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第一章•帝国編

12話◆抱かれた男たち。愛を知った少年とブチギレした少女。

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「ただいま、姫さん」


ジャンセンがレオンハルト皇帝を抱き上げたまま、村の教会に転移した。


「お帰りなさい!師匠~!
ちょ、姫を抱いたヒーロージャンセン!久しぶりにヤバい!いい!たまらん!どっか舐めていい!?」


「「いいワケあるか!」」


ジャンセンとオフィーリアが声を合わせる。


ジャンセンに抱き上げられたままのレオンハルト皇帝は訳が分からず無言のまま、変なテンションのディアーナと目が合った。


「ねぇ、アゴ皇帝。ジャンセンに抱かれて、どうでした?」


「ディアーナ…俺の事もジャンセンに抱かれたとか言うが、あれは抱きかかえられただけで、抱かれてはいないからな!」


オフィーリアが口を挟み、ディアーナと睨み合う。


「麗しの師匠に抱きかかえられたら、それはもう抱かれたも同然だと私は断固主張する!」


「そんな主張は却下だ!麗しのって、親父だろうが!」


皇帝は、ディアーナと言い争う少女にハッとする。


昨夜、牢に現れたリリーに似た美少女。


本当に居た…。
夢では無かったのか…。



「うがはっ…!!」



皇帝はジャンセンの腕から、いきなり床に落とされた。

ディアーナ達に気を取られて無防備だった為に腰を強打し、レオンハルト元皇帝は床の上で悶絶する。



「うおぉお…!こ、腰が…!」

「陛下!陛下!よくぞご無事で!」



いや、無事ではない…腰が悲鳴をあげている…。


「ヒューバート…?お前まで、こんな所に…」


「こんな所で悪かったですね。あなた、重いんですよ。」


皇帝の言葉を遮って、椅子に腰掛け足を組んだジャンセンがあからさまに面倒臭そうな顔をする。


号泣するヒューバートに身体を支えられながら、皇帝は改めて部屋の中を見回した。



壁も床も飾り気の無い板張りの質素な部屋に4~5人が食事を取れる位のテーブルがあり、そこに肘をついて椅子に座る黒髪の男。


ディアーナ嬢と、リリー似の口の悪い少女がテーブルの前におり……


部屋の奥にあるソファーには、リリーが腰掛けていた。

リリーはソファーから立ち上がると、深々と頭を下げる。



「レオンハルト陛下……ご無事で何よりです…。」



「は……はうえ……?」



ソファーから立ち上がる際の、右側に僅かに身体が傾く微妙なクセが母と同じだった。



「いいえ…私は、ディアナンネ…。
この国の皆様の信仰心から生まれました。

…皇太后のリリアーナ様の魔力をいただいたので、この姿になりました…。
申し訳ございません…。」


「いや、そなたが謝る事では…。」



「そこの、二組のバカップル。話が進まない。
乳繰り合うのは全て終わってからにしろ。」



皇帝がジャンセンの方を見る。視線だけで尋ねる。
バカップルって誰?と。



「あそこの馬鹿娘二人と、お前らだ。」



ジャンセンは面倒臭そうにアゴでディアーナ達を指し、その後に皇帝と目を合わせた。



お前ら?俺と…………リリー!?



「何を言ってるんだ!
助けて貰っといて言うのも何だが、あんたは一体何者なんだ!
いきなり現れ俺を救いだし、ロージアの元まで簡単に近付く!
魔力が強いだけの人間に、あんな事出来る訳がない!」


皇帝は、もう見ないふり、気付かないふりをするのが嫌だった。

ロージアに抱いた疑問を、危ういものに近寄りたくないと口に出さずに飲み込んで、気付かないふりをしていた。


その結果が、陥れられて処刑。


今この場で生きていられるのは、本来なら無かった奇跡だ。


「お前だって、ロージアと同じで人間ではないのだろう!!…ぐはあっ!!」



皇帝は言葉を遮られるように、いきなりディアーナにアイアンクローをかまされた。



「黙れ、アゴ。このヘタレが。助けて貰っといて偉そうに何だ。」



「ディアーナっ…様っ…!?」



「人間でない?この部屋に人間は、お前とジジイしかおらんわ!
アゴ、お前を抱いた男は、わたくしの父であり、この世を創った唯一神だ!
この世界の頂点で誰より偉そう…いや、偉い!
お前はわたくしの父であり、唯一神に抱かれた……!」


「姫さん。俺が気持ち悪い。やめて。抱いてないから。

それに、さりげなく偉そうって言ったよな?」



青ざめたジャンセンが、ディアーナの口を背後から塞いだ。



アイアンクローから解放された皇帝の側に行ったオフィーリアは、補足するように説明を続ける。



「レオンハルト皇帝、お前の先祖が会った聖女がディアーナ本人だ。
ああ見えて、もう数百年生きてるからな…
で、暴れ回ったディアーナを止めた勇者レオンハルトが俺で……

くそう!お前の先祖、何でディアーナの名前を間違えて後世に伝えたんだよ!!お前ら一族のせいで俺はなぁ!」



「黙れ!キリが無いからやめろ!馬鹿息子!話が進まないだろうが!」


ジャンセンが苛立ちからの威圧的オーラを放出する。


「いい加減、作戦会議始めるぞ!
議題、私が新しいオモチャをゲットする件について!」



その場に居た全員の視線が、目が点な状態でジャンセンに集中する。



━━━はい?ナニそのアホみたいな議題━━━










ロージアは王城の中庭に居た。


月明かりだけが光源の、暗い中庭のベンチに腰掛けて背もたれに背を預けて月を見上げる。



「ディアーナ…どこ行ったの…
どうして…皇帝になった僕に会いに来てくれないの…どうして…
こんなに…好き…なのに…愛…愛してる…ディアーナ…!」


ロージアは初めて知った、胸をきつく締め付ける感情の名を口にする。身が裂けそうに辛く悲しく、切ない。


涙が溢れて止まらないロージアは、両手で顔を覆って泣き続ける。



「ディアーナ…!ディアーナ!愛している…!」



冷たい月明かりの下でその場に居ない相手を想い、ロージアは届かぬ心を叫ぶ。









━━どうしよう。


出るに出られねぇ!━━



実は本人、その場に居た。


ディアーナは中庭の茂みに潜んでいた。



━━今、すごく迷彩服が欲しい。

何だったら頭に木の枝をさしまくっても良い。

私は木になりたい……。━━





20分程前。



ジャンセンの居る教会と、教会の前に居た場所を繋ぐ転移魔法を借りているディアーナは、教会から転移魔法を使い城に戻ったのだが、教会の前に居た場所がこの中庭だった為、この場に現れた。



中庭から部屋に帰ろうとしたら、人の気配を感じたので反射的に隠れてしまった。


来たのはロージアだった。


ディアーナは悩んだ。



1番「あら、こんばんはロージア、皇帝即位おめでとう」

2番「兄を処刑にするなんて、何て事をしたのよ!」

3番「とりあえず、何かムカつくから鼻の穴にブドウ詰めさせろ!」



何て話し掛けたらいいのだろう…。



私はあくまでも月の女神を自称している人間の少女でいるべきだし、ロージアの正体とか、処刑されるハズだった皇帝が拐われた事やら、犠牲になった少女達の事とか……

色々知っちゃってるけど、知らないふりをしていた方が良いはず…。



人間の少女の立場で……「何で、お兄ちゃん処刑にしちゃってんだよ!あんたは!」うん、こんな感じにしとこうか…



茂みから出ようとしたディアーナの耳に、ロージアの切ない胸の内を語る声が届いてしまった。



ディアーナ的には、想像を越える告白だった。



「なぜだ…なぜ私は惚れられている?
いきなりぶっ叩いた記憶と、ブドウ持って追いかけ回した記憶しかない…。」



アレか、従者とデキてるっぽいと、男とくっ付けられる位なら、女の方がいい!
僕、超女好きのノンケだからね!的な!
だから、女の私を選んだのか!?





つか、考えるのめんどい!

当たり障りの無い会話をして、さっさと部屋に帰ろう!




美しい少年であるロージアが、心の底から自分を愛していると知っても、ディアーナの心は微動だにしない。


ディアーナは、千年以上の永い時を自分一人を愛する事に費やした男の愛の深さを知っているから。


その男から与えられる以外の愛の深さ等、ディアーナにとっては吹けば飛ぶ綿毛のごとく軽い。



だから、悲痛な胸の内を吐露するロージアには「悪い所見ちゃったな」位にしか思わない。




「ロージア、皇帝即位おめでとう。」




ディアーナは茂みからロージアの前に現れた。

突然現れたディアーナに驚いたロージアが、大きく目を見開く。


「ディアーナ…?…頭に…葉っぱ付いてる…」


「ええ、茂みの中で昼寝していたら夜になっていたの。」


苦しい言い訳だが、ディアーナは貫く事にした。


「ディアーナ!ねぇディアーナ!僕との約束覚えてる!?
皇帝になったら、結婚してって!」


いきなり、その話か?とディアーナは辟易する。


「そんな話はしたけど、そんな約束はしてないわ。
起きたばかりで頭が重いのよ、部屋に戻るわ。おやすみなさい。」



ベンチに座るロージアの横を通りすぎようとした瞬間、手首を掴まれたディアーナが身体を引き寄せられる。


そのまま腰を抱き寄せられ、ディアーナはベンチ脇の芝生に押し倒された。


真上からディアーナを見下ろしたロージアに、首筋に唇を当てられそうになりディアーナはロージアの頭を掴む。



「い、痛いよ!ディアーナ!何で!?ねぇ!」


「オマセな子供の悪戯にしては、行き過ぎてるからよ。
わたくし、愛を誓った人がいるのよ。
だから、あなたのモノにはならないわよ?
例え、この世界が滅んでも」


「僕が!こんなにも君を好きなのに!愛しているのに!」


「僕が、僕がって、自分の事しか考えてないのね。
わたくしの気持ちは無視するの?」


「ディアーナっ…!」



ディアーナのアイアンクローを振り払い、顔を近付けたロージアの唇がディアーナの唇に重ねられそうな程近付く。



組み敷かれたディアーナがキレた。



「ほんとにオメーは自分の事だけな!ウゼェこと、この上無いわ!リリー!出番でやんす!」



「り、リリー!?」



不意にディアーナの口から出た名前にビクッとしたロージアの身体がディアーナから引き離され、ベンチに投げられた。



「…私のディアーナだと言ったじゃない。手を出すんじゃないわよ。」



リリーのふりをして現れたオフィーリアは、転移魔法によりいきなりこの場に現れ、ロージアの襟を掴んで力任せにディアーナから引き剥がすと、その身体をベンチに投げた。



ベンチに深く腰掛けた格好になったロージアは身を乗り出すと、ディアーナの前に立ちはだかる仁王立ちしたオフィーリアを睨む。



「お前…ほんとにリリーか…?
リリーに、転移魔法を使ったり、僕を制する力なんか無いハズだ!」


「ハンッ!何でもかんでも自分の思う通りになってると思い込んでるなんて、あさはかにも程があるわよ!クソガキ!」



オフィーリアは鼻で笑ってロージアを嘲る。


お父様のジャンセンに似て来ましたわね…レオン。

と、言いますか…私が組み敷かれたり、キスされそうになったり…それを、見てしまったレオンから殺気がだだ漏れしてます。


このままだと、プチっとしかねないわ…。やべー。

師匠のオモチャを壊さないで…頼むから!



「ロージア、わたくし眠いのでリリーと一緒に帰りますわ。
ごきげんよう。」


ディアーナはオフィーリアの腕に身を預けて軽く会釈する。


「ディアーナ!行かないで!」


すがるように涙を流すロージアの青い瞳をガン無視する。


行かないワケねーだろうが!と怒鳴りたいのを我慢して、ディアーナは微笑み、オフィーリアと共に姿を消した。


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