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第一章•帝国編

8話◆駄々をこねるジャンセンと馬鹿娘。浄化魔法ねちねち版。

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ミーナとビスケが拐われた村。



この辺鄙な村の教会の一室で、ジャンセンは茶を飲んでいた。

傍らにはオフィーリア姿のレオンハルトが居て、茶を淹れている。



「まずい…。」


「毎回毎回すみませんね!茶も飯も不味くて!」



ジャンセンの呟きに、苛立った顔のオフィーリアが茶菓子の入った皿を乱暴にテーブルに置いた。



「…ナニを言ってるんです?
ディアーナから救助要請が来たというのに。」



「何だって!?親父、急いで助けに行ってやってくれよ!」



覇王と呼ばれる程に強いハズのディアーナが助けを求める等、余程の事だとオフィーリアは青ざめる。



「……行きたくない。」


「…は?」


「い~き~た~く~な~い~!」



ジャンセンは、テーブルをバンバン叩いて駄々をこね始めた。



「ガキか!!あんたは!娘の危機なんだろう!?」



「……お父様、助けて…で、なくても…
師匠助けてでも…助けに行くつもりでしたよ……

あの馬鹿娘、何て言いやがったと思います…?」



「さ、さぁ…?」



オフィーリアは目を逸らした。


昔からディアーナって、そうだよね…
スゲー危機に瀕していても、その状況を楽しんじゃうよね…。


俺の奥さん、馬鹿だから……。
いや、あんたの娘でもあるしな…。



「言うに事欠いて『おトン!出番でやんす!』
……そんなん誰が助けに行く気になります?

…夫でもあり、兄である…あなたの教育が、なってないんじゃないんですか?」


「す、すみませんね…でも、あなたの娘でもあるワケで…」


妻が救助を求めて来てるのに、父であり、この世の最高神に俺が説教されるとか…どういう状況?
とオフィーリアは混乱する。


「めんどくさい、レオン…いや、リリー貴女が助けに行きなさい。」


「レオンハルトでなく、リリーで…?」


「ええ、リリーで。そしてレオン…くれぐれも…」


ジャンセンは満面の笑みを浮かべながら、手を振る。


「くれぐれも…相手をプチしないように。
もし、怒りに身を任せて相手を殺してしまったら……
髪の毛だけでなく、あなたの下の毛も永久に生えなくしてやりますよ……」



レオン、いやオフィーリアは震え上がった。

親父は、やると言ったら必ずやる。



「行ってらっしゃい、後から帰れるようにリターン魔法掛けときますね。」



リターン魔法?なにソレ…考えた瞬間、オフィーリアは転移させられた。







「ディアーナ!なんで君は大人しくならないのさ!」


「大人しく出来るか!変態小僧!」


ベッドの上で、もつれ合いながら攻防を繰り広げる二人。

ロージアの手がディアーナのネグリジェの裾を上げ、脚を撫でる。


「何て…キレイな肌…ディアーナ…」


「私がキレイなのは当たり前だな!
つか私の肌に触れていいのはレオンだけだから触るんじゃない!」


「兄上なんかに渡さない!」

「お前の兄上じゃないわ!」



このままでは埒が明かないとロージアがディアーナに身体の自由を奪う強い魔法を使おうと魔力を集め始める。



「僕は君を抱く!ディアーナを僕だけのものにするんだ!」



「…僕だけの?…冗談はやめてよ…

私だけのディアーナに。」



大きなベッドの上、ディアーナをロージアから奪い、抱きかかえるようにしてオフィーリアは現れた。


「…オフィ…」


ジャンセンではなく、オフィーリアが現れた事に驚いたディアーナが名を呼ぼうとするより早く、ザワザワと怒りをあらわにしたロージアが名を呼んだ。


「やっぱりお前か!!気持ち悪い女だと思っていたよ!
リリー!!……この化け物!!」



オフィーリアとディアーナは意味が分からず動きが止まっている。

ロージアはオフィーリアから距離をとって、ベッドから飛び降りた。



「…邪魔しやがって…
お前の思い通りになんか、ならないからな!
…いつか、消してやる…覚えてろよ!」



ロージアは、忌々しいものを見る目をオフィーリアに向け、捨て台詞と共に転移魔法により消えた。



しばらく呆然としていたディアーナ達だったが、やがて互いの顔を見て我にかえった。



ベッドの上で、オフィーリアに抱きかかえられたままのディアーナは、オフィーリアの目を見て美しい笑みを浮かべる。



「レオン…ありがとう助かったわ…逢いたかった…。」


「ディアーナ…俺も…逢いたかった…無事で良かった…。」



ディアーナはオフィーリアの首に腕を回し、オフィーリアもディアーナの背に腕を回して、少女二人がベッドの上で抱き合う。



「…逢いたかったのよ…レオン…

ディアナンネについて、何か言い残す事はありますか?」



オフィーリアの顔から血の気が引く。
首に回されたディアーナの手は、逃がすまいとガッチリとホールドされている。

オフィーリアの、ディアーナの背を抱いた手が小刻みに震え出した。



「わっ…私…レオンじゃないので…分かりませんわ…。」



ベッドの上、抱き合う二人の美少女達は、一人は顔が青ざめ、一人は鬼のような形相のまま笑っている。



「あらあら…ならば私が脳髄揺さぶって、思い出させてあげましょう…か…」



「ディアーナ様…!ご無事ですか!」



寝室の扉を開けて、いきなりリリーが飛び込んで来た。



「無事です!私オフィーリア!来てくれてありがとう!
はじめましてリリー!」



「え!?私!?」



涙目になったオフィーリアは、今だ!とばかりにディアーナの腕から逃れ、自分と同じ姿のオフィーリアに驚いているリリーの後ろに姿を隠す。



「あら、リリー助けに来てくれたの?
…貴女も、普通の人じゃないわよね…?
教えてくれない?貴女の事…。」



ディアーナの問いかけに、リリーは静かに頷いた。



「レオン…さっきの話しは…また今度にしましょう?
先に片付けなきゃならない事がいっぱいあるみたいだから…」



「そ、そのまま忘れてくれる事を祈ります…」



オフィーリアはリリーの背後で土下座をしていた。



ロージアが去ったディアーナの寝室で、三人は大きなベッドに輪になるように座っている。



オフィーリアが休戦してくれたディアーナの髪に触れ、指先に絡ませ遊びながら尋ねた。



「なあ、あいつ帰り際に魔法使ったぞ?ディアーナ気付いてたか?」



「魔法?何の?」



ネグリジェから普段着ているドレスに着替えたディアーナは、髪を遊ぶオフィーリアの方を見る。



「簡単に言えば、忘れる魔法?
今夜の記憶を消したかったようだな…
ディアーナは俺と繋がっているから、強い抗魔体質だし魔法の影響受けにくいんだが…
まぁ、分からないよな、魔力の無い普通の人間だと思われていれば。」



「こうま?子馬体質?パカパカ?」



「……ディアーナは、抗菌コートされてるからバイ菌が付きにくい。」



地球用語で分かりやすく言い直してくれたが、魔力をバイ菌扱い。



「なるほどね、でも、それは知られない方がいいから今夜の事は魔法が効いて、忘れた事にしておくわよ。
…所で、私達いつまで三人でここにいればいいの?」



「分かんないけど、親父がリターン魔法…っ!?」







「お帰りなさい、オフィーリア。そして久しぶり、姫さん。
何十年ぶりかね?」



オフィーリアの口から出た単語が引き金となり、三人はいきなりジャンセンの居る教会に転移させられた。



「きゃあ!師匠~!!師匠!はぁはぁ!36年と185日ぶりのナマ師匠!」



「……相変わらず気持ち悪いな、姫さんは…。」



ジャンセンは顔をしかめて「うわぁ…」と呟く。

そんなジャンセンの姿を見るなり興奮して飛び付きたがるディアーナを羽交い締めして止めるオフィーリア。



「何で親父には興味無いのに、ジャンセンはツボなんだよ!
同一人物だろ!抱き付くなら俺にしろよ!」



リリーはそのおかしな光景を見ながら困り顔をする。

そもそも自分と同じ姿で男言葉を喋るオフィーリアが、何だか気持ち悪い。



「神父様…初めてこの村に来て、お見かけした時から貴方が普通の人間ではないと感じていました。
…貴方は…一体…そして、ディアーナ様や、私そっくりなオフィーリアさんは…」



「あのねリリー、私は何度も言ってるけど思い込みでも妄想でもなく、月の女神と呼ばれているわ。
元々は月の聖女と呼ばれていたのよ。数百年前から。」



ディアーナはクスリと笑ってリリーの両手を握る。



「あなたソックリなオフィーリアは、普段は男性で私の夫なのだけど、創造神の御子なのよ。
不老不死で、千年以上前からこの世界を守り続けているわ…。」



ディアーナに手を握られたリリーは、ビクッと身を跳ねさせる。



「そんな…そんな恐れ多い…!あなた方は、本当に神だと…」



「いいえ、神と呼ばれるのは正確にはジャンセンだけね…
この村で神父をしていたジャンセンは私達の父で、この世界を造った創造主なのよ。
この世の誰にも触れる事すら許されない、頂点の存在よ。」



その頂点を振り回すディアーナなのだが。



リリーはディアーナに手を握られたまま気を失った。

事が大き過ぎて処理しきれなかったようだ。



「あらあら…リリーの話しも聞きたかったのに失神したわね。
…目を覚ますまで待つしかないかぁ。」



ソファにリリーを寝かせ、ため息をつくディアーナにジャンセンが鼻を押さえる。



「姫さん…臭い。すっげカビ臭い。めっちゃ瘴気浴びて来たろ?」



「えっ!!瘴気ってカビ!?カビ臭いの!?」



ディアーナの抗菌コートは防カビ効果が無いようだ。



ディアーナは自分の身体のにおいを嗅ぎ出す。



「浄化が必要だな、くせぇもん。」

「浄化?浄化って…レオンがバーンてやるやつ?」

「そう、浄化出来るのは、この世にレオンしか居ないしな。
レオン、ディアーナの浄化をお願いします。
奥の寝室を使って良いので。」



「え?」



ディアーナはオフィーリアから姿を戻したレオンハルトに抱き上げられた。


「バーンなんて一瞬で終わらせない。
ゆっくり時間を掛けてアイツのニオイが消えるまで、隅々まで浄化しよう。
たっぷりと愛してあげるよ、俺のディアーナ。」


「ちょっ!おとんの、師匠の居る部屋の隣で!?
ままま待って!無理!無理!声とか!何かいろいろ出る!
無理!助けて師匠!」



ジャンセンはまずい茶をすすりながら鼻で笑う。



「ハッ…助けて欲しいなら呼んで下さいよ。

おトン、出番でやんす!と。

コトの最中でも飛び込んで助けてあげますよ。」



う、恨んでるの!?私が、そんな救助要請した事を!

抱き上げられたままディアーナは寝室に運ばれた。



そして、レオンハルトの嫉妬もあってか、激しく熱い夜を過ごしたディアーナはベッドの上でグッタリとした朝を迎えた。





「ゴリラ並に体力のあるディアーナが足腰立たないとは…
やりますねぇレオン。」



シレッと言ってのけるジャンセンを睨んでディアーナが声を上げる。



「誰のせいだと思ってるのよ!師匠!!」


「貴女のせいですよ?」



ニッコリ黒い笑顔を見せるジャンセン。

もう、何も言えなくなったディアーナはガックリ項垂れた。





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