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第一章 第一幕 「傀儡を追うは、少年少女」

第十八話 「再突入と制圧戦闘」

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【19:32】

スタングレネードによって目と耳をやられた敵兵に、前衛二人は冷酷に鉛玉を喰らわせる。
一人に二発か、あるいは三発。どちらにせよ、致命傷だった。

「ルームクリア、前進する。」

リビングと台所、それに奥の和室も確認した所で、先程と同じように廊下まで前進する。もちろんながら、そこまでの部屋も確認。喜ばしいのかは知らないが、バスルームにあの影はもういなかった。
手の動きで指示されるままに、一列に並ぶ。大尉さんが最後尾、そこから前に向かって前川さん、俺、少佐の順だ。
全員で位置を確認しあうと、ゆっくりと一段ずつ階段を登る。半螺旋状になっているらしく、途中で半回転する構造のようだ。
半回転から抜ける角に差し掛かった時、上の方から激しい運動を感じる。何かやばい気がして、少佐の背中あたりを掴んで咄嗟に引いた。
その刹那、三回の爆音がする。しかし音はそこで途切れたので、俺は咄嗟に腰の拳銃を抜いて反撃の体制を整えた。
上半身だけを出して、引き金を引きまくる。回数は数えていないが、数発が頭や胴体に命中したのは見えた。
気がつくと、引き金を引いても動作音しか聞こえなくなっていた。見ると、スライドが後退したままになっている。スライドストップが正常にかかっている、つまるところマガジン内の弾丸を撃ち尽くしたのだ。すぐに空のマガジンを出し、予備を取り出す。

「っちぃ……!」

しかし、この装填がまた難しい。銃の本体をどこで保持すればいいのかわからず、結局マガジンを咥えて軽く入れてから胸に叩きつけて装填した。
しかし我ながら、片手での射撃がよく当たったものだ。視界の端に“肝が冷えたが、よくやった”とでも言いたげな少佐殿の表情が見えていたので、銃を持ちながら親指だけでも上げてやる。
さて、気づかれたな。サイレンサーも付けずにバカスカ撃っていたので、当然ではあるのだが。
三つほどある二階の部屋、その恐らく全てから男の罵声が聞こえる。いくつかでは、女の悲鳴もだ。
少佐が右の方を手で指すと、前川さんと大尉が前進して右前方を警戒しだす。その方向には部屋があるようなので、そこを警戒するようだ。
左が無警戒になっているので、手持ちの拳銃でそちらを警戒する。
数歩進むと、突如ドアが開く。右前方、二人が見ていた方だ。音に驚いて見てみると、ライフル……恐らく、AKタイプ。とにかく、銃を持った男が出てきた。

「くたばれ、このド畜……!」

何か言おうとしていたが、言い終わることなく体に風穴が開く。膝から崩れ落ちながらも倒れずにバランスを取っていたが、結局もう二発ほど叩き込まれた。
崩れ落ちたまま動かない。恐らく即死だろうが、大尉が接近して階段から引きずり下ろす。念には念を入れて、という事だろうか?
そこから我々三人が合流し、右の部屋を確認。押し入れからベッドの下まで全てを確認したが、どうやらあいつだけだったようだ。
クリアリングを終わらせて部屋を出た瞬間、連続した爆音と共に真横の部屋のドアにいくつもの穴が開く。間違いなく、敵の銃撃だ。
その銃撃が終わると同時に少佐が前に出て、内部を見ずドア越しで制圧射撃する。
そのまま次の部屋との間に滑り込んだが、今度は奥の部屋のドアが開く。さらには人影が見えたので銃を向けるが、発砲は俺の方が一歩遅かった。
後ろの前川さんが、銃撃を喰らわせる。頭に一発と胸に一発、間違いなく人間が死ぬ位置だ。
……今まで戦っている所を見ていなかったから舐めていたが、この人も相当なんだな。
もしくは、特殊部隊を指揮できるほどの権限を持った人間が弱い方がおかしいという事か?
どちらにせよ、認識を改めないといけないが……とりあえず今は、状況に集中だ。
前川さんは少佐の方へ向かっているので、俺は大尉の方につくことにする。
どうやら彼は、さっき少佐が射撃しながら通過した部屋の方を見るらしい。俺はその後ろにつき、隅から隅までしっかりと見張る。
左では、少佐と前川さんが制圧をしているようだ。何か泣き声のような音が聞こえるが、銃声は聞こえない。敵兵士ではないのだろうが、まあいい。
気にせず部屋の中を観察すると、まず見えるのは男の死体。恐らくは、少佐が射撃を当てたのだろう。
しかし、その右にあったものが問題だった。いや、人と言うべきだろうか。
……そこには、自分の口を手で塞ぎながら座り込む女がいた。戦意を喪失している事はわかっているが、念のための警戒は怠らん。

「た、助け……助けて……!」

女が話し出した時、丁度さっき聞いたのと同じ音が聞こえる。どうやら女もその音に気づいたようで、慌てた様子で突然立ち上がる。

「娘、私の娘が!」

そう言って、女は走り出す。大尉が引っ掴んで止めようとしたのだが、何故か知らないが避けられた。それを見た俺は咄嗟に銃を抜き、警告のため声を上げる。

「止まれ!動くんじゃない、止まるんだ!」

しかし、その行為は周囲の空気を少しばかり振動させただけにすぎなかった。聞こえているのかいないのか、隣の部屋に駆け込む。止まれ、と一瞬声が聞こえたが、一言程度で終わるだけだった。
急いで俺たち二人は追うが、少佐が中から出てきてどちらもを制止した。
何するんです、と言う前に彼が口を開く。

「大丈夫、民間人だ。こっちの部屋にガキが居たんだが、その母親だったようだ。」
「なんだ、そうだったんですか。まったく……焦って損したな。」
なんて悪態をつく大尉をよそに、俺は母親を見に行こうと覗き込む。だがその時、赤ん坊の鳴き声が聞こえる。わざわざ行ってやる前に向こうから来てくれたようで、何よりだ。

「大丈夫だからね、もう大丈夫……!」

赤ん坊を抱きかかえ、優しい言葉をかける。ここが戦場でなければ、テレビで取材でもされそうな位だ。しかし、この状況だと少々面倒臭い。なんせ、いつでも敵になりうる存在だからな。こいつが俺達の隙をつき、地面に落ちている銃を拾って攻撃してくる可能性だって十分ある訳だ。
……さて、どうするかな?俺の上司連中は。

「おい、少佐!  ベビーベッドの上に扉があるぞ!  屋根裏部屋だ、資料は恐らくそこにある!」
「了解。新入り!民間人を連れて外へ出ろ。」

マジ?  誰かが行かにゃならんと思ってはいたが、よりによって俺か?
だいたい、敵の能力者を倒せてないだろうが。あんたらだけで何とかできるのか?

「少佐、俺が行きます。まだ敵は残ってるんだ、有効打になりえるのは新入りだけですよ。」

よかった、大尉が言い出してくれたな。こういうことを言える人がいて良かった。

「大尉、敵が隠れられる場所は残り少ないんだ。あったとしても、せいぜい中佐が見つけた屋根裏部屋くらいだろう。
能力を使う人間さえ倒してしまえば終わりなんだ、もう能力で対抗する必要は薄い。」

いやいやいや、と。内心で言い返そうとした時だった。
突然、俺たちがいた廊下の電気が一瞬消える。
それは、俺がついさっき体感した事と全く同じだった。電気が、一瞬止まる。瞬き一度ほどの、瞬間だけだ。しかし、それでも暗闇ができた事実に変わりはない。
その証拠に、俺の視界には奴がいた。左腕の仇、真っ黒な敵性存在。そいつが、気づくと出現していた。それも、親子の目の前にだ。
物理攻撃の効果などないとわかっていても、反射的に引き金を引く。敵以外誰も入らない射線で発砲できた事は、不幸中の幸いか。
……その発砲音を聞いた時、誰もがこう思っただろう。少なくとも、俺はこう思った。
“無意味な事をしたものだな”と。最初から効果がないと分かっていたのに、撃ってしまった。弾薬の無駄だと、誰もが思った。
……この行動の、結果を見るまでの話だが。

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