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一章混沌と魔物

孤軍奮闘

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「何でだ・・・まだ時間はあったんじゃないのか?」

 ラグドさんは最長でも、2、3日かかると言っていた。なのに何故───。

 考えても仕方がない。僕が今出来る事をしなければ。

 剣を装備し、1階へと下りる。予想はしていたが、店には客は愚か、冬馬までもが、いなかった。

 様子見で外へ出ていってしまったのか?ならば、早く探しに───。

「歩、起きたのか!丁度良い。起こしに行く手間が省けた。早く逃げ───何だそれ?」

 失敗した。まさか、父がいるとは思っていなかった。時間さえあれば説明をするのだが、そんな猶予はない。

「ごめん父さん!!」

「おいら歩!何やってるんだ!戻ってこい!歩!」

 冬馬に申し訳ない気持ちで壊れそうな心を何とか維持し、家を飛び出す。

 眼前に見えるは那由多の小鬼共。数える時間すら惜しいと思う程に多さだ。

 まずは、襲われている人の救助だ。数を減らす事など考えるのは後だ。孤軍奮闘の辛い戦いになるだろうが、ラグドさんが来るまでは何とか持ちこたえなければ!



「せりゃあ!」

「ぐげぇ!?」

 2週間程剣を握っていなかったが、感覚は消えてはいなかった。未だに恐怖は感じるが、そんなのに構っている暇などない。

「大丈夫ですか!」

「あ、ありがとう・・・君、冬馬さんの・・・」

 助けたのはいつもお世話になっている八百屋の叔父さんだった。早く避難をするように促すと、新たな悲鳴の先へと走っていく。

 もう何キロ走っただろうか。しかし、体は一向に疲れない。ステータスカードがなければ、きっと今頃ダウンしていただろう。

「いや、来ないで!いやぁ!!」

 悲鳴あった方向へ走っていると、襲われている女性を発見する。女性の上に馬乗りしたゴブリンが1体、手足を押さえるゴブリンが4体、合計5体。先に殺すのは勿論───。

「せい!」

「ぐべら!?」

 馬乗りしたゴブリンだ。気付いた他のゴブリン共は女性を襲うのを中断し、4体一気に襲いかかってくる。このまま剣だけで戦おうとしても、無理だ。何か良い戦術はないものか。その時、脳裏に1つの記憶が横切る。あれは、確か、ラグドさんとの特訓の時の記憶だ。

『ゴブリンは1匹で行動することはまずないだろう。剣だけで殺すのはまず無理がある』

『なら、どうすれば・・・?』

『手と足も使うんだ。武器、手、足。この全てを使えるようになれば、君は立派な戦士だ』

 そうだ、武器は剣だけではない!拳と蹴りがある。

「グキャア!!」

 歩は早速実行に移した。まず飛びかかってきたゴブリンの頭を鷲掴みにし、そのままアスファルトにぶつける。頭蓋の砕け散る嫌な音が聴こえた。まず、1体目。次に足元を狙ってきたゴブリンを壁に蹴りつけ、2体目。狼狽える残り2体のゴブリンの頭を両手で1体ずつ鷲づかみ、そのままお互いの頭をぶつけ、一撃で2体いっぺんに仕留め、30秒で4体の処理を終わらせる。

 とても鮮やかとは言えない外道戦法だが、そちらも5体で一人の女性を襲っているのだ。お互い様だろう。

「歩・・・」

「葵だったのか・・・無事だったか?」

「ちょっと怪我したけど、ダイジョブ。それより、あんた──」

「グ、ギギ・・・」

 蹴り殺したと思っていたゴブリンが今にも死にそうな状態なのに立ちあがり、たどたどしい歩みで歩の方へと歩いてくる。歩は、「まだ生きていたのか」と言い捨てると剣を抜き、胸を貫いた。

「ひっ・・・!」

 目の前で、無意味に死んでいったが可哀相と思ったようで、いつも無表情な顔が歪む。

 彼女の顔を見た歩は同情する。

「その気持ち、分かるよ。僕も最初はそんな顔したよ。でもね、こいつらは放っておいたらダメだ。皆が殺されちゃう。だから葵もまた出会す前に早く避難して」

 歩は笑った。しかし、その笑顔には喜びの感情など無く、何処か悲しげな笑顔だ。

「歩・・・」

 何故、そんな物(剣)を持っているのか。何故、化け物と戦っているのか。聞きたい事は山ほどあった。しかし、歩の笑顔を見て察する。彼は皆の為に剣を握り、戦っているのだと。

「分かった。歩も気をつけてね」

「ああ、勿論だとも」

 彼はそう言うと、何処かへと走っていった。



「お母さーん!何処ー!何処なのー!お母さーん!」

 年端もいかない少女が母に自分の居場所を教えるため泣き叫んでいた。叫んで叫んで叫び続けた。母がきっと迎えに来ると信じて。その叫びが母ではなく、別の者を呼び寄せているとは知らずに。

「お母さん!?」

 何かの気配を感じ、後ろを振り向く。そこにいたのは母ではなく、少女の泣く様を見て薄ら笑いを浮かべる魍魎共だった。

「嫌、嫌、助けて・・・助けてお母さん!」

 異形の怪物を見た少女は怪物に背を向けて逃げる。しかし、逃げても無駄だ。奴等は逃げる獲物は絶対に逃がさない。魍魎の足は速い。どんなに逃げたとしてもすぐに捕らえられてしまうのがオチだ。

「ギシャア!!」

「嫌!追ってこないでよ!」

  どんなに嫌がっても、どんなに懇願しても、小鬼共は追ってくる。速度も落とさず、疲れる事もなく。

 しかし、少女も同様かと言えばそうではない。次第に少女には疲れが現れ始め、減速が始まる。

「ゲゲゲゲェ!!」

 小鬼がついに追い付いてしまう。遊戯(殺戮)を始めるべく、少女に手の伸ばしたその時であった。小鬼の手は少女に届く事なく、空中へと舞った。

「おい、何してるんだ」

 小鬼の切り飛ばしたのは黒髪の童顔の青年であった。その青年に少女は非常に見覚えがあった。喫茶店《憩いの場》でよく見かける高校生の歩という青年だった。

「下がってて」

「う、うん・・・」

 いつも喫茶店で見る顔と同じだ。声もよく聞いていたので間違える筈がない。しかし、何かが違う。今の彼の声はとても重々しく、近寄りがたい。

「斬り捨てる」

 到底人が出せるとは思えない速さで接近し、少女を追っていた3体のゴブリンを一編に一気に仕留める。

 いつも喫茶店で見る優しい青年が目の前で残虐に小鬼を殺す様を見て少女は思わず口元を覆う。

 血に濡れた剣を鞘に納めると歩は少女に近付いてくる。

「大丈夫だったみたいだね」

「う、うん。ありがとう歩お兄ちゃん」

 一応の為に怪我が無いか、確認する。怪我をしていないか確認している際、少女の顔を見た歩は目を見開き驚く。

「君、三村の奥さんの美和ちゃんだよね?」

 ここでやっと《憩いの場》の常連客の娘だという事に気付いたようだ。

「うん。でも、いつの間にかはぐれちゃって・・・」

 少女は今にも泣きそうな声で訴えかける。歩は美和を安心させるように笑いかけた。

「大丈夫だよ。君のお母さんなら僕が助けて避難所へ向かわせた」

「本当!?」

 その事を聞いた美和の表情がパアッと明るくなる。歩は美和の心が安らかになっていくのを見てほっと安心した。

「じゃあ、お兄さんと一緒に避難所に行こっか」

「うん!」

「他の人達も助けに行きたいから少し急ぐけど大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 美和に許可をもらうと、彼女に背を向け彼女の背の高さまで腰を下ろし、背中に乗るように促す。

「でも、それじゃあ歩お兄ちゃんに悪いよ・・・」

「大丈夫だよ。今の僕、ちょっと強いから」

 乗り気ではないが、歩の指示通りに背中に乗せてもらう。

「じゃあ、行くよ。飛ばされないようにね」

「え───きゃあ!!」

人を超えた速度に驚いた美和は彼の忠告通り落とされないようしっかりとしがみつく。美和が先程よりしっかりとしがみついたのを確認すると、速度を上げ、避難所になっている母校の体育館と急いだ。




「三村さーん!美和ちゃん見つけましたよ!」

 体育館に到着した歩は美和を下ろし、体育館じゅうに響き渡る程の大声で美和の母を呼ぶ。すると、10秒も経過しないうちに美和の母は飛んでやって来た。

「美和ー!良かったぁ、本当に良かったぁ・・・」

「お母さーん!」

 美和を母の胸へと飛び込んでいく。すると、安心したのか美和は泣き出してしまった。親子の再会に笑みを隠せないでいると、誰かが歩の肩を叩く。

「亮一!それに皆」

 肩を叩いたのは歩の親友亮一だった。彼の後ろにはクラスメート等、この学校の生徒が大勢いた。

「良かった、皆無事で」

「良かった、皆無事で。じゃねぇよ!お前は何考えてんだ!」

 亮一の強烈なビンタが炸裂し、歩の右頬に的中する。ひっぱたかれた本人は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で亮一を見る。

 亮一は何故か怒っていた。それもかなり。噴火寸前である。

「山形や、他の人から事情は聞いたよ。お前1人でバケモンに襲われた人達を助けてたんだって?」

「そう、だけど・・・そんな怒る事あるか・・・?」

「怒るに決まってんだろ!!何でお前がそんな事やってんだよ!」

「勿論、皆を守る為だよ」

「それは、警察の仕事だろ!一般人のお前がやることじゃない」

 最もだ。本来なら速やかにここへ逃げてくるのが筋だ。だが、────

「あいつらを倒せる奴は今僕しかいないんだ。だから僕がやらなきゃ」

「は?何でだよ。その剣で倒せたんだろ?だったら、銃でも対抗──」

「出来ないんだ。あいつらに銃は効かない」

「意味わかんねえし・・・何で剣で殺せて銃で殺せねえんだよ!」

 その疑問についても最もだ。これは、しっかりと説明するべきだ。

「実はさ───」

 パンパンという銃声により話を遮られてしまう。銃声はすぐ近くから聞こえた。もしかして、もうここに魔物が──!

 嫌な予感がした歩は話の途中だが、急いで銃声が聞こえた先へと向かう。

「おい!待てよ歩───って速っ!!」

 亮一と歩が話していた場所から体育館の入り口までは10m以上あるにも関わらず歩は、驚異の2秒もかからずに体育館の入り口まで到着し、外へと出ていってしまった。

 皆その速さに驚き硬直していたが、しばらくすると我に返り、亮一を筆頭とし、歩の後を追って体育館を出ていった。
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