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第一章

5―未知の力を持つ強い駒となり得る者。

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「……ィト……テイト。聞いているか?」

「……ン?スコル…何だ?」


俺は惨劇の舞台である村の入口付近に立ったまま、思い出した過去に意識を囚われていた。

メイドの姿をしたスコルとハティが、俺の顔を下から覗き込む。
ハティがクイと顎先を村の中に向け、見る様に促した。


「……ああ、早くこの場から離れた方がいいな。」


目も当てられない様な村の惨状を見ても平然としている自分は、あの頃の自分とは確実に別モノだと思う。

それなのに、まだ……葵を懐かしむ気持ちだけは失われてない。
そこだけは変わらずに、前と同じ俺だ。

それは彼女を恋しく想う俺の変わらない大切な気持ちであり

心を縛り付けられ解放される事の無い呪いの様でもある。


「テイト、話を聞いているか?血のにおいが強い。
早く立ち去らないと、やがて魔獣が集まり出す。
面倒な事になるぞ。」

「魔獣が集まれば死体は喰われてキレイに無くなるだろう。
あの少年の野獣も。」


スコルとハティが急かす様に俺の袖を引っ張る。


俺が死んだ事を確認に来た兵士も、もうあのクソみたいな王の元に戻って俺が生きている事を告げるだろう。
俺が3人の兵士を謎の力で倒した事も、その際2人の少女が俺の側に居た事も。

改めて追手が来れば、この村の惨状も目の当たりにする筈だ。

俺も惨劇に巻き込まれて死んだと思ってくれたら楽なんだがな。


「テイトの臭い制服、どうする?」


ハティが、虫汁まみれの俺の制服を持って来た。
くっそー!宿屋のババア、死ぬ前に洗濯しといてくれたら…!


「どうするって…それが無いと俺の着る物が、このワキガ染みの付いたシャツだけになるんだが…。」


「テイトには前の世界の制服がある。
ボクは、あの衣装を纏うテイトが一番テイトらしくて好きだ。
あれを着ればいい。」


スコルが、クスクスと小悪魔の様な笑みを浮かべた。


「……学ランかぁ……ブレザーより目立つ気がするが……
まぁ虫汁ブレザーやワキガシャツよりはいいか。」


俺の足元に、ワキガのシャツと薄汚れたパンツがバサッと落ちた。

俺は久々に袖を通した学ラン姿でその場に立ち、懐かしい着心地に胸の辺りや腰回りをパンパンと叩いてみた。


「学ランなんて、久しぶりに着たが…意外としっくり来るもんだ。」


「テイト、その衣装、やはり似合う。
あっぷあっぷしていた頃のテイトが懐かしい。」


………それは余計なお世話だ。ハティ。









東の大陸王バーロンが治める広大な大陸。

この大陸の南方に、召喚儀式を行う為の神殿が存在する。

神殿と名は付くが、その建物は何処か禍々しい気を放ち、神聖なる祈りの場と呼ぶには余りにも掛け離れている。

その神殿へ行く道は一本。
外界から隔離するかの様に神殿を囲う断崖絶壁の内側へと続く山裾からのたった一本の道は、大陸王の許可無くして立ち入る事は出来ない。

神殿から王都に向け、勇者の卵を乗せた馬車を走らせていたバーロン王の一行から警護の兵士4名が、とんぼ返りする様に再び神殿に向かい馬を走らせた。

4人は馬車の後を追う様に歩いて来るであろうマカミという少年を待ち構えて討つように命じられていた。。

だが、いつまで馬を走らせても少年は現れず、神殿付近に到着したものの神殿にも既に姿は無く。


何処かへ移動したとするならば、神殿の裏手にある、そびえるような断崖絶壁を登ったとしか考えられなかった。


人の業で登れる様な場所ではなかったが、過去にも追手の目から上手く逃れた者が居なかった訳では無い。

必要に駆られてか、放逐を言い渡された後に魔法が使える様になった者も居た。
身体を軽くしたり、足場を氷で作ったりと。
あるいは本当に素手で崖を登りきった者も。

4人は「もしや、あの少年もか?」と馬を走らせて来た道を戻り、神殿の裏手の崖を登りきった先に向かった。

予想通り神殿裏手の断崖絶壁の上付近に居たマカミと呼ばれる少年は、予想に反して傷一つ汚れ一つ無く、魔獣が多く生息する森の入口でもある崖の上に佇んでいた。

そして力無く岩に腰を下ろして絶望したかのように深く項垂れた少年に、「死」という名の救いを与えようとした2人の兵士達が、その少年が手から放った何らかの魔法により、頭に穴を開けられて絶命した。

そして、もう1人の兵士が少年の技を警戒し距離を取った瞬間、何処からともなく現れた美しい少女2人によって兵士は首をもがれて息絶えたのだ。




「………い、以上が………私が見た事の報告でございます……。」


帝斗を追って来た4人の兵士の内の生き残った一人が、王の元へと帰還し自身が見たものを報告した。

生き残った兵士は見たものをありのまま伝えているのだが、顔は青ざめ、何度も首を傾げ、しきりに目が泳ぐ。


「ふむ……あのマカミとかいう小僧、謎の魔法が使えたのか。
人の命を奪える強さの魔法が使えるとは…。
ミチルという小娘も、勇者としては中々の逸材だが…
そんな力を持つとは…手放すなど惜しい事をした。」


「へ、陛下……!あれは……何なんですかね!?
手の中に握った道具から発せられた何か。
魔法とは言いましたが、魔法ではないかも知れない。
あんなもの、見た事がありません…!分からないのです!
それに、あの2人の少女が何者かも分かりません…!
わ、私は……!一体何を見たのでしょう……!」


理解の範疇を越えた未知を、受け入れる事が出来ず混乱している兵士を横目で見ながら、王が側近の一人に呟いた。


「あの小僧を殺すのが惜しくなった。
あやつが持つ、未知の力とやらを我が物にしたい。
まだ生き延びているようならば捕らえて来いと言いたい所だが、そのような力を持っているのであれば捕らえるのは難しいだろう。
まずは、あやつを見つけ出し動向を逐一報告するように。」


━━同じ場所から来た、ミチル以外の3人の小僧たち。
城に連れ帰り鍛練をさせた所で、どこまで使い物になるか謎だが……
マカミを捕らえるのに一役買って貰うのもありだな。

神殿を出たばかりの身で、どこで手に入れたか知らんが、少女の従者とやらを拐わせるのも良いかも知れん。━━


「強い駒は、幾つあっても良いものだからな。」









「…なんて、思っているだろうよ。あのクソ野郎ならばな。」

俺達は惨事の現場となった村を離れ、次の町だか村だかを探して歩いていた。

学ランを着た俺と、同行するメイド服を着た美少女2人は中々に目立つ。

まだ、村を離れてから人に会ってはいないが…
俺の言動のせいで、この世界の人間ではないとバレ、ゆえに魔族だと思われたら厄介だ。

そう思われて行く先々で奴隷にするだの、殺してしまえだのと襲われたりしたら、行く町、行く街、滅ぼす結果になるかも知れない。

さっきの村は俺がやったのではなく、野獣と化した少年の仕業ではあるが、野獣になる力を与えたのはスコルだ。

「ワタシ達が、拐われるかも知れない?
それはテイトを脅迫する為の人質?」

ハティが楽しそうに訊ねて来た。
金の眼を輝かせ、ブンブン振られる尻尾が見える気がする。

「まぁ、そういう事だろう?まぁ、お前ら見てくれはいいし殺されはしないだろうが…
殺されそうになったら好きにしていいぞ。」


暴れていいぞとの許可を取り、スコルとハティが喜ぶ。
ただ、ふと気になるのが━━


「あの獣人の少年今思えば、あんな強い野獣になる力を封じ込められていたんだな。どうやって?」


「生まれてすぐ、魔力を身体に流す経路を断ち切られた様だ。
恐らく、この大陸で生まれた人外は全て、生まれたての赤ん坊の時にソレをされている。
ただの力の無い魔族奴隷として売る為に。」

「それに、テイトが首に嵌められた鉄の首輪。
アレも魔法を使うのを阻害する力がある。」


神殿から放逐され、追手からも上手く逃げのびた異世界人を捕らえて抵抗する力を奪い……か


「まぁ俺には魔力なんて無いし?関係無いんだがな。
それにしても俺は、この世界を知らなさ過ぎる。
またどこかで、この世界の住人らしくない事を言って奴隷にされそうになるのはゴメンだよな。
耐える自信が無い。」


うん。きっと鏖殺したくなる。


「だから……お前。
俺に敵意を向けなければ、俺もすぐにお前を殺したりしない。
だが、後をつけられるのは不快だ。」


俺とスコル、ハティの3人の視線が一人の少年に向けられた。

俺たちの後を追い、あの村からずっと後をつけて来ていた宿屋の少年。

親や村の仇を討ちたいのか何なのか分からないが、悪路を平然と征く俺たちの後を必死になってついて来ていた。

俺たちは気付かないフリをしていたが埒が明かないので、今ここで3人共に少年に向けて強い殺気を放った。

「あわ…わ、わぁ、わぁあ!!」

容易に自分の死を想像出来るだけの死の予兆を受けた少年は地べたに尻をつき、アタフタと逃げ場を探して地面を掘り始めた。
ひどく錯乱させてしまった様だ。

俺は自身の殺気を抑え、スコル達にも止めさせた。

「よく野獣の暴れた、あれを生き延びていたな。
……なぜ俺たちの後をつける?仇討ちがしたいと言うなら、お門違いだ。そもそもが、俺が奴隷にされそうだった。」

自分で説明していてなんだが、何だかイラッ、モヤっとしてきた。


「うん、そうだ。お前のお袋さんに奴隷にされる所だった。
スゲームカついたけど、俺が手を出す前に食われたから…

お前、殺していい?」


俺は思い出し笑いならぬ、思い出し苛立ちから少年の頭に銃口を向けた。


「ななな何で!俺、ニイチャンがそんな事になってるなんて知らなかったよ!!
母ちゃんは、しっかりもてなすって言ってたし!!
だから俺、村から離れた場所にある酒倉に、蜂蜜酒を取りに行ってたんだ!!」


「ほう…それでも俺が、この世界では魔族である事に変わりはないだろう?お前の中でも、そう蔑んでいるのじゃないのか?
親の仇で、異世界人の魔族。お前の憎しみの対象には違いないだろう?面倒くさいから死んでくれ。」


スコルとハティがクスクスと俺の前で尻をついたまま震えている少年を見て笑っている。
少年に銃口を向けながら近付いていき、前に立った俺は少年の眉間にゴリッと銃口を押し付けた。
少年は土を掘った泥だらけの両手の平を俺に向けて、俺を止めようとする。


「待って!待ってよ!恨んだり憎んだりしてない!ホントだよ!
俺、ニイチャンの役に立つよ!だから、一緒に連れてって!」


「………スキを見て寝首をかこうとしているなら無理だぞ?」


少年ごときの攻撃力では、俺の物理無効を打ち消す事は無理だしな。
だから少年が俺にとっての命をおびやかす脅威とはならないが…
いかんせん面倒くさい。


「そんな命を削るような、おっかない事しないよ!!
親の仇って言っても、俺は養子だったからね!
優しくして貰っていたけど、仇を討つほどの愛情なんて無いよ!
強いニイチャン達と一緒にいるのが、俺が生きていける道なんだよ!」


「………なんで。
魔族の俺なんかと一緒に居たら、お前も討伐対象だろうが。
とっとと村に帰れ。」


「だから!ニイチャン達が魔族だと思われないように、俺が知恵を貸すって言ってんの!
村に帰ったら俺、血のニオイで集まった魔物に食われて死ぬ!
一人で生きてくのムリ!
いい加減、分かってくんないかな!」


少年が必死過ぎて、命乞いの懇願を越えて苛立ちから熱弁状態になっている。
必死の形相が面白すぎて、さっきまでクスクス笑いだったスコルとハティが爆笑していた。


「まぁ……俺も情報は欲しいし……いいだろう。
一緒に来ればいい。
だが、後をつけていたなら俺達の会話を少しは聞いていたよな?

俺は東の大陸王バーロンとやらに狙われている。
殺しに来るか、捕まえに来るか分からんが、俺の周りから狙われる可能性もある。

お前が人質として捕らえられても助けにはいかないが、それでも良けりゃな。」


少年が一瞬「エエッ!?」て顔をしたが無視した。


そして俺達は少年の提案で

南の大陸から来た旅人で、少年の宿屋の宿泊客だったが、村が野獣に襲撃された際に少年だけを連れて命からがら逃れる事が出来たのだと。

そんな設定とした。

この国では今、亜人と呼ばれる者は魔族扱いとし、異世界人も魔族扱いをするが

他の大陸から来た『外国人』には寛容らしい。

そして、南の大陸には見た目や衣装が奇抜な者も多く、俺達の姿も珍しくはあるが南の大陸出身だと言えば何とかなるだろうと。


「南の大陸か……そこも、この大陸同様に亜人は魔族扱いをするのか?」

「俺たちが知る昔話では、中央の巨大大陸を治めていた魔王を滅ぼした4人の大陸王が人間の幸せを願い、魔王の仲間を滅ぼす事にしましたってなってる。
でも、実際には滅ぼされてなくて……奴隷にする為に生かされている。」


この少年、初めて会った時にも思ったが……

あの村の女将や、他の村人と少し違う。

「お前、俺がハティ……銀の狼に奴隷の少年を乗せた時に、俺に忠告してくれたよな。
お前の口ぶりだと、俺をこの世界の人間ではないと分かった上で庇ったような感じだったな。」


「え?そうだった?覚えてない。」


奴隷を奴隷として扱わなければ異端と思われる場所に生きる少年は、魔族と呼ばれる者達に憐れみの感情を持つ事を隠して日々を過ごしてきたのかも知れない。

それはこの世界に来て、初めて触れた本物の優しい心だ。


「……………お前の事、少し気に入った。」

「……え?なんで?意味わからないよ……コワッ。」









野獣により、たった一晩で壊滅した村の中には噎せ返るような死臭が漂う。

腐臭は魔物を呼び、村を囲む森から大小様々な魔物が村の中に入り、腐肉を喰らっていた。

多くの魔物がたかり過ぎ、山の様になった死体の前に一人の女が立つ。

死体に群がった魔物が、蜘蛛の子を散らすようにザザッと死体から離れていった。


「息子スコルの魔力の残滓を感じたから来たのだけれど……

これはまた憐れな幼子じゃないか。」


女は、食い散らかされた野獣の死体から、ズズッと白い光の珠を取り出し、手の平の上に浮かべた。



……イタイ……生きたい……毎日痛い……生きたい……生きたかった…



「そうか。ここで我に会えたのも、なにかの縁かも知れんな。

憐れな幼子、お前を我の眷属の末席に置いてやろう。
さぁ、我がお前の父であり、母だ。」


青銀色の長い髪を靡かせ、首から下を覆う黒い衣装を身に着けた金の瞳の美しい女が微笑んだ。


「我が名を胸に刻むが良い。我はフェンリル。

此処とは異なる、遥か遠き彼の地にて北の大狼と畏れられた者だ。」


手にした光の珠を愛でる様に、胸に吸い込ませたフェンリルの背後で人の声がした。


「おい!女だ!女がいる!エルフか?」

「生き残りの奴隷か?どう見ても人間じゃねえ!」

「だったら、魔族だな!これも戦利品だ!!」


フェンリルは野盗と思しき男達が大勢集まって来たのを見た。
二十人位は居るのだろうか。


「…そうか、死臭が呼び込むのは肉を喰らう者だけとは限らんな…
金目の物を奪いに来たのか。

我をも、その勘定に入れるとは何とも不届きな輩よ。

幼子、お前に最初の仕事を与えよう。奴らを喰らえ。」


フェンリルの背後から、背に虎の様な模様の入った灰色の巨大な狼が現れた。

狼が唸り声をあげながら男達に飛びかかる。


「なっ、何だこの魔物!」

「武器が通らん!た、倒せンッ……!!!ぐぇ!」


狼は次々と男達の喉を食い破っていく。
野獣の時より、細身で俊敏な狼の身体を手にした少年は、早々と野盗全員の喉笛を食い千切り絶命させると、甘える様にフェンリルに擦り寄った。


「ふむ。慣れない身体で中々いい動きをするじゃないか。

兄であるスコルの魔力を与えられたからかもな。
そのうち、お前の兄となるスコルとハティ、我らの『王』にもお前を会わせよう。」


累々と積まれた野盗の屍の前で、フェンリルが困った様に苦笑を浮かべた。


「餌が増えてしまった。また、魔物が集まるな。
さっさと退散しよう。」


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