闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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コアラのラック

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 七才のミドリとカズハは双子だった。明るく活発なミドリに対して、カズハは引っ込み思案で、姉のミドリの言うことをよく聞いていた。
 ある日、二人は両親に連れられて遊園地に来ていたが、いつの間にか迷子になっていた。広い園内で心細い二人——かと思えば、彼女たちはまるで冒険をしているような心持ちだった。

「カズハ、次あれ乗ろう!」

「でも、お母さんのいないところで乗り物に乗るのは良くないよ……先にお母さん探そうよ」

「何言ってんのよ。お母さんがいたら、どれも乗っちゃダメって言うに決まってるじゃない。お母さんたちは絶叫系がダメなんだから」

「……でも」

「それともカズハは一人で待ってる?」

「……え」

「もういいよ。私一人で乗るんだから!」

「あ、待って! ミドリちゃん!」

 それからミドリはカズハを置いてどこかに行ってしまった。ミドリに置いて行かれたカズハは、泣きそうな顔をして近くのベンチに座る。
 すると、近くで風船を配っていたコアラの着ぐるみが、カズハの元にやってくる。

「どうしたの? 迷子になっちゃった?」

 体は大きいが、声はまるで子供のようだった。だが、カズハは知っていた。マスコットの中には、実は大人が入っていることを。それを両親から教えられた時は悲しかったが、逆に安心でもあった。得体の知れないぬいぐるみよりは、人間の方がよほど怖くないからだ。
 そしてコアラの着ぐるみは、カズハに向かって風船を差し出した。

「くれるの?」

「うん、あげる」

「ありがとう」

「迷子なら、一緒に家族を探そうか?」

「ううん、いい。お兄ちゃんはお仕事をしているんでしょう?」

「お兄ちゃんじゃないよ。ラックだよ」

「ラック?」

「そうだよ。僕はコアラのラックだよ」

「じゃあ、そういうことにしておいてあげる」

 カズハはそう言って、歯を見せて笑った。
 コアラのラックと名乗った着ぐるみは、カズハの隣にドスンと腰をおろす。

「ラックはお仕事しなくていいの?」

「可愛い女の子が困っているのに、お仕事なんてできないよ」

「なにそれ。お仕事をサボってるだけじゃないの?」

「君は厳しいなぁ。ときどきこうやって休まないと、僕だって疲れちゃうんだよ」

「そっか」

 と、その時だった。
 カズハと同じ顔をした少女が、走ってくるのが見えた。どうやら、ミドリが乗り物を乗り終えたらしい。カズハが手を振ると、ミドリは慌ててやってくる。

「ちょっと、何一人で座ってるのよ。遊ぶわよ」

「一人じゃないよ。ラックも一緒だよ」

「ラック? 何それ?」
 
「ラックって言うのは——」 

 カズハが隣を見ると、いつの間にか隣にはコアラの着ぐるみだけがあった。さっきまで中に人が入っていたはずだが、いつの間にいなくなったのか。カズハは首を傾げる。
 すると、今度は知らない大人たちがわらわらと数人、ベンチにやってきた。

「こんなところにあった! コアラの着ぐるみ!」

「もしかして、君が着ぐるみを盗んだの? ダメじゃないか」

 カズハは大人たちに窘められて、目を白黒させる。持ってきたと言われても、なんのことかわからなかった。
 カズハが困惑していると、代わりにミドリが対応する。

「ちょっとおじさんたち! 何言ってるのよ。カズハはこの着ぐるみのことなんか知らないわよ。たまたまここにあったんでしょ? 言いがかりにもほどがあるわ!」

「ああ、そうだったのかい? ごめんよ。コアラの着ぐるみがなくなったから、てっきり盗まれたのかと思ったんだよ。それで、君はこの着ぐるみを誰が持ってきたのか知らないかい?」

 スタッフの男に尋ねられて、カズハはかぶりを振る。さっきまで一緒にいたラックと名乗る人の話をすると、大人たちは不思議そうな顔をしていた。

「ラックという人か。わかったよ」

「このコアラさん、ラックって名前じゃないの?」

 カズハが尋ね返すと、スタッフは苦笑する。

「違うよ。このコアラには名前なんてないんだ。でもおかしいな。厳重に管理していた着ぐるみなのに……」

 それから遊園地のスタッフたちは着ぐるみを持って帰り始める。すると、着ぐるみの手が、カズハに向かってゆらゆらと揺れた。まるで、バイバイと挨拶をしているようだった。
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