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アンタレスの輝く夜。
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「どうしたのだ、オズワルド。
おい誰か居らぬか!オズワルドを休ませてやれ!」
陛下の声が一枚壁を隔てた向こうから聞こえる様に遠い。
俺は喜ぶべきなのだろうか。
俺が一番近くに居る事を許されている主君が、次期国王となる事を。
ああ、確かに…リヒャルト殿下ならば、民に愛される良い国王となるだろう。
一番近くで殿下を見ていた俺が言うのだ、間違い無い。
これは殿下にとっても国にとっても、素晴らしい事じゃないか。
嘆くなんて、不忠者でしかないじゃないか。
陛下の御前で膝から崩れ落ちた俺は、数人の兵士に肩を借りながら自分のテントに連れて来て貰った。
ゆっくり休む様にと俺に告げてテントから出た兵士達と、俺を下調べに同行させた騎士の会話が聞こえる。
俺が、昨夜は一睡もせずにリヒャルト殿下の警護をしていたと兵士から聞いた騎士が「えっ!それは悪い事をした」と小声で言っているのが聞こえたが…。
国王陛下から俺を呼ぶ様に言われたのだから彼のせいではないし。
俺が今、フラフラなのも寝不足からではない。
リヒャルト殿下が王太子となる。
よって、王太子妃となる姫君を婚約者として迎える。
未来の国王陛下に、そのお妃様が輿入れなさる。
めでたい話だと思えば良いのだ。
殿下のお側に居られなくなるワケでも無い。
配属が変わっても城に居れば、お姿を見る事は出来る。
俺の殿下では、なくなるだけで。
「それをっ……つらくないなんて言える程、俺は出来た人間じゃねぇんだな…。」
テントの中で毛布の上に横たわり、大の字になりぼんやり天井に目を向ける。
目に入っているが、見てはいない。
霧がかかったように視界がぼやける。
一国の王子様を、俺一人のモノにしたいなんて不遜な考えを捨て切れない。
俺一人だけの一方的な想いならば、まだ忘れる事も恋心も捨てる事も出来たかも知れない。
隠しながらも殿下を想い続けた俺の心を殿下は拾って下さり、殿下も俺を愛していると応えて、その想いを返して下さった。
愛し愛される喜びを知った今、それを手放す事が……
何よりつらい…悲しい。
「…………何よりツラく、悲しいんだ。分かるだろう?」
は?何が。誰だか知らんが…。
俺のツラく悲しいと、お前のツラく悲しいのナニが一緒だと…………
ぼんやりした俺の意識がハッキリとした時、俺の目の前はテントの天井を見ていた時と同じくボヤケていた。
ただ、なぜだか真っ赤な薄いヴェールを顔に掛けられた様に視界が赤い━━なんだこれ……
は…!?何だコレ!
アシュリーになった俺は、何を見せられている?
赤いヴェールの向こう側に、刃物を振りかざした青年の姿が見える。
これはヴェールではない、開いたままの眼球に血がかかったんだ。
気味が悪いほど、泣きながら微笑む青年が見える……って、まさかこれがアシュリーの今わの際か!?
病死じゃねぇ、殺されたのか!?
アシュリーは何も話さない。
もう話す事も出来ない状態なのだろうか。
だが、まだ視界が途切れない。
アシュリーは生きている。
さぞ……痛く苦しかったろう……!
「俺達は、来世で結ばれるべきなんだ。
俺も君の命を奪うのは辛く悲しい…だが、今夜で無ければ駄目なんだ、分かってくれるよな?」
分かるワケねぇだろうが!!このクソ野郎!!
ああ…!視界が暗くなっていく!
アシュリーの意識が途絶える!
このまま誰にも知られずアシュリーは死ぬのか!?
「馬鹿野郎!!何してやがる!!
アシュリー!アシュリー!!!…………………………」
段々遠くなったが、ヒゲモジャのオッサンの声が聞こえた………アシュリーの最期を見てしまったのか……。
悲痛な声をあげていたな。
見た目はアレだが、いい兄貴だよな。
うん……いい兄貴だった。
心配ばかりかけて、ごめんなさい……お兄ちゃん……。
「すまん!…ヒゲモジャの兄貴ィ!
んああ!?ング!!」
アシュリーに同調し過ぎたのか大声を上げながらポロポロ涙を流した俺が目を開いた時、俺の胸の上にはエルンスト殿下が跨っており、手の平で俺の口を塞いだ。
俺の上でマウントポジションを取っている殿下は、薄ら笑いを浮かべて俺を見下ろし、シィーっと騒がない様に促しながら手の平をどかした。
反対の手に短剣が握られているのを見た瞬間、つい先程アシュリーの目で見ていた光景の中の青年の姿とエルンスト殿下が重なった。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
「あのー殿下……お戯れが過ぎませんかね…
とりあえずですね…その短剣を離してですね…
俺の上から降りて貰ってですね…落ち着きましょう」
激昂する者を刺激しないようにする態度は、目の前のエルンスト殿下には何の効果も無いのだと肌で感じる。
エルンスト殿下は最初から冷静であり、今起こした行動は突発的な物では無いのだと分かる。
今日、この瞬間を、ずっと待っていたのだろう。
そんな気がしてならない。
兄弟であるリヒャルト殿下と面差しの似たエルンスト殿下が微笑みながら俺の首に短剣の刃を当てた。
熱い頸動脈にヒタリと冷たい刃が寝かせて当てられ、刃を立て引けば血が噴き出し絶命するのだと、身体が強張る。
「あの時の君には、可哀想な事をしたと思っている。
初めての事で焦っていたし…血で滑るし中々上手く出来なくて。
君を早く楽にしてあげたかったのに。」
「…それで…アシュリー…俺を何度も刺したんですか」
剣の刃を当てられた状態で言葉を発した俺に、エルンスト殿下が目を丸くした。
「覚えているのかい?嬉しいね。
前は悲鳴もあげられない程に怯えて声を失っていたけど、騎士をしてるだけあって今回は違うな。
でもまあ…今日は苦しめないで、すぐ逝って貰うから安心してくれ。」
「いや、安心て!
なんで俺が殺されなきゃならんのですかね!
アシュリーだった時もですけど!!」
エルンスト殿下…と言うよりは前世である村の青年には、俺を殺す事を思いとどまるという選択肢は無い模様。
だったら時間を延ばして隙を作り、俺が自分の手でエルンスト殿下を止めるしかない。
「それは、君の魂が入るべき肉体が失敗作だからだ。
アシュリーであった時には病に冒されていて、俺が君の命を奪わなくても、あと一ヶ月程の命だった。
そして、今回も失敗作だ。何なんだ、その姿は。」
「何なんだって、何なんだ!
俺は俺だろうが!!
何で、お前好みの器を持って生まれなきゃならんのだ!
アシュリーだって病弱であと一ヶ月の命だったとしてもだ!
寿命を迎える前に、お前に奪われて良い命なんかじゃ無かったんだよ!」
感情に任せて声を張ると、短剣の刃が首に僅かに食い込み、ヒヤリとする。
余り無茶な動きをする事が出来ない。
だが、黙って聞いてられない…!
「違うよアシュリー!あの時だって今日だって、この時で無ければ駄目なんだ!
アシュリーだって、知っているだろ?
二人共に死に、二人共に蘇る、それには!
月の無い新月の晩、アンタレスが赤く輝くこの時でないとって言い伝えを!」
知らんがな!!!!
いや、アシュリーは知っていたかもしれんが!
俺の上に跨った状態のエルンスト殿下が、刃を引くより刺したい衝動に駆られたのか、頸動脈に刃を当てた短剣を一旦どかして柄を両手で持ち直し、振りかざす様に頭上高く持ち上げた。
「喉を狙うよ、一瞬で逝けるからね。
次はちゃんと幸せになろう、アシュリー。」
その手を掴め!…あ…駄目だ、間に合わない……
思考はこんなにクリアなのに、世界がゆっくりと動いて見える。
エルンスト殿下の手もゆっくりと動いて見えるが、俺の手の動きが更に遅く、間に合わない。
ちゃんと幸せって何だ!!今の俺が不幸みたいな言い方をしやがって!
………ッ殿下……リヒャルト殿下!
俺、生まれ変わったら、また殿下の側に行きま……
駄目だ、それじゃコイツと同じだ。
俺と同じ魂を持っていても、次の人生はソイツのもんだ。俺が邪魔をしちゃいけない。
俺はリヒャルト殿下に出会えて、愛されて、幸せでした。
幸せなまま、俺はオズワルドの人生を終えます。
殿下………最後に貴方に抱き締められたかっ……
「ドゥわぁぁ!違っ!貴方じゃなくぅ!」
死を覚悟した筈なのに、短剣の刃が降りるより先に、エルンスト殿下が俺にガバっと覆い被さって来た。
なんだなんだ何なんだ!
貴方に抱き締められたかぁ無い!
エルンスト殿下の下で、俺は無様にジタバタと手足を動かした。
「オズ……………」
俺の上にはエルンスト殿下がグッタリと覆い被さっており、微動だにしない状態になっている。どうした?
エルンスト殿下の声では無い…?似ていたが……。
だが、心地よい声で確かに名が呼ばれた。え…?
「その声…まさか殿下?リヒャルト殿下?
いや、殿下は城に居る…走馬灯みたいなモンか?
俺、やはり死んだ??」
俺を抱き締めるように上に乗ったエルンスト殿下の身体が、兵士二人によって持ち上げられて俺の上からよけられた。
急に視界が開け、仰向けのままテントの天井を見る俺の視界にヒョイとリヒャルト殿下が入った。
気を失った状態のエルンスト殿下は兵士に運ばれるようにテントの外に連れて行かれ、俺のテントにはリヒャルト殿下と俺の二人きりとなった。
「テントを覗いたら短剣を構えてるんだもの。
思わず兄上の頭を殴っちゃったよ。
オズは大丈夫?怪我は無い?」
「ありません……けど……リヒャルト殿下がなぜ、ここに?」
リヒャルト殿下は、状況を飲み込めてない俺の身体を正面から強く抱き締めた。
俺の顔に殿下が顔を近付け、吐息も体温も俺の大きな身体も幻では無いのだと、ひとつひとつ答え合わせのように確認してゆく。
最後に思い切り強く抱き締められ、そのまま唇を重ねられた。
テントには二人きりとは言え、周りにはたくさん人が居る。
陛下だっていらっしゃるのに…………
だが俺は先程、命を絶たれていたかも知れなかった。
もうお会い出来ないと思っていたのに、生きてリヒャルト殿下と再び会えたのだ。奇跡だ…。
この幸せを噛み締めたい。
「リヒャルト殿下…貴方を愛している俺は幸せです。」
もし離れた場で生きる事になっても、貴方が俺のものでなくなっても。
同じ世で同じ時を過ごせるならば、それでいい。
貴方の幸せを願いながら生きていくのも、悪くはない。
命尽きるまで、貴方を愛したオズワルドとして生きていく。
今度は俺の方から、ねだるように唇を重ねた。
深く重ねた唇を僅かに離し、舌先を伸ばして殿下の舌先を舐めて愛撫を誘う。
拒否されるかもな、と実は思ったりした。
周りには騎士や兵士、国王陛下だっていらっしゃるのだし、こんな場所で盛るなよ…と…。
「オズワルド……僕も幸せだ……。
良かった…本当に良かった…僕のオズ…。」
応えるように深く口を重ねたまま、殿下は舌先を絡ませてくれた。
ちょ…激し…あ、脳がトぶ……絡ませて、吸われて、このまま行為にいく時のルーティンの様な口付け……
これはマズイ身体が反応してしまう。
……勃つ…。
「殿下…殿下っ…ちょっと一回止まりましょう!
誘ったの俺ですがね!」
「止まるのは無理かな。抱かせて。」
こ、ここで今ァ!?ムリムリムリ!!
おい誰か居らぬか!オズワルドを休ませてやれ!」
陛下の声が一枚壁を隔てた向こうから聞こえる様に遠い。
俺は喜ぶべきなのだろうか。
俺が一番近くに居る事を許されている主君が、次期国王となる事を。
ああ、確かに…リヒャルト殿下ならば、民に愛される良い国王となるだろう。
一番近くで殿下を見ていた俺が言うのだ、間違い無い。
これは殿下にとっても国にとっても、素晴らしい事じゃないか。
嘆くなんて、不忠者でしかないじゃないか。
陛下の御前で膝から崩れ落ちた俺は、数人の兵士に肩を借りながら自分のテントに連れて来て貰った。
ゆっくり休む様にと俺に告げてテントから出た兵士達と、俺を下調べに同行させた騎士の会話が聞こえる。
俺が、昨夜は一睡もせずにリヒャルト殿下の警護をしていたと兵士から聞いた騎士が「えっ!それは悪い事をした」と小声で言っているのが聞こえたが…。
国王陛下から俺を呼ぶ様に言われたのだから彼のせいではないし。
俺が今、フラフラなのも寝不足からではない。
リヒャルト殿下が王太子となる。
よって、王太子妃となる姫君を婚約者として迎える。
未来の国王陛下に、そのお妃様が輿入れなさる。
めでたい話だと思えば良いのだ。
殿下のお側に居られなくなるワケでも無い。
配属が変わっても城に居れば、お姿を見る事は出来る。
俺の殿下では、なくなるだけで。
「それをっ……つらくないなんて言える程、俺は出来た人間じゃねぇんだな…。」
テントの中で毛布の上に横たわり、大の字になりぼんやり天井に目を向ける。
目に入っているが、見てはいない。
霧がかかったように視界がぼやける。
一国の王子様を、俺一人のモノにしたいなんて不遜な考えを捨て切れない。
俺一人だけの一方的な想いならば、まだ忘れる事も恋心も捨てる事も出来たかも知れない。
隠しながらも殿下を想い続けた俺の心を殿下は拾って下さり、殿下も俺を愛していると応えて、その想いを返して下さった。
愛し愛される喜びを知った今、それを手放す事が……
何よりつらい…悲しい。
「…………何よりツラく、悲しいんだ。分かるだろう?」
は?何が。誰だか知らんが…。
俺のツラく悲しいと、お前のツラく悲しいのナニが一緒だと…………
ぼんやりした俺の意識がハッキリとした時、俺の目の前はテントの天井を見ていた時と同じくボヤケていた。
ただ、なぜだか真っ赤な薄いヴェールを顔に掛けられた様に視界が赤い━━なんだこれ……
は…!?何だコレ!
アシュリーになった俺は、何を見せられている?
赤いヴェールの向こう側に、刃物を振りかざした青年の姿が見える。
これはヴェールではない、開いたままの眼球に血がかかったんだ。
気味が悪いほど、泣きながら微笑む青年が見える……って、まさかこれがアシュリーの今わの際か!?
病死じゃねぇ、殺されたのか!?
アシュリーは何も話さない。
もう話す事も出来ない状態なのだろうか。
だが、まだ視界が途切れない。
アシュリーは生きている。
さぞ……痛く苦しかったろう……!
「俺達は、来世で結ばれるべきなんだ。
俺も君の命を奪うのは辛く悲しい…だが、今夜で無ければ駄目なんだ、分かってくれるよな?」
分かるワケねぇだろうが!!このクソ野郎!!
ああ…!視界が暗くなっていく!
アシュリーの意識が途絶える!
このまま誰にも知られずアシュリーは死ぬのか!?
「馬鹿野郎!!何してやがる!!
アシュリー!アシュリー!!!…………………………」
段々遠くなったが、ヒゲモジャのオッサンの声が聞こえた………アシュリーの最期を見てしまったのか……。
悲痛な声をあげていたな。
見た目はアレだが、いい兄貴だよな。
うん……いい兄貴だった。
心配ばかりかけて、ごめんなさい……お兄ちゃん……。
「すまん!…ヒゲモジャの兄貴ィ!
んああ!?ング!!」
アシュリーに同調し過ぎたのか大声を上げながらポロポロ涙を流した俺が目を開いた時、俺の胸の上にはエルンスト殿下が跨っており、手の平で俺の口を塞いだ。
俺の上でマウントポジションを取っている殿下は、薄ら笑いを浮かべて俺を見下ろし、シィーっと騒がない様に促しながら手の平をどかした。
反対の手に短剣が握られているのを見た瞬間、つい先程アシュリーの目で見ていた光景の中の青年の姿とエルンスト殿下が重なった。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
「あのー殿下……お戯れが過ぎませんかね…
とりあえずですね…その短剣を離してですね…
俺の上から降りて貰ってですね…落ち着きましょう」
激昂する者を刺激しないようにする態度は、目の前のエルンスト殿下には何の効果も無いのだと肌で感じる。
エルンスト殿下は最初から冷静であり、今起こした行動は突発的な物では無いのだと分かる。
今日、この瞬間を、ずっと待っていたのだろう。
そんな気がしてならない。
兄弟であるリヒャルト殿下と面差しの似たエルンスト殿下が微笑みながら俺の首に短剣の刃を当てた。
熱い頸動脈にヒタリと冷たい刃が寝かせて当てられ、刃を立て引けば血が噴き出し絶命するのだと、身体が強張る。
「あの時の君には、可哀想な事をしたと思っている。
初めての事で焦っていたし…血で滑るし中々上手く出来なくて。
君を早く楽にしてあげたかったのに。」
「…それで…アシュリー…俺を何度も刺したんですか」
剣の刃を当てられた状態で言葉を発した俺に、エルンスト殿下が目を丸くした。
「覚えているのかい?嬉しいね。
前は悲鳴もあげられない程に怯えて声を失っていたけど、騎士をしてるだけあって今回は違うな。
でもまあ…今日は苦しめないで、すぐ逝って貰うから安心してくれ。」
「いや、安心て!
なんで俺が殺されなきゃならんのですかね!
アシュリーだった時もですけど!!」
エルンスト殿下…と言うよりは前世である村の青年には、俺を殺す事を思いとどまるという選択肢は無い模様。
だったら時間を延ばして隙を作り、俺が自分の手でエルンスト殿下を止めるしかない。
「それは、君の魂が入るべき肉体が失敗作だからだ。
アシュリーであった時には病に冒されていて、俺が君の命を奪わなくても、あと一ヶ月程の命だった。
そして、今回も失敗作だ。何なんだ、その姿は。」
「何なんだって、何なんだ!
俺は俺だろうが!!
何で、お前好みの器を持って生まれなきゃならんのだ!
アシュリーだって病弱であと一ヶ月の命だったとしてもだ!
寿命を迎える前に、お前に奪われて良い命なんかじゃ無かったんだよ!」
感情に任せて声を張ると、短剣の刃が首に僅かに食い込み、ヒヤリとする。
余り無茶な動きをする事が出来ない。
だが、黙って聞いてられない…!
「違うよアシュリー!あの時だって今日だって、この時で無ければ駄目なんだ!
アシュリーだって、知っているだろ?
二人共に死に、二人共に蘇る、それには!
月の無い新月の晩、アンタレスが赤く輝くこの時でないとって言い伝えを!」
知らんがな!!!!
いや、アシュリーは知っていたかもしれんが!
俺の上に跨った状態のエルンスト殿下が、刃を引くより刺したい衝動に駆られたのか、頸動脈に刃を当てた短剣を一旦どかして柄を両手で持ち直し、振りかざす様に頭上高く持ち上げた。
「喉を狙うよ、一瞬で逝けるからね。
次はちゃんと幸せになろう、アシュリー。」
その手を掴め!…あ…駄目だ、間に合わない……
思考はこんなにクリアなのに、世界がゆっくりと動いて見える。
エルンスト殿下の手もゆっくりと動いて見えるが、俺の手の動きが更に遅く、間に合わない。
ちゃんと幸せって何だ!!今の俺が不幸みたいな言い方をしやがって!
………ッ殿下……リヒャルト殿下!
俺、生まれ変わったら、また殿下の側に行きま……
駄目だ、それじゃコイツと同じだ。
俺と同じ魂を持っていても、次の人生はソイツのもんだ。俺が邪魔をしちゃいけない。
俺はリヒャルト殿下に出会えて、愛されて、幸せでした。
幸せなまま、俺はオズワルドの人生を終えます。
殿下………最後に貴方に抱き締められたかっ……
「ドゥわぁぁ!違っ!貴方じゃなくぅ!」
死を覚悟した筈なのに、短剣の刃が降りるより先に、エルンスト殿下が俺にガバっと覆い被さって来た。
なんだなんだ何なんだ!
貴方に抱き締められたかぁ無い!
エルンスト殿下の下で、俺は無様にジタバタと手足を動かした。
「オズ……………」
俺の上にはエルンスト殿下がグッタリと覆い被さっており、微動だにしない状態になっている。どうした?
エルンスト殿下の声では無い…?似ていたが……。
だが、心地よい声で確かに名が呼ばれた。え…?
「その声…まさか殿下?リヒャルト殿下?
いや、殿下は城に居る…走馬灯みたいなモンか?
俺、やはり死んだ??」
俺を抱き締めるように上に乗ったエルンスト殿下の身体が、兵士二人によって持ち上げられて俺の上からよけられた。
急に視界が開け、仰向けのままテントの天井を見る俺の視界にヒョイとリヒャルト殿下が入った。
気を失った状態のエルンスト殿下は兵士に運ばれるようにテントの外に連れて行かれ、俺のテントにはリヒャルト殿下と俺の二人きりとなった。
「テントを覗いたら短剣を構えてるんだもの。
思わず兄上の頭を殴っちゃったよ。
オズは大丈夫?怪我は無い?」
「ありません……けど……リヒャルト殿下がなぜ、ここに?」
リヒャルト殿下は、状況を飲み込めてない俺の身体を正面から強く抱き締めた。
俺の顔に殿下が顔を近付け、吐息も体温も俺の大きな身体も幻では無いのだと、ひとつひとつ答え合わせのように確認してゆく。
最後に思い切り強く抱き締められ、そのまま唇を重ねられた。
テントには二人きりとは言え、周りにはたくさん人が居る。
陛下だっていらっしゃるのに…………
だが俺は先程、命を絶たれていたかも知れなかった。
もうお会い出来ないと思っていたのに、生きてリヒャルト殿下と再び会えたのだ。奇跡だ…。
この幸せを噛み締めたい。
「リヒャルト殿下…貴方を愛している俺は幸せです。」
もし離れた場で生きる事になっても、貴方が俺のものでなくなっても。
同じ世で同じ時を過ごせるならば、それでいい。
貴方の幸せを願いながら生きていくのも、悪くはない。
命尽きるまで、貴方を愛したオズワルドとして生きていく。
今度は俺の方から、ねだるように唇を重ねた。
深く重ねた唇を僅かに離し、舌先を伸ばして殿下の舌先を舐めて愛撫を誘う。
拒否されるかもな、と実は思ったりした。
周りには騎士や兵士、国王陛下だっていらっしゃるのだし、こんな場所で盛るなよ…と…。
「オズワルド……僕も幸せだ……。
良かった…本当に良かった…僕のオズ…。」
応えるように深く口を重ねたまま、殿下は舌先を絡ませてくれた。
ちょ…激し…あ、脳がトぶ……絡ませて、吸われて、このまま行為にいく時のルーティンの様な口付け……
これはマズイ身体が反応してしまう。
……勃つ…。
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