闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

文字の大きさ
55 / 88

面倒な埋蔵金

しおりを挟む
 ある日、うちの庭から埋蔵金が出た。

 それは寒さが厳しい正月直前のお昼どきだった。
 庭を堀ったのはうちの小学二年生の息子だった。タイムカプセルを埋めるために、朝からせっせと土を掘り起こしていたのだが。それがまさか、埋蔵金の発掘に繋がるとは誰が思っただろう。
 息子が「こんなのが出たよ!」と木のなべ蓋のような物を見せた時は、なんのことだかわからず、適当に相槌を打ったのだが——息子がその下にある中身を持ってきた時、祖父があっと驚いて腰を抜かした。
 息子はわざわざ瓶の中にあった小判をピカピカに洗って見せつけたのだ。そしてそれが本当に埋蔵金だとわかったのは、一週間後のことだった。役所の調査を得てようやく埋蔵文化財と認められたそれは、江戸時代の天保小判というものだった。
 しかも江戸時代に埋めた物としては浅いので、後から誰かが埋め直した物らしい。
 平凡な主婦の私には価値がさっぱりわからないが、六ヶ月経っても所有者が現れない場合、所有権がうちに移るという。鑑定の結果、小判の総額は三千万円ほどだったが、届出を出したことでニュースになり、近所の人たちに埋蔵金のことが知られるようになった。

「 羽沢はざわさん、埋蔵金を発見したんですって? いいわねぇ」

 近所の人がやってくると、必ず埋蔵金の話になった。しかも周知されたことで、募金団体もよく来るようになった。三千万円といっても、うちの懐に入ったわけではないので、予定なのだが——世間的にはすでに手に入れたものとしてみなされてしまった。
 これには少々困惑した。連日やってくるのは、金を無心する人間ばかりだった。おまけに所有権を訴える人間が二十人ほどやってきたが——誰も権利を証明することはできず。気づけば一年が過ぎていた。
 その間、マスコミや動画配信者もひっきりなしにきて、芸能人になったわけでもないのに、まともに外に出られなくなってしまった。
 そしてようやく役所の手続きを経て埋蔵文化財が我が家の財産になった時には、うちの家族はすっかり疲弊しきって、何もかもが面倒くさくなっていた。

「羽沢さん、募金をお願いします」

 インターホンを押さずに叫ぶ募金団体に、私は辟易して顔も出さなかった。インターホンはすでに線を切っていた。こう毎日来られては、私もいちいち対応していられないのである。
 そして近所の人たちが、うちを通るたびにヒソヒソと声を出さずに噂するようになった。何を噂しているのかはわからないが、あまり良い雰囲気でないことはわかる。
 だから私は、なるべく近所の人に出くわさないように、夜遅くに出かけるようになった。
 
 私は噂が下火になるのを待った。いつか話題に飽きる時が来る。それは間違いないのだから。だが、近所づきあいをあまりしなくなったことで、いつの間にか近所の人たちはすっかり私の家には寄り付かなくなっていた。
 
「これは平和になったというべきなの?」

 ふいにリビングで湯呑みを手にため息を吐くと、向かいのソファに座っていた夫がテレビを見て笑いながら言った。

「いいじゃないか。近所づきあいなんて面倒だって言ってただろ?」

「でも、全くつきあいがないと、自治会の時困るのよ。近所の人とやりとりしないといけないこともあるんだから」

「へぇ、じゃあ引っ越すか?」

「この家を売ったところで二束三文でしょ? 埋蔵金のお金を合わせても、新しい家を買うのは大変だわ」

「じゃあ、我慢するしかないな。募金団体もそのうち諦めるだろう」

「諦めるまで何年もこの状態でいろっていうの?」

「だったら、どうすりゃいいんだよ。俺だって、以前のように戻れるなら埋蔵金なんていらないよ。誰の金かもわからないってのに」

「本当に、どうしてこんなことに……」

 ふとその時、リビングのドアが開いて、小学四年生になった息子が入ってくる。息子は私のところにやってくると、目を丸くしながら言った。

「本当にいらないの? お金」

「ええ、いらないわよ。以前の生活の方が、よほど楽しかったわ」

「……そっか、わかった」

 そう言って二階への自分の部屋へと上がっていった息子に、私は再びため息を落とす。息子が埋蔵金を掘り当ててから、毎日ため息ばかりだった。

 その翌日。
 私は洗濯物を干すために庭に出る。正月が近いせいか、凍るような寒さだった。私があかぎれの手に息を吹きかけていると、ふいに息子よりも小さな子供が庭に現れた。スコップを持った子供にぎょっとしていると、その子供は庭を掘り始めた。私は慌てて子供に注意する。

「ぼく、どこの子かな? よその庭を掘っちゃいけないよ?」

「何言ってるの? 僕だよ、トモだよ」

「え? トモくん」

 小さい子は、まさかの息子だった。私は驚いて何度も目をこするが——なぜかトモは小さかった。まるで二年前くらいのような、その姿に驚いていると、息子のトモは言った。

「あのね、タイムカプセルを埋めるから、今から庭を掘るんだよ」

「タイムカプセル? まさか……今日って、二年前の?」 

 私はエプロンのポケットに入れていたスマートフォンを確認する。確かに、今日は二年前の埋蔵金を掘り起こした日だった。
 どうして時間が遡ったのかはわからなかったが、私がやることは一つだった。

「トモくん、庭を掘るなら、あっちにしなさい」

 私が庭の隅を指差すと、トモは素直に頷いて土を掘り始めた。
 ほっと一安心する私のところに、義父がやってくる。

「おやおや、エミさん。トモくんは何をしているんだい?」 

「どうやら、タイムカプセルを埋めたいようで」

「そうかい。だったら、あっちの土のほうがいいかもね」

「え?」

「おーい! トモ! 私も手伝ってやるから、あっちの土を掘ろう」 

「待ってください、お義父さん!」

 私が止めようとしても、耳が遠い義父はトモのところに行ってしまう。
 そして二人は仲良く例の場所を掘り起こしたのだった。

 結局、タイムリープをしても、辛い日々を二度味わうだけだったのだ。
しおりを挟む
感想 152

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...