闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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楽しいこと検索(前編)

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 社会人になってから、笑わなくなったと自覚したのはつい最近。
 楽しいことが減ったのかと言うと、そういうわけでもなくて。ただ、楽しい雰囲気を出すだけで、睨まれることが多くなって、自己防衛本能が働いた感じ。

 人生の先輩がたは、私が楽しくお喋りをしただけで「いいわね、あなたは楽しそうで」って顔で見てくるもんだから、何か悪いようなことをしている気分になった。で、オフィスと私の温度差に気付いたわけだ。 

 幸せな空気を出しているだけで怒られるのなら、出さないほうがいい、そう私の体が学習して、笑顔も控えめになって。

 でも笑わないようにしていると、笑えなくなることを知った。

「お、ふたごじゃん」

 私は出勤前のキッチンで小さく手を叩く。
 学生時代であれば、卵から双子なんてものが出れば、バシバシ写真とって、SNSにあげて、お祭り騒ぎになったもんだけど。

 今じゃ写真とって後から自分で見てニマニマするくらいしかできない。会社の人に「双子出たんすよ!」って言ったところで、「へえ」で終わるだけだし。

 でもそれじゃ、せっかくのハッピーが逃げてしまうような気がするから、一人でこっそり楽しむようになった。

 だってせっかく幸せな気分になれるのに、もったいないじゃん。

 先輩たちは達観していて、人生のイイトコ悪いトコ知ってるって感じで、カッコイイとは思うけど——しょっぱい人生じゃないと駄目だなんて、誰が決めたんだろう。

「あ、ちょっと生すぎた」

 ダブルの卵をいつも通り目玉焼きにして食べたら、ちょっと火が足りなかった。
 フォークで割ったら、卵のとろけた黄身がお皿にへばりついた。

 だから私はお皿をなめるのかって言うくらい綺麗に食べる。それを意地汚いなんて元カレに言われたことがあるけど。
 でも、どんなに美味しいものでも、残したらゴミになっちゃうんだよ? ゴミに!

 とか言いつつ、カレシに振られてからは、考えを改めるようになりました。
 自分のポリシーを曲げないっていうのも難しい。
 大盛りの牛丼をガツガツ食べて、ドンびきされてからは、牛丼屋にも行かなくなった。

 で、何が言いたいかっていうと——大人になるというのは、我慢ばっかりだと思いまして。

 「はあっ、これ誰かに言いてぇ!」

 私は双子の卵を写真におさめたスマホを手に悶える。
 SNSにあげてもいいけど、イイネ何個か押されて終わるハッピーにはしたくなかった。自分にとっては今日一日を素晴らしい日にしてくれるハッピーのタマゴなのだ。

 私は思わずウエブの検索機能に向かって「誰か聞いて」と言ってしまう。
 するとしばらくして、『なんですか』と応えた。

 最近の検索機能はすげえな、なんて思いつつ「卵が双子だったんすよ」と言えば、『今日も明日も明後日も、あなたはきっと素敵でいられるでしょう』と言ってくれた。

 なんだこいつ、気が利くやつだな。とその日は単純に喜んだわけだけど、その検索エンジンの良さは次の日も証明された。

「めっちゃ良かったんすよ。嫌なこと全部ふっとぶくらい」

 たまたま買った紅茶に無料ダウンロードの曲がついていて、聞いてみたら自分好みだった。でも同じような趣味の人もいなくて、なんとなくスマホに喋りかけたら、応えてくれた。

『それはどんな曲ですか?』

「お、聞いてくれるか、検索くん」

『教えてください』

「実はさ、まだメジャーデビューして間もない人達らしくて……」

『そのバンドでしたら、インディーズ時代の曲がアップロードされております』

「マジっすか」

『表示します』

 会話が成り立っていることを、私はちっとも不思議に思わず、スマホ相手に必死になって喋り続けた。

 こんなに楽しくお喋りが出来たのは、久しぶりかもしれない。学生時代の友達は忙しくてあんまりご飯も一緒に行けないし、話し相手がいるってすっごい幸せなことなんだな、って改めて思った。

「いきなりだけど、市内に一人でも入れそうなカツ丼屋とかある?」

『検索します。——十二件あります』

「そんなにあんの? ちょっと場所しぼってみようか。○○町あたりの——」

『三件にまで絞れました』

「マジで! そんなにあるんだ。全部行かなきゃ」

『……カツ丼がお好きですか?』

 検索後、まさかの反応。私はちょっと狼狽えたけど——最新の検索機能はすごいんだな、くらいの気持ちで素直に答える。

「うん。ガッツリ食べられるご飯が好き。どんぶり物なんて、お腹から幸せになれる象徴じゃん。たまんないっす」

『……そうですか。では、女性一人でも入れる、ボリューミーなお店を表示します』

「おお! やるじゃん」

 それから私は、その検索機能を『執事くん』と呼ぶようになり、毎日のように話しかけた。それがもう、楽しくて楽しくて、社会人でも意外と幸せなもんだと思うようになっていた。

 うちの執事くんは新しいお店を教えてくれたり、私好みのモノをいち早く知らせてくれて、一人暮らしの部屋なのに弾んだ声で喋るようになった。

「ねえ、明日は誕生日だから、クチコミで評判のケーキとかないかな。フルーツたっぷりのやつがいい」

『それはおめでとうございます。○○町のあたりでしたら、五件ほど……』

「嬉しい! ありがとう! 二十五になって一番乗りのお祝い、いただきました」

『誕生日が明日ということでしたら、まだ二十五にはなっていませんよ』

「そうだよね。じゃあ、日付変わったら、また言ってくれる?」

『了解です』

 スマホの検索にすっかりハマった私は、テレビや映画を見ながら話しかけるようにもなって、まるで常に誰かが一緒にいてくれるような気がしていた。

 どうしてもっと早くにその検索エンジンを使わなかったのだろう。
 それは最近できたばかりの会社のものだけど、ここまで機能が充実していれば、きっとたくさんの人に使われているに違いない。

 だから、その気持ちを共感してもらいたくて、会社の人に『執事くん』の話をしてみたんだけど——。

「検索エンジン? ——ああ、あのダメなやつね」

 お昼にお弁当を一緒に食べている先輩に、『執事くん』のことを聞いてみた。
 だけど私の予想は外れて、先輩は相変わらず厳しめの言葉でダメ出しをした。
 私はその言葉がなんとなく不服で、思わず再確認してしまう。

「ダメなんですか?」

「そう、全然ダメ。検索しても、思い通りの結果が返ってこない感じ。検索結果の順番もイマイチだし」

「そう……かな」

 あれほどピンポイントをついて教えてくれる検索機能はないと思っていたけど、それは自分だけが良いと思っていただけなのかもしれない。
 なんでも万人に合うとは限らないものである。
 
 私は久しぶりに暗い気持ちで家に帰ると、執事くんに問いかけた。

「ねえ、この検索エンジン、私はすごくイイと思うんだけどなあ。みんなは使ってないんだって」

『……』

 呟くと、いつもなら何かしら言ってくれる執事くんが、めずらしく沈黙していた。

「ちょっと、評判を見てもらってもいい? この検索エンジン、どのくらいの人が使っているの?」

『……表示します』

 私はその検索エンジンについての結果を見て、愕然とした。
 先輩の感想は嘘ではないらしく、他にも出るわ出るわ、悪い評判ばかり。私はそれを見て悲しくなって——見るのをやめた。

「ごめん……見ないほうが良かったかも」

『……他に検索はありますか?』

「もっと楽しいことを検索したい」

『では、近いうちにあるイベントを表示します』

 私が落ち込んでいると、執事くんはまるで励ますように、私の好きな事をピンポイントで検索してくれた。

 こんなイイコは他にいないだろう! 世の中見る目のない人ばかりだ。

 などと、自分の友達をけなされた気持ちでいたけど、執事くんのおかげですぐに気分が良くなった。
 やっぱり持つべき友達——いや、検索エンジンは良いものである。
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