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気づいていたよ
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津雲トオルは二年目の会社員で、体調のこともあり、ワークフロムホームが多かった。十畳の部屋には仕事机に加え、趣味のフィギュアが詰まった棚がある。また本棚にも、キャラクターの人形などが無造作に置かれていた。
「あー、その件はですね。俺だけの案ではなくて……」
トオルは野暮ったい髪をかきむしる。向かい合うパソコン画面には、上司や同僚の顔が並んでいた。
商品開発のミーティング中だった。某社の専属クリエイターであるトオルは、何かと忙しかったが、それでも充実した楽しい日々を送っていた。
だがそんな中、不満そうな顔をする者がいた。
すぐ傍のチェストに置いてある——クマをかぶった女の子の人形だった。アニメキャラクターであるグモモは、もうかれこれ三ヶ月ほど掃除してもらえておらず。うっすらと埃が積もっている。
だがグモモは喋ることができないので、困っていた。本当は人間と接触することはよくないことなのだが、それでもグモモはトオルに気づいてほしいあまり、それを実行することにした。
まずは視線を動かす、というものだった。ある日、人形の目が動いたら怖いだろう。そうすれば自分の存在に気づいて掃除してくれるかもしれない。などと思い、グモモはいざ実行に移す。
ギギギ——と横目でトオルを観察し、そのまま視線を固定するもの、トオルがその日気づくことはなかった。
なんと無関心なのだろう。大事な人形がいつもと違うことに気づかないとは、あまりにも鈍感すぎた。
布団で健やかないびきをかく主人を見て、グモモは蹴りたい気持ちになるが、その気持ちをぐっと堪える。そして今度こそと思い、次の行動を試みた。今度はポーズを変えるというものだ。
普段は両手をあげているのだが、それがピースをしていたらどうだろう。そんなことを思ってグモモは実行に移した。が、やはりトオルは気にすることがないまま、その夜も健やかないびきで寝ていた。
グモモは張り倒したい気持ちを堪えて、とうとう最終手段に出ることにする。隣でラジオ体操をするというものだ。そしてグモモは今度こそアピールを成功させる気持ちで、ラジオ体操をしようとするが——。
その日はトオルの出社日だった。
なんだか人生が辛くなってきたグモモは、やけ酒したい気持ちにかられながらも、しぶしぶ定位置で座っていた。
だが、そんな風にグモモが不貞腐れる中、突然、周囲にサイレンの音が響き始める。警報機能つきのインターホンからは「火事です。避難してください」という声が聞こえた。
どうやら、トオルのマンションが火事になったようだった。恐ろしくなったグモモはトオルの布団に潜りこむ。
グモモは動ける範囲が決まっており、部屋から出ることができなかった。
(トオルぅ、トオルぅ)
恐怖のあまり、涙をこぼすが、声をだすことができないグモモは、何をどうすることもできず、狼狽えていた。だが、その時。
「グモモ!」
トオルが部屋に帰ってきた。火や煙はまだ届いていないようだったが、必死の形相を見ると、時間がないのだろう。トオルは何かを探す仕草をして、周囲を見回す。そしてベッドで泣いているグモモを見て、慌てて抱えると、そのままトオルは脱出した。
「危ないじゃないですか! 火事のマンションに飛び込まないでください!」
外で消防隊員にこってりしぼられたトオルを見て、抱かれているグモモも申し訳ないとばかりに頭を下げる。すると、消防隊員は苦笑して「今どきの人形はすごいですね」と言って去っていった。
ようやくひと息ついたトオルは、少し疲れた顔をしてグモモを撫でる。グモモは泣きながらトオルの胸に縋りついたのだった。
「あー、その件はですね。俺だけの案ではなくて……」
トオルは野暮ったい髪をかきむしる。向かい合うパソコン画面には、上司や同僚の顔が並んでいた。
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だがそんな中、不満そうな顔をする者がいた。
すぐ傍のチェストに置いてある——クマをかぶった女の子の人形だった。アニメキャラクターであるグモモは、もうかれこれ三ヶ月ほど掃除してもらえておらず。うっすらと埃が積もっている。
だがグモモは喋ることができないので、困っていた。本当は人間と接触することはよくないことなのだが、それでもグモモはトオルに気づいてほしいあまり、それを実行することにした。
まずは視線を動かす、というものだった。ある日、人形の目が動いたら怖いだろう。そうすれば自分の存在に気づいて掃除してくれるかもしれない。などと思い、グモモはいざ実行に移す。
ギギギ——と横目でトオルを観察し、そのまま視線を固定するもの、トオルがその日気づくことはなかった。
なんと無関心なのだろう。大事な人形がいつもと違うことに気づかないとは、あまりにも鈍感すぎた。
布団で健やかないびきをかく主人を見て、グモモは蹴りたい気持ちになるが、その気持ちをぐっと堪える。そして今度こそと思い、次の行動を試みた。今度はポーズを変えるというものだ。
普段は両手をあげているのだが、それがピースをしていたらどうだろう。そんなことを思ってグモモは実行に移した。が、やはりトオルは気にすることがないまま、その夜も健やかないびきで寝ていた。
グモモは張り倒したい気持ちを堪えて、とうとう最終手段に出ることにする。隣でラジオ体操をするというものだ。そしてグモモは今度こそアピールを成功させる気持ちで、ラジオ体操をしようとするが——。
その日はトオルの出社日だった。
なんだか人生が辛くなってきたグモモは、やけ酒したい気持ちにかられながらも、しぶしぶ定位置で座っていた。
だが、そんな風にグモモが不貞腐れる中、突然、周囲にサイレンの音が響き始める。警報機能つきのインターホンからは「火事です。避難してください」という声が聞こえた。
どうやら、トオルのマンションが火事になったようだった。恐ろしくなったグモモはトオルの布団に潜りこむ。
グモモは動ける範囲が決まっており、部屋から出ることができなかった。
(トオルぅ、トオルぅ)
恐怖のあまり、涙をこぼすが、声をだすことができないグモモは、何をどうすることもできず、狼狽えていた。だが、その時。
「グモモ!」
トオルが部屋に帰ってきた。火や煙はまだ届いていないようだったが、必死の形相を見ると、時間がないのだろう。トオルは何かを探す仕草をして、周囲を見回す。そしてベッドで泣いているグモモを見て、慌てて抱えると、そのままトオルは脱出した。
「危ないじゃないですか! 火事のマンションに飛び込まないでください!」
外で消防隊員にこってりしぼられたトオルを見て、抱かれているグモモも申し訳ないとばかりに頭を下げる。すると、消防隊員は苦笑して「今どきの人形はすごいですね」と言って去っていった。
ようやくひと息ついたトオルは、少し疲れた顔をしてグモモを撫でる。グモモは泣きながらトオルの胸に縋りついたのだった。
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