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最悪の出会い

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 次に目が覚めた時あのおじいさんは部屋にいなかった。改めて周りを見回してみても、やはりここが日本だとは思えない。アンティーク調の家具が揃っていて、きらびやかだけれども派手すぎない落ち着きのある部屋は、童話のお姫様が住んでいるんじゃないかと思うほどだ。

「ここは一体どこなんだ⋯⋯」

 歩き回って見れば何かがわかるかもしれない。そう考えてふわふわの掛け布団を捲ると自分の体に違和感を感じた。
 白く、そして細いのだ。パジャマから出た手や足が、驚くほどに。
事故のせいで部屋の中にいたからだろうか?いや、それにしても白すぎると思う。元から色白の方だったとはいえここまで白くなるのは無理なんじゃないか。それに細さも、私はこんなに華奢じゃない。

「⋯⋯鏡は」

 自分の顔が見たい。そう思いたってベッドから降りると、ひんやりとした床の冷たさが素足に伝わった。事故の時はあんなに痛かった足は、今では痛みの一つも感じなくなっている。
ゆっくりともう一度部屋を見回してみると、部屋の隅に白いドレッサーを見つけた。ドレッサーには鏡が備え付けられていたから、慌てて近づいていく。ドレッサーの前の椅子に座って恐る恐る鏡を覗いてみると、その光景に私は絶句した。

「え?⋯⋯」

 鏡の中の私は、私ではなかった。
黒かった髪はミルクティーのようなブラウンになっていて、色素の薄いエメラルドの瞳は丸く大きい。顔は雪のように真っ白で、赤色の艶々とした唇がよく映えていた。全体的に華奢な印象を受ける、いわゆる守ってあげたくなるような少女だ。
 夢の続きか?そう思って頰をつねると、痛い。色々なことが重なりすぎて泣きそうだ。しかも余計に謎が増えてしまった。私はどうなってしまったんだろうか。魂が死んでないことは確かだけれど、私の体はどこへ行ってしまったんだ。

 混乱した頭でしばらく考えこんでいると、入口の扉が開く音がした。鏡を見つめていた顔を扉の方に向けると、そこから現れたのは、男の人だった。遠目からでもわかるようなイケメン。何頭身なんですか?と聞きたくなるほど顔は小さくて、目鼻立ちは綺麗に整っていた。それに、きっと生まれた時からその色だったのであろう、 青くくすんだ髪はまるで深海のようで、思わず見とれてしまう。足だってすらりと伸びていて、どこかのモデルや俳優と言われても納得してしまうだろう。

「リオ様!お目覚めになられましたか!」

 ひょっこり。その男の人の後ろからさっきのおじいさんが顔をのぞかせていた。おじいさんは私を見るやいなや心底安心したかのような顔で「良かったです」と胸をなでおろしていて、私はおじいさんのその姿になんだか嬉しくなってつい頬が緩んでしまった。

「なんだ、倒れてしまったと聞いたから来てみたら、元気じゃないか」

 一つ、落とすようにため息をついた男の人は私の顔を見るなり踵を返した。

「俺はもう帰る」
「まだ来たばかりではないですか。リオ様と一緒にお茶でもいかがですか?」

 そう言って支度を始めようとするおじいさんを、男の人は手で制するようにして断るとでも言いたげにジェスチャーする。

「いや、いい。 城の外に馬車を待たせている。自分の顔に見とれている元気があるなら大丈夫だろう」
「⋯⋯見とれてた訳じゃないです」

 その人の嫌味な言い方に少しだけかちんときてしまい、思わず反論してしまう。

「聞こえていたのか。気を引きたいのかなんだか知らないが馬鹿な真似はやめろ」
 
 なんだこの男は!
 見とれていた訳でも、ましてや気を引きたい訳でもない。けれど、図星だと思ったのか男はやれやれとでも言いたげに目を細めて、硬い革靴の音をこちらに響かせて近づいてくる。近づいてきた男に対してつい身構えて睨むように見上げていると、冷たく見下ろした男は薄い唇を開いた。

「わかったか?あまり良い気になるなよ」

 その時、ぷつん。と頭の中で音がした。

「なんで名前も知らないあんたにそんなこと言われなきゃいけないの!別に見とれてた訳でも、気を引きたい訳でもない! ちょっと顔が良いからって調子のんな!」

 そうまくし立てると目の前の男も、そしておじいさんも目を丸くして私を見ていた。

「嫌味か?それは」

 眉間のしわを更に深くした男はそう呟いた。やってしまった。よく考えたら、この人はこの体の私に何か関係がある可能性が高い。そんなの少し考えればわかることなのに、怒りでつい言わなくて良いことまで言ってしまった。後悔先に立たず。必死でない頭をフル回転させてこの場を切り抜ける方法を考える。
 この二人を騙す方法。
 元々脳みその容量が少ない私が考え出した答えは一つだった。

「記憶喪失になっちゃったみたいです⋯⋯」

 これしかない。
 おじいさんも男もぽかん、とした顔をしたまま固まってしまった。これは⋯⋯成功したのだろうか、それとも失敗してしまったのだろうか。
 固まる二人を見ながら私は成功を願っていた。
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