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(9)ありがとうの日①
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「どうしたんですか? 黛さん」
十六時。
一階フロアで従業員が揃ってまかないを食べていると、隣に座る侑大《ゆうだい》がお椀を見て固まっている。
「安藤さん……いえ、ちょっと」
「?」
お椀の中身は真鯛のあら汁。
「真鯛が俺を見つめているな、と…」
「ああ」
侑大はこういうのが苦手だ。
「俺のは頭が入っていないので、まだ箸つけてませんから交換しますか?」
「いいんですか?」
「はい」
「すみません、ありがとうございます」
侑大とお椀を交換する。
箸つけてなくてよかった。
なんだかすっごく幸せな日になりそう。
「要、さっきはありがと」
「ううん、侑大ああいうの苦手だよな」
「うん…」
まかないを終えて二階に上がる時に侑大が小声で話しかけてきた。
俺も侑大にだけ聞こえるように返す。
ちょっと前に店が雑誌で紹介されてから毎日個室は予約で満室になる。
更に一~二回転、多いと三回転するので結構ハードだが少しずつ落ち着いてきてはいる。
「それで?」
「?」
「黛さんは真鯛とのにらめっこ以外にも何かあったんですか?」
「…安藤さん?」
デシャップ前で予約客の確認をしている侑大に聞く。
侑大は今日の予約客リストを見てから様子がおかしい。
「さっきからなんだか様子がおかしいので、何かあるのかなと」
「………」
侑大はメモを片手に黙り込む。
「気のせいならいいんですけど」
「……予約客の中に久保様っていて」
「? はい」
久保様。
確かにいた。
特に珍しい苗字ではないと思うけど。
「…………幼なじみと同じ苗字で…」
「幼なじみ?」
侑大に幼なじみがいたのは初耳だ。
よく考えてみると俺は侑大の事をあまりよく知らないのかもしれない。
本人が自分から話さない事は聞かないからかもしれないけれど。
「はい…、なんかちょっと、………トラウマ的な」
「………」
どこか怯えた目で俺から視線を逸らす。
何があったんだろう。
抱き締めたいけれど今は仕事中。
「あ、いやほんとにちょっとで。“恋人”のおかげで傷もかなり癒えてきたんで」
慌てたように少し早口になる侑大。
「黛さん」
「ほんとに、ちょっとひっかかるだけって言うか…」
「黛さん」
「…はい」
侑大の早口をそっと止める。
「痛いなら痛いって言っていいんですよ。辛い時は辛いと言ってください」
「………はい」
侑大は口を閉じる。
明らかに無理をしている。
ごまかす必要なんてないのに。
でもそれも、俺に心配をかけたくない、侑大の優しさ。
「……黛さん」
「はい?」
視線が再び俺をとらえる。
そして今は本当に仕事中。
でも俺と侑大以外に誰もいない。
軽く唇を重ねてすぐに離した。
「……仕事中です、安藤さん」
「すみません、つい」
それでもどこかほっとしたような表情を見せる侑大。
「大丈夫ですよ、黛さん」
笑いかけると侑大は固かった表情を和らげる。
「うん、ありがとう…要」
きゅっと手が握られた。
十七時の開店と同時に一組目のお客さんが来店する。
侑大が出迎えに行って、予約客だったので予約の個室に案内する。
その間に次のお客さんの来店で俺が出迎えに行く。
『久保様』だった。
茶髪の、ちょっと軽そうな感じの男性と女性のふたり連れ。
予約の個室に案内する途中で個室から出てきた侑大が俺に気づき、そして俺が案内している『久保様』を見て固まる。
「え、侑大?」
『久保様』が侑大に声をかける。
幼なじみ本人。
侑大と代わったほうがいいだろうかと考えるが侑大の様子がおかしいし、“トラウマ”と言っていたのでとりあえず様子を見る。
「………春臣」
侑大の声が少し震えている。
「何、お前ここで働いてんの?」
「……うん」
「へー、でも久しぶりだな」
「……ああ、ほんとに」
不自然に『久保様』から目を逸らす侑大。
「お前が大学卒業の時に俺に告ってきて以来?」
「何それ? 春臣、どういう事?」
連れの女性が聞く。
「こいつ俺が好きだっていきなり告ってきたの。幼なじみなんだけど、ずっとそういう目で俺の事見てたのかと思ったらマジでキモくて」
「何それキモい」
「………」
侑大の表情が歪む。
トラウマ。
なるほど、そういう事か。
「久保様、こちらのお席をご用意いたしました」
予約で振り分けされている個室ではなく一番近い個室に案内する。
この個室も予約人数は同じだし、どちらも部屋指定ではないから問題ない。
「侑大、後で部屋来いよ」
そう言って『久保様』は個室に入った。
誰が行かせるか。
「黛さんは二卓には行かなくていいですから」
「でも…」
「いいですから」
「……はい」
まだ表情が固まったままの侑大に告げてハンディを持って二卓に向かう。
「あれ、侑大じゃないの?」
「黛は他のお客様の対応中ですので、申し訳ございません」
「まあいいや。後で来させて」
「ご注文はお決まりでしょうか」
行かせるわけねえだろ。
『来させて』を無視して注文をとり、個室を出た。
十六時。
一階フロアで従業員が揃ってまかないを食べていると、隣に座る侑大《ゆうだい》がお椀を見て固まっている。
「安藤さん……いえ、ちょっと」
「?」
お椀の中身は真鯛のあら汁。
「真鯛が俺を見つめているな、と…」
「ああ」
侑大はこういうのが苦手だ。
「俺のは頭が入っていないので、まだ箸つけてませんから交換しますか?」
「いいんですか?」
「はい」
「すみません、ありがとうございます」
侑大とお椀を交換する。
箸つけてなくてよかった。
なんだかすっごく幸せな日になりそう。
「要、さっきはありがと」
「ううん、侑大ああいうの苦手だよな」
「うん…」
まかないを終えて二階に上がる時に侑大が小声で話しかけてきた。
俺も侑大にだけ聞こえるように返す。
ちょっと前に店が雑誌で紹介されてから毎日個室は予約で満室になる。
更に一~二回転、多いと三回転するので結構ハードだが少しずつ落ち着いてきてはいる。
「それで?」
「?」
「黛さんは真鯛とのにらめっこ以外にも何かあったんですか?」
「…安藤さん?」
デシャップ前で予約客の確認をしている侑大に聞く。
侑大は今日の予約客リストを見てから様子がおかしい。
「さっきからなんだか様子がおかしいので、何かあるのかなと」
「………」
侑大はメモを片手に黙り込む。
「気のせいならいいんですけど」
「……予約客の中に久保様っていて」
「? はい」
久保様。
確かにいた。
特に珍しい苗字ではないと思うけど。
「…………幼なじみと同じ苗字で…」
「幼なじみ?」
侑大に幼なじみがいたのは初耳だ。
よく考えてみると俺は侑大の事をあまりよく知らないのかもしれない。
本人が自分から話さない事は聞かないからかもしれないけれど。
「はい…、なんかちょっと、………トラウマ的な」
「………」
どこか怯えた目で俺から視線を逸らす。
何があったんだろう。
抱き締めたいけれど今は仕事中。
「あ、いやほんとにちょっとで。“恋人”のおかげで傷もかなり癒えてきたんで」
慌てたように少し早口になる侑大。
「黛さん」
「ほんとに、ちょっとひっかかるだけって言うか…」
「黛さん」
「…はい」
侑大の早口をそっと止める。
「痛いなら痛いって言っていいんですよ。辛い時は辛いと言ってください」
「………はい」
侑大は口を閉じる。
明らかに無理をしている。
ごまかす必要なんてないのに。
でもそれも、俺に心配をかけたくない、侑大の優しさ。
「……黛さん」
「はい?」
視線が再び俺をとらえる。
そして今は本当に仕事中。
でも俺と侑大以外に誰もいない。
軽く唇を重ねてすぐに離した。
「……仕事中です、安藤さん」
「すみません、つい」
それでもどこかほっとしたような表情を見せる侑大。
「大丈夫ですよ、黛さん」
笑いかけると侑大は固かった表情を和らげる。
「うん、ありがとう…要」
きゅっと手が握られた。
十七時の開店と同時に一組目のお客さんが来店する。
侑大が出迎えに行って、予約客だったので予約の個室に案内する。
その間に次のお客さんの来店で俺が出迎えに行く。
『久保様』だった。
茶髪の、ちょっと軽そうな感じの男性と女性のふたり連れ。
予約の個室に案内する途中で個室から出てきた侑大が俺に気づき、そして俺が案内している『久保様』を見て固まる。
「え、侑大?」
『久保様』が侑大に声をかける。
幼なじみ本人。
侑大と代わったほうがいいだろうかと考えるが侑大の様子がおかしいし、“トラウマ”と言っていたのでとりあえず様子を見る。
「………春臣」
侑大の声が少し震えている。
「何、お前ここで働いてんの?」
「……うん」
「へー、でも久しぶりだな」
「……ああ、ほんとに」
不自然に『久保様』から目を逸らす侑大。
「お前が大学卒業の時に俺に告ってきて以来?」
「何それ? 春臣、どういう事?」
連れの女性が聞く。
「こいつ俺が好きだっていきなり告ってきたの。幼なじみなんだけど、ずっとそういう目で俺の事見てたのかと思ったらマジでキモくて」
「何それキモい」
「………」
侑大の表情が歪む。
トラウマ。
なるほど、そういう事か。
「久保様、こちらのお席をご用意いたしました」
予約で振り分けされている個室ではなく一番近い個室に案内する。
この個室も予約人数は同じだし、どちらも部屋指定ではないから問題ない。
「侑大、後で部屋来いよ」
そう言って『久保様』は個室に入った。
誰が行かせるか。
「黛さんは二卓には行かなくていいですから」
「でも…」
「いいですから」
「……はい」
まだ表情が固まったままの侑大に告げてハンディを持って二卓に向かう。
「あれ、侑大じゃないの?」
「黛は他のお客様の対応中ですので、申し訳ございません」
「まあいいや。後で来させて」
「ご注文はお決まりでしょうか」
行かせるわけねえだろ。
『来させて』を無視して注文をとり、個室を出た。
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