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始まりの章
03:妻の決意
しおりを挟む妻、マリーズ・クストーは、今まであった事を魔女に語り始めた。
学園で夫となったジスラン・アルドワンと出会った事。
愛し愛され、相思相愛だと信じて結婚した事。
初夜を済ませた瞬間、魔法使いとあの女がなだれ込んで来たのだと。
「妊娠4ヶ月の愛人の子を、私の胎に移すのだと言われました」
マリーズの言葉に、魔女は絶句する。
それは、今では禁忌とされた魔法だった。
そもそもは、体の弱い高位貴族の女性の為に作られた魔法だった。
出産に耐えられない妻に代わり、他の女性に赤子を産んで貰うのだ。
しかしそれは、通常は出産経験者が行うものだった。
空っぽの状態の子宮に、いきなり子供が入るのだ。
出産経験のある柔軟な子宮でなければ、激しい痛みを伴う。
昔、他の子供が使った胎など嫌だと、若い女性を無理矢理代理母にしようとした貴族が居た。
その時はその痛みに体が耐え切れず、失敗に終わった。
それから改良……改悪され、胎児の父親の精子を先に子宮に入れ、それを元に子宮を拡張させる魔法が開発された。
そして大きくなった子宮に胎児を魔法で移すのだ。
しかし、時の宰相が王太子妃に自分の子を産ませようとその魔法を悪用し、王太子の精子で拡張した子宮に、宰相の胎児を移した為、拒絶反応で王太子妃が亡くなってしまった事件が起きたのだ。
無論、王太子妃は同意などしていない。
この事件がきっかけで、胎児を他人の子宮に移す魔法自体が禁止となった。
それでもどうしても体が弱く出産出来ない正妻が、第二夫人や愛妾に頼むなど、隠れて行われてはいるようだった。
しかし、マリーズは違う。
ただ、愛人との間の子供を後継者にしたいが為に、正妻が出産したという事実が欲しかったのだろう。
禁忌の魔法の為に、白い結婚ですらない。
マリーズが産んだ事にして愛人が出産する選択肢も有ったのに、命懸けの苦痛のみをマリーズに押し付けた。
学園で出会ったという事は、婚約期間も有ったはずだ。
どれだけ長い期間を掛けた計画なのか。
魔女はマリーズが全てを諦めた理由が解る気がした。
きっと妊娠中は、日当たりの良い部屋に、後継者を育てる器として監禁されていたのだろう。
無理矢理栄養価の高い、胎児に良い食事を食べさせられ、日光浴をさせられたのだろう。
貴族女性とは思えない、シミやソバカスが目立つ。
「仕返しするなら手伝うわよ」
魔女は、ベッドに横になっているマリーズの手を握った。
「苦しんだ時間分、時を戻してあげる。苦しみの始まりから逆行するから、初夜から妊娠期間分遡れるわ」
妊娠4ヶ月弱から出産までだと、大体7ヶ月である。
「耐えたら、耐えた分だけ戻るのですか?」
マリーズの質問に、魔女は頷く。
「これから私に幸せな日々は来ないでしょう。なので主人と愛人が出会った頃、8年前まで戻りたい」
マリーズは涙を流しながら、魔女に訴えた。
「これから7年も耐えるのよ」
魔女が問うと、マリーズは緩く首を振った。
「本来、絶望の中で死ぬまで監禁されるはずでした。今は復讐という希望が有ります」
この屋敷に来てから初めて、魔女はマリーズの明るい笑顔を見た。
「どうしても辛くなったら、私を呼びなさい」
魔女はマリーズの手に小さな宝石を握らせた。
「それは私の魔力を固めた石よ。強く握って私の名前を呼ぶの。声に出さないで、心の中で思うだけで大丈夫よ」
そして魔女は、マリーズの耳元で自分の名前を告げた。
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