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2.最愛を失った完璧公子は後悔する -一周目のウィリアム-

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「ウィル、聞いて。お姉さまが……。お姉さまが、湖に落ちたわ。私、どうすれば良いの……?」



 リリーはそう言うと、大きな緑の目に涙を一杯に溜めてウィリアムを見上げた。

 誰もが思わず慰めたくなるような可憐な泣き顔。

 衝撃で茫然自失となりながらも、ウィリアムは機械的にリリーを抱き締めた。

 何も考えられなかった。

 周りの騒ぎをどこか他人事のように感じながら、リリーのその緑の眼だけはエルシーにそっくりだ、とだけ思った。







 ◆◆◆







 ウィリアム・オルブライトは公爵家の嫡男として生を受けた。

 金髪碧眼の整った容姿に、ありとあらゆる才能。持って生まれなかったものはないと言っても良かった。

 何をやっても人より上手く出来る。周りの人間が何をそんなに苦労しているのかがわからなかった。

 

 ウィリアムは退屈だった。

 親の期待に応え、適当な貴族の娘と結婚して、公爵家をそこそこ発展させる立派な公爵になるのだろう。

 一見華やかな人生に思えるが、正直なところ何の魅力も感じない。

 早熟なウィリアムは、幼いながらも仄かな絶望を感じて毎日を過ごしていた。

 

 

 ある日、父親に連れられて登城したウィリアムは、王女姉妹の遊び相手になることを命じられた。

 二人が遊んでいるという庭園に向かいながら、ウィリアムは溜め息をついた。

 

(面倒だ。何が楽しくて王女様たちのご機嫌をとらなければならないんだ)

 

 そうするのが正しいとはわかっていながらも面倒で仕方ない。

 王女は二人とも年下で、ウィリアムは年下の相手があまり好きではなかった。

 

 

 庭園に到着すると、二人の少女が木の根元で本を読みながら何か話しているのが見えた。

 あれが恐らく王女様たちだろう。

 近寄っていくと、何を話しているのかが聞こえてきた。

 

「お姉さま、違いますわ! 古代アルス語で雲は――です。お姉さまの発音だと、埃という意味になってしまいますわ」

「そう? ちゃんと発音したつもりだったのだけれど。難しいわね……」

「全然違いますよ! お姉さまったら、うっかりさんね」

「そうね。私と違ってリリーは賢いわ。自慢の妹よ」

 

 茶髪の少女がそう言って微笑みかけると、蜂蜜色の髪の少女も得意げに笑い返した。

 

 二人が話している古代アルス語は、アルス王国で太古の昔に話されていたとされる言葉だ。

 遠い上にあまり交流の無い国で、そんな国の古代語が全く話せなかった所で勿論問題になることはない。

 寧ろ話せる方が珍しい。

 

 自慢気に話しているのが恐らく第二王女のリリーだろう。

 彼女の噂はよく聞いていた。愛らしい美少女で優秀な才媛だということだが、どうやら噂は真実のようだ。

 側室の母を持ちながらも、その優秀さから将来を有望視されているらしい。

 

 そうすると、その横で穏やかに笑っているのが第一王女のエルシーということになる。

 ありがちな茶髪に、これといって特徴のない顔立ち。街ですれ違っても気づかないような平凡な少女だった。

 だが、その穏やかな笑みが何故だか胸に焼き付いた。

 

 二人に向かって歩みを進めると、その気配に気づいたのか、姉妹が同時に顔を上げた。

 リリーが立ち上がり、子犬のように駆け寄ってくる。

 

「貴方がウィリアムね! お父様から話は聞いているわ。 ウィルって呼んでもいいかしら」

「ええ、勿論。王女様」

「もう、リリーったら」



 ゆったりとエルシーも立ち上がり、申し訳無さそうな表情で歩み寄ってくる。

 

「リリーがごめんなさいね。この子はいつもこうなの。改めまして――第一王女、エルシー・コーンウォリスよ」



 そう言ってエルシーが優雅にカーテシーをする。

 それまでの平凡さが嘘のような、気品のある仕草。思わずウィリアムは目が離せなくなった。

 暫くそうしていたが、やがてエルシーは照れたような笑みを浮かべて言った。

 

「どうかしら。少しは様になっているかしら。練習の成果が出ていると良いのだけれど」

「あ! お姉さまずるい! 私も!」



 そう言ってリリーも同じく挨拶し直す。姉と同じく、いやそれよりも完成された仕草だった。

 ウィリアムはそれらに返答した。

 

「ウィリアム・オルブライトです。お会い出来て光栄です。エルシー殿下、リリー殿下」



 それが出会いだった。

 

 帰り道、父のオルブライト公にやたらリリーの印象を聞かれた。

 どうやら公爵家にリリーを降嫁させる話が出ているようだ。

 

 だが――ウィリアムの心に残っているのは、何故かあの平凡な第一王女だった。







 ◆◆◆







 何度か顔を合わせて一緒に過ごす内に、ウィリアムは益々エルシーに惹かれていった。

 評判通り凡庸な少女だ。物覚えも良くないし、要領も良くない。

 だが、何故か目が離せなかった。

 

 優秀なリリーを女王にするという話も多少は出ているらしいが、恐らくそうはならないだろう。

 エルシーの母親――王妃は侯爵家の出で、儚くなって久しいが、そちらの関係者がエルシーを女王にすることを望んでいた。

 対してリリーの母親は吹けば飛ぶような男爵家の出身で、己の美貌と才覚で側室の座まで上り詰めた人物だった。

 外戚に力が無い以上、リリーがどれだけ優秀でも即位するのは難しいだろう。

 

 しかし、エルシー自身は即位することを余り望んでいないように見えた。

 平凡で、なおかつ己の力量をよくわかっている少女だ。王位は荷が重いと感じているのだろう。下に優秀な妹がいるのだから尚更だ。

 それでも、その座にふさわしくなろうと必死に努力はしていた。

 

 ウィリアムから見るとその様は痛々しくて仕方がなかった。

 真面目さは彼女の美徳だが、このままではいつか潰れてしまう。

 

 そう考えたウィリアムは、自分が代わりに彼女がやるべき仕事をこなせば良いのではないかと思い始めた。

 自らが王配となり、エルシーに負荷がかからないよう支えるのだ。

 次期公爵の座は弟にでも譲れば良い。

 

 それはとても妙案に思えた。

 

 

 丁度タイミング良く王が病に倒れたのもあり、エルシーの婚約者として収まるのはそう難しいことではなかった。

 自分がエルシーを支える。そう主張すれば、父親にも王にもどこか安心したような表情で受け入れられた。

 エルシーもウィリアムのことを憎からず思っていたようで、控えめにではあったが婚約を喜んでくれた。

 ウィリアムは幸せだった。

 

 一つ引っかかっていたのは、エルシーとの婚約を告げたときのリリーの反応だった。

 

「……おめでとうございます。お姉さま、ウィル」



 そうは言ってくれたが、その表情はどこかぎこちなかった。

 これまで三人で過ごしていたのだ。姉とウィリアムが婚約することになり、疎外感を覚えたのだろう。

 リリーはこれから義妹となる。安心させるためにも、より一層親しくしていかなければならない。

 それに、これからエルシーを支えていくのに、優秀なリリーは良い助けになるだろう。

 

 ウィリアムはエルシーの負担を減らすためにも、リリーとより親密に過ごすことを心に決めた。

 

 

 ウィリアムは次期女王の婚約者としてある程度立場を固めると、貴族たちからの上奏は全て自分の元に来るよう根回しした。

 実際、エルシーを通すよりウィリアムに持ってきた方が解決までが早いということもあり、エルシーから実権を取り上げるのはそう難しいことではなかった。

 ウィリアム一人でも悩むような問題についてはリリーと話し合って決めた。リリーは頼られるのが好きなようで、相談をすると存外喜ぶ。

 それに気づいてからは、些細な問題でもリリーに相談するようにした。

 リリーのご機嫌は取っておくに越したことはない。

 

 ウィリアムの周りは全てが上手く行っていた。

 

 一方、お飾りとなったエルシーは多少肩身の狭い思いをしているようだった。

 婚約者であるウィリアムを見かけると、少し嬉しそうにして寄ってくる。

 そんなエルシーを見る度に、ウィリアムは昏い喜びを覚えた。

 

(もっと私を頼ればいい。私だけを見ればいい……)



 だから、エルシーに女王としての役目を果たさせろと詰め寄られたときも適当にいなした。

 

「ねえウィル、私も一緒に考えたいの。次期女王は私よ」

「エルシーは何もしなくても大丈夫です。私がやった方が早いし、リリーもいるので」



 明らかに傷ついているのに、エルシーはそれを押し隠して気丈に振る舞う。

 はやく楽になれば良いのに、とウィリアムは思った。

 

 全てをウィリアムに任せて、ただ笑っていれば良い。

 エルシーが傀儡であることを受け入れ、ウィリアム無しでは生きていけなくなれば良い。





 やがて王は崩御し、エルシーは女王となった。

 喪が明け次第、ウィリアムと正式に婚姻し、二人は夫婦となる。

 

 ウィリアムはその日が待ち遠しかった。







 ◆◆◆







「お姉さまに女王は向いていないわ」



 ある時、リリーが拗ねたような顔で呟いた。

 この日も二人は国で起こった問題について議論しており、話し合いが一旦落ち着き、談笑している際の発言だった。

 明らかに不敬となる言葉だったが、それを咎めるものは誰もいない。

 ウィリアムは同意した。

 

「そうですね。向いているかいないかで言えば、確実に向いていないでしょう」

「もし、私とお姉さまのお母さまが逆なら! そうすればもっとみんな幸せだったわ」

「……でも、そうではないので。私達でエルシーを支えるしかありません」



 それを聞いたリリーはふうっと溜息をついた。

 そうしてウィリアムに微笑みかける。天使のようだ、と人々からは称される笑みだったが、何故だかこの時、ウィリアムは薄ら寒さを感じた。



「ねえ、ウィル。ウィルは私のこと、愛してるわよね?」

「……勿論。妹のように思っています」

「仮に、お姉さまがいなくなったら。それでも側に居てくれるかしら」



 エルシーが居なくなることなど考えたくもないが、もし彼女が事故などで亡くなり、リリーが即位することになった場合、そのままウィリアムが王配になるのが一番良いだろう。

 既に結婚しているならともかく、現状はまだ婚約者だ。改めてリリーと婚約し直すことを周りからも望まれるだろう。



 そう伝えると、リリーは笑みを深くした。



「そうよね。ありがとう。もしお姉さまが居なくなって、その上ウィリアムまで居なくなってしまったらどうしようって、不安になったの。でも、安心したわ」

「勿論、一人にはしませんよ」



 そう答えると、リリーは甘えるように身を寄せて来た。

 優秀で頭も回り、時々驚くような冷徹な判断を下すが、こういった見た目通り寂しがりな一面もある。



 エルシーもこれくらい甘えてくれたら良いのに。

 ウィリアムはそう思いながらリリーの頭を撫でた。







 そしてそれからしばらく経ち、結婚式を数日後に控えたある日のことだった。

 エルシーとリリーは珍しく二人で出かけた。城の近くの湖で過ごすのだという。



 ウィリアムとて最近エルシーとの時間が取れていないので、少し羨ましい。



 ただ、結婚した後は暫く休暇を取ってエルシーと二人で蜜月を過ごすつもりだった。

 寂しい思いをさせている分、うんと甘やかしたい。

 ウィリアムはそれだけを楽しみに日々を過ごしていた。





 だから――その知らせを聞いた時、あまりの衝撃で膝から崩れ落ちてしまった。

 

(エルシーが、湖に落ちた……?)



 知らせに来た使いの者が慌ててウィリアムを抱き起こす。

 下の者たちに心配をかける訳にはいかない。立ち上がったウィリアムは、努めて平静を装った。

 そこから先は現実感がなく、他人事のようにふわふわした心地で事務的に指示を出していた。



 一人で戻ってきたリリーを上手く慰めることも出来なかった。

 リリーが妙に嬉しそうな様子に気づくことも、勿論出来なかった。



 ウィリアムは湖に落ちてしまったエルシーの捜索を指示した。

 もしかしたらどこかに流れ着いているかもしれない。

 生きているかもしれない。

 そう思いたかったが、可能性が殆どないのも薄々わかっては居た。

 それでも、遺体でもいいから一目会いたかった。





 結局、エルシーを見つけることは出来なかった。

 あの湖は深い。エルシーは水底で、一人沈んでいるのだろうか。

 そう思うと気が狂いそうだった。

 

 

 その後、リリーは順当に女王として即位した。

 王が変わっても混乱が生じることはなかった。

 元から実権はリリーとウィリアムが握っていたのだから、お飾りの傀儡女王がいなくなったところで変わることは何もない。

 ウィリアムの心情以外は。







 ◆◆◆







 その会話を聞いたのは偶然だった。

 本来その日、ウィリアムは弟夫婦に生まれた跡継ぎの顔を見るために公爵家に滞在する予定だった。

 しかし、甥がタイミング悪く発熱してしまったらしく、顔見せはまた後日ということになった。



 降って湧いた暇だが、何かしていないとエルシーのことを思い出して気が狂いそうだ。

 リリーに何か手伝えることはないか聞こう。



 ウィリアムはそうしてリリーの部屋へと向かい、扉の向こうから漏れ聞こえてくるリリーとその母親の会話を聞いてしまったのだった。





「……でも、大丈夫なの? もし犯人があなただって知られたら、どうなることか……」

「心配ないわ、お母さま。あの時周りにいた人間はもうみんな消してしまったもの。どこからも漏れないわ。だからもっと喜んで?」

「……そうね。あの女の娘を消してくれたんだものね。忌々しい、生まれが良いだけで王妃の座に収まったあの女。……娘もあの女そっくりで嫌いだったわ。もう顔を見ずに済むと思うと、清々した」





 ウィリアムは頭に血が上るのを感じた。視界が赤く染まる。

 リリーが殺したのか。エルシーを。ウィリアムの生きる意味を。



 リリーがウィリアムに抱く好意に、気付いていなかったといえば嘘になる。

 多少好意を持っておいてもらった方が利用しやすいだろうと思っていたのだ。

 それに、リリーはエルシーによく懐いていた。

 まさかこんな形で裏切られるなんて思ってもいなかった。



 ウィリアムは必死に呼吸を整えると、気配を消してその場から離れた。

 絶対に許さない。リリーに、あの女に復讐してやる。エルシーの代わりに。





 ウィリアムはそうしてリリーへの復讐を始めた。

 エルシーを殺めた罪を償わせたかった。

 しかし、リリーは女王だ。もう目撃者もいない以上、裁くのは難しいだろう。



 ではどうすれば良いのか。





(……簡単だ。私が王となり、リリーをその座から引き摺り下ろして裁けば良い)





 ウィリアムは公爵家の出身のため王家の血は流れており、王位継承権も持っていた。

 それに、幸い味方になってくれそうな派閥はある。エルシーの母方の関係者たちだ。



 実際、ウィリアムが王となり彼らに甘い蜜を吸わせてやることを匂わせれば、簡単にウィリアムの側に付いた。



 その気になれば、後ろ盾のないリリーを追い詰めることはそう難しくなかった。

 穏便に退位を迫ることもできただろう。

 しかし、ウィリアムはそうはしなかった。武力による反乱を選んだのだ。

 国は荒れるだろうが、信頼していたウィリアムに裏切られる絶望感と、兵に囲まれる恐怖を味わわせたかった。

 

 

 「リリーとその母親が国庫を使い込み国を傾けている」という噂を流し、それを大義名分として反乱を起こした。

 碌な証拠もない完全な捏造だったが、リリーよりウィリアムを王位に据えたい貴族の方が多い。

 事実がどうであるかは関係なく、より大勢に都合の良い方が真実として扱われる。

 

 そして、そう苦労することなく反乱は成功した。リリーは捕らえられ、その母親はどさくさに紛れて斬り捨てた。

 

 ウィリアムは王となった。







 ◆◆◆







「なんで……? なんで私を裏切ったの? ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃない……。何か誤解があるのよ……」



 王城の地下牢、鉄格子越しにウィリアムとリリーは向かい合っていた。

 愛らしく天使の様だと称された姿は見る影もなくやつれ、薄汚れている。

 大きな緑の目に涙を一杯に溜めてウィリアムを見上げていた。



(……あの時と、同じ表情だ)



 エルシーの死を抜け抜けと告げた時と同じ、慰められることを疑わない表情。

 本当に「何か誤解がある」と思っているのだろう。ウィリアムが自分にこんなことする筈がないと信じ込んでいる。

 誤解が解けさえすれば、ウィリアムは自分をここから出してくれるだろうとも。



(……吐き気がする)



 本来、罪を犯したとはいえ貴人をこのような冷たく寒々しい地下牢に閉じ込めるのは正しくない。

 リリーを地下牢に収容したのは完全にウィリアムの独断だった。侯爵家を始めとする貴族たちも異を唱えることはなかったが。



 ウィリアムは静かに答えた。



「……エルシーを殺した犯人を知ってしまったからです」



 それを聞いた瞬間、リリーから表情が消えた。感情が抜け落ちたかのような無表情。

 今まで見たことのないリリーの顔に、ウィリアムは怖気がした。

 

 そして、リリーは表情と同じく感情を何も乗せない声で話す。



「……知っちゃったの? 内緒にしてたのに。でも、お姉さまに居なくなってもらったくらいで、ここまでしなくてもいいじゃない」



 何を言っているんだ、この女は。

 ウィリアムは努めて平静に答えた。



「私はエルシーを愛していました」

「私だってお姉さまのこと、好きだったわ」

「じゃあ何故!」



 予想だにしない返答に、ウィリアムは思わず声を荒げた。



「だって、居なくなった方がみんな幸せになるんだもの。お姉さまは良い方だったわ。こっそり監視をつけていたけど、他人に言えないような後ろ暗いことは何もしなかった。いつも真面目で頑張り屋のお姉さま。でも、それだけよ。女王としても、ウィルの相手として相応しくないわ」

「私の相手に誰が相応しいかなんて、お前が決めることではない! 私は誰が何と言おうとエルシーが良かった! それを、お前は――」

「それはおかしいわ」



 リリーは小首を傾げながらウィリアムを見上げた。

 今までは可愛らしく思えていたが、無表情で行うそれは壊れた人形じみていて不気味に思える。



「あんなにお姉さまを除け者にしていたじゃない。あんなに私と過ごしていたじゃない。私だけじゃなく、誰もがウィルはお姉さまに興味がないんだって思っていたわ。きっと、お姉さま自身もね」

「伝わらなくても、私は確かにエルシーを愛していた!」

「そう。でも、伝わらない愛なんか、無いのと同じよ。ウィルは愛していたのかもしれないけど、お姉さまは愛されていなかったわ」



 ウィリアムはそれ以上、何も言うことが出来なかった。





 確かにリリーの言う通り、エルシーと一緒に過ごす時間は取れていなかった。

 最後に言葉で愛を伝えたのはいつだっただろうか。

 いや、そもそも、愛していると言葉で伝えたことはあっただろうか。

 

 ウィリアムは全身を掻きむしりたい気持ちに駆られた。

 もう遅いのだ。全て。

 エルシーは居ない。居なくなってしまった。







 ◆◆◆







 国庫の使い込みだけだと生涯幽閉で終わっていただろう。

 しかし、ウィリアムが捏造した証拠や目撃者の証言を元に、エルシーを殺害した罪でリリーは処刑された。

 過程は嘘だが結果は真実だ。エルシーも浮かばれるだろう。



 こうしてウィリアムは王になったが、復讐を終えたことで今度こそ完全に生きる意味を見失ってしまった。

 ウィリアムは流されるままに生きていた。

 気づけば実権は侯爵派の貴族たちが握っており、ウィリアムは傀儡王として揶揄されるようになっていた。



 灰色の毎日でウィリアムは思う。



 どこから間違っていたのだろうか。あの日、リリーにずっと一緒にいるなどと言わなければ、エルシーが殺されることもなかったのだろうか。

 もし、エルシーが女王に即位する前に戻れたなら――エルシーを失わずに済むのに。



 ウィリアムは、大事にすべきものを大事にできなかった己の罪を後悔し続ける。

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