ありふれた想いも、その儚さで

青森りんご

文字の大きさ
6 / 9

六話 途切れた言葉と暴かれた真実

しおりを挟む

 それは突然のことだった。

 いつもなら仕事中でも休憩中でも、何かと私に話しかけてくるルカが、急によそよそしくなった。話しかけても短く答えるだけで、それ以上は会話を続けようとしない。彼の無口さは日を追うごとに際立ち、気まずい沈黙が私たちの間に広がっていた。

「ルカ、最近どうしたの?何かあったの?」

 ある日の休憩時間、私は思い切って問いかけた。ルカは一瞬視線をこちらに向けたが、すぐにそらして短く答えた。

「別に」

 その冷たい返答に、胸が締め付けられるような思いがした。彼がこんな風に言葉を濁すのは初めてだった。何か深刻な事情があるのだろうか。それとも、私が何かしてしまったのだろうか――そんな不安が頭を巡る。

「何でもないわけないでしょ。話してくれたっていいじゃない」

 さらに問い詰めると、ルカは面倒そうにため息をついた。

「エリザベート、放っておいてくれ」

 それだけ言い残し、ルカは私を置いてカフェの奥へと消えていった。その背中を見つめながら、どうしてこんなことになってしまったのか、頭の中で答えを探し続けた。

 その日の仕事を終え、私はアパートへ帰るために夜道を歩いていた。街灯がぼんやりと光を放つ通りを歩いていると、ふと背後に気配を感じた。振り返ると、そこにはセレナが立っていた。

「セレナ……何の用?」

 その姿を見た瞬間、嫌な予感が胸をよぎる。彼女はいつもの冷たい笑みを浮かべながら、一歩私に近づいた。

「こんな夜道を一人で歩くなんて、ずいぶんと無防備ね。まあ、今のあなたにはそれくらいがお似合いかもしれないけど」

「何が言いたいの?」

 私は彼女の視線を真っ直ぐに受け止めた。セレナは軽く肩をすくめながら、口元に意地の悪い笑みを浮かべた。

「ルカの様子が変わったこと、気づいてるでしょ?」

 その言葉に胸がざわつく。どうしてセレナがそのことを知っているのだろう。

「……それがどうしたの?」

「教えてあげるわ。彼がどうして急にあなたを避けるようになったのかをね」

 セレナはゆっくりと私の前に歩み寄ると、わざとらしくため息をついてから続けた。

「実はね、ルカの家族のことをちょっと調べさせてもらったの。彼って、お金に困っている家族がいるのよね。特に弟さん。病気で高額な治療費が必要だとか」

 その言葉に、私は凍りついた。ルカの家族の話など聞いたことがなかった。彼はいつも自分のことを多く語らない。でも、セレナの言葉には嫌な説得力があった。

「それでね、その治療費を支援してあげるって話を持ちかけたの。もちろん、タダでなんて言うわけないけど」

「……何をしたの?」

 私は震える声で問いかけた。セレナは満足げに微笑み、低い声で答えた。

「簡単なことよ。あの人があなたから距離を置くこと。それだけ。彼が私の言うことを聞かないなら、支援を打ち切るって言ったら、あっさりと私の条件を飲んだわ」

 目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。ルカが冷たくなった理由は、私を嫌ったからではなく、セレナの金の力に屈していたからだった。

「どうして、そんなことを……」

 私が言葉を絞り出すと、セレナは高笑いを上げた。

「どうして?そんなの簡単よ。あなたが気に食わないから。没落したのに、まだプライドだけは高いあなたを見ると、なんだかムカムカするのよね。だから、どれだけ惨めな立場か思い知らせてあげたくなったの」

 セレナの言葉は鋭い刃となって、私の心に突き刺さる。

「ルカは、あなたを庇おうとしたわ。でも、私に逆らえば家族が路頭に迷う。それが分かっているから、私の言いなりになるしかなかったのよ」

 セレナは満足そうに笑いながら、最後にこう言い放った。

「結局、今のあなたにはどうしようもできないのよ。あの人のために何かできる力なんて、あなたにはない」

 そう言うと、セレナは背を向けて去っていった。私はその場に立ち尽くし、何も言い返すことができなかった。

 アパートに戻った私は、部屋の中で膝を抱えて座り込んだ。ルカの態度の理由が分かった今、胸に込み上げるのは無力感だった。彼の家族のために、私は何もできない。自分の無力さを突きつけられ、涙が頬を伝った。

「私には……何もできないの?」

 その言葉が、虚しく部屋の中に響いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

親同士の決め事でしょう?

泉花ゆき
恋愛
伯爵令嬢であるリリアーナは学園で知り合った侯爵令息のアルフレッドから婚約を申し込まれる。 リリアーナは婚約を喜んで受け、家族からも祝福された。 長期休みの日、彼の招待で侯爵家へ向かう。 するとそこには家族ぐるみで仲良くしているらしいカレンという女がいた。 「あなたがアルの婚約者?へえー、こんな子が好みだったんだあ」 「いや……これは親同士が決めたことで……」 (……ん?あなたからプロポーズされてここへ来たんだけど……) アルフレッドの、自称一番仲のいい友達であるカレンを前にして、だんだんと疑問が溜まってきたころ。 誰よりもこの婚約を不服に思うリリアーナの弟が、公爵令息を連れて姉へと紹介しにくる。

処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強チームを作ります!

みかぼう。
恋愛
地方を救おうとして『反逆者』に仕立て上げられ、断頭台で散ったエリアナ・ヴァルドレイン。 彼女の失敗は、有能すぎるがゆえに「独りで背負いすぎたこと」だった。 ループから始まった二周目。 彼女はこれまで周囲との間に引いていた「線」を、踏み越えることを決意した。 「お父様、私に『線を引け』と教えた貴方に、処刑台から見た真実をお話しします」 「殿下、私が貴方の『目』となります。王国に張り巡らされた謀略の糸を、共に断ち切りましょう」 淑女の仮面を脱ぎ捨て、父と王太子を「共闘者」へと変貌させる政争の道。 未来知識という『目』を使い、一歩ずつ確実に、破滅への先手を取っていく。 これは、独りで戦い、独りで死んだ令嬢が、信頼と連帯によって王国の未来を塗り替える――緻密かつ大胆なリベンジ政争劇。 「私を神輿にするのなら、覚悟してくださいませ。……その行き先は、貴方の破滅ですわ」 (※カクヨムにも掲載中です。)

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。

下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。 アルファポリス様で10話以上に肉付けしたものを読みたいとのリクエストいただき大変嬉しかったので調子に乗ってやってみました。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい
恋愛
魔物を討伐し国を救った若き魔術師アリア・フェルディナンド。 国王から「望むものを何でも与える」と言われた彼女が選んだ褒美は―― 「国一番の美男子を、夫にください」 という前代未聞のひと言だった。 急遽開かれた婿候補サロンで、アリアが一目で心を奪われたのは、 “夜の街の帝王”と呼ばれる美貌の青年ルシアン・クロード。 女たらし、金遣いが荒い、家の恥―― そんな悪評だらけの彼を、アリアは迷わず指名する。 「顔が好きだからです」 直球すぎる理由に戸惑うルシアン。 だが彼には、誰にも言えない孤独と過去があった。 これは、 顔だけで選んだはずの英雄と、 誰にも本気で愛されたことのない美貌の青年が、 “契約婚”から始める恋の物語。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...