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幕間
虫干し日和と禁書騒ぎ
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※注意※ 『男性キャラの女体化』、『飲酒によるキャラ崩壊』が含まれます。
九月上旬のこと。風が涼しくなり、台風の季節まではあと少しという時期。この日の七本屋は臨時休業であった。
日の傾く時分──七本屋の中では、目立つ茶髪を結い上げた店員の少年たちが、二階の部屋から書物を運んでいた。
「気をつけろよ、唯助。お前が倒れてきたらおれが潰れる」
「分かってるよ、世助こそ気をつけて階段降りろよ」
重い本の束を持ちながら、見た目だけは瓜二つの双子が軽口を叩き合う。
「これは全部、浅葱色の暖簾の部屋なー」
「あいよ」
ここにやってきて二週間ほどの新入り・兄の世助は少し慣れない手つきで、もう五ヶ月目となった弟の唯助は慣れた手つきで、それぞれに本を書棚に戻していく。
それらの作業を終えると、双子は雇い主の書斎へ襖越しに声をかけた。
「おっさん。干してた本、全部引き上げてきたぜ」
「おお、ご苦労だったな。では、本日の仕事はここまでとしよう」
「あいよ」「はーい!」
昼は閑古鳥の鳴く店でそこそこに働き、労働後は美味い夕餉に舌鼓を打ちながら団欒に過ごす。唯助に加えて世助もやってきて以来、この七本屋は本物の家族さながらの光景を映すようになっていた。
「んん~! 姐さんの飯うめ~!」
「君たち、本当に美味しそうに食べるねえ」
「だって、本当に美味えからさ。姉御の作った里芋の煮っころがし」
「鰹のたたきも美味いっすよ! かぼすがまためちゃくちゃ合っててさぁ」
「だとさ。君も早くこっちにいらっしゃい。せっかくの美味い飯が冷めてしまう」
「もう、そんなこと仰って。みや様も先にお召し上がりになれば良いものを」
諸々の事情で子供を持つことができない三八にとって、双子は可愛らしい息子たちであり。音音にとっては愛嬌のある弟分たちであり。実家を飛び出してきた双子にとっても、七本夫妻のいる七本屋は第二の実家も同然だった。
「そういや、なんで本も布団みたいに干すんだ?」
世助がふと問うと、三八はよくぞ聞いてくれましたとばかりの笑顔でそれに返す。
「それこそ、布団と同じだよ。布団だってダニを退治したり、湿気を取り除くために干すだろう? 本にも紙魚という虫がいるのでな、それを退治する。風通しの良いところで干せばカビも臭いも防げるし、なにより保存状態を高く保つことができる。ただ、本の場合は日の光に直接当てると変色するから、その点だけは布団と違うかな」
「「へー」」
「へー、ってね。唯助、君には既に教えたし、その後も何度か虫干ししてるだろう。ちゃんとそれをする意味を思い返しながらおやりなさいよ」
「へぇい、覚えときます」
少し間延びした唯助の返事を受けたあとで、三八はさて、とひと区切りつける。
「さて、明日はいよいよ禁書の虫干しだ」
「あ、やっぱり禁書もやるんですね?」
「あぁ、彼らも本だからね。唯助も禁書の虫干しは初めてだろう。これが結構大変でな。店に並べている本は譚本の写本で害もないから普通に干していても良いのだが、禁書はたとえ写本であろうと害があるし、【毒】たちが通行人に手を出すと大変だ」
「じゃあどうやるんだ?」
「虫干しをする前に、中にいる【毒】たちには本の外に出てもらう。その間に本は干して、肝心の【毒】たちについてだが──まあ、色々なことが起こるけど、我慢しておくれ」
「「えっ?」」
我慢しておくれ。
なにやら嫌な匂いを感じた双子は、同時に眉根に皺を寄せた。その皺のまでそっくりなものだから、三八は失笑してしまう。
「通行人に手を出さない代わりに、七本屋の建物の中ではある程度自由にさせているんだ。禁書の【毒】たちも本から出て気ままに過ごせるから、虫干しの日は楽しみにしている。まして、小生のところにくる禁書は、本来は帝国中央図書館の地下書庫に行くところを嫌がって来た、跳ねっ返りばかりだからね」
三八は自身で回収した禁書を自分の手元に持ち帰る。それは帝国中央図書館が管理している禁書専用の地下書庫に送るまで、一時的に保管する意図もあるが――八月にひと騒ぎ起こした禁書『先生の匣庭』のように、選択の猶予を与えられ、三八の元にくることを選んだ禁書は、実はそのまま七本屋の書庫に住んでいるのである。
「あ、じゃあ『糜爛の処女』が禁書の部屋の暖簾にいたのって……」
「小生以外の人間が入ってしまわないように、というのもあるのだが、禁書たちの監視役でもある。悪さや喧嘩などをすれば、即座にあの黒い蛇が仲裁に入る。だから、【毒】たちも普段は大人しくしているんだ。しかし、やんちゃな【毒】たちを我慢させるばかりでは可哀想だからな」
「あー……なんか、ある程度は自由な牢屋ってことか?」
「牢屋は人聞きが悪いから、長屋と言ってくれ」
「大丈夫なんですか? そんなに自由にさせて逃げたりしたら……」
「それも『糜爛の処女』が見張っている。逃げたり人を襲ったり約束を破ったら、即刻尻たたきの刑を執行したうえで中央図書館送りだ」
「し、尻たたき……それはまたすごいですね……」
「すげえ痛そうだな、そりゃ」
すべてを焼け爛れさせる猛毒を持つ・『糜爛の処女』。それを食らった『ある女』の紫蔓、『先生の匣庭』の珱仙、その両名の苦しみようから想像するに、尻たたきなんて言葉から発せられる生優しさなどはまるでないことは容易にわかる。あんなものに尻を叩かれたら、一生座ることができなくなるであろう。双子の顔は引きつっている。
「まあ、刑罰があるから行き過ぎた行為はしないと思うが、それでも禁書の【毒】たちは悪戯好きだ。貴重品の管理はしっかりしておきなさい。下手したら壊されたり燃やされてしまうからな」
「壊される!?」
「燃やされる!?」
「あと、自分の身に多少の異変が起きても動じないこと。奴ら、反応が良いと調子に乗るからな」
「「異変!?」」
禁書――人に少なからず害を与える本たち。詳細はまだ知らねど、恐るべし。
しかし、双子はこの時まだ知らなかった。
禁書の【毒】たちによる悪戯は害はないにしても――とんでもなくタチが悪いということを。
*****
「さて、皆の衆! 出ておいで」
三八が広げた禁書たちを前にぱんぱんと手を叩きながら号令する。
すると、ある本からは眩い光球が、ある本からはふわふわの毛玉のような焔が、ある本からは真っ白な花がにょきにょきと、各々の形で禁書から【毒】たちが姿を現した。
「おぉ! こんなふうに出てくるんですね」
「本によって違うんだな」
「そうだろう? みんな個性的で面白いんだ。さあ、二人とも。ここから先は気をつけるんだぞ」
「「はーい」」
さて、この一時間後――七本屋は混沌に包まれる。
二人はいよいよ、恐るべき禁書の悪戯の実態を知ることになるのである。
「あっ、こら! お前ら障子に悪戯しやがったな!」
「うわっ、世助だぁ!」
「逃げろ、ゲンコツが飛んでくるぞ!」
世助が目撃したのは、紙が貼られたばかりの障子に穴を開けて遊んでいた子供たち──禁書『先生の匣庭』にいた子供たちである。
部屋の障子は穴だらけの落書きだらけで、哀れな姿になっていた。
「おい、唯助! おっさんどこいった!?」
子供たちを追いかけ回して少し息が上がっている世助が、半分怒鳴るように悲鳴をあげている。
「確か、女の人の禁書に一階まで連れていかれてたような……」
「ええい、くそ! こんな時に! こんなのどうしろってんだ!」
「物を燃やさなければほっといてもいいらしいけど……」
「お仕置きの判定基準が寛容すぎねえか!?」
「まあでも、禁書の悪戯でこれはまだ可愛い方らしいぜ」
そんなことを言う唯助の周りを囲んでいるのは、『先生の匣庭』から出てきた、村の女児たちである。
「おにーちゃん、おなかすいたー!」
「ドロップスほしい~! いちご味~!」
「あたし大福~いむろ堂の大福がいい!」
「はいはい、分かった。後で買ってきてやるから、黒飴で我慢してくれ」
「さっきも食べた~!」
「あきた~!」
「ようかん食べたい~!」
「おせんべい~!」
「んな贅沢言うな、っていてててててて!! バカ、お前髪引っ張るんじゃねえ!!」
唯助は唯助で、禁書の【毒】たちに翻弄されている。
「だー! しゃらくせえ! おっさん呼んでくる!」
「でも、旦那は旦那で多分忙しいんじゃ……」
「っせえ! どーせ女に絡まれて鼻の下伸ばしてるに決まってんだろ!」
「おいおい、旦那は姐さんひとすじだって……あぁもう、短気だなぁ世助は」
世助はもはや唯助を頼ることもできないこの事態を腹に据えかね、二階の部屋を飛び出すと、階段を駆け下りていった。
「おっさん! おい、おっさん! 二階がめちゃくちゃだからどうにかしろ…………って、あああああああああ!?」
直後、半ギレだった世助の悲鳴と共にどすどすと慌ただしい物音が聞こえる。
唯助はてっきり世助が階段から落ちたのでは? と後を追いかけたが、駆けつけてみるとどうやら階段で発生した音ではないらしい。となると一階か、と降りたところで、世助は三八の書斎の前で尻もちをついていた。
「世助! どうし…………って、あああああああああ!?」
世助が指さした先を見て、唯助もまた、世助とまったく同じ悲鳴をあげた。
彼らが目にしたのは、女である。
紛れもなく女でありながら――紛れもなく三八であった。
「旦那あぁぁぁぁ!? どうしたんですかそりゃぁ!?」
「おっさんじゃなくておばさんじゃねえか!!」
「失敬なことを言うんじゃないよ、世助!」
三八は、声まで女になっていた。完全に女性と化した姿を見て三八だと気づけたのは、彼の特徴的な前髪と口元の黒子が目印になったからだ。
「言ったろう、禁書は悪戯好きだとな」
「だからっておっさん、平然としすぎだろ!? 動揺しねえのかよ!」
「すぐに戻るし、小生の体が女になるくらいで済むなら安いよ」
もう慣れっこだ、と三八は肩をすくめる。
「あら? 久しぶりじゃない、坊や」
女になってしまった三八の背後から、美女がもう一人顔を出す。美女が坊やと呼んで見ているのは、唯助の方である。
知り合いにこんな美人いたっけ? と首を傾げて、記憶を探って――唯助は一つ思い当たる顔を思い出した。
「あ、紫蔓さん!」
「知り合いか?」
「おれが初めて会った禁書だよ」
そう、紫蔓は唯助が六月――藤京某所にある旅籠屋・つゆのやにて遭遇した女幽霊の禁書である。その時の紫蔓は青白い顔に裂けた口と随分恐ろしげな姿をしていたが、今の彼女は初対面時の宿屋の女将の姿をしていた。
「これ、紫蔓さんの仕業ですか?」
「そうよ。こいつ、元が色男だから、試しに女にしてみたの。どう?」
「どうって言われても……」
紫蔓に問いかけられた双子の視線は、三八の胸部へと移った。
三八の胸部には今、ふっくら丸くて大きい乳房が二つ、どどんと乗っかっている。加えて、初心な少年たちの心をくすぐるような、妖しげな色香をまとっていたものだから、双子は当惑した。
しかし、その反応には違いが見える。世助には些か刺激が強かったのか、すぐさま目を背けており──逆に唯助の視線は胸に釘付けだ。
「あらあら、やっぱり男の子ねえ。可愛いわぁ」
「こら、そんなこと言いながら小生の乳を触るんじゃないよ」
紫蔓は宿屋の女将のようにしっとりと上品な顔立ちをしているにもかかわらず、言動は意外と下品である。否、気に入った男を節操なく食い散らかしていたのだから、そう意外でもないか。どちらにせよ、顔立ちと行動がまったく合致していない。純真無垢な少年たちの幼いスケベ心を煽るかのように、三八の胸を後ろからしきりに揉みしだいて見せつけてくる。
「あら、意外ね。あのメガネ司書とあんな芝居打ってたんだから、てっきり私と同じで下ネタ好きかと思ってたわ」
「君みたいな節操なしと同列にされるのは心外だよ」
「でも、唯助くんの反応は悪くないわね。興味があるなら触ってみる?」
「へっ!?」
いきなり予想外の球を投げられた唯助は、分かりやすく動揺した。
「まあ、別に触りたければ触っても構わないよ。これも経験のうちだろうしね。なあ、唯助?」
「はい!?」
純粋な唯助の反応が面白かったのか、紫蔓のみならず三八も調子に乗りはじめる。それはもう、にやにやと、いやらしく。しかして見た目相応に艶めかしく。三八は紫蔓と共に手招いていた。
うら若い少年を弄って面白がる極悪人である。
「本物の女ではない、中身はおじさんだ。日頃から若い娘に興味があって触ってみたいと思っているのなら、今こそ好機ではないかな?」
唯助は数秒固まったあとで、すう、と深呼吸をし──淀みなき瞳で答えた。
「おれの夢、今ここで叶えていいですか?」
「おい待て、弟!!」
しっかりしろ、と世助の厳しいツッコミという名の拳骨が、すかさず炸裂する。
「悪魔の囁きに負けそうになってんじゃねえよ! こんなのに乗せられたら男の恥だぞ!!」
「世助も触っていいのだぞ?」
「触るかァ!!」
どうやら、世助の方が僅かに自制心が働くらしい。既に子供たちの悪戯に業を煮やしていた世助は、その勢いのまま悪辣に弟を誘惑する三八と紫蔓に憤慨していた。
「……みや様?」
と、そこへ。不意に。
悪ふざけしていた三八の背筋を一瞬で凍らせる、娘のささやかな呼び声が響く。
「何をしておいでなのです……?」
ゆらゆらゆらゆら覚束無い足取りの音音である。
「あ、いや、音音。これは戯れというか、お遊びというか」
まずい、完全に怒っている──三八は悟った。
よもや嫁以外の女と遊んでふざけて、しかも彼女にとっての可愛い弟分たちをからかっている場面を見られるとは、三八にとっては非常によからぬ展開となった。
「あ、姉御! この野郎、うちの唯助を誘惑しやがったんだ! ガツンと叱ってくれ!」
「なッ!? よっ、世助!! なんてことを言うんだ!」
世助は三八をビッと指さし、矛先は奴だとばかりに音音を煽る。音音の顔色は俯いているため分からないが、その見えない顔色が却って、三八にとっては恐ろしい。
「みや様……どうして……?」
――嗚呼、万事休す。気分はまな板の上の鯉である。煮るなり焼くなり刺身にするなり叩くなりしてくれと、三八は死を予感し腹を決めた。
――……のだが。
「どうして! みや様の方が大きいんですかっ!?」
音音は半泣きになりながら、なんと三八の巨乳をわしわしと揉み始めた。
「みや様は男性なのに、どうして女のわたくしよりもこんなに立派なのです!? 納得できません!」
「そこかよ!!」
膝から崩れ落ちる世助に構うことなく、音音は茫然としている三八の胸を、紫蔓よりも大胆に揉みしだいている。顔を埋めつつも、音音はわんわんと大声で泣いていた。
あわや音音山の大噴火かと思われた場面が、乳をめちゃくちゃに揉まれ泣かれるというまさかの展開。さしもの三八も、これには困惑した。
「あ、あの、音音? 音音さんや」
「わたくし頑張っているのですよ!! 色々と影で努力しているのですよ!? どうして同じ食生活なのにみや様だけこんなに大きいのです!? なにか秘訣があるのですか!? 教えてくださいまし、みや様ぁ~!」
「落ち着きなさい、音音。小生はおじさんだよ」
中年男の偽物の胸に、秘訣も何もあろうものか。三八は困惑に困惑を重ねたような様子で音音をなだめる。
「面白いわねぇ、この子。顔真っ赤にしちゃって、可愛いわねぇ」
放心している三八の横で、紫蔓は胸に抱きつき泣きわめく音音をよしよしと撫でている。
もはや収拾のつかないこの状況に、双子は放心していた。
「なあ、弟ちゃん」
「なんだい、お兄ちゃん」
「姉御、耳まで赤くないか?」
「……歩き方もふらふらしてたな、そういや」
「ひとつ聞いていいか? 姉御ってもしかして酒……」
「味見で舐める以外は旦那に禁止されてるらしいぞ」
「……やっぱり」
外野の双子の予想は、まさしくその通りであった。冷静になった三八も、音音の顔色を見るなり、
「誰だ、我が愛妻に酒を飲ませた馬鹿たれは!! べろんべろんの酔いどれになっているではないか!!」
と周りの【毒】たちに向かって叫んだ。
それにあっさりと名乗りを上げたのは、
「馬鹿で申し訳ありません。私です」
「珱仙先生!?」
「うっそだろぉ!?」
なんと、品行方正が服を着て歩いているような珱仙であった。
「いやいや、久々に本の外に出たものですから、奥方様に許可をもらったうえでお酒を頂こうかと思いまして。そしたら、奥方様が興味をお持ちでしたので、お猪口一杯分だけお渡ししました。まさかここまで弱いとは思わず」
「お前、音音が下戸だってわかってただろうに!」
三八はまさかの犯人に、怒り心頭のようだった。
「この程度の酔いで済んだから良かったんだぞ、げろげろ吐いて寝込んだらどうする。次やったら本当に尻を引っ叩くからね!」
「先生なのにお尻を叩かれるのは嫌ですねえ」
音音は未だに三八の胸をぽよぽよと触りながら泣きじゃくっていた。
「あんたそんなに下戸だったの? ほら、水飲みなさいよ」
曲がりなりにも宿屋の女将か、紫蔓はそんな音音の背中を擦りながらグラスを差し出す。音音はひっくひっくしゃくりあげながら「みや様のお胸が柔らかくて気持ちいいです……ぐすっ……」などと泣いていた。
「……なあ、お兄ちゃん」
「なんだい、弟ちゃん」
「これ、あと半日続くんだよ?」
「……おう」
「おれ、頭おかしくなるかもしんねえや」
「まったく同感だ。やってらんねえ」
あと半日。【毒】たちを前にしてどこまでこの混沌に耐えられるか。
試練はまだまだ続くが、乗り越えたところで後日の片付けが待っている。
双子は早くも気が遠のいていた。
『虫干し日和と禁書騒ぎ』・了
九月上旬のこと。風が涼しくなり、台風の季節まではあと少しという時期。この日の七本屋は臨時休業であった。
日の傾く時分──七本屋の中では、目立つ茶髪を結い上げた店員の少年たちが、二階の部屋から書物を運んでいた。
「気をつけろよ、唯助。お前が倒れてきたらおれが潰れる」
「分かってるよ、世助こそ気をつけて階段降りろよ」
重い本の束を持ちながら、見た目だけは瓜二つの双子が軽口を叩き合う。
「これは全部、浅葱色の暖簾の部屋なー」
「あいよ」
ここにやってきて二週間ほどの新入り・兄の世助は少し慣れない手つきで、もう五ヶ月目となった弟の唯助は慣れた手つきで、それぞれに本を書棚に戻していく。
それらの作業を終えると、双子は雇い主の書斎へ襖越しに声をかけた。
「おっさん。干してた本、全部引き上げてきたぜ」
「おお、ご苦労だったな。では、本日の仕事はここまでとしよう」
「あいよ」「はーい!」
昼は閑古鳥の鳴く店でそこそこに働き、労働後は美味い夕餉に舌鼓を打ちながら団欒に過ごす。唯助に加えて世助もやってきて以来、この七本屋は本物の家族さながらの光景を映すようになっていた。
「んん~! 姐さんの飯うめ~!」
「君たち、本当に美味しそうに食べるねえ」
「だって、本当に美味えからさ。姉御の作った里芋の煮っころがし」
「鰹のたたきも美味いっすよ! かぼすがまためちゃくちゃ合っててさぁ」
「だとさ。君も早くこっちにいらっしゃい。せっかくの美味い飯が冷めてしまう」
「もう、そんなこと仰って。みや様も先にお召し上がりになれば良いものを」
諸々の事情で子供を持つことができない三八にとって、双子は可愛らしい息子たちであり。音音にとっては愛嬌のある弟分たちであり。実家を飛び出してきた双子にとっても、七本夫妻のいる七本屋は第二の実家も同然だった。
「そういや、なんで本も布団みたいに干すんだ?」
世助がふと問うと、三八はよくぞ聞いてくれましたとばかりの笑顔でそれに返す。
「それこそ、布団と同じだよ。布団だってダニを退治したり、湿気を取り除くために干すだろう? 本にも紙魚という虫がいるのでな、それを退治する。風通しの良いところで干せばカビも臭いも防げるし、なにより保存状態を高く保つことができる。ただ、本の場合は日の光に直接当てると変色するから、その点だけは布団と違うかな」
「「へー」」
「へー、ってね。唯助、君には既に教えたし、その後も何度か虫干ししてるだろう。ちゃんとそれをする意味を思い返しながらおやりなさいよ」
「へぇい、覚えときます」
少し間延びした唯助の返事を受けたあとで、三八はさて、とひと区切りつける。
「さて、明日はいよいよ禁書の虫干しだ」
「あ、やっぱり禁書もやるんですね?」
「あぁ、彼らも本だからね。唯助も禁書の虫干しは初めてだろう。これが結構大変でな。店に並べている本は譚本の写本で害もないから普通に干していても良いのだが、禁書はたとえ写本であろうと害があるし、【毒】たちが通行人に手を出すと大変だ」
「じゃあどうやるんだ?」
「虫干しをする前に、中にいる【毒】たちには本の外に出てもらう。その間に本は干して、肝心の【毒】たちについてだが──まあ、色々なことが起こるけど、我慢しておくれ」
「「えっ?」」
我慢しておくれ。
なにやら嫌な匂いを感じた双子は、同時に眉根に皺を寄せた。その皺のまでそっくりなものだから、三八は失笑してしまう。
「通行人に手を出さない代わりに、七本屋の建物の中ではある程度自由にさせているんだ。禁書の【毒】たちも本から出て気ままに過ごせるから、虫干しの日は楽しみにしている。まして、小生のところにくる禁書は、本来は帝国中央図書館の地下書庫に行くところを嫌がって来た、跳ねっ返りばかりだからね」
三八は自身で回収した禁書を自分の手元に持ち帰る。それは帝国中央図書館が管理している禁書専用の地下書庫に送るまで、一時的に保管する意図もあるが――八月にひと騒ぎ起こした禁書『先生の匣庭』のように、選択の猶予を与えられ、三八の元にくることを選んだ禁書は、実はそのまま七本屋の書庫に住んでいるのである。
「あ、じゃあ『糜爛の処女』が禁書の部屋の暖簾にいたのって……」
「小生以外の人間が入ってしまわないように、というのもあるのだが、禁書たちの監視役でもある。悪さや喧嘩などをすれば、即座にあの黒い蛇が仲裁に入る。だから、【毒】たちも普段は大人しくしているんだ。しかし、やんちゃな【毒】たちを我慢させるばかりでは可哀想だからな」
「あー……なんか、ある程度は自由な牢屋ってことか?」
「牢屋は人聞きが悪いから、長屋と言ってくれ」
「大丈夫なんですか? そんなに自由にさせて逃げたりしたら……」
「それも『糜爛の処女』が見張っている。逃げたり人を襲ったり約束を破ったら、即刻尻たたきの刑を執行したうえで中央図書館送りだ」
「し、尻たたき……それはまたすごいですね……」
「すげえ痛そうだな、そりゃ」
すべてを焼け爛れさせる猛毒を持つ・『糜爛の処女』。それを食らった『ある女』の紫蔓、『先生の匣庭』の珱仙、その両名の苦しみようから想像するに、尻たたきなんて言葉から発せられる生優しさなどはまるでないことは容易にわかる。あんなものに尻を叩かれたら、一生座ることができなくなるであろう。双子の顔は引きつっている。
「まあ、刑罰があるから行き過ぎた行為はしないと思うが、それでも禁書の【毒】たちは悪戯好きだ。貴重品の管理はしっかりしておきなさい。下手したら壊されたり燃やされてしまうからな」
「壊される!?」
「燃やされる!?」
「あと、自分の身に多少の異変が起きても動じないこと。奴ら、反応が良いと調子に乗るからな」
「「異変!?」」
禁書――人に少なからず害を与える本たち。詳細はまだ知らねど、恐るべし。
しかし、双子はこの時まだ知らなかった。
禁書の【毒】たちによる悪戯は害はないにしても――とんでもなくタチが悪いということを。
*****
「さて、皆の衆! 出ておいで」
三八が広げた禁書たちを前にぱんぱんと手を叩きながら号令する。
すると、ある本からは眩い光球が、ある本からはふわふわの毛玉のような焔が、ある本からは真っ白な花がにょきにょきと、各々の形で禁書から【毒】たちが姿を現した。
「おぉ! こんなふうに出てくるんですね」
「本によって違うんだな」
「そうだろう? みんな個性的で面白いんだ。さあ、二人とも。ここから先は気をつけるんだぞ」
「「はーい」」
さて、この一時間後――七本屋は混沌に包まれる。
二人はいよいよ、恐るべき禁書の悪戯の実態を知ることになるのである。
「あっ、こら! お前ら障子に悪戯しやがったな!」
「うわっ、世助だぁ!」
「逃げろ、ゲンコツが飛んでくるぞ!」
世助が目撃したのは、紙が貼られたばかりの障子に穴を開けて遊んでいた子供たち──禁書『先生の匣庭』にいた子供たちである。
部屋の障子は穴だらけの落書きだらけで、哀れな姿になっていた。
「おい、唯助! おっさんどこいった!?」
子供たちを追いかけ回して少し息が上がっている世助が、半分怒鳴るように悲鳴をあげている。
「確か、女の人の禁書に一階まで連れていかれてたような……」
「ええい、くそ! こんな時に! こんなのどうしろってんだ!」
「物を燃やさなければほっといてもいいらしいけど……」
「お仕置きの判定基準が寛容すぎねえか!?」
「まあでも、禁書の悪戯でこれはまだ可愛い方らしいぜ」
そんなことを言う唯助の周りを囲んでいるのは、『先生の匣庭』から出てきた、村の女児たちである。
「おにーちゃん、おなかすいたー!」
「ドロップスほしい~! いちご味~!」
「あたし大福~いむろ堂の大福がいい!」
「はいはい、分かった。後で買ってきてやるから、黒飴で我慢してくれ」
「さっきも食べた~!」
「あきた~!」
「ようかん食べたい~!」
「おせんべい~!」
「んな贅沢言うな、っていてててててて!! バカ、お前髪引っ張るんじゃねえ!!」
唯助は唯助で、禁書の【毒】たちに翻弄されている。
「だー! しゃらくせえ! おっさん呼んでくる!」
「でも、旦那は旦那で多分忙しいんじゃ……」
「っせえ! どーせ女に絡まれて鼻の下伸ばしてるに決まってんだろ!」
「おいおい、旦那は姐さんひとすじだって……あぁもう、短気だなぁ世助は」
世助はもはや唯助を頼ることもできないこの事態を腹に据えかね、二階の部屋を飛び出すと、階段を駆け下りていった。
「おっさん! おい、おっさん! 二階がめちゃくちゃだからどうにかしろ…………って、あああああああああ!?」
直後、半ギレだった世助の悲鳴と共にどすどすと慌ただしい物音が聞こえる。
唯助はてっきり世助が階段から落ちたのでは? と後を追いかけたが、駆けつけてみるとどうやら階段で発生した音ではないらしい。となると一階か、と降りたところで、世助は三八の書斎の前で尻もちをついていた。
「世助! どうし…………って、あああああああああ!?」
世助が指さした先を見て、唯助もまた、世助とまったく同じ悲鳴をあげた。
彼らが目にしたのは、女である。
紛れもなく女でありながら――紛れもなく三八であった。
「旦那あぁぁぁぁ!? どうしたんですかそりゃぁ!?」
「おっさんじゃなくておばさんじゃねえか!!」
「失敬なことを言うんじゃないよ、世助!」
三八は、声まで女になっていた。完全に女性と化した姿を見て三八だと気づけたのは、彼の特徴的な前髪と口元の黒子が目印になったからだ。
「言ったろう、禁書は悪戯好きだとな」
「だからっておっさん、平然としすぎだろ!? 動揺しねえのかよ!」
「すぐに戻るし、小生の体が女になるくらいで済むなら安いよ」
もう慣れっこだ、と三八は肩をすくめる。
「あら? 久しぶりじゃない、坊や」
女になってしまった三八の背後から、美女がもう一人顔を出す。美女が坊やと呼んで見ているのは、唯助の方である。
知り合いにこんな美人いたっけ? と首を傾げて、記憶を探って――唯助は一つ思い当たる顔を思い出した。
「あ、紫蔓さん!」
「知り合いか?」
「おれが初めて会った禁書だよ」
そう、紫蔓は唯助が六月――藤京某所にある旅籠屋・つゆのやにて遭遇した女幽霊の禁書である。その時の紫蔓は青白い顔に裂けた口と随分恐ろしげな姿をしていたが、今の彼女は初対面時の宿屋の女将の姿をしていた。
「これ、紫蔓さんの仕業ですか?」
「そうよ。こいつ、元が色男だから、試しに女にしてみたの。どう?」
「どうって言われても……」
紫蔓に問いかけられた双子の視線は、三八の胸部へと移った。
三八の胸部には今、ふっくら丸くて大きい乳房が二つ、どどんと乗っかっている。加えて、初心な少年たちの心をくすぐるような、妖しげな色香をまとっていたものだから、双子は当惑した。
しかし、その反応には違いが見える。世助には些か刺激が強かったのか、すぐさま目を背けており──逆に唯助の視線は胸に釘付けだ。
「あらあら、やっぱり男の子ねえ。可愛いわぁ」
「こら、そんなこと言いながら小生の乳を触るんじゃないよ」
紫蔓は宿屋の女将のようにしっとりと上品な顔立ちをしているにもかかわらず、言動は意外と下品である。否、気に入った男を節操なく食い散らかしていたのだから、そう意外でもないか。どちらにせよ、顔立ちと行動がまったく合致していない。純真無垢な少年たちの幼いスケベ心を煽るかのように、三八の胸を後ろからしきりに揉みしだいて見せつけてくる。
「あら、意外ね。あのメガネ司書とあんな芝居打ってたんだから、てっきり私と同じで下ネタ好きかと思ってたわ」
「君みたいな節操なしと同列にされるのは心外だよ」
「でも、唯助くんの反応は悪くないわね。興味があるなら触ってみる?」
「へっ!?」
いきなり予想外の球を投げられた唯助は、分かりやすく動揺した。
「まあ、別に触りたければ触っても構わないよ。これも経験のうちだろうしね。なあ、唯助?」
「はい!?」
純粋な唯助の反応が面白かったのか、紫蔓のみならず三八も調子に乗りはじめる。それはもう、にやにやと、いやらしく。しかして見た目相応に艶めかしく。三八は紫蔓と共に手招いていた。
うら若い少年を弄って面白がる極悪人である。
「本物の女ではない、中身はおじさんだ。日頃から若い娘に興味があって触ってみたいと思っているのなら、今こそ好機ではないかな?」
唯助は数秒固まったあとで、すう、と深呼吸をし──淀みなき瞳で答えた。
「おれの夢、今ここで叶えていいですか?」
「おい待て、弟!!」
しっかりしろ、と世助の厳しいツッコミという名の拳骨が、すかさず炸裂する。
「悪魔の囁きに負けそうになってんじゃねえよ! こんなのに乗せられたら男の恥だぞ!!」
「世助も触っていいのだぞ?」
「触るかァ!!」
どうやら、世助の方が僅かに自制心が働くらしい。既に子供たちの悪戯に業を煮やしていた世助は、その勢いのまま悪辣に弟を誘惑する三八と紫蔓に憤慨していた。
「……みや様?」
と、そこへ。不意に。
悪ふざけしていた三八の背筋を一瞬で凍らせる、娘のささやかな呼び声が響く。
「何をしておいでなのです……?」
ゆらゆらゆらゆら覚束無い足取りの音音である。
「あ、いや、音音。これは戯れというか、お遊びというか」
まずい、完全に怒っている──三八は悟った。
よもや嫁以外の女と遊んでふざけて、しかも彼女にとっての可愛い弟分たちをからかっている場面を見られるとは、三八にとっては非常によからぬ展開となった。
「あ、姉御! この野郎、うちの唯助を誘惑しやがったんだ! ガツンと叱ってくれ!」
「なッ!? よっ、世助!! なんてことを言うんだ!」
世助は三八をビッと指さし、矛先は奴だとばかりに音音を煽る。音音の顔色は俯いているため分からないが、その見えない顔色が却って、三八にとっては恐ろしい。
「みや様……どうして……?」
――嗚呼、万事休す。気分はまな板の上の鯉である。煮るなり焼くなり刺身にするなり叩くなりしてくれと、三八は死を予感し腹を決めた。
――……のだが。
「どうして! みや様の方が大きいんですかっ!?」
音音は半泣きになりながら、なんと三八の巨乳をわしわしと揉み始めた。
「みや様は男性なのに、どうして女のわたくしよりもこんなに立派なのです!? 納得できません!」
「そこかよ!!」
膝から崩れ落ちる世助に構うことなく、音音は茫然としている三八の胸を、紫蔓よりも大胆に揉みしだいている。顔を埋めつつも、音音はわんわんと大声で泣いていた。
あわや音音山の大噴火かと思われた場面が、乳をめちゃくちゃに揉まれ泣かれるというまさかの展開。さしもの三八も、これには困惑した。
「あ、あの、音音? 音音さんや」
「わたくし頑張っているのですよ!! 色々と影で努力しているのですよ!? どうして同じ食生活なのにみや様だけこんなに大きいのです!? なにか秘訣があるのですか!? 教えてくださいまし、みや様ぁ~!」
「落ち着きなさい、音音。小生はおじさんだよ」
中年男の偽物の胸に、秘訣も何もあろうものか。三八は困惑に困惑を重ねたような様子で音音をなだめる。
「面白いわねぇ、この子。顔真っ赤にしちゃって、可愛いわねぇ」
放心している三八の横で、紫蔓は胸に抱きつき泣きわめく音音をよしよしと撫でている。
もはや収拾のつかないこの状況に、双子は放心していた。
「なあ、弟ちゃん」
「なんだい、お兄ちゃん」
「姉御、耳まで赤くないか?」
「……歩き方もふらふらしてたな、そういや」
「ひとつ聞いていいか? 姉御ってもしかして酒……」
「味見で舐める以外は旦那に禁止されてるらしいぞ」
「……やっぱり」
外野の双子の予想は、まさしくその通りであった。冷静になった三八も、音音の顔色を見るなり、
「誰だ、我が愛妻に酒を飲ませた馬鹿たれは!! べろんべろんの酔いどれになっているではないか!!」
と周りの【毒】たちに向かって叫んだ。
それにあっさりと名乗りを上げたのは、
「馬鹿で申し訳ありません。私です」
「珱仙先生!?」
「うっそだろぉ!?」
なんと、品行方正が服を着て歩いているような珱仙であった。
「いやいや、久々に本の外に出たものですから、奥方様に許可をもらったうえでお酒を頂こうかと思いまして。そしたら、奥方様が興味をお持ちでしたので、お猪口一杯分だけお渡ししました。まさかここまで弱いとは思わず」
「お前、音音が下戸だってわかってただろうに!」
三八はまさかの犯人に、怒り心頭のようだった。
「この程度の酔いで済んだから良かったんだぞ、げろげろ吐いて寝込んだらどうする。次やったら本当に尻を引っ叩くからね!」
「先生なのにお尻を叩かれるのは嫌ですねえ」
音音は未だに三八の胸をぽよぽよと触りながら泣きじゃくっていた。
「あんたそんなに下戸だったの? ほら、水飲みなさいよ」
曲がりなりにも宿屋の女将か、紫蔓はそんな音音の背中を擦りながらグラスを差し出す。音音はひっくひっくしゃくりあげながら「みや様のお胸が柔らかくて気持ちいいです……ぐすっ……」などと泣いていた。
「……なあ、お兄ちゃん」
「なんだい、弟ちゃん」
「これ、あと半日続くんだよ?」
「……おう」
「おれ、頭おかしくなるかもしんねえや」
「まったく同感だ。やってらんねえ」
あと半日。【毒】たちを前にしてどこまでこの混沌に耐えられるか。
試練はまだまだ続くが、乗り越えたところで後日の片付けが待っている。
双子は早くも気が遠のいていた。
『虫干し日和と禁書騒ぎ』・了
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