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今は幸せだが、不幸はすぐそこか?
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早朝、リヒャルト殿下の警護の任務を交替する時間が近付き、おかしな夢を見ていた俺は複雑な面持ちで目を覚ました。
いつも、まだベッドに潜って重たい瞼をトロンと開き、甘える様に「まだ行かないで」と隣の俺に縋る殿下が、珍しく先に目覚めておられて、ベッドで身体を起こして本を読んでいらっしゃる。
「殿下…おはようございます…。
今朝は随分と早起きでいらっしゃいますね…。」
まだベッドに横たわったままの俺が殿下の御顔を見上げて目覚めの挨拶をする。
いつもと逆のパターンだ。珍しい…。
「おはようオズ。
ちょうど起こそうと思っていた所なんだ。」
俺の額に手を当て前髪を撫でつけ、まだ身体を起こしてない俺の唇に、殿下がふわりと花びらが乗る様な優しい口付けをした。
ああ駄目だ…朝から溶けてしまいそう。
昨夜の様に、もう一度殿下に愛されたい……。
いや、いかん…もうじき部下が来てしまう。
いつまでも全裸で殿下の部屋に居る訳にはいかん。
衣服を整え、御部屋の前に立っておらねば。
「ありがとうございます…確かに、もう交替の用意をしないと。
それにしても殿下、最近はとても読書家になりましたね。
図書室の歴史書や神話関連、地方の信仰などの本は網羅したと聞きましたが。
なのに、まだ他に気になる事でも?」
さすがは王子殿下、知識を蓄える為に常に学びの姿勢を崩さないとは立派ですと言うつもりだったが、無意識に皮肉っぽさを含んでしまった。
本ばかりに、かまけてないで、もっと俺を構って欲しいいと。
隠し事の下手な俺は、そんな感情を匂わせた言葉を選んでしまった。
俺の愛は重たいな。
愛想をつかされたら、どうするんだ。
「ん、役に立つ事は間違いない知識を今のうちにね。
溜め込んでるんだ。」
殿下は寝る間も惜しんで、アシュリーの居た場所や時代の手掛かりを探したが、それは王城内の蔵書では皆無だった。
アシュリーに人格を支配される様子の無い俺と、もう俺に関わって来ないエルンスト王太子殿下についても、俺は済んだ事だと楽観視しているが、リヒャルト殿下はまだ警戒を緩めていない。
「左様でございますか…。」
「心配させてゴメンね、オズ。
オズが、そうやって必要以上に丁寧な言葉遣いになるって事は、とても不安にさせちゃっているんだね。」
ムクリと大きな身体をベッドから起こした俺の首に、殿下が腕を回して抱き着いた。
慰める様に、俺の頬や耳に優しいキスの雨を降らせる。
「僕はオズを悲しませる様な事はしないよ。
そのために必要な事なんだ。」
俺を悲しませない。
その言葉の真意が分からない。
俺を何から守り、どう悲しませないつもりなのか。
だがそれは、殿下が俺の為を思っての優しい選択なのだろう。
「殿下…ありがとうございます。」
何をしている事に対しての礼なのか良く分からないが。
とにかく俺のために何かを尽くしてくれてるっぽい。
この、とことん甘やかす言動。
………本当に、殿下がアシュリーのオッサンお兄ちゃんだったりしないだろうな……。
いやぁ…例え、そうであったとしても今更、別れようなんて俺からは絶対に言えない。
俺はもう殿下から離れられない。
あの病弱な薄幸の少女と、血の繋がった兄であるムッさい、オッサン。
仲は良かったが、だからと言ってなぁ……。
あのオッサンが殿下に???いやぁ……。
「オズ、難しい顔をして……何か悩み事でも?」
「いや、そんな大した事では無いのですが…
実は久しぶりにアシュリーになった夢を見まして。」
殿下が驚いた様に俺の腕を掴んだ。
城にある蔵書からアシュリーに関する情報を得られなかった今、その手掛かりは俺の夢だけとなった。
だが、俺はもう半年以上もアシュリーの夢を見てなかったので、殿下にお伝え出来る様な事は何も無かったのだ。
「どんな夢!?転生神とやらの事とか何か分かった?
あと、村の青年はどうしていた!?」
うおお、食い付き激しいのだが殿下……。
俺は、歳の離れた美少女と野獣みたいな兄妹が、将来何になりたい?的に来世は何になりたい?って会話をしていたのしか知らないんですって。
「そ、そんな情報は一切無いですよ!
歳の離れた兄妹が、スープ飲みながら日常会話をしているだけなんで!
ただ、その兄さんてのが…!
来世は王様になりたいなーなんて言ってた位で!」
興奮気味に俺に詰め寄っていた殿下が、スン…と冷静になった。
「なるほど。王様に…。
で、オズはその野獣の様な兄が、僕の前世だったりしないのかと心配しているワケだね?」
そう的確に俺の考えを言い当てられたら、隠し事のド下手クソな俺にはもう誤魔化すなんて出来ない。
すぃ~と殿下から視線を逸して目が泳ぐ。
殿下はやれやれと言わんばかりに溜め息を吐いた。
だが、安堵の表情も見て取れる。
「何か…嬉しそうですね、殿下。」
「いや、嬉しいと言うか…深刻な内容でなくて良かったなと。
それに、オズの前世であろうアシュリーを大事にしていた者が僕の前世であったならば、僕の魂はずっとオズを愛しく思って見守り続けていたって事だろ。
それはそれで、悪くは無いよ。」
「前世がヒゲモジャの、熊みたいなオッサンでもですか?」
「別に、前世で自分がどんな姿だったって気にはしないよ。
それよりも家族を大事にする優しい人だったって事の方が嬉しいよね。」
なるほど…そうだよな、普通ならば記憶にあるはずも無い前世の自分なんて、気にしたって…。
そう言えば、殿下が心配なさっていた深刻な内容の夢って何だ。
「殿下、殿下が危惧してらっしゃる深刻な内容の夢とは何でしょうか。」
微笑んでらっしゃった殿下が俺の質問を聞いて表情を冷たくなさった。
本当ならば、みだりに口にしたくは無いとでも取れるかのように、重々しく口を開いた。
「それはね…アシュリーの……
今わの際の夢。」
俺は、吐いたばかりの息をヒュッと吸い込んだ。
そうか、俺は………アシュリーの立場で自分が死ぬ瞬間を見る可能性があるのか。
少し重い気持ちで、俺はリヒャルト殿下の部屋を出た。
もう少し殿下と話していたかったが、もう護衛交替の時間まで間もなくなっていた為、慌てて身仕度を整える必要があった。
会話は重苦しい空気のまま終わり、俺はリヒャルト殿下の部屋から出たのだが……。
「オジュワルト。おはよう。」
「末姫様、おはようございます。
兄君のリヒャルト殿下をお迎えに参られたのですか?」
俺と交替する部下の騎士に付き添われて、ブリュンヒルデ王女殿下が来られた。
朝食を取りに共に食堂に行く為に兄君であるリヒャルト殿下を呼びに来るなんて、何と可愛らしい妹君であるのだろう。
見ているだけで微笑ましくて思わずニタニタと変な笑みを浮かべてしまう。
夢のオッサンも、アシュリーに対してそんな風に思っていたのだろうか。
「オジュワルトは、幸せそうね。」
ヤバ……ニタニタ変な笑みを浮かべていたから、頭が軽そうに見えたのだろうか。
末姫様がジイッと俺の顔を見ている。
「申し訳御座いません、王女殿下のお姿が愛らしくて思わず…お見苦しい姿を…。」
「嫌味では無くてよ?
オジュワルトは、わたくしが生まれた時からお城に居るけど、昔はもっと怖い顔をしていたもの。
一年ほど前から優しい顔になったわ。」
殿下に恋をした辺りからの事だろうか。
まだ、自分でも認めていない状態でありながらも、殿下をお慕いして無意識のまま御姿を追い続けていた。
その頃の話をしてらっしゃるのだろう。
「怖かったオジュワルトの顔が優しくなって、嬉しかったのよね。」
あけすけ無く俺の顔が怖かったとハッキリ言う末姫様に、交替に来た部下の騎士も苦笑している。
そんな強面だった俺が険が取れて表情が柔らかくなったのだから、今は幸せなんだろうと仰っしゃる。
「そうでしたか…。
確かに私は、今の自分を幸せだと思っております。」
身仕度を終えたリヒャルト殿下が部屋から出て来られ、まだドアの前に居た俺を見るなり慈しむ様な満面の笑みを浮かべた。
思わず照れて目を逸らしてしまう。
「待たせてすまない、ブリュンヒルデ。
さあ一緒に食堂に行こうか。
オズワルドも明朝まで、ゆっくり身体を休ませるが良い。」
俺はかしこまる様に頭を下げ「ハッ」と返事をして一歩下がった。
交替した部下の騎士が、両殿下の警護をして食堂に向かう。
俺は頭を下げたまま、その背を見送る。
「ねぇオジュワルト。最近、お城の中が物騒なの。
お部屋には鍵をちゃんと掛けないと駄目よ?」
リヒャルト殿下と手を繋いだ末姫様が振り返って俺に告げた。
王城内が物騒だなんて話、初耳なんだが。
王族の警護を任されている俺が知らされてないなんて…
俺、ハブられてんの??
遠方の領地の話といい、末姫様はリヒャルト殿下を独り占めしている俺を嫌ってらっしゃるのだろうか。
俺が心中穏やかでなくなるような声掛けをなさる。
こうなるともう、部屋に悪戯されたくなきゃ鍵掛けておきなさいよ!と言われているようだ。
「……部屋に帰って、寝るか……。」
悩んでいても仕方が無い。
明朝の交替の時間まで丸一日あるんだ。
部屋でゆっくり休もう。
俺は兵舎に寄って朝食を取った後、軽食を昼の分に持ち帰る事にして城内にある自室へ向かった。
部屋の前に国王陛下の専属の護衛騎士が立っていた。
まだ若いが俺よりも家柄が立派で優秀な彼は、立場は俺より上だ。
交流が全く無い訳では無いが、彼が俺を個人で訪ねて来るなんて珍しい。
「いかがなさいました?」
「オズワルド殿、突然の訪問、大変申し訳無い。
実は頼みがあって来たのだが。」
国王陛下の護衛騎士の彼が陛下の側を離れてまで、俺に頼み事なんて初めてだ。
急を要する何かがあったのだろうか。
「近日、国王陛下主催で行われる狩猟大会の会場となる場に、下見がしたいと仰った陛下をお連れするのだが…。
護衛騎士の手が足りないのだ。」
それで俺?なんで俺?
護衛が出来る騎士くらい、他にも居るんじゃないか?
俺は確かに護衛騎士ではあるが、リヒャルト第二王子殿下の専属だし……
それに会場の下見にお供するととなれば、泊まりがけとなり、明日の朝の殿下の護衛交替には間に合わない。
「実は陛下からのご要望なのです。
人手が足りないならばオズワルドに声掛けをと。」
あ、これは断われないヤツだ。
リヒャルト殿下の居ない、城から離れた場所で陛下に何か言われてしまうのかも。
まさか、その場で解雇とかされちまったり?
……そんな覚悟をしなきゃならないのか。
「承りました。
仕度をして、すぐ城門に向かいます。」
俺は一旦、自室に入って身仕度をしてから部屋を出た。
城門に向かう際に、廊下ですれ違った侍女の一人に「明日はお伺い出来ません」とのリヒャルト殿下への伝言を預けた。
帰城は明日の夕方辺りとなるらしい。
となれば、明後日の早朝からリヒャルト殿下の護衛に向かえば………
それは…俺も王城に戻る事が許されていればだな。
俺は重い足取りで城門に辿り着いた。
いつも、まだベッドに潜って重たい瞼をトロンと開き、甘える様に「まだ行かないで」と隣の俺に縋る殿下が、珍しく先に目覚めておられて、ベッドで身体を起こして本を読んでいらっしゃる。
「殿下…おはようございます…。
今朝は随分と早起きでいらっしゃいますね…。」
まだベッドに横たわったままの俺が殿下の御顔を見上げて目覚めの挨拶をする。
いつもと逆のパターンだ。珍しい…。
「おはようオズ。
ちょうど起こそうと思っていた所なんだ。」
俺の額に手を当て前髪を撫でつけ、まだ身体を起こしてない俺の唇に、殿下がふわりと花びらが乗る様な優しい口付けをした。
ああ駄目だ…朝から溶けてしまいそう。
昨夜の様に、もう一度殿下に愛されたい……。
いや、いかん…もうじき部下が来てしまう。
いつまでも全裸で殿下の部屋に居る訳にはいかん。
衣服を整え、御部屋の前に立っておらねば。
「ありがとうございます…確かに、もう交替の用意をしないと。
それにしても殿下、最近はとても読書家になりましたね。
図書室の歴史書や神話関連、地方の信仰などの本は網羅したと聞きましたが。
なのに、まだ他に気になる事でも?」
さすがは王子殿下、知識を蓄える為に常に学びの姿勢を崩さないとは立派ですと言うつもりだったが、無意識に皮肉っぽさを含んでしまった。
本ばかりに、かまけてないで、もっと俺を構って欲しいいと。
隠し事の下手な俺は、そんな感情を匂わせた言葉を選んでしまった。
俺の愛は重たいな。
愛想をつかされたら、どうするんだ。
「ん、役に立つ事は間違いない知識を今のうちにね。
溜め込んでるんだ。」
殿下は寝る間も惜しんで、アシュリーの居た場所や時代の手掛かりを探したが、それは王城内の蔵書では皆無だった。
アシュリーに人格を支配される様子の無い俺と、もう俺に関わって来ないエルンスト王太子殿下についても、俺は済んだ事だと楽観視しているが、リヒャルト殿下はまだ警戒を緩めていない。
「左様でございますか…。」
「心配させてゴメンね、オズ。
オズが、そうやって必要以上に丁寧な言葉遣いになるって事は、とても不安にさせちゃっているんだね。」
ムクリと大きな身体をベッドから起こした俺の首に、殿下が腕を回して抱き着いた。
慰める様に、俺の頬や耳に優しいキスの雨を降らせる。
「僕はオズを悲しませる様な事はしないよ。
そのために必要な事なんだ。」
俺を悲しませない。
その言葉の真意が分からない。
俺を何から守り、どう悲しませないつもりなのか。
だがそれは、殿下が俺の為を思っての優しい選択なのだろう。
「殿下…ありがとうございます。」
何をしている事に対しての礼なのか良く分からないが。
とにかく俺のために何かを尽くしてくれてるっぽい。
この、とことん甘やかす言動。
………本当に、殿下がアシュリーのオッサンお兄ちゃんだったりしないだろうな……。
いやぁ…例え、そうであったとしても今更、別れようなんて俺からは絶対に言えない。
俺はもう殿下から離れられない。
あの病弱な薄幸の少女と、血の繋がった兄であるムッさい、オッサン。
仲は良かったが、だからと言ってなぁ……。
あのオッサンが殿下に???いやぁ……。
「オズ、難しい顔をして……何か悩み事でも?」
「いや、そんな大した事では無いのですが…
実は久しぶりにアシュリーになった夢を見まして。」
殿下が驚いた様に俺の腕を掴んだ。
城にある蔵書からアシュリーに関する情報を得られなかった今、その手掛かりは俺の夢だけとなった。
だが、俺はもう半年以上もアシュリーの夢を見てなかったので、殿下にお伝え出来る様な事は何も無かったのだ。
「どんな夢!?転生神とやらの事とか何か分かった?
あと、村の青年はどうしていた!?」
うおお、食い付き激しいのだが殿下……。
俺は、歳の離れた美少女と野獣みたいな兄妹が、将来何になりたい?的に来世は何になりたい?って会話をしていたのしか知らないんですって。
「そ、そんな情報は一切無いですよ!
歳の離れた兄妹が、スープ飲みながら日常会話をしているだけなんで!
ただ、その兄さんてのが…!
来世は王様になりたいなーなんて言ってた位で!」
興奮気味に俺に詰め寄っていた殿下が、スン…と冷静になった。
「なるほど。王様に…。
で、オズはその野獣の様な兄が、僕の前世だったりしないのかと心配しているワケだね?」
そう的確に俺の考えを言い当てられたら、隠し事のド下手クソな俺にはもう誤魔化すなんて出来ない。
すぃ~と殿下から視線を逸して目が泳ぐ。
殿下はやれやれと言わんばかりに溜め息を吐いた。
だが、安堵の表情も見て取れる。
「何か…嬉しそうですね、殿下。」
「いや、嬉しいと言うか…深刻な内容でなくて良かったなと。
それに、オズの前世であろうアシュリーを大事にしていた者が僕の前世であったならば、僕の魂はずっとオズを愛しく思って見守り続けていたって事だろ。
それはそれで、悪くは無いよ。」
「前世がヒゲモジャの、熊みたいなオッサンでもですか?」
「別に、前世で自分がどんな姿だったって気にはしないよ。
それよりも家族を大事にする優しい人だったって事の方が嬉しいよね。」
なるほど…そうだよな、普通ならば記憶にあるはずも無い前世の自分なんて、気にしたって…。
そう言えば、殿下が心配なさっていた深刻な内容の夢って何だ。
「殿下、殿下が危惧してらっしゃる深刻な内容の夢とは何でしょうか。」
微笑んでらっしゃった殿下が俺の質問を聞いて表情を冷たくなさった。
本当ならば、みだりに口にしたくは無いとでも取れるかのように、重々しく口を開いた。
「それはね…アシュリーの……
今わの際の夢。」
俺は、吐いたばかりの息をヒュッと吸い込んだ。
そうか、俺は………アシュリーの立場で自分が死ぬ瞬間を見る可能性があるのか。
少し重い気持ちで、俺はリヒャルト殿下の部屋を出た。
もう少し殿下と話していたかったが、もう護衛交替の時間まで間もなくなっていた為、慌てて身仕度を整える必要があった。
会話は重苦しい空気のまま終わり、俺はリヒャルト殿下の部屋から出たのだが……。
「オジュワルト。おはよう。」
「末姫様、おはようございます。
兄君のリヒャルト殿下をお迎えに参られたのですか?」
俺と交替する部下の騎士に付き添われて、ブリュンヒルデ王女殿下が来られた。
朝食を取りに共に食堂に行く為に兄君であるリヒャルト殿下を呼びに来るなんて、何と可愛らしい妹君であるのだろう。
見ているだけで微笑ましくて思わずニタニタと変な笑みを浮かべてしまう。
夢のオッサンも、アシュリーに対してそんな風に思っていたのだろうか。
「オジュワルトは、幸せそうね。」
ヤバ……ニタニタ変な笑みを浮かべていたから、頭が軽そうに見えたのだろうか。
末姫様がジイッと俺の顔を見ている。
「申し訳御座いません、王女殿下のお姿が愛らしくて思わず…お見苦しい姿を…。」
「嫌味では無くてよ?
オジュワルトは、わたくしが生まれた時からお城に居るけど、昔はもっと怖い顔をしていたもの。
一年ほど前から優しい顔になったわ。」
殿下に恋をした辺りからの事だろうか。
まだ、自分でも認めていない状態でありながらも、殿下をお慕いして無意識のまま御姿を追い続けていた。
その頃の話をしてらっしゃるのだろう。
「怖かったオジュワルトの顔が優しくなって、嬉しかったのよね。」
あけすけ無く俺の顔が怖かったとハッキリ言う末姫様に、交替に来た部下の騎士も苦笑している。
そんな強面だった俺が険が取れて表情が柔らかくなったのだから、今は幸せなんだろうと仰っしゃる。
「そうでしたか…。
確かに私は、今の自分を幸せだと思っております。」
身仕度を終えたリヒャルト殿下が部屋から出て来られ、まだドアの前に居た俺を見るなり慈しむ様な満面の笑みを浮かべた。
思わず照れて目を逸らしてしまう。
「待たせてすまない、ブリュンヒルデ。
さあ一緒に食堂に行こうか。
オズワルドも明朝まで、ゆっくり身体を休ませるが良い。」
俺はかしこまる様に頭を下げ「ハッ」と返事をして一歩下がった。
交替した部下の騎士が、両殿下の警護をして食堂に向かう。
俺は頭を下げたまま、その背を見送る。
「ねぇオジュワルト。最近、お城の中が物騒なの。
お部屋には鍵をちゃんと掛けないと駄目よ?」
リヒャルト殿下と手を繋いだ末姫様が振り返って俺に告げた。
王城内が物騒だなんて話、初耳なんだが。
王族の警護を任されている俺が知らされてないなんて…
俺、ハブられてんの??
遠方の領地の話といい、末姫様はリヒャルト殿下を独り占めしている俺を嫌ってらっしゃるのだろうか。
俺が心中穏やかでなくなるような声掛けをなさる。
こうなるともう、部屋に悪戯されたくなきゃ鍵掛けておきなさいよ!と言われているようだ。
「……部屋に帰って、寝るか……。」
悩んでいても仕方が無い。
明朝の交替の時間まで丸一日あるんだ。
部屋でゆっくり休もう。
俺は兵舎に寄って朝食を取った後、軽食を昼の分に持ち帰る事にして城内にある自室へ向かった。
部屋の前に国王陛下の専属の護衛騎士が立っていた。
まだ若いが俺よりも家柄が立派で優秀な彼は、立場は俺より上だ。
交流が全く無い訳では無いが、彼が俺を個人で訪ねて来るなんて珍しい。
「いかがなさいました?」
「オズワルド殿、突然の訪問、大変申し訳無い。
実は頼みがあって来たのだが。」
国王陛下の護衛騎士の彼が陛下の側を離れてまで、俺に頼み事なんて初めてだ。
急を要する何かがあったのだろうか。
「近日、国王陛下主催で行われる狩猟大会の会場となる場に、下見がしたいと仰った陛下をお連れするのだが…。
護衛騎士の手が足りないのだ。」
それで俺?なんで俺?
護衛が出来る騎士くらい、他にも居るんじゃないか?
俺は確かに護衛騎士ではあるが、リヒャルト第二王子殿下の専属だし……
それに会場の下見にお供するととなれば、泊まりがけとなり、明日の朝の殿下の護衛交替には間に合わない。
「実は陛下からのご要望なのです。
人手が足りないならばオズワルドに声掛けをと。」
あ、これは断われないヤツだ。
リヒャルト殿下の居ない、城から離れた場所で陛下に何か言われてしまうのかも。
まさか、その場で解雇とかされちまったり?
……そんな覚悟をしなきゃならないのか。
「承りました。
仕度をして、すぐ城門に向かいます。」
俺は一旦、自室に入って身仕度をしてから部屋を出た。
城門に向かう際に、廊下ですれ違った侍女の一人に「明日はお伺い出来ません」とのリヒャルト殿下への伝言を預けた。
帰城は明日の夕方辺りとなるらしい。
となれば、明後日の早朝からリヒャルト殿下の護衛に向かえば………
それは…俺も王城に戻る事が許されていればだな。
俺は重い足取りで城門に辿り着いた。
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