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キリお兄ちゃんと、ミーちゃん。
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「キリアン殿、我が国はこの先もそなたの国と良い隣人、良き友である事を誓おう。
……欲を言えば、そなたの家族として儂の血を迎えて欲しかったのだが…。」
「ははは、私のような若輩者に目を掛けて頂き嬉しく存じますが、私は妻一人に愛を誓った身ゆえ、お許し下さい。」
「うむ…まさか、側室の一人も置かぬつもりとは…そなたの愛は深いのう。
であれば、王妃には頑張って貰ってたくさん子を産んでもらわねばな!ハッハッハ!」
「ええ、たくさん!ははは」
━━━━アホか!ひとりだって産めやしねぇよ!━━━━
隣国の国王をはじめ城の皆に大仰に見送られる王城の門の前で、国に帰る準備をしつつキリアンの愛馬の白馬の手綱を持つガインは、二人の国王陛下の話を聞きながら疲れ果てた様に青白い顔をしていた。
「では、出発しよう!ん…?ガイン、顔色が悪い様だが…。」
「……いや、誰のせいだと……。」
体力よりも精神的にキツい。
ガインは明け方まで子作りだと称し、何度もキリアンに貫かれていた。
腰が砕けて立っていられない程、激しい情欲を叩きつけられて、溢れる程の精を胎内に注がれ、自分も快楽に喘ぎ、涙し、上り詰め精を出した。
最後の方なんかは、もう自分もドロドロに溶けてキリアンの出した液体と一体化するんじゃないかと思う程デロデロになり、泥の様にベッドに沈んでしまった。
ハッと短い睡眠の後に目を覚まして我に返ると自己嫌悪に陥る。
他所様の城の中で盛ってベッドをグチャグチャにして……
この後始末をしてくれる者に、どう説明したら良いんだと早朝から思い悩むガインに対し
「わざわざ説明なんてしなくとも、ガインがケダモノ並に俺を欲しがってガンガンやったって思われるだけじゃない?
いいんじゃないの?ガインは俺の愛人だと、ババァにもそう印象付けたんだし。
俺が淫乱な女役だと思われてればいい話だ。」
キリアンはしれっとそう言ってのけた。
「そりゃな!俺は、ガタイもデカいし、見るからに獣っぽいからな!
ガンガンと、この俺が麗しき皇帝陛下を抱いたって思われるんだろうが……!
キリアンはそれでいいのかよ!」
「……いいのかって、何が?」
きょとんと不思議そうな表情で顔を覗き込まれ、ガインがグッと言葉を詰まらせた。
「だから…皇帝陛下であるお前が…年若くもない、こんな風貌の男に組み敷かれて…女みたいに喘いでいると周りに思われちまっている事がよ…どうなんだよ。
皇帝としての威厳てモンを守らなきゃならんだろうがよ…。」
「実際、組み敷かれて女の子みたいにアンアン喘いでいるのは、その獣みたいな風貌のガインだもんね。」
━━おっしゃる通りだよ!ガンガンどころか、アンアンだよ!
それに実際の俺は童貞だしな!!━━
ガインは心で叫んだ自分の言葉に赤くなってしまった。
━━世間的には、獣みたいな俺が「ガハハハ!」みたいな感じで、お姫様みたいなキリアンをガツガツと食ってるイメージになるのか?━━
ガインの頭に浮かんだ『恐らく世間一般から見られた時の自分たちの姿はこうだろう』が余りにも現実とかけ離れ過ぎていて、ガインはクラリと目眩がした。
「俺は、誰にどう見られても思われても構わない。
威厳も何も関係無い。
俺はガインと愛し合う関係をやめる気は無いし、あとはガインが…
傷付かないでくれたらそれでいい。」
ガインが改めて思う。
キリアンと自分の、この関係を誰にもバレたくない知られたくないと強く思っているのが自分だけなのだと。
そう、俺が恥ずかしいから誰にも知られたくないのだ。
こんなナリした自分が、女の様に男に組み敷かれている側なのだと。
特に愛娘であるミーシャには、絶対知られたくない。
義父がそのような立場の男だと。
「恥ずかしい、知られたくない……臆病なのは俺の方か…。」
▼
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「パパ達、もうコチラに向かっている所かしら。
あちらの国に、パパをお婿さんにしたいってお姫様がいるって聞いていたけど…大丈夫だったかしらね。キリお兄ちゃん。
終わったばかりなのに、ブチ切れして、また戦争起こしたりしないでよ。」
しかもパパが原因で開戦とか、とかヤメテ絶対。
「ホントにもぉ…いっそ全部バラしてしまえば楽なのにね。
……キリお兄ちゃんはパパのために関係を隠してくれてる。
そしてパパが一番バレたくないのは…私に、なのよね、きっと。」
ミーシャはガインの従姉妹の一人娘であり、十年前に家族を火事で失った10歳の時にガインの養女となった。
あまり面識のなかった母の従兄弟だという熊の様な大柄の強面の男が義父となり、その見た目の恐怖からミーシャは借りてきた猫の様に大人しく、良い子を演じていた。
ガインは、まだ幼い少女であるのに大人し過ぎて我儘を一切言わないミーシャを心配して、元気になってもらいたいと気分転換も兼ねて城に連れて来た。
ミーシャが初めて城に連れて来られた日。
当時12歳だった皇太子のキリアンと、初めて出会った。
お互いに猫をかぶった状態での二人の出会いは、まわりの大人が不思議に思うほどテンションの低いものだった。
王城という、きらびやかな場所にて皇子であるキリアンの美しい姿を見た者は、その人世離れした神がかった光景に息を飲み、表情が変わる。
特に幼い令嬢たちはキリアンの人ならざる程の美しさに感情が昂り、興奮してキャアキャア騒ぎ出したり、思わず力が抜けてよろける者さえいた。
そんな時のキリアンは優しく微笑み、そんな令嬢達に手を差し伸べた。
「殿下を見て何の反応も示さない令嬢は初めて見ましたな。」
周りからそんな声が上がってしまうほど、ミーシャは無表情なままだった。カーテシーをした後は、ぬぼーんと立っているだけ。
ミーシャがそんな態度なもんだから、キリアンは柔らかい微笑みを浮かべたまま、それ以上の表情は作らず黙って立っていた。
「キリアン、私はガインと話がある。お前はミーシャ嬢に城の中を案内してやりなさい。」
「はい…父上。」
作り笑いを浮かべたキリアンは、無表情のミーシャを連れて玉座の間を出た。
皇帝である父グレアムが大人だけの会話をする時間を作る為に、キリアンはこうやって子どもを預かり城内を案内する事が度々あった。
幼い貴族の令嬢はキリアンに気に入られようと躍起になって、自分の事をベラベラ喋り続けたり、ベッタリ甘えるようにくっついてくる事が多かったのだが、ミーシャは黙って後をついて来るだけだった。
「……ミーシャ嬢とか言ったね。君はとても静かだね。
君みたいな子は初めてだよ。」
王城の中を、葬儀の参列かの様に並んで静かに歩いて行く幼い二人に、すれ違う何人もの大人達が不思議そうな顔をした。
「……騒ぐ理由が御座いませんし。
殿下の方こそ…何がございましたのか分かりかねますが、そのようにお辛い顔を隠してまで、私にお付き合いくださらなくても。」
「皇帝陛下に頼まれた以上、私には君を案内する責任がある。
…父上のガイン師匠とのお話が終わるまでは…。」
ミーシャには、キリアンが何か漠然とした不安を抱えている様に見えた。だが、それは何かが分からない。
「私の義父の……婚姻の話が終わるのをですか……」
暗い顔をして、うつむき加減にキリアンの背を追って歩いていたミーシャが、前を歩くキリアンが立ち止まったので何事かと声を掛けた。
「殿下…?どうかいたしまして?………殿下!……」
ミーシャは慌てた。
失礼とは思ったが、なりふり構っておられず、キリアンの腕を掴んで何処か身を隠せる場所を探す。
たまたま少しドアの開いた来客用の寝室を見付けたミーシャは、キリアンと共にその部屋に入った。
ミーシャが寝室に連れ込んだキリアンは、大粒の涙をボタボタとこぼしながら口を押さえて、声を殺そうとしながらも肩を大きく上下させて嗚咽を漏らし泣いていた。
「殿下……?なぜ、そんなに……悲しい涙を流しますの……?」
田舎貴族出身のミーシャは泣く少年など腐るほど見てきた。
何なら泣かせた事もある。自分より年上のワンパク小僧をビンタしてギャン泣きさせた事もある。
叱られて泣く、痛くて泣く、悔しくて泣く。
それらのどれとも違う初めて見る涙に、ミーシャが狼狽えた。
「わ、私…殿下に何かしました?ねぇ、殿下…」
どんな失礼な事を言ったのだろう、しでかしたのだろう、とんでもない不敬行為をしたのだろうか?
年齢の割に達観した考え方をするミーシャは焦った。
自分を引き取ったばかりの、あの熊の様に恐ろしい養父の怒りを買ってしまうかも知れない。
独り立ち出来る歳まで、大人しく従順な娘を演じていようと思ったのに!!
「……ガインが……結婚するかも知れないんだろ……?
おめでとうって言わなきゃ……良かったねっ……て…言わっ……。」
キリアンは震える口角を上げニコリと微笑んだ。
美しいが作り笑いだと分かる微笑み方だった。
何事にも波風を立てにくくする為に綺麗な作り笑いを浮かべるのは、キリアンの得意な事であった。
だがこの時、目だけは感情を隠す事が出来なかった。
ボロボロと溢れ落ちる涙と一緒に落ちてしまいそうな程潤んだ紺碧の瞳は、深い悲しみに満ちており、そんな悲しい表情を初めて見るミーシャの心臓を突き刺した。
誰にも話しては来なかったが、創作や妄想が好きで、人の感情や表情を観察するのが好きだったミーシャは、美しい少年の絵になる程悲哀に満ちた泣く姿をマジマジと見つめ、ひとつの答えに辿り着きハッとした。
━━これはまさか!いや、違っているかも知れない。
違っていたら「お前はアホか」のレッテルを貼られる位、恥ずかしい勘違いでしかない。
こんな想像、違う可能性が高い!でも…!聞いてみたい!!━━
「殿下は、そんなにもお義父様が妻を娶る事が悲しいのですか?」
「悲しいよ!!悲しい!なんで…なんで僕は子どもなんだろう!
何も出来ない子どもなんだろう…!止める事も出来ない…!」
キリアンは一切誤魔化さなかった。
ミーシャに言い当てられた胸の内を隠す事無く吐露したのは、一人胸に秘めて蓋を閉めて誰にも話せずに隠し続けた想いを汲み取ってくれる者が現れた事への安堵感からかも知れない。
「……やはりキリアン殿下は、お義父様の事が好きなんですのね。」
「好きなんて…好きだなんて………ガインが大好きだよ………
大好きで……愛してるんだ……」
ミーシャは衝撃を受けた。
頭の中に描かれた創作の物語をいつか小説にしたいと思っていた幼いミーシャだが、目の前にある創作よりもぶっ飛んだ現実。
━━この、美少女のように美しい皇太子殿下が、私の養父になった熊みたいなオジサンを好き?泣くほど好き!?恋をしているの?
この皇子様は、女の子にモテモテだと聞いたけど、実は見た目の通り自分が女の子みたいで、男性が好きなヒト?━━
「ガインは…幸せになるべき人だ……でも誰にも渡したくない…
僕が、ガインを幸せにしたい……ガインが欲しい!ガインを抱きたい!」
━━抱きたいだと!?マジか!!殿下が男役!?
あのケダモノみたいなお義父様がソッチ?受ける側か!?━━
「……男同士だからとか、年が離れているとか、立場がどうだとか…そんな事に関係なく人を好きになる事ってあるのね…。」
そんな物語みたいな恋の行く末が気にならない筈がない。
応援したい。成就して欲しい。障害が大きい事も分かってる。
でも私は応援したい。
初めて恋をする者の涙を見せてくれた美しい少年を。
だから私は……………………
「ガインお義父様。
私、亡くなった母の従兄弟であるガインお義父様と二人で暮らしたいです。
私のお母様は亡くなったお母様だけです。
新しいお義母様は必要ありません。」
初めての我儘を言ったのだ。
……欲を言えば、そなたの家族として儂の血を迎えて欲しかったのだが…。」
「ははは、私のような若輩者に目を掛けて頂き嬉しく存じますが、私は妻一人に愛を誓った身ゆえ、お許し下さい。」
「うむ…まさか、側室の一人も置かぬつもりとは…そなたの愛は深いのう。
であれば、王妃には頑張って貰ってたくさん子を産んでもらわねばな!ハッハッハ!」
「ええ、たくさん!ははは」
━━━━アホか!ひとりだって産めやしねぇよ!━━━━
隣国の国王をはじめ城の皆に大仰に見送られる王城の門の前で、国に帰る準備をしつつキリアンの愛馬の白馬の手綱を持つガインは、二人の国王陛下の話を聞きながら疲れ果てた様に青白い顔をしていた。
「では、出発しよう!ん…?ガイン、顔色が悪い様だが…。」
「……いや、誰のせいだと……。」
体力よりも精神的にキツい。
ガインは明け方まで子作りだと称し、何度もキリアンに貫かれていた。
腰が砕けて立っていられない程、激しい情欲を叩きつけられて、溢れる程の精を胎内に注がれ、自分も快楽に喘ぎ、涙し、上り詰め精を出した。
最後の方なんかは、もう自分もドロドロに溶けてキリアンの出した液体と一体化するんじゃないかと思う程デロデロになり、泥の様にベッドに沈んでしまった。
ハッと短い睡眠の後に目を覚まして我に返ると自己嫌悪に陥る。
他所様の城の中で盛ってベッドをグチャグチャにして……
この後始末をしてくれる者に、どう説明したら良いんだと早朝から思い悩むガインに対し
「わざわざ説明なんてしなくとも、ガインがケダモノ並に俺を欲しがってガンガンやったって思われるだけじゃない?
いいんじゃないの?ガインは俺の愛人だと、ババァにもそう印象付けたんだし。
俺が淫乱な女役だと思われてればいい話だ。」
キリアンはしれっとそう言ってのけた。
「そりゃな!俺は、ガタイもデカいし、見るからに獣っぽいからな!
ガンガンと、この俺が麗しき皇帝陛下を抱いたって思われるんだろうが……!
キリアンはそれでいいのかよ!」
「……いいのかって、何が?」
きょとんと不思議そうな表情で顔を覗き込まれ、ガインがグッと言葉を詰まらせた。
「だから…皇帝陛下であるお前が…年若くもない、こんな風貌の男に組み敷かれて…女みたいに喘いでいると周りに思われちまっている事がよ…どうなんだよ。
皇帝としての威厳てモンを守らなきゃならんだろうがよ…。」
「実際、組み敷かれて女の子みたいにアンアン喘いでいるのは、その獣みたいな風貌のガインだもんね。」
━━おっしゃる通りだよ!ガンガンどころか、アンアンだよ!
それに実際の俺は童貞だしな!!━━
ガインは心で叫んだ自分の言葉に赤くなってしまった。
━━世間的には、獣みたいな俺が「ガハハハ!」みたいな感じで、お姫様みたいなキリアンをガツガツと食ってるイメージになるのか?━━
ガインの頭に浮かんだ『恐らく世間一般から見られた時の自分たちの姿はこうだろう』が余りにも現実とかけ離れ過ぎていて、ガインはクラリと目眩がした。
「俺は、誰にどう見られても思われても構わない。
威厳も何も関係無い。
俺はガインと愛し合う関係をやめる気は無いし、あとはガインが…
傷付かないでくれたらそれでいい。」
ガインが改めて思う。
キリアンと自分の、この関係を誰にもバレたくない知られたくないと強く思っているのが自分だけなのだと。
そう、俺が恥ずかしいから誰にも知られたくないのだ。
こんなナリした自分が、女の様に男に組み敷かれている側なのだと。
特に愛娘であるミーシャには、絶対知られたくない。
義父がそのような立場の男だと。
「恥ずかしい、知られたくない……臆病なのは俺の方か…。」
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「パパ達、もうコチラに向かっている所かしら。
あちらの国に、パパをお婿さんにしたいってお姫様がいるって聞いていたけど…大丈夫だったかしらね。キリお兄ちゃん。
終わったばかりなのに、ブチ切れして、また戦争起こしたりしないでよ。」
しかもパパが原因で開戦とか、とかヤメテ絶対。
「ホントにもぉ…いっそ全部バラしてしまえば楽なのにね。
……キリお兄ちゃんはパパのために関係を隠してくれてる。
そしてパパが一番バレたくないのは…私に、なのよね、きっと。」
ミーシャはガインの従姉妹の一人娘であり、十年前に家族を火事で失った10歳の時にガインの養女となった。
あまり面識のなかった母の従兄弟だという熊の様な大柄の強面の男が義父となり、その見た目の恐怖からミーシャは借りてきた猫の様に大人しく、良い子を演じていた。
ガインは、まだ幼い少女であるのに大人し過ぎて我儘を一切言わないミーシャを心配して、元気になってもらいたいと気分転換も兼ねて城に連れて来た。
ミーシャが初めて城に連れて来られた日。
当時12歳だった皇太子のキリアンと、初めて出会った。
お互いに猫をかぶった状態での二人の出会いは、まわりの大人が不思議に思うほどテンションの低いものだった。
王城という、きらびやかな場所にて皇子であるキリアンの美しい姿を見た者は、その人世離れした神がかった光景に息を飲み、表情が変わる。
特に幼い令嬢たちはキリアンの人ならざる程の美しさに感情が昂り、興奮してキャアキャア騒ぎ出したり、思わず力が抜けてよろける者さえいた。
そんな時のキリアンは優しく微笑み、そんな令嬢達に手を差し伸べた。
「殿下を見て何の反応も示さない令嬢は初めて見ましたな。」
周りからそんな声が上がってしまうほど、ミーシャは無表情なままだった。カーテシーをした後は、ぬぼーんと立っているだけ。
ミーシャがそんな態度なもんだから、キリアンは柔らかい微笑みを浮かべたまま、それ以上の表情は作らず黙って立っていた。
「キリアン、私はガインと話がある。お前はミーシャ嬢に城の中を案内してやりなさい。」
「はい…父上。」
作り笑いを浮かべたキリアンは、無表情のミーシャを連れて玉座の間を出た。
皇帝である父グレアムが大人だけの会話をする時間を作る為に、キリアンはこうやって子どもを預かり城内を案内する事が度々あった。
幼い貴族の令嬢はキリアンに気に入られようと躍起になって、自分の事をベラベラ喋り続けたり、ベッタリ甘えるようにくっついてくる事が多かったのだが、ミーシャは黙って後をついて来るだけだった。
「……ミーシャ嬢とか言ったね。君はとても静かだね。
君みたいな子は初めてだよ。」
王城の中を、葬儀の参列かの様に並んで静かに歩いて行く幼い二人に、すれ違う何人もの大人達が不思議そうな顔をした。
「……騒ぐ理由が御座いませんし。
殿下の方こそ…何がございましたのか分かりかねますが、そのようにお辛い顔を隠してまで、私にお付き合いくださらなくても。」
「皇帝陛下に頼まれた以上、私には君を案内する責任がある。
…父上のガイン師匠とのお話が終わるまでは…。」
ミーシャには、キリアンが何か漠然とした不安を抱えている様に見えた。だが、それは何かが分からない。
「私の義父の……婚姻の話が終わるのをですか……」
暗い顔をして、うつむき加減にキリアンの背を追って歩いていたミーシャが、前を歩くキリアンが立ち止まったので何事かと声を掛けた。
「殿下…?どうかいたしまして?………殿下!……」
ミーシャは慌てた。
失礼とは思ったが、なりふり構っておられず、キリアンの腕を掴んで何処か身を隠せる場所を探す。
たまたま少しドアの開いた来客用の寝室を見付けたミーシャは、キリアンと共にその部屋に入った。
ミーシャが寝室に連れ込んだキリアンは、大粒の涙をボタボタとこぼしながら口を押さえて、声を殺そうとしながらも肩を大きく上下させて嗚咽を漏らし泣いていた。
「殿下……?なぜ、そんなに……悲しい涙を流しますの……?」
田舎貴族出身のミーシャは泣く少年など腐るほど見てきた。
何なら泣かせた事もある。自分より年上のワンパク小僧をビンタしてギャン泣きさせた事もある。
叱られて泣く、痛くて泣く、悔しくて泣く。
それらのどれとも違う初めて見る涙に、ミーシャが狼狽えた。
「わ、私…殿下に何かしました?ねぇ、殿下…」
どんな失礼な事を言ったのだろう、しでかしたのだろう、とんでもない不敬行為をしたのだろうか?
年齢の割に達観した考え方をするミーシャは焦った。
自分を引き取ったばかりの、あの熊の様に恐ろしい養父の怒りを買ってしまうかも知れない。
独り立ち出来る歳まで、大人しく従順な娘を演じていようと思ったのに!!
「……ガインが……結婚するかも知れないんだろ……?
おめでとうって言わなきゃ……良かったねっ……て…言わっ……。」
キリアンは震える口角を上げニコリと微笑んだ。
美しいが作り笑いだと分かる微笑み方だった。
何事にも波風を立てにくくする為に綺麗な作り笑いを浮かべるのは、キリアンの得意な事であった。
だがこの時、目だけは感情を隠す事が出来なかった。
ボロボロと溢れ落ちる涙と一緒に落ちてしまいそうな程潤んだ紺碧の瞳は、深い悲しみに満ちており、そんな悲しい表情を初めて見るミーシャの心臓を突き刺した。
誰にも話しては来なかったが、創作や妄想が好きで、人の感情や表情を観察するのが好きだったミーシャは、美しい少年の絵になる程悲哀に満ちた泣く姿をマジマジと見つめ、ひとつの答えに辿り着きハッとした。
━━これはまさか!いや、違っているかも知れない。
違っていたら「お前はアホか」のレッテルを貼られる位、恥ずかしい勘違いでしかない。
こんな想像、違う可能性が高い!でも…!聞いてみたい!!━━
「殿下は、そんなにもお義父様が妻を娶る事が悲しいのですか?」
「悲しいよ!!悲しい!なんで…なんで僕は子どもなんだろう!
何も出来ない子どもなんだろう…!止める事も出来ない…!」
キリアンは一切誤魔化さなかった。
ミーシャに言い当てられた胸の内を隠す事無く吐露したのは、一人胸に秘めて蓋を閉めて誰にも話せずに隠し続けた想いを汲み取ってくれる者が現れた事への安堵感からかも知れない。
「……やはりキリアン殿下は、お義父様の事が好きなんですのね。」
「好きなんて…好きだなんて………ガインが大好きだよ………
大好きで……愛してるんだ……」
ミーシャは衝撃を受けた。
頭の中に描かれた創作の物語をいつか小説にしたいと思っていた幼いミーシャだが、目の前にある創作よりもぶっ飛んだ現実。
━━この、美少女のように美しい皇太子殿下が、私の養父になった熊みたいなオジサンを好き?泣くほど好き!?恋をしているの?
この皇子様は、女の子にモテモテだと聞いたけど、実は見た目の通り自分が女の子みたいで、男性が好きなヒト?━━
「ガインは…幸せになるべき人だ……でも誰にも渡したくない…
僕が、ガインを幸せにしたい……ガインが欲しい!ガインを抱きたい!」
━━抱きたいだと!?マジか!!殿下が男役!?
あのケダモノみたいなお義父様がソッチ?受ける側か!?━━
「……男同士だからとか、年が離れているとか、立場がどうだとか…そんな事に関係なく人を好きになる事ってあるのね…。」
そんな物語みたいな恋の行く末が気にならない筈がない。
応援したい。成就して欲しい。障害が大きい事も分かってる。
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初めて恋をする者の涙を見せてくれた美しい少年を。
だから私は……………………
「ガインお義父様。
私、亡くなった母の従兄弟であるガインお義父様と二人で暮らしたいです。
私のお母様は亡くなったお母様だけです。
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