硝子の魚(glass catfish syndrome)

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22. 逢着

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 安達が怖がらないように、自分はよりいっそう慎重になった。彼が接触に怯えるなら、手の届かない距離を守る。視線が合うと混乱するなら、後ろ姿にしか目を向けない。
 けれど割れ物を扱うように接する一方で、頭の中では何度もその身体を汚した。自らに対する感情は、嫌悪を通り越して憎悪となった。
 安達もまた無理をしていた。常にこちらの気配を窺う。些細な物音に身を竦める。つまらないことに狼狽える。辛うじて滑らかだったはずのセンテンスさえ不自然な停滞と不穏な切断を繰り返すようになり、最終的には話すことを諦めて水槽を見つめるだけの時間が増えた。
 張りつめたような薄い背を見ているうちに、もしかしたら自分が言い出さなければならないのかもしれないと思うようになった。
 彼は誤解しているのだ。ラジコンカーを親だと思い込んだひよこと同じだ。初めて出会った聞き手を、唯一の相手と勘違いしてしまったにすぎない。虐げられても親を慕い続ける子供を見ているようで、苦しかった。
 言うべき言葉なら簡単だ。もうここには来るな、お前にはもっと相応しい相手がいる、俺なんかに拘るのはやめろ……
 そんな簡単な言葉が、しかし、どうしても言えない。
「おい、聞いてんのか?」
 声をかけられて首を縦に振る。
「聞いてる。合コンだろう。三十過ぎて恥ずかしくないのか」
 すると橋本はわざとらしく溜め息をついて、飲みかけの発泡酒の缶を置いた。
「馬鹿だな。三十過ぎたからこそ合コンすることに意義があるんだろ」
 時計を見ると、午後十時半を指していた。そろそろこの男を追い出さなければならない。くだらない話はここまでだ。
「馬鹿で構わないからそれを飲み終わったら帰れ。今度来るときは事前に連絡を入れろ。こっちにだって都合がある」
「都合ねえ」
 橋本は缶を爪で弾いて唇の端を吊り上げた。顔立ちは悪くないのだが、どうも童話に出てくる小悪党のような笑い方をする。
「樋川、お前もしかして例の――」
 しかし橋本は途中で言葉を切った。
 それは、かちり、という微かな音だった。そして間違いなく、玄関の方から聞こえていた。
 自分が声を発する前に、橋本は立ち上がって廊下に向かった。
「おい、ちょっと待て」
 慌てて橋本のあとを追うと、玄関には案の定、安達の姿があった。
「――こんば……」
 いつもの挨拶を口にしかけた彼は、しかし橋本の姿を認めて硬直した。安達が不意打ちに弱いことは知っていたので、こういう状況は避けたかった。何よりこの組み合わせは、どう考えても安達にとって分が悪すぎる。
「安達さん、こいつは――」
 こいつはすぐに帰るから上がってくれ、そんなささやかなフレーズは、帰らせるつもりの男によって無慈悲に遮られた。
「やあどうも初めましてこんばんは、橋本です」
 友人の異様に愛想のよい声を聞いて、そして安達の緊張しきった顔を見て、面倒なことになる予感がした。
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