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第一章•帝国編

5話◆スティーヴン求む。魔獣化した奴はプチれ。

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「この国はバクスガハーツ帝国との戦争に敗け、敗戦国となりました…。
この村はバクスガハーツ帝国に近く、侵攻して来た兵士達は無法者となり…村の少女達が拐われました…。
あの少年達の姉や知人も拐われたのです…何の力も無い私は…
見ている事しか出来なかった…。」


「はぁ…そうですか…」


すごく冷めた目で見た上に、無感情な返事をしてしまった。


すごく苦しげに、辛そうに、悲しそうに…芝居してんなぁ親父…。


もう、本気で助けようと思ったら指一本動かさずに無法者全員消し去る事も出来るクセに…。


まぁ、助ける気なんか更々無いんだろうな。


そもそも何で、こんな村に居るんだ?親父は。


「レオンハルト殿には、しばらく村に滞在して戴きたいのです。
用心棒として…?そして、雑用……」


「神父様、今、最後に聞こえたソレは勘弁して下さい。
俺、はぐれた妻を探さないと。かわいそうだから…。」



どこで暴れ回って災いの種を撒き散らしてるか分からない。

そんな妻の被害に遭った誰かが、かわいそうだから。



「……それも含めて、レオンハルト殿には此処に居て貰わないと…私が困るのです。」



……親父とは気付かずに、初めてジャンセンに逢った時の事を思い出した。


考えが読めなくて怖いんだよな…その、薄い笑い顔…。


「大丈夫ですよ、慌てなくとも、無事に見つかります…
貴方の奥様には聖女ディアナンネ様がついておりますから。」


「はぁ!?ディアナンネ!?誰それ!」


胸の前で手を組んで、祈る仕草をするジャンセンの口から出た名前に吹き出しそうになる。
聖女…ディアーナでなく、ディアナンネ?


「ええ…ディアナンネ様です。
この教会もディアナンネ様を奉った場所です。
そして、聖女の名を今に伝えたのは聖女と共に居た勇者レオンハルトらしいですよ。」


え?……ちょっと、冷や汗が止まらない…。
それ、俺か…?俺が…聖女ディアナンネを作ってしまった…のか?


記憶に無いけど…その、変な名前…うわぁ…。

それを知ったディアーナの怒りはいかほどか…怖い…。



「……しばらく、村に居ます…。」


ほとぼりが冷めるまで…。


「ええ、ええ、それがよろしいでしょう。」


ジャンセンは何度も頷く。


親父、面白がってるよな?





俺はしばらく村に滞在する事になってしまった。

断固拒否したかったが、雑用をする羽目になっている。



村の力仕事から、ガキ…いや、少年達の世話まで。



ぐわぁ!スティーヴン!お前が欲しい!

心の底から、お前を愛してる!

今、凄くお前が恋しい!



お前は王子でありながら、何の見返りも求めず人のために働き、仕事は丁寧、飯はうまい!

本当に出来た、素晴らしい男だった!


次は人に生まれ変わらせずに、神の御子の従者として俺の側に居て欲しい!!


そいで全ての雑用、たのむ!!おかん!



「レオンハルト、お前の作る料理まずいな!」

「レオンハルトって名前のヤツは、変態が多いらしいぜ!神父様が言ってた!」

「うん、神父様が勇者レオンハルトの名前を語るヤツはろくな奴じゃないって言ってたもんな!」



クソガキどもに好き勝手に言われて耐える俺…。


名を語るも何も、その勇者レオンハルトは俺本人だ!
…と言いたい所だが、出来れば認めたくない…。



聖女ディアナンネの生みの親が俺だなんて…。



「俺は…ただの旅人なんで、料理は出来ません。
俺が変態なのも、俺の名前がレオンハルトなのも、親のせいです。俺、全然悪く無いですから。」



恨めしそうに目線をジャンセンに向ける。

この野郎…涼しい顔してブドウなんか食ってやがる。



「……私がこの村に来て五年……この近隣の国々は、変わってしまった……」

苦悩するように呟く、ジャンセン神父。

いや、苦悩しながらでもブドウは食うのかよ。



「神父様のせいで?」

あんたが来たせいで?と、素で言ってしまった。



「……フフ…そんなわけ…無いでしょう?…」



笑顔で殺気を飛ばす、ジャンセン…つか親父。


「五年前にバクスガハーツ帝国には聖女ディアナンネ教と言う大きな宗教が出来、教会が建ち、それに伴うように他国への侵略が始まりました。
……何かを…欲しているのでしょうね…」


苦悩しているような表情を見せながら、ひそかに笑ってやがる親父。


あんたこそ、何を欲しているんだよ。






「おいレオンハルト!」

「これ、やっとけよレオンハルト!」

「役立たずだな!レオンハルト!」



俺は、いつの間にクソガキどものパシりになっているのだろうか。


この村は、立ち寄った旅人をパシりにするのか?


あー…プチっとやりてぇ…
お前らがガキでなかったら、プチ寸前まで追い込んで、生きててスミマセンとまで言わせてやるのに…。



「レオンハルト殿は、なつかれていますね…
彼らは、貴方を兄のように慕っているのでしょう。」


嘘つけ!ジャンセンてめえ、ほくそ笑みやがって!
兄のように慕ってパシり扱いかよ!



「俺!急用出来たんでサヨナラ!!皆さん、お元気で!」



もう、ガキどものパシりはゴメンだ!

だが、村からは出るなって言うんだろ!?親父てめえは!



俺はガキどもを振り切って、ものすごい速さで村の端に行った。



オフィーリアになる為に。


ガキどもを振り切って、村の端に来た俺は自身の姿をオフィーリアに変えた。



金色の柔らかい髪に翡翠色の瞳を持つ美少女。

かつては、聖女だとか言われていた!

乙女ゲームの主人公だし!



さすがに、これをパシりにはするまい!



「あ、リリーさん!あんた、無事だったのかい?」



村の端にある、小さな畑の中からオジサンが声を掛けて来た。

リリー?誰それ。



「ミーナとビスケが拐われた時に、一緒に捕まっていただろう?
旅人のあんたがあの二人を守ろうとしてくれたのは有難いが、申し訳なくてな…」



話がよく分からないが…あのクソガキどもの姉貴たち以外に、旅人で拐われた少女がいると…。

名前がリリーで、オフィーリアに似ていると…。



「で、ミーナとビスケは、どこに?顔を見たいんだが。」



「えっ…えっと…」



オフィーリアをリリーだと思い込んでいるオジサンの質問に、焦る俺。


「二人なら無事ですよ、ただ精神的に参っているようなので教会で休んでもらっています。
会わせる事は出来ません。」


どこからか、唐突に現れたジャンセン神父がオジサンに説明をする。

正確に言うと、説明と言う名の暗示をかけている。



「そうか…怖い目にあったんなら暫くはそっとしておいてやらなきゃな…。」



オジサンはジャンセンとオフィーリアにお辞儀をして、畑仕事に戻って行った。



「……で、リリーさん…あなたには、レオンハルト殿に出来なかった仕事を頼みたいのです。」



「…こんな、まどろこしいやり方しなくても、最初からオフィーリアになってリリーとやらのふりをして手伝えと言えば良かったんじゃないの?」



オフィーリアの姿のまま腕を組んで、苛立つようにジャンセンを睨む。



「息子が、振り回される姿を見たかったのでね。
ザマァミロと思ってましたよ。」



あっさり本音を吐露するジャンセン。

クソムカつくわ!この親父!



「さて、レオンハルト…いや、リリーさん…
今まで多くの魔獣を倒してきたあなたに聞きます。
魔獣は、獣が巨大化したモノが多かったと思いますが、人間が魔獣化したモノとは遭った事があります?」


「何年、修復人やらされてると思ってんの。
千年以上よ?遭った事あるに決まっているじゃない。
……バカみたいに巨人化した人間もいたわよ。
…あと、人間の姿を捨てて、欲望の赴くままに人を襲う化け物みたいになった奴とか…。」



「近隣の村や町で、多くの人が拐われてます。
拐って行くのはバクスガハーツ帝国の兵士。
…とは、限らなくてですね、いるみたいなんですよ魔獣化した人間が。それも何人も。」



「何人も?……そんな、複数人が一気に魔獣化するなんて…初めて聞いたわ…。」



「聖女ディアナンネ教会の関係者ばかりですね。
そいつらを一人一人プチっと、してくれません?
あなたは、美しいから餌としては申し分無いし。」



嫌な言い方をする。

この姿を囮にして、プチっと退治していけと?



「その教会とやら自体が怪しいのなら、バーンとやっちゃえば?あなた、普通の人間が巻き込まれたって気にもしないくせに。」



「分かりませんかね?今はまだ、蟻を一匹ずつ指先で潰していきたいんですよ。プチっプチっとね。」



楽しそうにほくそ笑み、指先で虫をにじり潰す仕草をするジャンセン。

分かるか!その考えの方が怖いわ!



「…ねぇ、ディアーナは無事なんでしょうね?」



「無事で無いワケが無いでしょう?」



それはそうだ…覇王的なディアーナを何とか出来る者など、そうはいない。

ただ、魔力が無いディアーナは強い魔力を使われると多少、影響を受けてしまう。



「まだ呼ばれてませんから。お父様、助けてと。」



ジャンセンは微笑む。



もしかしたら、期待してる?

愛娘に「お父様、助けて!」と頼られる事を。



そこは親父…どうだろう…



なにしろディアーナだからな。

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