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第一章

3―人と、それ以外の境い目。

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渡された金で武器を買うまで、武器無しで歩かなくてはならない。
別に困りはしないのだが、自衛手段を持たずに歩く旅人なんて、見た目的に不自然だろうなと自前のナイフを用意した。

俺が手にするラブレスナイフは、サバイバルナイフとしても戦闘用としても使い勝手が良いが、一番のお気に入りは刃に裸で横たわる女性が彫られている事。

実の所、武器には全く詳しくないがこれはナイフ社のロゴらしい。

裸の女性のロゴなんて、ゴディバを思い出す。
くっそー…ゴディバ……この世界に来た以上は、あのチョコはもう食えないのか。


「恐らく、この世界で売られているナイフよりは切れ味鋭いと思う。武器はこれで良いが…。
問題は武器より、俺の格好か。」


旅人とは言ったが……
学校の制服姿なだけで充分、この世界では目立つ。
所持品に武器はあるが、防具は必要無かった為にほぼない。
マントかローブだけでも手に入れば、制服を隠す様に上から羽織るだけで何とかなるだろうか。


「あと……飯な。学校で昼飯食ってからもう、数時間経っているし、もう夕飯の時間はとっくに過ぎてるしな。」


こちらの世界は今、夕方に差し掛かる位の感じだ。
百夜の国みたいに、実は深夜ですって可能性も無いワケではないが。
野宿と飯抜きを避けたい俺は、太陽らしきものが沈み掛けている方角に向かい歩き続けた。






一方━━
京弥達を連れ王城へと向かう一行は、途中で地方の豪族の邸に停まった。

夜路は魔物の動きも活発になる為に危険だと、兵士や魔導師達は豪族の邸の敷地に簡易テントを張り一晩を過ごす。
国王とその側近の貴族達、勇者である京弥達は邸の来客用の寝室を貸し与えられた。

豪族の邸とはいえ、部屋数には限りがある。
京弥達は広めの寝室ひとつを5人全員で使う様に言われた。
ベッドは天蓋付きの大きな物が2つだけだ。


ミチルはあからさまに怪訝そうな表情をし、寝室にある豪華なテーブルの向かい側の椅子に腰を下ろした。


「綾奈、来い。」

「えっ京弥!?ちょっと!ま、待ちなさいよ!」

京弥が綾奈の腕を掴んでベッドに放り出した。

「お前は俺の奴隷だ。魔物とやらが歩き回る場所に放り出されたくなかったら、大人しく言う事を聞くんだな!」

「いや…!こんな所じゃイヤよ!シャワーだって入ってないのに!
や、やめて!」

天蓋付きのベッドの薄いカーテンが閉まり、その中で事が始まった。


京弥の仲間はベッドの外でニヤニヤと笑い、チラッとミチルの方に目を向けた。
目が合ったミチルは、椅子に座ったまま大きく目を見開いて相手を睨める。

「田上…末町…あんた達まだ私にあんな事を出来る気でいるの?」

ミチルは感情のこもって無い様な瞳で瞬きすらなく、二人を睨めつけていた。

「ミチル!お前、生意気なんだよ!お前に俺達がヤれると思って…」

「殺せるよ?もう既にクズの荒井を殺したじゃない。忘れてんの?
生意気ですって?今の私にそんな口がきけんの?
あんた達も消し炭にしてあげようかしら。
この世界じゃ誰も咎めたりしないんだし。」

ミチルが椅子からユラリと立ち上がる。
田上と末町二人がミチルに対し、身構えた。

「あっ!あんっ!京弥っ…!」

カーテンの向こう、ベッドから聞こえた綾奈の声に苛立ちを爆発させたミチルは、目の前のテーブルにガンッと乱暴に足を乗せた。

「京弥ァァァ!!そのメス豚を黙らせろぉ!!うるせーんだよ!
ブタの鳴き声がよ!!飼い主なら躾けやがれ!!」


その場に居るミチルは、もう皆が知るミチルではなかった。
手に余る大きな力を手にして増長しただけにしては、短時間で余りにも変わり過ぎている。


田上と末町はミチルの豹変ぶりに言葉を失い、後退った。


天蓋付きのベッドのカーテンが開き、中から上半身裸の京弥が出て来た。

「ミチルお前、アレだな!
転校生を自分のペットにしたかったんだろ!
それで俺のペットに苛ついてんのな。
すりゃ、いーじゃん。俺らは勇者仲間だろ?協力するぜ。」

まだ苛立ちの収まらないミチルは片足をテーブルから下ろし、まだ消えない怒気を身体中から発しながらハァハァと肩で息をしていた。

「真神君は、断ったのよ……私が守ってあげると言ったのに…」

「だからぁ、俺らは勇者様だぜ?文句なんて誰も言わねーよ。
捕まえてしまって、逃げれないようにしてしまえばイーじゃん。
ミチルの強さがありゃ、あんな奴簡単に手に入るだろ?」

京弥はミチルの肩にポンと手を置き、耳元で囁いた。

「ミチルのモンにしちまえばいいと思うぜ?」

「真神君を……私の?」

ミチルの怒気が消え、ポウっと頬に赤みがさす。
京弥はミチルから離れて田上と末町の近くに行き、ぼそっと囁いた。

「アイツを怒らせるんじゃねーよ。
俺らの中じゃ今は断トツでミチルが強者だ。
何がきっかけでブチ切れるか分かったモンじゃねえ。
学校での事だって思い出したらヤベーんだからな。
転校生を玩具がわりに与えておけば、俺達に意識が向きにくくなるだろう。」

「だが京弥、転校生が今まだ、生きてるかだって…」

「バカ!ミチルには生きてると思わせたままで、一緒に探そうって協力的なポーズを見せとくんだよ!
奴の死体が見つからない限りは有効だろうが。」

3人は顔を見合わせるとチラッとミチルの方を向き、苛立ちが治まり頬を染めているミチルの姿にほっと胸を撫で下ろす。

「後は…王様の判断とやらで、俺達がどこまで動けるかだよな。
城に着くまでは自由行動も出来ないみたいだし。」

末町が部屋のドアを見る。
ドアの外には兵士が立っており、部屋を出る事が許されなかった。

「まぁ、俺達が自由に動けるようになる頃には、転校生もとっくにあの世に逝ってんだろうよ。ミチルにそれは言うなよ?」


部屋の扉がノックされた。

「勇者様、食事の用意が整いました。」

ワゴンに乗せられて来た食事は四人分、運んで来た豪族の邸の侍女は仏頂面のまま、ワゴンを置いて立ち去ろうとした。

「おい、ネーチャン。俺達5人居るんだぜ?
四人分しか無いんだけど。」

仏頂面の侍女は首を傾け、ハァ?という表情をした。

「お客様は4人と伺っております。あとは奴隷が一体居ると。
奴隷に出すものなど当家には御座いません。
主人がご自身の残飯を与えるか、観賞用、性奴隷など心身を身綺麗に保ちたいなら奴隷用の食費を別に払っていただきます。」


4人は改めて、この世界に住まう者の地位と、それに伴う扱いの差を知った。
人種差別などあってはならない…そんな倫理観のある世界で生きてきたハズの彼らに突き付けられた、この世界での常識。


「……私、ダイエットしてるのよね。パンは半分しかいらないわ。
京弥君のメス豚にあげる。」


ミチルは、半分ちぎったパンを床に落とした。







辺りがかなり薄暗くなってきた。

俺は夜目が効くので歩き続ける事も出来なくはないが、いい加減何か腹に入れたい。

時々、見た事も無い魔物なんだか何なんだかみたいな生き物が襲いかかって来るが、ナイフでぶっすー。瞬殺。

いつの間にか、悪路を歩く俺の足元に銀色の仔犬が居た。ハティだ。
じゃれる様に足元をうろつく仔犬は、金色の目で俺を見上げる。

「テイト、お腹すいたならレーション食べる?
山ほどある。」


「いや…俺の持っている携帯食料ってマズイから非常時以外は食いたくない。
そんな事を言う為にわざわざワンコになって俺の所に来たのか?」


「そう。あと、ついでにもうひとつ。
右2時方向に200メートル。人が魔物に襲われてる。」


「それ!先に言えよ!!」


俺はその場から駆け出した。
ハティが仔犬から狼の姿になり、俺に付き従う様に共に走ってくる。


暗い森の中を速度を落とさず、つまずきもせずに走った俺は、魔物に人が襲われている現場に辿り着いた。

現場には8メートル程の巨大なムカデの様な魔物が、長い身体の前方を、蛇が鎌首をもたげる様に持ち上げており、地面に腰を抜かした様にヘタリこんでいる人物に、覆い被さろうとしていた。

「あっぶね!ぎりぎりかよ!」

俺は、その人物の襟首を掴んで引き上げるように、ムカデからの攻撃を避けさせた。
あと1分、来るのが遅かったら跡形もなく食われてたぞ、こいつ。

改めて助けた人物を見ると、それは12、3歳位の少年だった。

隣に来た銀狼姿のハティが、クイと鼻先を後方に向けて俺に見る様に促した。

木の陰に隠れて震えている、10歳位の少年がいる。
兄弟か?にしては似てないが。
そこに居れば、まぁ戦いの邪魔にはならないだらう。

「ハティ、助太刀は無用だからな?俺も勘を取り戻さないとだし。」

俺はラブレスナイフを握り、ムカデの懐に飛び込んだ。
コレ系の魔物は、統計的には腹部が柔らかい。
あと甲殻部の隙間もな。

あああ……虫、キッモ!!
虫なんか、触るのどころか見るのも嫌だった。
虫が怖くて触れない。
そんな俺も、もう居ないんだなと改めて思う。
そんな悠長な事を言ってる間に殺されてしまう世界で生きた。

お互いが殴り合うようなケンカ以外で、人を殴ったり傷付けたりなんか無理だった。
何かを傷付けるのが目的でナイフなんて持った事は無かったし
銃なんて、一生手にする事なんて無いと思っていた。


「俺に殺意を向けるならば、それはもう敵だ。死ね。」


虫でも動物でも魔物でも勿論だが━━

人間でも敵ならば、死んでもらう。
背を向けて敗走するならば追わない。

だが次、また向かって来た時には躊躇なく殺す。

俺はもう、そんな人間になってしまった。


ブチブチっと、繊維の様に筋肉が切り裂かれる音がする。
ムカデの腹部にナイフを刺した俺は刃を上に向けて立て、ムカデの眉間に向けて顎を殴るような態勢で、一気に真上にナイフの刃を走らせた。

黄色だか緑だかの気味の悪い体液が2色、ビチビチと飛び散る。


「うわぁあ!うわぁーー!きもっ!ちょっ…!キモい!!」


俺に助けられ、俺がムカデと戦っている間ハティに守らせていた少年が言葉を失い呆然と俺を見ている。
あの巨大なムカデをサッサと倒した俺が、体液ごときでワーワーギャーギャー言っているサマが理解出来ないらしい。


「うう……苦戦はしないが、ある意味苦しい……倒せる。
ダメージも受けずに倒せるんだが……!
精神的なダメージがデカいな、これは!」


避けたつもりで、頭や肩に多少掛かってしまった体液を手で拭ってベチャっと地面に落とす。
キモさがハンパない。
着替えたい。着替えが無い。身体を洗いたい。
せめて、ウェットティッシュが欲しい。


「た、助けてくれて…ありがとう!あんた、強いんだな!」

やっと、俺を敵ではないと認識してくれたのか少年が話し掛けて来た。
この世界は西洋人的な顔立ちの人物が多いし、見慣れぬ服装の東洋系の顔立ちの俺を警戒していた様だ。

「いや、無事なら良かった。
俺は一人……で、この狼のハティと一緒に旅をしているのだが、見慣れぬ土地で迷ってしまって。
一晩だけ、君の家の物置でも良いので寝る場所を借りたい。」

本当は物置なんかでなく、部屋を借りたい。
命の恩人だと思って、一晩位何とかならないだろうか。

「俺の家は、村で一番大きい宿をしているんだ!大丈夫だよ!」

ほうほう、テンプレの様に助けた相手が望みの条件にピタッと当て嵌まる。
宿をゲット。食事にもありつけるかも知れない。
まぁ、金を出せと言われたら王に貰った金が一応はあるし。

にこやかに微笑んだ少年は、木の陰に隠れて震えていた少年を連れて来た。
いや、連れて来たは正しくない。
引き摺り出して来た。

助けた少年の手には鎖があり、その鎖の先は木の陰に隠れて震えていた少年の首輪に繋がっていた。
その少年の頭に、ペタンと寝た状態の犬のような耳があり、尻に尾が生えている。

━━ほぉ!初めてナマを見た!亜人か!獣人族!ケモミミだな━━

「さあ、俺の宿に案内するよ!」

引き摺って来られた幼い獣人の少年は、見るからに虐げられている様子をしていた。
ボロをまとい裸足で歩く彼の肌のアチラコチラに擦過傷がある。
血が滲み、痛々しい姿を晒している。

宿屋の少年は、虐げているその様子を隠す事も無く平然と俺に見せている。
と、いう事は、この世界では至って普通の事なのだろう。

「早く歩けよ、ノロマ!」

宿屋の少年が鎖を引っ張る。
獣人の少年がよろけ、俺にぶつかった。

「何してんだよ!!お客さんにぶつかるなんて!!」

「す、すみません…すみません!」

腕を振り上げて殴りかかろうする少年と、両手を上に上げ頭を腕で庇おうとする獣人の少年。
獣人の少年の足の小指がひとつ、ちぎれかけ壊死しかかっていた。

「ハティ。彼を乗せていけ。」

一瞬、狼姿のハティがエッ?て顔をした。エッ?じゃない。

美少女メイドの姿ならばともかく、狼の姿のハティを甘ったれさせたりはせん。
美少女つか、男の娘だしな。

ハティは渋々と獣人の少年の前に背を向けて伏せ状態になり、背に乗れと促した。


「兄ちゃん魔族の奴隷なんかに優しくしたら、村のみんなにヤな目で見られるよ?」

「魔族?彼は魔族なのか?」

「人間以外の人型は、全部魔族だ。
前は、獣人族、エルフ、竜人族、色々呼び方があったみたいだけれど…今は人間以外は全部ひっくるめて魔族って言う。
人間じゃないから、魔族。魔物と一緒。」


何だ、この…人類至上主義の更に上に行くような極論じみた発想は。
魔物と一緒って、さっきのムカデと変わらんって事か?
俺の中で、亜人ってのが全て魔物と同じ扱い?

異世界人の勇者も、一歩間違えればその扱いか……
勇者だから優遇される。

ああ、だから異世界人でありながら勇者ではなかった俺を殺そうとしたのか。
…この世界から排除しようと……。


「クゥゥン……」


ハティが、女性が性的に感じた時の様な切ない鳴き声を上げた。

俺の殺気を感じたらしい。

今、興奮されても暴れさせれないからな。
殺したい相手もここには居ないんだし。


「これは……京弥達もダラダラしてらんないな。」


役に立たないと思われたならば、すぐ廃棄処分だぞ。きっと。


「あ、村に着いたよ!!
村の入口に近い、この宿が俺んチなんた!」

少年が親に説明をして来るからと、一人宿に入って行った。


この世界初の村は、田舎の村らしい村だった。
まぁ、山の中だし街は勿論、町なんてのも期待してなかった。


3匹の子豚の、2番目の兄さんが作った様な、ログハウスには程遠い感じの木造の家が点在している。
一応、客を泊めるのだから、少年の家はそれなりに大きさもあり、土台はしっかりしていそうだ。
だが3匹の子豚世界で言えば、2.5番目の兄さん家位だな。
レンガの家にはまだ遠い。


村に入った時から、村の住人の視線が余所者の俺と━━
ハティに乗せられた獣人の少年に集まる。

余所者の上に見てくれ珍しい風貌の俺に視線が集まるのは分かるが、獣人の少年がハティに乗せられて村に入った事で、忌まわしげな冷たく刺さる様な視線が彼に集まる。


「あんたが息子を助けてくれたんだってね!ありがとうね!
旅人なんだってね!一晩泊まっておいきよ!」


宿の中から助けた少年と一緒に、母親であろう朗らかで人の良さそうな中年の女が出て来た。


「そいつは助かる………!?」


中年の女は獣人の少年の首輪を掴んでハティの上から引き摺り下ろし、首輪に付いている鎖を巻き束ねて、それで少年の身体を激しく叩き始めた。


「お前は一人隠れてウチの子が食われる所を黙って見てたんだって!?やっぱり、魔族は魔族だよ!魔物と一緒さ!」

「ごっ…ごめんなさい!!あっ!ぅぐ!」

あまりにも唐突に始まった折檻に、しばらく呆然と見ていてしまったが、少年の血が飛んで来てハッとし、鎖を振り下ろす中年女の腕を掴んで止めさせた。


「………着替えの服を買って来て貰いたい。
あんたの息子を助けた際に汚したんでな。
それと、疲れてるから早く部屋に案内してくれないか。」


俺はポケットの巾着の中から、銀色に光る硬貨を出して渡した。
成人男性が外出時に着る、それなりな服が上下揃えば良いのだが…


「足りなければ、まだ出すが。」


「いや足りるよ。シャツとパンツとベストが2着ずつ位買えるね。ブーツもひとつ買っとくかい?」


「ああ頼む。マントかローブもあれば欲しい。釣りはあんたにやる。」


助けた少年が母親から硬貨を受け取り、村の雑貨屋に走った。
母親は俺を部屋に案内するからついて来て、と宿に入ったのだが…

その手に獣人の少年の首輪の端を掴み、少年の首に首輪がギリギリと食い込むのもお構いなしに引き摺って歩いて行く。


「………胸くそ悪い世界だな……いや、胸くそ悪い国……なのか?」


まだ俺は、この世界の本当に僅かな部分しか知らない。
他の国についても、知るべきなのだろう。


俺の隣を歩くハティが身を擦り寄せて来た。
狼の姿のハティがニンマリと笑んだ様に見えた━━

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