けれど、少し泳がされたらすぐに腕を引っ捕まえられて、抱き寄せられて。
「ああああの……、この国には、婚前交渉は避けましょうという風潮がありまして……」
「うん、知ってるよ。だから――」
鎖骨から、ちゅっと湿った音がした。首にも耳にも滑り上がってきて。
王子の濡れた髪からは、いい香りがする。
う……、うぅ。
「あ、あの……。本当にこれくらいで、ご、ご勘弁を……」
「でも、これならさっきの君の話もセーフだと思わない?」
「いや、限りなくアウトに近いような気が……」
「その考えがもうセーフだよね」
「い、意味が分からな――ひゃっ!」
耳に息を吹きかけられた! それは、反則では⁉︎
「ねぇ、一緒にお風呂入るのって凄く楽しいね」
「わ、私は今にも死んでしまいそうですが……」
「それは大変だね。じゃあ、毎日一緒に入って慣らさないと」
「まま、毎日……⁉︎」
今、悍ましい言葉が聞こえた気がする!
ていうか、私、毎日ちゃんとお家に帰るつもりなんだけど! なんなら今日だって……。
しかし、王子はなにが楽しいか爽やかに笑っていて、
「安心して、君に合わせて少しずつ進めていくから。そしたら、きっと、すぐに初夜が待ち遠しくなっちゃうよ」
のぼせた私の頭をジンジンと痺れさせていく。
そんな私は、ついに限界を迎えることとなり――
「……ぜ」
「ぜ?」
「絶対に無理ぃぃ――!」
叫び上がる私の声と共に、愉悦に満ちた王子の笑い声が響き渡った。
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