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好きだった幼馴染

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時刻は午前7時過ぎ。季節は6月の上旬。
平日のこの時間は社会人なら会社へ、学生は校舎を目指し嫌々歩いてるのが日常の風景だろう。

そして、ある二人の学生にとっても普段と変わらない登校時間になる筈だった……しかし、予想外な出来事とはいつも唐突に訪れるモノ。


「私、2組の石田君と付き合う事にしたの」

「………え?」

思い掛けない幼馴染からの告白に、俺は目を大きく見開いた。今までの人生でこれほど驚かされた事なんて無いだろう。寝惚けた脳内が一瞬にして覚醒する。

俺・坂本雄治と、幼馴染・姫田愛梨は互いに高校二年生でクラスも同じだ。家が近いと言う事で幼い時からずっと家族ぐるみの付き合いが有る。
ただ俺はそんな彼女を少し前から一人の女性と意識し、愛梨に対して強い恋心を抱いていた。

だから2ヶ月前、意を決しその想いを伝えたところ──



『う~ん……少し待ってて、雄ちゃんとの事は真剣に考えたいから』

と、返事を返されていた。

直ぐに答えは貰えなかった。でもそれで良い。
今にしても思うと、あの時は高校一年の終業式で急な告白だったと思うから。
なにより『真剣に考えたい』と言って貰えたのが本当に嬉しかった。
その後も普段と変わらない関係が続いてるし、告白しなければ良かったとかそんな気持ちは少しも抱いてない。
時間を掛けても良いから、愛梨の覚悟が決まった時に返事を貰えたらなと……そんな風に考えて居た──


──だと言うのに……

俺は黙ってる事が出来ず、その件について愛梨を問い質す事にした。


「いや、付き合うのは良いけど………俺が終業式にした告白はどうした?まだ答えを貰ってないんだけど?」

「えっ~と……それなんだけど……」

「まさか忘れてたのか?」

「そ、そんな事ないよ!」

愛梨は慌てて否定するが、それを聞いて俺はますます困惑する。忘れてた訳じゃなければ、何故、返事をくれないまま石田と付き合う事にしたんだろう?


──それを雄治が問う前に愛梨が理由を口にする。しかし、その理由を聞いて雄治は更に不快感を増幅させた。


「その……言い難いだけど、雄ちゃんって、やっぱり家族……幼馴染としか観れないんだよ。一緒に居てもドキドキしないと言うか」

「………じゃあ返事は、ダメって事か?」

「ううん!それは違うよ!」

「………じゃあどういう事?」

「……それは」

──話を聞く毎に解決どころか疑問が増えてゆく。告白の返事がダメじゃないなら、どうして別に恋人を作ってるんだ?愛梨が言い淀んでる様なので俺から更に質問を重ねる。


「じゃあ石田と一緒に居る時は、ドキドキするって事か?だからオーケーしたの?」

「その……うん──彼とは入学式準備のボランティアで一緒になったんだけど、二人で作業をしてる時に……凄くドキドキしたというか……それで……良い雰囲気になって……だから──」

入学式前って……俺が告白した直後かよ……あれから日を置かずして心が動いたって訳か。

でも、そうか……十年以上も一緒だったのに、愛梨にとって俺という存在は、告白の返事を返さずに彼氏を作られる程度だったんだな。
真剣に考えたいとは何だったんだろう。あの言葉、本当に嬉しかったのに……

……それにしても今のは見るに堪えないぞ。
頬を赤くしながら異性の話しをする愛梨なんて、見たくなかった……


「それでその……雄ちゃんの返事はひとまず【保留】という事で……だめかな?」

「……はぁ?」

「……え?」

不意打ちにとんでもない事を言われたのもあり、思わず冷たい返事をしてしまった。言われた愛梨も驚いてる様子。

しかし、驚かせた罪悪感は微塵もない。なんせ愛梨は信じられない言葉を口にしたのだから……

保留……?彼氏を作ったのに、それでも返事は保留だって……?──幾ら何でもそれはふざけてる。
愛梨は俺をキープにしたいのか?それじゃなきゃ俺を便利屋だと勘違いしているんじゃないのか?

いや……けど、確かにそういう傾向は昔から有ったんだよな。
見たくもない映画に当日誘われたり、友達が行けなくなったからと突然スイーツの店に呼ばれたり、休日家で寝てたら無理やり服選びで呼ばれたり……他にも色々。
それらの行いは愛梨が俺に対し、好意を抱いて居たからだと自惚れ言われるがまま付き合って居たけど……そういう事では無かったんだな。
本当に便利に使われてただけだったんだ……


「……雄ちゃん、その……怒ってる?」

恐る恐る聞いてくる愛梨。
こんな扱いをされて怒らないと本気で思ったのか?

……いや本気だろうな。
そういや、今まで愛梨を怒ったことなんて無かった。喧嘩になりかけた事なら何度かは有ったけど、毎回俺が折れてたから……愛梨は俺が怒らない生き物だと勘違いしてるのかもね。
まぁイラついてるのは確かだけど、それをわざわざ口に出して言うつもりはない。無意識に態度には表れるかも知れないけど。


「怒ってはないよ」

「そう……良かった!」

「たださ、ケジメは付けよう。彼氏が出来たんだから、この間の告白を保留のままにするのは辞めて。ちゃんと返事を聞かせてよ──俺もスッキリして前に進みたいからさ」

「え、でも……それは……えっと……」

「別に怒ったりしないぞ?」

「うぅ~ん……けど……」

あー……長年一緒に居たから分かっちゃうんだよ。
あのはっきりしない言い回し方は困った時の愛梨だ……もうこうなったら愛梨を説得して答えを引き出すのは相当難しい。
それに、このままだと学校も遅刻になっちゃうし、ほんとは嫌だけど此処は俺が譲歩するしか無さそうだ。


「だったら、もうあの告白を無かった事にしないか?」

「……え?……あ、そうだよね!その方が良いよっ!雄ちゃんとは今までの関係で居たいし」

安心したように微笑んだ愛梨を見て確信する。
コイツは告白された時、俺からの告白を内心では迷惑だと思っていたんだ。真剣に考えたいと言ったのも恐らくは、その場凌ぎに発した言葉なんだろう。

それは俺を嫌いとかでは無く、ただ単に幼馴染という関係が壊れるのを嫌がっての事だと思うけど……言い難くてもその場でちゃんと言って欲しかった……浅い関係ではないのだから……

答えがノーでも構わない……あの時にちゃんと言ってくれてたら、彼氏が出来ても祝福できた筈なのに。
相手の気持ちを蔑ろにした逃げの考えが、愛梨の本質だったんだ……ずっと側に居たのに気付かなかったよ。本当に残念だ。残念。


「そうか」

愛梨へ対する愛おしい感情が崩れてゆくのを感じた。これは錯覚ではない。冷め切った感情はきっと本物だ。

今の俺は愛梨を好きではない。


「…?雄ちゃん?」

「恋人が出来ておめでとう」

俺は心にもない祝福の言葉を贈った。
言われた愛梨がどんな顔をしてるのか見ない。

「うん。でも本当にごめんね?」

「いいよ気にするな」

「……う、うん」


──淡々とした雄治の言動に違和感を覚えながらも、愛梨はそれを追求しない。というより気不味くて出来ないで居た。
少し様子がおかしいとは感じたが、時間を置けばいつもの雄治に戻ると、やはり愛梨はここでも楽観的に物事を考えている。

これこそ彼女の逃げた思考……甘えた考え方だ。
もう既に、雄治の中に好きだった愛梨という幼馴染は存在していないのだ。
そんな事にも気付かずに、愛梨は雄治と肩を並べて学校へと向かう。




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