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サースティールート

ゲームの中の人の日

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 金曜日。

 6月も中旬、考えないようにしてきたのだけど……そろそろ期末試験の勉強に本腰を入れないといけない。相変わらず勉強には身が入らない。せめて気持ちだけでもと授業だけは集中して聞いていたのだけど。

「成田、一月位前から真面目に授業受けるようになったよな」

 そんなことを隣の席の鈴木くんに言われる。

(む。意外と隣の女子のことを良く見ている?)

 と、感心する。
 鈴木くんの言うことももっともで、というのも、私たちの席は窓際の一番後ろの席なのだ。正直机の下でスマホをいじろうが本を読もうがほとんどバレない無法地帯と言えるような場所。
 そういう鈴木くんは時々漫画を読んでいるのを知っているし、私は以前はよく絵を描いていた。

「最近家で勉強してなくて……」

 正直に答えた私に、鈴木くんは言う。

「なにかやってるの?たまにやつれて学校来てるよな」

 私はびっくりする。

(……そんな顔に出るほど、やつれている日があるんだ)

 思わず両手を頬に当ててしまう。
 驚いたけれど、なんだか納得もしてしまった。
 この一か月ほどの異世界生活はとても楽しくて充実していたけれど、疲労も大きかった。たまにほとんど眠れずに学校に来て授業中に寝そうになったり……。

「趣味のゲームとかやってて……」
「ああ、俺もやるよ。外国のシューティングゲームとかだけどな」

 鈴木くんはニカっと笑って言う。

(シューティングゲーム……!)

 私は突然、思わぬ可能性を思いついてしまいぞっとする。
 もしもサースの居る世界がシューティングゲームの世界だったら、異世界に辿り着いたとたん私の命は一瞬で散っていたのかも知れない。

(乙女ゲームで良かった……)

 こんな安堵の仕方をすることになるとは思わなかった……。でも、あんまり乙女ゲームっぽいところは見ていないなって思う。ローザ様周りでは起きているのかも知れないけど、私が追いかけ続けているサースにはちっとも恋愛の気配なんてないし、色っぽい展開もやって来ない。散々ゲームで見て来たスチルみたいなものは私は見れることはないんだろうなぁ、と思う。でもちょっとほっとするような気持ちにもなって不思議。





 放課後、帰宅した私は、押入れから異世界へ!
 今日も寮のクローゼットから顔を出したとたんサースからの伝言くんがキラキラと舞う。
 ちょこんと触れると、大好きな人の声が再生された。

『着いたらゲーム機とバッテリーを持って行くから教えて欲しい』

 あ、そうだ、持ち帰って充電する話をしてたんだよね。

『今寮に着きました!』

 少しだけペンダントを外してサースに伝言を送り返すとすぐに返事が来た。

『すぐに行く』

 一瞬で返ってくる返事に、チャットをしているような気持ちになって、ふふふと笑ってしまう。





 寮から出ると、ちょうど遠くから歩いて来るサースが見えた。
 笑顔で手を振った。するとサースも笑顔を返してくれる。
 彼は駆け足で私の元へ来ると、袋に入ったゲーム機とバッテリーを渡してくれた。

「ちょっと待っててね。すぐに戻ってくるから」

 私はそう言うと寮の部屋へ戻る。そうしてクローゼットから自分の部屋に戻って、コンセントに両方とも差し込む。

(あれ、電気の問題って、ミュトラスの願いで叶えてもらえたり出来るのかな?電気のない世界で電気を使えるようにすること……)

 ふとそんなことを思い付いたのだけど、私の頭ではそれ以上のことは考えられない。あとでサースに相談してみよう。

 再び押入れをくぐり抜けて異世界へ。
 急いで寮の入り口に戻ると、サースが待っていてくれた。

「お待たせ!」
「大丈夫か?」
「うん。今からなら夕食を食べ終わって帰るころには充電終わってるよ」

 そう言ってサースの隣に歩いて行くと、サースは私の手を握る。

(ん?)

 慣れたように私の手を繋いで、魔法研究室へ歩き出した。
 涼しい顔をしてる彼の隣で、私は顔を赤くしてしまう。

(……最近サースはよく私と手を繋いでくれるようになったなぁ)

 親しくなったように思えてとても嬉しいけれど。
 そりゃ友達同士でも手を繋いだり、女の子同士なら良くあることだけど。
 こういうことは異性間の友達だとあまりしないんだってことを知らないんだろうな。

 サースの向けてくれる信頼と、私の恋心の圧倒的な熱量の違いは、隠しておいてもいいものだよね。





 魔法研究室に着くと、今日もサースは椅子を壁際に二つ並べて置く。

(また横並び……)

 疑問を浮かべる私に気づかないサースは、どかりと椅子に座り込むと、足を組んで真面目な口調で言った。

「……あれは、誰だ?」

 不機嫌そうに眉根に皺を刻みながら、私をまっすぐに見つめてた。

(え……?)

 突然のことで私は戸惑って、聞いてしまう。

「誰って?」
「ゲームの中のサースティー・ギアンだ」

(自分のこと!?)

 彼の隣に腰を下ろす。そうして考えた。ゲームの中のサース様のことを。

「サース様は、とてもカッコ良くて、聡明で、賢くて、知的で、寂しくて、孤独な、世界で一番素敵な人ですよ」
「……お前がどう思っているのかが分かったが、あれは、本当に俺なのか?」

 戸惑うように私を見つめるサースの揺れるような視線に、彼の中の葛藤を垣間見たような気がした。
 一晩、別の世界で作られたという自分の世界を描いたゲームをやり込んで、その中で描かれていた自分自身に、思うところがあったんだろう。
 私は笑顔で言う。

「サース様は、サースにとてもよく似ている、ちょっと違う人ですよ」
「似てはいるのか」

(似てもいないと思っていたのか……)

 少し考えてから、言葉を選ぶようにして言う。

「初めて会った日の、まだ話したことがなかったときの横顔は、ゲームの中のサース様にそっくりでしたよ」

 ほとんど動かない表情の中に、微かに揺れる瞳の感情の色や、柔らかな空気に私は恋焦がれた。
 あの日初めて会った日に描いていたのはそんなサースの絵だった。
 毎日笑ってくれるサースを知った今は、ゲームの中のサース様は、感情の薄い作り物の人形のように美しい人に思えてしまうけれど、それでも、本質的にはサースにとても良く似ていると思う。

「……お前が言うならそうなのだろうが」

 納得が出来ないようにサースは言う。

「いや。違うのか。はたから見れば、俺はあんななのか……」
「あんなって……」
「気難しくて、拒絶するだけの、人の心の分からない悪魔みたいな男だろう」
「……そんなことないよ」

 私は油断していたなって思う。

 平然となんでも受け入れて聞いてくれていたから、配慮が欠けていたのかもしれない。
 あのゲームはやっぱりサースを傷つけたんだなって……。

 彼の片手に両手を添えて、彼の手をぎゅっと握りしめる。いつもサースが私にやってくれているのと同じように。

「ゲームの中のサース様は、私の世界で一番大好きな人だったんだよ。悪魔みたいなんかじゃないよ。だって私はずっと、サースが魔王にならない未来を探してたんだよ」
「……」

 サースは少し考えるようにしてから言う。

「……あんな男のどこが良かったんだ」
「全部」
「……」
「ずっとずっと元気をもらってたの。辛いことがあってもゲームをすると元気を貰えたの。それが私にとってのサース様だよ」 

 少しだけ考えるように黙っていた。
 しばらくしてから空いた片手を私の手に添えて、握り返してくれる。

「……ロデリックの2エンド、俺の2エンドは終わった」
「……ロデリック様?」
「初回がそこのハッピーエンドだった」
「……!?」

 興奮しながらサースを見上げると、サースは不快を隠さないような視線で私を見下ろした。

「……なぜ瞳を輝かせて俺を見つめている」
「……!なんでもないよ!?」

 まるで邪な思いを感じ取っているかのようにサースは訝し気に私を見つめる。

「……何か隠してないか?」
「なんでもないよ?」
「お前は初回は誰だったんだ」
「サース様ですよ……」
「……」

 サースはため息をつくようにしてから、続けて言う。

「確かに全部終わるまでは時間が掛かるな。まだ半分にすら遠い」
「うん……」

 それでも、普通の人がクリアするよりずっと早い時間で終わってるな、って感心してしまうけれど。

「電池の問題……ミュトラスの願いを使って解決出来ないのかな?」

 私の台詞に、サースが答える。

「試してみるのもいいが、安易に願いを使うべきではないだろう。まだそれは試さなくていい」
「うん」

 前に私の世界のことを説明したときに聞いていたのだけど、この世界は魔法が発達している世界で、私の世界のように科学が発達して電気が普及している世界とは全然違うのだそうだ。灯りなども魔法を使っているらしい。

 しばらく二人とも考えるように黙り込んでいたけれど、気が付くとサースが重ねていた私の手の指を遊ぶように動かし出した。
 くすぐったい気がして、私はむずむずとした気持ちになってしまう。
 それでも自分の指がサースのされるがままになるのを許していると、サースは飽きることのないように私の指を弄び続けた。

 暫くしてから、我慢できなくなり私は思わず笑ってしまった。
 サースも釣られたように微笑んでから、私をじっと見つめた。

「……良いところなんて何もない男だっただろう」
「もう。ゲームの中のサース様も素敵な人だって言ってるのに」
「どこがだ」
「……だって。辛くても苦しても、たった一人で抱えて、だけど抱えきれなくて、自分の意思じゃないのに魔王になっちゃうんですよ。とてもとても優しくて哀しい人です」
「……」
「今はサースは世界で一番優しいって知ってます」
「それは俺か?」
「うん。ゲームじゃないサース」
「そうか」

 サースは指を絡めると、強く手を握りしめてくれた。
 所謂恋人繋ぎというものだと気付いて、一瞬焦ったのだけど、それでも今は、気持ちが通じたような気持ちになれて嬉しかった。

「ユズル・タニグチの日記にも、ゲームのことが少しだけ書かれていたな」
「うん」
「あの内容から予言の書でもあるのかと思っていたが、こんな娯楽になっているとは思いもしなかった」
「うん……そうだよね」

 そうか、サースはあの日記を読んだ時から薄々気が付いていたんだ……。

「ユズル・タニグチもこのゲームをやっていたってことか?」
「ううん。彼のお姉さんがやっていたんだって。お姉さんがミュトラスの願いを使って、巻き添え?みたいな感じで弟のユズル・タニグチくんがこっちの世界に来たんだって言ってた」
「……そうか」
「お姉さんが、ローザ様にイライラして、恋愛なんかで物語を解決するんじゃなくて、魔法の力技でハッピーエンドを迎えればいいって言ってたら飛ばされたとか、なんとか」
「ふむ」

 サースは私に視線を移すと、言いにくそうな表情で言葉を紡ぐ。

「あれは、イライラするだろう?」
「え?」
「ゲーム、というからには楽しむ娯楽だと思うのだが、ストレスがたまる一方で楽しみ方が分からなかった」
「……」
「何故、好感度を上げなくてはならないんだ。選択肢も微妙な違いしかないのに、冷たい対応を返される。数時間やっておいてバッドエンドとはなんだ。そもそもアランの攻略方法が全ての対象者の好感度を上げつつってなんなのだ、俺の好感度も上げないといけないのか。いや、これは、この世界にも適用されているのか?」

 不機嫌そうな顔で思い悩むサースを私は呆然と見つめてしまう。
 当たり前なのだけど、ちゃんと攻略本を見ながら、本当にサースはゲームをやり込もうとしているんだって、それが会話から伝わって来る。

「サリーナ、俺は男女の機微にうといが、アランとローザは付き合っていると思っているがあっているだろうか」
「うん。ローザ様にも話を聞いているけど、仲が良さそうだよ」
「そうか。なら、現実に照らし合わせるならアランルートか」
「で、でも、そのまま進むわけじゃないよ。もうすでにいろんな物事が書き換えられてるみたいだよ」
「……そうだな」

 私は、自分が知っているゲームとの相違点を思い出しながらサースに伝えた。
 見なかったカフェイベントのこと、起きなかった高等部での魔力暴走のこと、学内で襲われる事件で私を助けてくれたこと、帰るはずだった実家に帰らなかったこと、魔法使いに迫害されるイベントを見なかったこと、ロデリック様はメアリー様と婚約されていること。

「小さな変化を積み重ねたら、未来を変えられるんだって、ミュトラスの使いが言っていたの。もう、ゲームと全く同じ未来にはならないよ。これからも、変わっていく」
「……」

 気が付くと、表情を無くしたような顔をしたサースが私を凝視するように見下ろしていた。

「サース?」

 私の呼びかけに、サースは驚愕するように目を見開いた後に、叫ぶように言った。

「……お前は最初からそんなことをしていたのか!?」
「え?」

(そんなこと……?)

 彼の大きな声を聞いたのははじめてで驚いて身を縮こませてしまう。

(違う。本当は分かってたんだ。私のしていることはきっと彼を傷付けるだろうって)

 何も出来ないのに、知った風な顔をして、一人で勝手なことをたくさんしてきてしまったんだ。

「……ごめんなさい」
「違う」

 泣きそうな顔で言った私の台詞に、サースが苦しそうに表情を歪めた顔で言い返す。

「さっき言っただろう。俺が魔王にならない未来を探していたって。あれは、最初からなのか……?」
「……うん」

 サースが傷つかないように。一人で居ないように。好きな人が出来るまで、私が邪魔にならないうちは側にいたいって思っていた。でもそれだけじゃ、結局なんにも出来ていなかったのだけど。

 俯いて涙が零れ落ちる寸前の私の頭を、サースが胸の中に抱きしめる。

「ごめんなさい」
「違うって言ってるだろう。謝るのは俺の方だ。責めるような言い方をして悪かった。泣くな……」

 サースの大きな手が私の頭を優しく撫でてくれる。
 胸の温かさと良い匂いがどんどんと私を満たす。
 頭の上から小さなため息が聞こえた。

「……何も知らなかったのは、俺だけなのか」

 しばらく経ってからそう呟かれた台詞に私は顔を上げる。
 サースは困ったような顔で笑った。

「待っていろ。すぐにお前の理解に追いつく」
「……うん」
「明日は?サリーナ」
「えっと……」

 明日は土曜日。谷口くんが一緒に来てくれると言っていた。
 朝10時にうちの最寄り駅で待ち合わせをしているから、10時半にはこっちの世界に来られるかも知れない。

「朝早くても平気?」
「ああ」
「だったら、10時半ごろに着いたら連絡するね。明日もまた充電するよ」
「分かった。それまでにゲームもやっておく」
「サース、もしかしなくても電池が切れるまでやってたでしょう?無理したら駄目だよ」
「大丈夫だ」

 全然大丈夫じゃなさそうなのに、ものすごくいい笑顔を私に向けてサースは言った。





 夕食後、寮から押入れをくぐり、ゲーム機を回収してサースに渡す。
 今日は誰のルートをやるんだろうな……って思いながらサースを見上げる。

「また明日、サリーナ」

 サースはそう言うと、腕を伸ばして来て私の頭を優しく撫でた。その時に彼の顔が私に近づいて来たので、どぎまぎとしてしまう。

「また明日……サース」

 明日は土曜日、いつもより長い時間一緒に居られるのかなって思うと今からとても嬉しかった。




(サースに伝えていなかった、隠していたたくさんのことは、やっぱり彼を傷つけてしまった。それでもサースは優しく気遣ってくれた。世界で一番優しい、そして強い人だと思う。明日の為に今日は寝るまで部屋の掃除だー!と思いながら家に帰った日) 
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