上 下
4 / 58
始まりの章

03:妻の決意

しおりを挟む



 妻、マリーズ・クストーは、今まであった事を魔女に語り始めた。

 学園で夫となったジスラン・アルドワンと出会った事。
 愛し愛され、相思相愛だと信じて結婚した事。
 初夜を済ませた瞬間、魔法使いとあの女がなだれ込んで来たのだと。

「妊娠4ヶ月の愛人の子を、私の胎に移すのだと言われました」
 マリーズの言葉に、魔女は絶句する。
 それは、今では禁忌とされた魔法だった。
 

 そもそもは、体の弱い高位貴族の女性の為に作られた魔法だった。
 出産に耐えられない妻に代わり、他の女性に赤子を産んで貰うのだ。
 しかしそれは、通常は出産経験者が行うものだった。
 空っぽの状態の子宮に、いきなり子供が入るのだ。
 出産経験のある柔軟な子宮でなければ、激しい痛みを伴う。

 昔、他の子供が使った胎など嫌だと、若い女性を無理矢理代理母にしようとした貴族が居た。
 その時はその痛みに体が耐え切れず、失敗に終わった。

 それから改良……改悪され、胎児の父親の精子を先に子宮に入れ、それを元に子宮を拡張させる魔法が開発された。
 そして大きくなった子宮に胎児を魔法で移すのだ。


 しかし、時の宰相が王太子妃に自分の子を産ませようとその魔法を悪用し、王太子の精子で拡張した子宮に、宰相の胎児を移した為、拒絶反応で王太子妃が亡くなってしまった事件が起きたのだ。
 無論、王太子妃は同意などしていない。

 この事件がきっかけで、胎児を他人の子宮に移す魔法自体が禁止となった。
 それでもどうしても体が弱く出産出来ない正妻が、第二夫人や愛妾に頼むなど、隠れて行われてはいるようだった。

 しかし、マリーズは違う。
 ただ、愛人との間の子供を後継者にしたいが為に、正妻が出産したという事実が欲しかったのだろう。
 禁忌の魔法の為に、白い結婚ですらない。
 マリーズが産んだ事にして愛人が出産する選択肢も有ったのに、命懸けの苦痛のみをマリーズに押し付けた。

 学園で出会ったという事は、婚約期間も有ったはずだ。
 どれだけ長い期間を掛けた計画なのか。

 魔女はマリーズが全てを諦めた理由が解る気がした。
 きっと妊娠中は、日当たりの良い部屋に、後継者を育てる器として監禁されていたのだろう。
 無理矢理栄養価の高い、胎児に良い食事を食べさせられ、日光浴をさせられたのだろう。
 貴族女性とは思えない、シミやソバカスが目立つ。


「仕返しするなら手伝うわよ」
 魔女は、ベッドに横になっているマリーズの手を握った。
「苦しんだ時間分、時を戻してあげる。苦しみの始まりから逆行するから、初夜から妊娠期間分さかのぼれるわ」
 妊娠4ヶ月弱から出産までだと、大体7ヶ月である。

「耐えたら、耐えた分だけ戻るのですか?」
 マリーズの質問に、魔女は頷く。
「これから私に幸せな日々は来ないでしょう。なので主人と愛人が出会った頃、8年前まで戻りたい」
 マリーズは涙を流しながら、魔女に訴えた。

「これから7年も耐えるのよ」
 魔女が問うと、マリーズは緩く首を振った。
「本来、絶望の中で死ぬまで監禁されるはずでした。今は復讐という希望が有ります」
 この屋敷に来てから初めて、魔女はマリーズの明るい笑顔を見た。

「どうしても辛くなったら、私を呼びなさい」
 魔女はマリーズの手に小さな宝石を握らせた。
「それは私の魔力を固めた石よ。強く握って私の名前を呼ぶの。声に出さないで、心の中で思うだけで大丈夫よ」
 そして魔女は、マリーズの耳元で自分の名前を告げた。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王道くんと、俺。

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:931

飾りの恋の裏側

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:21

悪徳令嬢はヤンデレ騎士と復讐する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,615pt お気に入り:259

【完】生まれ変わる瞬間

BL / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:114

幼馴染に裏切られた私は辺境伯に愛された

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,938

【完結】子供ができたので離縁致しましょう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:965pt お気に入り:1,963

処理中です...