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不法侵入
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「最近、この辺が泥棒に狙われてるらしいわ」
そう言ったのは、土本家の妻で、四十歳になる由利だった。住み始めて十年になるベッドタウンはショッピングモールが出来たせいか、地価が上がっている。駅も近く病院もあることで人気のエリアだが、泥棒にも狙われやすくなったらしい。就寝前に由利が説明すると、隣のベッドですでに微睡み初めていた、夫の孝也が寝返りを打った。
「鍵はちゃんと閉めとけよ」
「いくら鍵を閉めたって、ガラスを割って入ってこられたらおしまいよ」
「だからって、今すぐに警備会社に入るわけにもいかないだろ。あれだって、金がかかるんだから」
「何かあってからじゃ遅いのよ?」
「じゃあ、お前は二十四時間起きてろよ。俺はもう寝る」
「もう、勝手なんだから」
それからブツブツ言いながらも、由利も鍵だけ再確認して眠ることにした。そうして深夜の三時になり、家の中は寝静まって生活音が消えた時だった。
土本家の窓ガラスの内側に釣り糸を垂らして、内側の鍵を器用に持ち上げた男がいた。男は窓が開いたことを確認すると、音もなく部屋の中に侵入する。そこは、亡くなった由利の母親を仏壇に納めている部屋だった。日中は常にカーテンが開いていたこともあって、侵入した男は、その部屋に人がいないことを把握していた。そして静かに部屋の中に降り立つと、ドアに向かったその時だった。
「こんにちは、良雄さん」
「⁉︎」
突然、電気が点いた。
振り返ると、老齢の女性がいた。よく見れば、仏壇の写真に少し似ている老人は、花柄のパジャマを着て笑いながら立っていた。
「どうしたの、良雄さん。お腹が空いたの? おにぎりなら食べるかしら」
老女はパジャマのポケットからどんぐりを取り出すと、男に差し出した。男は慌てて部屋を出ようと窓に向かうが、老女が強い力で引っ張った。咄嗟に声を上げそうになった男だが、なんとか呑み込んで言い返した。
「ばあさん。俺はヨシオじゃない。離してくれ」
「良雄さんじゃないの? どうして? じゃあ、なんでここにいるの?」
「……俺はちょっと、家を間違えただけだ」
苦しい言い訳だったが、老人は首を傾げた。何かを考えている様子だが、その手はいっこうに男の腕を離さなかった。
だが、あまり騒ぐと他の人間に見つかってしまうことを考えて、男は老女を振り切るために静かに告げる。
「お願いだ、手を離してくれ。あんたの言う通りお腹が空いているから、早く帰りたいんだ」
「まあ、やっぱりお腹が空いているのね。だったら、このオニギリを食べなさい」
「これはオニギリじゃない、どんぐりだ」
「あなたは我儘ばかりね、良雄さん。いつもそうやって好き嫌いするんだから」
カラカラと笑う老人に、男は焦りを覚える。この何か問題のある老人が通報しないまでも、家人に見つかれば終わりである。
だから今すぐにでも逃げたい男だったが、老人の手を振り払うこともできずにいた。老人が叫び声を上げても困るからだ。だからなるべく静かに去りたいというのに、思い通りには行かず。その後も老人は〝良雄〟について話し続けた。
「ねぇ、良雄さん。いつになったら迎えにきてくれるのかしら?」
「なんの話だ?」
「だって、あなたのところに行きたいんですもの。私はこのままだと、地獄に落ちてしまうわ」
「……地獄?」
「そうよ。私はきっと地獄に落ちるわ。あなたを待つことができずに結婚してしまったもの」
「良雄はあんたの旦那じゃないのか?」
「違うわよ。婚約してすぐにいなくなったあなたを待てなくて、私は別の人と結婚してしまったの。だから、きっとあなたは私を恨んでいるわね」
「そうか。だが、いなくなった男を待つ必要なんてないだろう」
男はつい、自分の考えを口にしていた。長く話すうち、老人のペースに呑まれてしまったようだった。すると老人は、嬉しそうな顔をする。
「やっぱり良雄さんは優しいのね。私を非難したりしないのね。ありがとう——」
涙をこぼす老人に、男は今度こそ逃げようとするが。
そこでふいに部屋のドアが勢いよく開かれた。
男が振り返ると、家人の由利と孝也がゴルフクラブを手に立っている。
老人と喋るうちに、気づかれたらしい。その後、パトカーのサイレンも響いて、男はその場にうなだれた。
「いやあ、ご協力感謝です」
翌日の正午。
駆けつけた警察官が、家の外で由利に挨拶をする。昨夜は泥棒に入られたもの、何も取られていないのは幸運だった。
「それで、あのおばあちゃんですが……」
「ああ、認知症のおばあちゃんがずっと家の中にいた話ですね。いつからいたのか、ご存知ないとのことで」
「そうなんです。いつの間にうちに入ってきたのか……もしかしたら、ゴミ出しの時でしょうか。鍵を開けていたから」
「その可能性はありますね。今後はじゅうぶんに注意してくださいね」
「はい、今後は気をつけます」
泥棒が発見されたと同時に、一緒に見つかった老人。彼女は、近所で行方不明になった認知症の女性だった。しかも土本家に何日もいたようだが、その間、家人は誰も気づかなかったという。もしも泥棒が入らなければ、彼女はさらに居続けたかもしれない。そう警察官に言われた時、由利は身震いをしていた。
そう言ったのは、土本家の妻で、四十歳になる由利だった。住み始めて十年になるベッドタウンはショッピングモールが出来たせいか、地価が上がっている。駅も近く病院もあることで人気のエリアだが、泥棒にも狙われやすくなったらしい。就寝前に由利が説明すると、隣のベッドですでに微睡み初めていた、夫の孝也が寝返りを打った。
「鍵はちゃんと閉めとけよ」
「いくら鍵を閉めたって、ガラスを割って入ってこられたらおしまいよ」
「だからって、今すぐに警備会社に入るわけにもいかないだろ。あれだって、金がかかるんだから」
「何かあってからじゃ遅いのよ?」
「じゃあ、お前は二十四時間起きてろよ。俺はもう寝る」
「もう、勝手なんだから」
それからブツブツ言いながらも、由利も鍵だけ再確認して眠ることにした。そうして深夜の三時になり、家の中は寝静まって生活音が消えた時だった。
土本家の窓ガラスの内側に釣り糸を垂らして、内側の鍵を器用に持ち上げた男がいた。男は窓が開いたことを確認すると、音もなく部屋の中に侵入する。そこは、亡くなった由利の母親を仏壇に納めている部屋だった。日中は常にカーテンが開いていたこともあって、侵入した男は、その部屋に人がいないことを把握していた。そして静かに部屋の中に降り立つと、ドアに向かったその時だった。
「こんにちは、良雄さん」
「⁉︎」
突然、電気が点いた。
振り返ると、老齢の女性がいた。よく見れば、仏壇の写真に少し似ている老人は、花柄のパジャマを着て笑いながら立っていた。
「どうしたの、良雄さん。お腹が空いたの? おにぎりなら食べるかしら」
老女はパジャマのポケットからどんぐりを取り出すと、男に差し出した。男は慌てて部屋を出ようと窓に向かうが、老女が強い力で引っ張った。咄嗟に声を上げそうになった男だが、なんとか呑み込んで言い返した。
「ばあさん。俺はヨシオじゃない。離してくれ」
「良雄さんじゃないの? どうして? じゃあ、なんでここにいるの?」
「……俺はちょっと、家を間違えただけだ」
苦しい言い訳だったが、老人は首を傾げた。何かを考えている様子だが、その手はいっこうに男の腕を離さなかった。
だが、あまり騒ぐと他の人間に見つかってしまうことを考えて、男は老女を振り切るために静かに告げる。
「お願いだ、手を離してくれ。あんたの言う通りお腹が空いているから、早く帰りたいんだ」
「まあ、やっぱりお腹が空いているのね。だったら、このオニギリを食べなさい」
「これはオニギリじゃない、どんぐりだ」
「あなたは我儘ばかりね、良雄さん。いつもそうやって好き嫌いするんだから」
カラカラと笑う老人に、男は焦りを覚える。この何か問題のある老人が通報しないまでも、家人に見つかれば終わりである。
だから今すぐにでも逃げたい男だったが、老人の手を振り払うこともできずにいた。老人が叫び声を上げても困るからだ。だからなるべく静かに去りたいというのに、思い通りには行かず。その後も老人は〝良雄〟について話し続けた。
「ねぇ、良雄さん。いつになったら迎えにきてくれるのかしら?」
「なんの話だ?」
「だって、あなたのところに行きたいんですもの。私はこのままだと、地獄に落ちてしまうわ」
「……地獄?」
「そうよ。私はきっと地獄に落ちるわ。あなたを待つことができずに結婚してしまったもの」
「良雄はあんたの旦那じゃないのか?」
「違うわよ。婚約してすぐにいなくなったあなたを待てなくて、私は別の人と結婚してしまったの。だから、きっとあなたは私を恨んでいるわね」
「そうか。だが、いなくなった男を待つ必要なんてないだろう」
男はつい、自分の考えを口にしていた。長く話すうち、老人のペースに呑まれてしまったようだった。すると老人は、嬉しそうな顔をする。
「やっぱり良雄さんは優しいのね。私を非難したりしないのね。ありがとう——」
涙をこぼす老人に、男は今度こそ逃げようとするが。
そこでふいに部屋のドアが勢いよく開かれた。
男が振り返ると、家人の由利と孝也がゴルフクラブを手に立っている。
老人と喋るうちに、気づかれたらしい。その後、パトカーのサイレンも響いて、男はその場にうなだれた。
「いやあ、ご協力感謝です」
翌日の正午。
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「ああ、認知症のおばあちゃんがずっと家の中にいた話ですね。いつからいたのか、ご存知ないとのことで」
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「はい、今後は気をつけます」
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