永久糖度

すずかけあおい

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永久糖度

永久糖度⑦

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 自慢げに掲げられたランチバッグに目をまたたく。
「お弁当だよ」
「……叶が作った?」
「そう」
 つき合いはじめてますます妻らしくなった叶は、ついに手作り弁当にまで手を出したようだ。毎日幸せそうで、そんな気持ちが恵吾にも伝わってくる。
「恵吾、お弁当と言えば?」
「……? 卵焼き?」
「ぶっぶー。正解は――」
 卵焼きをつまんだ箸を、恵吾の口もとに持ってくる。
「『あーん』です。はい、あーん」
「……口を開けろと?」
「そう。おいしいよ。恵吾の好きな甘い卵焼き」
 叶が楽しそうだと、こんなに気分が弾んだだろうか。不思議なほど羞恥がなく口を開けられた。
「おいしい」
「よかった」
 ほどよい甘みの卵焼きは巻き方も綺麗だ。叶がなんでもできることを今さら知る。
「俺も味見しちゃおうかな」
 顔を寄せてきたから慌ててよけた。それはだめだ。もちろん叶は不満そうにしている。
「こんなとこで、やだよ」
「じゃあ帰りにうちに寄ってね。いっぱいちゅうしよう」
「……」
 なにも答えない。答えられない。どんな答えを返しても、叶が喜ぶものでしかないのだ。叶が笑っていられるように、自分を磨いていこう。そうしたらもっと好きになってもらえるかもしれない。
「……っ」
「どうしたの? 顔赤いよ?」
「…………なんでもない」
 自分の思考が恥ずかしい。もっと好きになってほしいと思ってるなんて、知らなかった。叶のことはよくわかっていても、自分のことはいまいちわかっていないのかもしれない。
 ちら、と叶を見あげる。
「なに?」
「んや。なんでも」
 叶にもっと好きになってもらったら、今以上の幸せがあるのだろうか。そんなの嬉しすぎる。
 自分で考える以上に、叶のことがかなり好きみたいだ。

 恵吾が手にしていたスクールバッグを、叶がひょいと取りあげる。
「持つよ」
「え?」
 手ぶらの恵吾に対して叶はバッグを二個持ちだ。昼のランチバッグまで持ってくれているから大荷物になってしまうので、バッグを返してもらおうとする。でもよけられた。
「いいよ。叶は自分のあるだろ」
「よくない。恵吾を大事にするの」
 いっそう人を寄せつけなくなった気もするが、周囲にとって叶が鑑賞用であることは安心もある。手を出されたら腹が立つではすまない。あの日のボブヘアの女子のことは、今思い出してもいらっとする。
「叶」
「なに?」
「好き」
 足を止めた叶は、ゆっくりと視線をおろす。目が合って、優しい笑みを向けられた。
「もう一回言って?」
「言わね」
 それでも叶は嬉しそうで、心がほっこりとする。隣にいられることがくすぐったくて、誇らしい。恵吾だけが叶の恋人だ。


「おまえらいい加減にしろよ」
「は?」
 梅田が頬杖をつきながらため息を零す。その呆れ顔の意味がわからず、首をかしげた。
「なにが?」
「朝は一緒にご登校、昼は手作り弁当で『あーん』、帰りは長沼がスクバ持ってやっていちゃいちゃ。どこにいてもなにをしててもいちゃいちゃいちゃいちゃ」
「……っ」
 自分たちの行動を言葉にされると、気がついていなかったけれどたしかにいちゃついていたかもしれない。それも人目のあるところで堂々と。猛烈に頬が熱くなり、羞恥で埋まってしまいたくなる。
「こらこら梅田」
「出たよ、彼氏」
「恵吾をいじめちゃだめ」
「いじめてねえよ」
 なぜだか抱きしめられ、後頭部に手を添えて広い胸に押しつけられる。叶のにおいがしてますます頬が火照る。
「か、叶っ」
 さすがに恥ずかしくて逃げようともがくが、まったく力が緩まず逃げられない。それでも諦め悪くもがいて暴れる恵吾を、叶は易々と押さえ込む。
「逃がさなーい。それに、捕まえてろって言ったのは誰だっけ?」
 頬が胸に触れているから声が直接響いてくるようで、どきどきする。弾んだ叶の声に合わせて心臓が跳ねる。
「可愛い恵吾は俺のもの」
 今、叶がどんな顔をしているのかが容易に想像できる。緩みきってハート乱舞に違いない。それでも好きだから仕方がない。少し身体を離して、叶の目を見ながら頭を撫でる。
「恵吾のいい子いい子は優しくて好き」
「叶はいい子だったっけ?」
「悪い子でも好きでいてくれる?」
「だからおまえら、いい加減にしろ」
 ふたりの世界は梅田のとげとげしい声で壊された。
 叶はだいぶおかしいけれど、自分も相当だ。もっと叶を自慢したい。
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