あの時くれた名前~諏訪あやかし記: 神の柱と狐の器

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時代背景等についての補足

解説

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葛城直輝少佐



 次の章では江戸時代、江戸時代、明治時代の話が出てきますが、現代とはだいぶ事情が異なっているため補足します。また、長野県諏訪地域の説明もここで述べます。

〇明治期の学校について

・この時代、中学は男子のみで5年制でした。入試があり、進級も厳しく、しかも学費は庶民にとって高額でした。そのため明治時代には全人口の数%未満しか中学を卒業できず、大正時代になっても10%に行くことはありませんでした。

・当時は大学受験は原則としてなく、高等学校、つまり旧制高校を卒業すれば「帝国大学」と呼ばれる国立大学に無試験で入学出来ました(ただし一部の学部は人気だったのでそこだけは試験がありました)。現代でも7つの「旧帝国大学」は難関として知られていますね。したがって、高校に入学すれば当時としては超高学歴になれることがかなりの確率で確定していたため、高校入試は今よりもずっと熾烈でした。

・ただし、国立の旧制高校に行かないルートもありました。一つは、私立大学や一部国立大学の「予科」と呼ばれる学校に入るルート(たとえば早稲田大学予科)。これは国立の旧制高校と同じような位置づけですが、設置している大学にしか進学できず(例えば前述の早稲田大学予科なら早稲田大学のみにしか進学できない)、旧制高校のように帝国大学には進学できませんでした。

・もう一つの旧制高校以外の進路として、軍関係の学校へ進む道がありました。代表的なのは、陸軍の陸軍士官学校と海軍の海軍兵学校です。これらを卒業すると、徴兵や志願兵として長年勤めてようやく到達できる曹長よりもさらに上位の少尉という階級に、20代前半でいきなり任官することができました。しかも学費は無料であったため、庶民にとっては大変魅力的な進路とされました(もっとも、必ずしもそうではなかったとする説もあります)。

・中学に行かないルートもありました。例えば師範学校という小学校の教員養成の学校に入るルートが一つ。そしてもう一つ有名なのが、陸軍幼年学校という陸軍の中学校のような学校に入ることです。この学校を卒業すると、上で説明した陸軍の高校に当たる陸軍士官学校に特別な事情がなければ無試験で入れるだけでなく、将来の陸軍上層部に食い込むにあたっても便宜が図られたと言われていたため、ここはいわば陸軍の生粋エリートを育てるための学校でした。

 まとめると、①中学すら超難関で数%しか卒業できない、②旧制高校を卒業すると帝大に行ける、③軍や師範学校という別ルートもあるという感じでした。

〇諏訪地域、諏訪大社と御柱祭について

 長野県の諏訪地域といえば、まず諏訪大社を思い浮かべる人が多いと思います。諏訪の人々にとっては知らない人がいないほど大きな存在で、かつては諏訪家が祭祀を担っていました(大祝諏訪家)。その後、一族から武士としての諏訪家が分かれ、やがて諏訪湖のほとりに高島藩を築きました(武家諏訪家)。大祝諏訪家は残りましたが、武家諏訪家に比べると存在感はやや薄れていきました。

 現在、諏訪地域と呼ばれるのは、諏訪市・岡谷市・茅野市・下諏訪町です。

 この地域での一大イベントが、七年に一度行われる「御柱祭」という祭りです。巨木を山から曳き出して社殿の四隅に建てる壮大な行事で、地域の氏子が力を合わせて執り行います。山から巨木を曳き出すときは丸太に乗る人もいて大変危険ですが、この祭りに命を懸ける地元民も多く、そうした危険な役を自ら買って出る人が後を絶ちません。

 諏訪大社は四つの社から成り立ち、もっとも有名なのは諏訪市にある上社本宮です。下諏訪町には下社春宮と秋宮があり、茅野市(戦前は『宮川村』と『玉川村』)には「諏訪大社始まりの地」とされる上社前宮があります。岡谷市(同じく戦前は『平野村』)だけは社を持ちませんが、御柱祭には氏子として参加していますし、何より明治から第二次大戦にかけては製糸業の中心地として大きな力を持っていました。生糸の輸出で栄え、県内人口でも松本市に次ぐ規模を誇っていたため(一時期は県庁所在地の長野市よりも多いものでした)、社はなくとも経済的な当時の諏訪の中心地は紛れもなく岡谷市でした。

 こうして、諏訪の各市町村はそれぞれ歴史や産業の誇りを抱き、「諏訪の中心」をめぐって競い合ってきました。他地域の方々からするとおそらく不毛な争いにしか見えないと思いますけどね。ちなみに私は茅野市育ちなので宮川・玉川村びいきの記述が多い、かも?

 〇士族って何?

 明治維新以降、江戸時代にあった身分である士農工商は解体され、これら四民は平等となりました。もちろん、旧公家(ざっくり言えば貴族)やのちに記す藩主などは「華族」、皇室は「皇族」として四民とは別枠の身分とされ、一定の特権を保ち続けていましたが、少なくとも「士」に当たる武士階級の特権はほぼなくされたと言っていいでしょう(のちに記す藩主に限っては特権が存続しましたが、それは華族に彼らが編入されたため)。

 その一方で、武士は良くも悪くも誇り高い人びとで、かつて侍であったことを忘れたくないという思いが強くありました。政府もその感情には一定の配慮をします。それが「士族」制度です。かつて武士であった家の出身者は、戸籍の身分欄に「士族」と記載することが認められました。

 とは言え、言ってしまえばただの戸籍の記載でしかなく、何らそれ以外に意味はなかったのですが、一応そうした処分によってなんとか旧武士層はプライドを保っていたようです。ちなみに、士族の他に下級武士である「卒族」というのもあったのですが、この二つを管理するのが面倒な明治政府は、結局卒族ものちに士族に組み込んで廃止しました。

 〇藩って何?

 江戸時代の話を聞くと、何とか藩という言葉がよく出てくると思います。なんとなく今の都道府県に近いものなのかなと私も昔は思っていたのですが、部分的には正しく、部分的には間違いです。

 江戸時代の日本において、そこに暮らす人たちにはなんとなく一つの国に住んでいるという意識はあったものの、統治機構として見ると、実は統一国家日本というのははっきりしていませんでした。一応、関ケ原の戦い以降、覇者となった徳川家が江戸幕府を現在の東京である江戸に置いてから、ある程度の統一機構自体は作られはしました。しかし一方で、地方にある各藩は独立性が極めて高く、幕府と関わりなく税金を領内で取ってお金は自由に使えましたし、軍隊すら独自に持つことができました。少し語弊はあるのですが、現代の感覚だと各藩が独立国家に限りなく近かったのです(現代でも~連邦と名の付く国家はこうした制度であることが多いです)。徳川方である幕府が最終的に敗北したのは、勝者となった長州・薩摩をはじめとする抵抗勢力が、こうして独自に自前のお金と軍隊使えたということも大きいです。独立国家に近かったからこその動きをしていたのですね。

 つまり、今の長野県諏訪市にあった高島藩もまた独立国家、そのお隣の松本藩もまた独立国家にきわめて近いものだったわけです。徳川家康が勝った天下分け目の関ヶ原というのは、一応全国を統一したものの、その内実を見る限りでは、藩という各地方国家のなかで一番喧嘩の強いのは誰かを確定しただけという性格が強いものでした。この藩の最高責任者が、今でもよく聞く「藩主」と呼ばれたり、「お殿様」と呼ばれたりします(必ずしもその時代にそう呼ばれたわけではないようですが)。大体今で言うなら大統領と知事の間でしょうか。その藩主の下で働く武士たちは「藩士」と呼ばれました。そうした事情があり、江戸末期(幕末)に起こった革命、通称明治維新というのは、この各地てんでんばらばらにあった地方国家を潰して一つの統一国家を作り、藩の代わりに国の一部である県を置く(廃藩置県)ことも大きな目的一つだったのです。もちろん、江戸時代の徳川も無策だったわけではなく、参勤交代という制度を導入し、地方の藩主を無理やり江戸に来させたり逆に帰京させたりすることで地方財政を疲弊させ、かつ藩主を一定期間江戸に置くことで徳川からの監視の目が届くようにするなどの策を考えてはいました。しかし、やはり万全というわけではなく、結果的に地方の藩による革命によって倒れたというわけです。

 ただ、徳川が「独立国家同士の中で最も強かった」だけとはいえ、全国規模で政治的な調整を行う必要はありました。そのため設けられたのが、全国をゆるやかに統合する枠組みとしての幕府です。その長が「将軍」と呼ばれる存在で、徳川家の当主であると同時に幕府の最高権威でもありました。もっとも、将軍自らが積極的に政務を執ったのは家康、家光、綱吉、吉宗、慶喜といった一部に限られ、通常は名目的な存在にとどまりました。実際の政務を担い、最高権力者に近い立場にあったのは、現代の総理大臣に相当する役割を果たした老中でした。
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