王子様と平凡な私 〜普通じゃないクラスの王子様に溺愛されたり甘えられたり忙しいけどそうじゃないんだよ〜

悠木全(#zen)

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15.救いと迷い

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「おはよう、リア」



 ピィヨと小鳥がさえずる早朝の住宅街。

 ふと見れば、学ランに身を包んだ長身の少年が電柱に向かって挨拶していた。

「おはよう、まーくん。……あれ? 秋斗あきとはいないの? 今日は一緒に登校する約束したのに」

「あいつなら用事があるから先に行くって」

「……そうなんだ」

 昨日、害虫の入った箱をもらってからは、学校に行くのが少し怖かったけど……私は平静を装ってまーくんの手を引いた。

「ほら行くよ、まーくん」

「今日のリア、なんだか固いね。肌も冷たいし……すべすべして気持ちいい」

「それは電柱だってば」

「ハッ! 誰かが僕の腕を掴んでる!」

「はいはい、私がリアですよ。遅刻するから早く行こうね」

 まーくんを電柱から引き剥がした私は、曇りがちな空の下、広小路を駆け抜けた。



  ***



「ねぇ、聞いた? F組の女子二人が、いきなり停学処分だって」

「聞いた聞いた。飲酒と喫煙が発覚したってやつでしょ?」

「その飲酒と喫煙って、一年前の話なんでしょ? なんで今更……」

「あと、王子の彼女にケンカを売ったとか」

「え? うそー、王子を敵にまわすとかあり得なくない?」

 まーくんを教室に送り届けて渡り廊下を歩いていると、どこからともなく噂話が聞こえてくる。

 王子と言えば秋斗しかいないし、その彼女と言えば私のことだろう。どうやら私が害虫を貰ったことは、すでに噂になっているらしい。

 それにしても停学処分になったF組の女子って、まさか私や秋斗とは関係ないよね?

「どうしたんですか? 大塚おおつかさん」

 噂話を聞きながら立ち尽くす私に、南人みなと兄さんが話しかけてきた。

 私は思わず兄さんに訊ねる。 

「先生……停学処分になった女子二人ってもしかして……」

 私は言いかけて言葉を飲み込んだ。

 まさか……秋斗がF組の女子に何かしたわけじゃないよね? とは言えなかった。

 昨日の今日で、私に害虫を送ってきた犯人がそんなに早く見つかるわけもないし。

「……やっぱりなんでもないです」

「そうですか。相智あいちくんなら、教室にいますよ」

「……」

 私はなんだか嫌な予感がしながらも、自分の教室に向かった。

「おはよう、リア」

「え? あ、おはよ」 

 教室に入るなり、秋斗の可愛い笑顔に迎えられた。

 いつもキラキラしてる秋斗だけど、今日はいつにも増してギラギラしていた。

 なんだかまるで前世の王子様みたい。

 あの人はいつも悪いことをすると、こんな風に輝いていたから……。

「今日は早いね」

 私が席に着くと、秋斗はいつものように椅子を寄せてくる。

「一緒に登校できなくて寂しかった?」

「まーくんがいたから、大丈夫だよ」

「あいつに触れられたりしてないよね?」

「……秋斗、なんか怖い」

 秋斗は笑っていたけど、恐ろしい圧力を感じた。

 ヤキモチを妬くくせに、どうして私とまーくんだけにしたのだろう。

 秋斗の行動はたまに謎である。

「どちらかといえば、私がまーくんに触ったかも」

「え?」 

 ふと思い出して呟くと、秋斗の顔が凍り付いた。

「まーくんがなかなか電柱から離れなくて、仕方なくだよ」

「あんなやつ、電柱にくっつけておけばよかったのに」

「そういうわけにもいかないよ」

「電柱にくっつく……ですって?」

 私が苦笑していると、南人兄さんが教壇からおりてくる。 

「あ、みな──小金こがね先生」

「田橋くん用の新兵器は電柱型にしましょうか」

 真剣に悩む兄さんを見て、秋斗がすかさずツッコミを入れる。

「先生、電柱だと持ち運べませんよ」

「そうですね。さすが相智あいちくん、よくわかっているじゃありませんか」

「少し考えればわかることです。小金先生の頭は今日もお花畑ですね」

「花なら、大塚さん一人でじゅうぶんでしょう?」

「いえ、僕のことじゃなくて、先生の話ですよ」

「私も王子という花だけでじゅうぶん……」

「やめろ、気持ち悪い」

「小金先生、現文の先生が後ろで待ってます。早くショートホームルームを終わらせてください」

 私が指摘すると、南人兄さんは親指を立てた。



  ***



「……今日は何もなくてよかった」

「どうしたのリア?」

「ううん。ちょっと」

 害虫のプレゼントを開封してから、次に何が起きるか心配だったけど、今日はとくになんの問題もなく授業が終わってホッとしていた。

 ……けど、

「机にまた何か入ってる」

 机に差し入れた手が教科書以外の何かに触れて、私は息を飲んだ。

 取り出してみると、それは昨日と同じような小さな箱だった。

 その可愛いラッピングを見た瞬間、私の背筋に冷たいものが走る。

「どうしよう……このまま開けずに捨てたほうがいいのかな?」

 軽い箱を揺らすと、カラカラと音が鳴った。

 何も入っていないのかと思うくらい軽くて、私はもう一度固唾を飲み込んだ。

「でも、害虫じゃない可能性も……あるのかな?」

 悪意のカタマリにしか見えないその箱を、開けるかどうか悩んでいると、秋斗が私に優しい笑顔を向ける。

「開けてごらんよ」

「え? でも……」

「いいから、ほら」

 秋斗に促されて、私はゆっくりと小箱を開ける。すると、中には小さな金色の指輪が入っていた。

 薔薇ばらかたどった赤い石がついた指輪だった。

 私の人差し指にピッタリおさまるそれを見て、私は大きく見開く。

「これって……」

「リアにプレゼントだよ。嫌な思い出は、良い思い出で上書きしないとね──本当は、薬指につけてほしいけど」

「……」

「え? リア?」

 ホッとした途端、私の頬を涙が滑り落ちた。

 平気だと思ってたのに、害虫のプレゼントがよほど堪えたのだろう。私の目にじわっと溜まった涙が、次から次へとこぼれ落ちる。

「ごめん、ホッとしたら……」

「リア……怖い思いをした時は、強がらなくていいんだよ。いつだって僕がついているんだから」

「……うん」

 秋斗の言葉で安心した私が、脱力していると……なぜか周囲のクラスメイトたちも泣きながら歓声をあげた。

「良かったですね、大塚さん」

「良かった良かった」

「ブラボォオオオオ!」

 まるで外国映画のハッピーエンドのような拍手に包まれて、私が呆然としていると、私以上に動揺した秋斗が「やめてくれ」と青筋を立てて言った。

 そんな風に照れくさい空気が漂う中──今度は突然、教室のドアがドンと大きな音を立てて開かれる。

「リア! 一緒に帰ろう! ──うっ」

 教室に入ってくるなり、まーくんは目の前で倒れた。

 何がなんだかわからず動揺していると、竹筒を持った南人兄さんが教壇からゆっくりとこちらにやってくる。

「いいところを邪魔しないでください、田橋くん」

「なにこれ……体がビリビリして動けない……」

「対妖怪用のしびれ薬です。さあ早く二人で帰ってください、大塚さん、相智くん」

「くっ、こんなもの……僕の筋肉をなめないでくださいよ」

「な……に……立ち上がった、だと?」

 苦しそうに立ち上がったまーくんだけど、ガクッと膝を落とすと声を振り絞って告げる。

「リア……僕はあなたが好き……でした……バタッ」

「まーくん!?」

「帰ろう、リア」

 すやすやと眠りに入るまーくんを見て、秋斗は真顔で私の手を引いた。



  ***



「まーくんをあのまま置いてきて良かったのかな?」

 夕空の下、街灯がポツポツと点灯し始める住宅街。

 私は秋斗と二人で広小路を歩く。

「大丈夫だよ。あいつ人間じゃなさそうだし」

「でも秋斗やまーくんのおかげで、嫌な気持ちが晴れたよ」

「あいつの名前が入ってるのは気に食わないけど……リアが元気になって良かった」

「私、そんなに落ち込んでた?」

「気づかなかった? リア、いつもより食べる量も少なかったし、調子が悪いのがよくわかったよ」

「自分では平気なつもりだったのにな」

「大丈夫……僕がいるから、リアも怖い時は怖いって言っていいんだよ」

「……秋斗」

 秋斗といれば、きっとこの先も私を敵視する人が出てくるだろう。

 けど、秋斗が守ってくれるというのなら、一緒にいてもいいのかな?

 けどけど、秋斗にだって予測できないこともあるだろうし……前世のように死ぬのは嫌なんだよね。

「リア、僕といることを迷わないで。僕はずっとリアと一緒にいたいんだ」

「……でも」

 私のことはお見通しとばかりに見つめてくる秋斗から顔をそむけると、秋斗に顎を持ち上げられる。

「もし君がいなくなったら、僕は狂ってしまうかもしれない」

 立ち止まった秋斗が顔を寄せて来たので、私は反射的に目を瞑った。

 そしてドキドキしながら待ち構えるけど……何も起こらなかった。

 おそるおそる目を開けてみると、私の目の前にはまーくんの背中があった。

「……え? まーくん」

「んー」

 唇を突き出すまーくんの顔面を、秋斗が手で押しどける。

「……お前」

「リアは積極的だね」

「割り込んでくるなよ」

「秋斗……実はまーくんのことが好きだったの?」

「いや、違うんだ、これは……」

 珍しく動揺する姿が面白くてからかうと、秋斗は慌ててまーくんから離れた。

「んー、リアってやっぱり冷んやりしてるよね」

「ちょっとまーくん」

「帰ろう、リア」

 電柱にキスするまーくんにツッコミを入れようとしたら、秋斗に手を引かれて──そのまま私のマンションまで走ったのだった。

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