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第一章

1―時期はずれの転校生。

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平和に過ぎて行く日常を、平凡でつまらない人生だと考える奴は多く居る。

ゲームやアニメ、漫画など刺激的な創作世界に触れる機会の多い若者ならば尚さらかも知れない。

俗に言う、リア充と呼ばれる奴らは別かも知れないが、現状を退屈だと思っている奴らは、絶対に手の届かない世界に憧れをいだき「行けたら、やってやる!」などと

自分が強い事を前提として思ったりするワケだ。

かつての自分も、そんな中の一人だった。
まぁ、想像するだけなら自由だからな。

自分が暗黒の世界から来た闇の末裔で実はダークヒーローだとか。


そもそも、今になって思えば…
「やってやる!」って、何をやってやるつもりだったのだろうな。








耳の横をヒュッと何か小さな物体が横切った。


その物体は俺が落書きを消したばかりの黒板に当たって跳ね返り、カツンと音を立て俺の足元に落ちた。


「おい転校生、下の自販機で飲み物買って来い。」


教室の後方の席で、このクラス内の『不良』と位置付けられる4人が机の上に座り、ニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を見ていた。
俺は足元に落ちた硬貨を拾う。


「悪いが、転校してきて間も無いので自販機の場所が分からない。
十円玉1つで飲み物が買える自販機なんてな。」


俺は教壇の上に拾った十円玉を置き、窓際の一番前にある自身の席に座った。


「あぁ?調子クレてんじゃねぇぞ転校生。」


ガタガタと後方の椅子や机が動く音がする。
俺の方に4人が向かって来る。

ああ、なんて面倒くさい…また殴られるのか。


「こんな時期外れにいきなり転校して来るなんて、前の学校でイジメられて逃げて来たんだろ?」

「俺達は優しいからよ、ちゃんと卒業まで仲良くしてやるからな。」

「その前に、あの世に転校しちまったりして!」

「ギャハハ!」


中途半端な時期に転校して来た俺は、誰とも交流を持とうとしなかった。

それがコイツらには、根暗でコミュ障でイジメられてたんだろうという印象を与えてしまった。
新しい玩具がやって来た位に思った様だ。


頭の中が空っぽの4人に四方から囲まれた俺は俯いた。

心底面倒くさい。相手にしたくない。目立ちたくない。


俺は俺を━━全うしたいだけなのに。



俺の胸ぐらが掴まれて椅子から立ち上がらせられた。
胸ぐらを掴んだヤツが俺の左頬に拳を入れる。


「ちょっとぉ!もう先生来るじゃん!
イジメすんなとか説教始まって帰るの遅くなんのヤなんだけど!」


「それもそうな、じゃ顔殴るのやめて、腹にしとくわ。」


髪を金髪に脱色した女生徒が男達に意見をすると、俺の胸ぐらを掴んだ奴とは別の奴が、俺の腹に拳を打ち込んだ。


「優しい綾奈に免じて俺は手を出さない。だから綾奈、ヤらせて?」


不良のリーダー格の京弥が、綾奈と呼ぶ金髪の女の肩に腕を回した。


「ハァ?ふざけてんじゃネーし。
アタシ、顔が良くても金持ってない男とは付き合わないから。」


肩に置かれた京弥の腕を振りほどき、綾奈は自身の席に座った。


「ヤリたいなら、いつもみたいにミチル使えばいいじゃん。」


綾奈が教室の隅に居る、ミチルと呼ぶ少女にチラッと視線を送った。
綾奈と目が合ったミチルと呼ばれた黒髪に眼鏡の大人しそうな少女はビクッと身を竦ませて、小さく震えながら目を逸らして俯く。


このミチルと呼ばれた少女は……俺が来る前まで奴らの玩具だったようだ。
今も完全に解放された訳では無いようだが、俺が転校して来て被害に遭う時間が減ったのだろう。
憐れむ様な視線を俺に向ける事がある。

それでもまた、自身が再び生け贄となるのを恐れてか、なりを潜めて出来る限り目立たない様にと萎縮している。




俺を殴っているコイツラは、自分達をヒエラルキーの頂点だと勘違いしている。

そもそもが、教室なんて小さな世界の頂点に君臨しているから何だと言うのだろうな。


「ミチルー学校から出たら、俺たちが遊んでやるから待ってろよ」

「ひっ…ひいっ…!」

俺の腹を殴る一人がニイッとミチルに笑いかけた。

「このサンドバッグで楽しんで、学校終わってからな!」


俺はサンドバッグか。
抵抗らしい抵抗をしないからな。
顔を殴られようが、腹を蹴られようが、抵抗をしない。


ただ大人しくやり過ごして、このクラスの問題児達プラス、転校生の俺が残された放課後の進路指導が終われば、さっさと帰るつもりだ。
それで今日が無事に終わる。


目立ちたくない。目立つ事で………


また、ヤツの目にとまってしまう。

面倒くさいんだよ、もういいんだって。
俺をほっといてくれないかな。




━━━━ヴォォン━━━━キィィン━━━━




突然、大きな耳鳴りがした。

「キャアっ!」「うわっ!!」「何だっ耳がイテエ!」

俺以外の全員、6人が耳を塞いで教室の床にうずくまる。

視界が歪む。世界がひずむ。
教室が光に侵食される様に掻き消され始めた。


「ッッ!!見つかったのか……また面倒くせぇ事に!……」


俺と、教室に居た6人の身体も光に侵食されて消えて行く。


飛ばされる!もう抵抗も無理だと分かっている。

そう感じた瞬間、俺の前に突き付ける様に大きく文字が浮かんだ。


━━称号∶意思なき意志により流され漂う者。━━


だから、その称号とやら!意味が分かんねぇんだよ!!

クソッタレが!!!


ああ、また俺は俺を全う出来ないのか。
  

日本という世界に生きる

真神 帝斗の人生を。








「……………頭イタ………………」

「…………何だったんだ………」


俺が意識を取り戻してから数分後、残りの6人も意識を取り戻した様だ。

教室の床ではなく、石畳の様な床の上に俺達は倒れていた様だ。

辺りは照明器具が無く薄暗く、ぼんやりと何かの儀式のように8方向に篝火の様に火が灯されていた。


「ねえっ!ここ何処なの!学校じゃないわよ!!」


綾奈が半狂乱になって金切り声を上げ始めた。

その隣ではミチルがカタカタと自身の身体を抱き締めて震えている。

「誰か居ねぇのかよ!フザケやがって!」

「俺達、薬かがされていっせいに拉致とかされたんじゃねぇか!?」


俺の腹を殴っていた奴が、意外に的を外してない事を言う。
まぁ、拉致した相手は地球人では無いだろうが……。


「おい転校生!
お前、何でこんな状況にヘーキなツラしてやがんだよ!
それに、あんなに腹にパンチ食らっといて、何で平然としてんだ!」


京弥が俺の胸ぐらを掴んでいきり立つ様に睨み付けて来た。
京弥の言うパンチとやらは、俺が惨めに床にうずくまって動けなくなるものらしい。
確かに…ここがまだ教室の中だったら、俺はそんな芝居をしていたかも知れない。

だが、もうそんな芝居の必要も無くなった俺は、京弥の手首を掴んで胸ぐらから離させた。

「イッ…!いてぇ!」

「京弥とか言ったか。うるさいぞ黙ってろ。
俺達をこのパーティーに招待してくれた奴が見ている。」


薄暗い部屋に目が慣れて来ると、自分達が床に描かれた大きな魔法陣の上におり、その魔法陣のまわりに黒いローブを身に付けた、いかにも魔法使いらしき者達が取り囲んでいる事に気付いた。

「きゃあー!!」

「な、なんだよ…このファンタジーゲームみたいなんは。」

俺の胸ぐらから手を外された京弥が、脱力した様にその場にへたり込んだ。
そんな京弥を盾にする様に、綾奈が京弥の陰に隠れる。

俺は乱れた襟を整え、ブレザーのネクタイを緩めた。

魔法陣を取り囲むローブの男達をザッと見回し、その男達の背後に居た国王らしき男を見付けた。


「ようこそ、我が国に参られた!勇者達よ!!」


その国王と思しき男が、お決まりの様に口上をのたまう。


「ゆ、勇者!?」
「俺達、勇者だって!マジかよ!」
「これ、異世界転生…いや、転移ってやつ!?」

京弥の仲間の3人は、多少そういう創作の世界を理解しているらしい。
先ほどまでの不安が少しは興味に上塗りされた様だ。

「ちょ、ちょっと待ってよ!
アタシはそんな漫画みたいな世界に興味無いのよ!
男子は勇者でも何でもすりゃいいけど、アタシは元の世界に帰してよ!」

綾奈が国王をキッと睨んで言う。
京弥も同意見なのか、綾奈の問いに国王が答えるのを待った。

「残念だが、勇者が世界の平和をもたらすまで、帰る事は出来ん。
帰りたければ、勇者がこの世を救うしかないのだ。」

俺は国王から顔を背ける様に後ろを向き、フッと小さく鼻で笑ってしまった。

世界が平和になれば帰れる?ハハッよく言う。


元の世界に帰る方法など、有りはしないのに。


「だからよ、恭弥!俺達でこの世界を救ってやろうぜ!」

「そうだ、なにしろ俺たち勇者だからな!救ってやらなきゃな!」


恭弥の仲間は勇者となり、世界を救う事に乗り気な様だ。

さっきまで俺、たった一人に寄ってたかって拳を浴びせていた癖にな。


「勇者なんて言ったってな、剣を扱ったりなんて出来ねぇよ…。
俺が出来ると言ったら、ケンカ位しか…。」


恭弥の言葉に心の中で思い切り噴き出した。ケンカ?
一方的に数人で弱者を殴ったり蹴ったりするのが?
しかも、強いとでも思ってんのか?

頭が悪くて反吐が出る。


「それが、大丈夫なんだって!そういうモンなんだって!」


更に頭の悪い仲間が目を輝かせて言う。
創作の世界での知識を、いま自身が置かれた状況と同じだと思い込んでいる。

創作の世界に似ている、とは、その世界と同じという事ではない。
余りにも突飛な非日常を突き付けられて思考が麻痺しているのだろうか。


国王がローブの男達と何やら言葉を交わしている。
やがて国王が咳払いをし、言葉を告げた。


「この世界には今、大陸が5つある。
四方の大陸にそれぞれ幾つかの国があり、それらの大陸には国々を纏め大陸を治める大陸の王がおる。
わしは、その東の大陸王のバーロンである。

中央の巨大な大陸にはかつて、魔王と呼ばれる者が治めていたが今はおらん。
統治する者が居らず荒れ果てた広大な土地を蘇らせ、多くの人々が平和に暮らすための新しい国を創りたいのだ。」

恭弥の仲間の3人は、自分達を勇者と呼び選んでくれた国王を疑いもしない。

先ほどまでの、二度と元の世界に戻れない場所に拉致されたという悲惨な自身の状態を忘れているようだ。

「俺、やるぜ!人々の平和を願うバーロン様の為に戦う!」

「ああ、平和を望む王様を邪魔する奴は敵だな!やっつけてやろうぜ!」


頭の悪い、まるで子どものごっこ遊びの様な会話が続く。

俺は国王の話を聞き流しながら、頭に言葉を浮かべて宙に目を向けた。

━━ステータス━━

俺以外の誰にも見えてはいないが、俺の目の前にステータス画面が開かれた。

俺のこの能力は健在の様だ……

そして俺はステータスの称号の欄に

『勇者』という単語が増えなかった事に、フムと顎に指を当て思考を巡らせる。


「王様にひとつ訊ねたいのだが。
ここに居る、俺たち七人全員が勇者なのだろうか?」


「いや、違う。」


俺の質問にあっさり答えた国王に、6人がハッと息を飲む様に互いの顔を見合わせ始めた。


「では、もうひとつ訊ねたい。これだけ大掛かりな召喚儀式。
喚び出された勇者はこの国で優遇されるのだろうが、その儀式の犠牲となり連れて来られてしまった勇者でない者はどうなる?」

「何事にも犠牲は付き物だ。我が城での保護対象とはならん。」


ああ、命までは取らないし国から追い出したりもしないが、城に居させる道理は無いと。

至極当然の様に真顔で答えた国王に、不良4人組と綾奈がパニック状態になった。

「はぁ!?ここに喚び出された時点で勇者だろ!?」

「嫌よ!こんな分けの分からない世界に放り出されるなんて!」


俺はギャアギャアうるさいクラスメート達を無視して国王に話し続けた。


「勇者であるか、そうでないかの判断基準は?どうやって分かる?」


「簡単な事だ。
勇者になる得る者であれば呪文や詠唱などに頼る事無く、心に描いた事象を魔法として起こせる。
心の中に、火や水を描いてみるが良い。」


「火や水を心に描いてみる?火…ファイヤー!とか?
ハハハ…ふぁっ!!」


冗談ぽく、ふざけて言った京弥の指先に、ボウッと火が点りフワリと指から離れ、少しフワフワと鬼火のように飛んで落ちた。


「マジかよ!魔法!?スゲー!火が出た!俺、勇者だってよ!」

「スゲー!俺も氷が出せたぜ!」

「おいおいマジかよ!俺も京弥と同じ火が出せた!」


不良4人組の内、3人は魔法が使えた。
国王いわく、勇者の素質有りとみなされるらしい。

そう、王様あんたはそう言ったな。
勇者になり得る者と。
魔法が使えた者、全員が勇者という意味ではないと。


「なっ、なんで!?アタシ何も出ない!何も!!火!ファイヤー!水!雷!!」


綾奈は必死で、攻撃魔法らしいモノを口にして手から出そうとしているが、全く何も起こらない。
メイクをした顔が涙と汗でだくだくな状態での必死の形相は、鬼気迫るものがある。

だが、本人がどんなに必死であろうが、この世界に勇者の卵として求められなかった者である事は変わらない。


「そこの娘は勇者ではない。当座の生活に困らぬ様に金子を渡すゆえ、城下に下りるが良い。」


「い、いやぁ!こんな訳の分からない世界で一人で生きて行くなんて無理よぉ!!」


黒いローブを身に着けた男達が3人、綾奈を拘束しようとした。
暴れて抵抗する綾奈はローブの男の顔をはたき、ローブの男は暴れる綾奈の顔を大人しくさせる為に容赦無く殴った。

この世界での、勇者になり得る者と、そうではない者の扱いの差がハッキリと分かった。

「…なぁ綾奈、お前、俺の奴隷になれよ。」

京弥が鼻血を出して号泣している綾奈に提案をした。
俺の恋人と言わないで俺の奴隷になれと言うあたり、腐ってんなコイツと俺は頭の中で思った。

「なぁ王様、いいだろ?勇者の俺の奴隷って事で、この女も城に置いてくれよ。」

「そういう事なら構わん。だが、その女は粗野で乱暴な様だな。
ちゃんと躾けて貰わんと。」

「ああ、ちゃんと躾ける。さぁ綾奈、どうする?
俺はお前を守ろうとしてるんだぜ?だが、奴隷が嫌なら城から追い出して貰うが。」

「な、なるわ!京弥の奴隷に!だからお城から出さないで!」

綾奈はローブの男の手から逃れる様に京弥の元に走り、京弥は綾奈を抱きとめた。
その表情は、とてもじゃないが勇者とは言い難いほど醜悪な顔をしていた。


「勇者になり得るのはあと3人…。」


王がチラッと京弥の不良仲間の一人を見る。


そいつは、俺をサンドバッグがわりにしていた奴の一人でミチルに「遊んでやる」と言い、ミチルを怯えさせた男だ。

首をひねり冷静な自分を装いながら、冷や汗を額に浮かせて魔法を使おうとしている。

「あれ、こんな事無いハズなんだけどな。頭にちゃんとイメージは出来てるんだよ。後は魔法を出すだけなんだよ。
ちょっと皆と方法が違うのかな。」

ブツブツと呟きながらソイツは、冷や汗だらけの青い顔でミチルを見た。

「俺が勇者で……そうしたらミチルを性奴隷にするんだ……フヘ…」


ゴウウッ!!


火柱がソイツを包んだ。
儀式の間の高い天井にまで炎が伝い、部屋に熱気が充満する。
酸素が減り、ローブの男達が慌て出し火柱から王を庇い、わたわたとなる中、声が響いた。


「水柱!!」


儀式の間に水の柱が現れ火柱と同じ様に天井を伝い、儀式の間の火を全て消し去った。

水浸しになった儀式の間の魔法陣の上に、骨すら残らなかった男の焦げた跡だけが残る。

「私は勇者の一人よ。勇者になれなかった者、それも私を奴隷にしようとした者。
殺したからって文句は無いわよね?」


「ああ、勿論だ。
此度招いた勇者の中でも、そなたの魔力は群を抜いておる。
勇者になれなかった者には逆らう権利が無い。」


誇らしげに微笑んだミチルは男が焼け焦げた跡を踏み、王の元へ歩んだ。


「ありがとう。この国に尽くせる様に頑張るわ。」


「さあ、最後に残ったそなたの魔力を見せてくれ。」


魔法陣から降り、王の元に向かった不良組3人と綾奈、ミチル。
この5人が俺を見る。

不良組は俺がミチル並に魔法を使えた場合の報復を恐れているのか、顔が青ざめている。


「……では、魔法を使ってみるか。」


俺は手を前に出し、魔法を飛ばす準備をした。



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