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黒髪
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小夜さんに食事を運んだ後、からんと扉が開く。
「いらっしゃいませ」
まだ早朝5時だというのに、その少女の身なりはしっかり整えられていた。
...それとも、それだけ厳しい家と見るべきだろうか。
「お好きな席へどうぞ。一先ず温かいスープをご用意させていただきます」
「...?ありがとうございます」
ここが一体なんなのか、何故自分がここに辿り着いたのかさえ分かっていないようだ。
「当店は軽食をお出しするカフェとなっております。勿論デザートもありますが、まずはこちらで体を温めてください」
「いいんですか?」
「はい、是非」
「...いただきます」
フォカッチャとかぼちゃのポタージュをお出しして、飲み物はダージリンを淹れる。
その少女はただ無言で食べ進めていた。
この早い時間に朝食さえ摂っていない様子の彼女は、一体どんな生活を送っているのだろうか。
「すごい、このパンふわふわ...」
「ありがとうございます」
何度か自作しているものの、こんなに上手くできるとは思っていなかった。
焼いたときにぺちゃんこにならないか心配だったが、それも今回はなんとかふわふわ食感に仕上がったようだ。
「...綺麗な髪ですね」
言っていいのか分からないまま、彼女にただ事実を述べる。
怒られてしまうかと思っていたら、少女はただ笑って言った。
「ありがとうございます。...私、それしか自慢できることがありませんから」
黒髪をくるくるとまわしながらぼんやりと中庭の方を見つめる彼女は、何かを隠しているようだった。
だが、それを無理矢理聞き出すのではなく苦しみや辛さを吐き出してもらうのがこの場所だ。『温かいものって結構安心できると思うんだ。いきなり知らない人相手に話すのは難しいだろうから、まずはそのあたりのおもてなしをしっかりするところから始めたかった。
...俺がお客様に飲み物をお出しする理由はそれだよ』
以前あの人に訊いたとき、こんな答えが返ってきたのを思い出す。
最近はこんなふうに過去を振り返る時間が増えてきて、そのまま浸っていたくなる。
だが、今はお客様の前なのでそんなことをするわけにはいかない。
「...こんなに早い時間から外に出ているのは、何か事情があるんですか?」
「事情なんて言えるほどのものではないと思うんですけど、外にいた方が気楽なんです」
彼女をよく観察してみると、先程から右手を一切使っていない。
恐らくだが、それが理由だろう。
「傷は痛むし、あの場所にいたら私が私でなくなってしまう...。だからこうして、朝早くから夜遅くまであの場所に帰らなくていいようにしているんです。
私には、祖母譲りのこの髪くらいしかいいところがありませんから」
「いらっしゃいませ」
まだ早朝5時だというのに、その少女の身なりはしっかり整えられていた。
...それとも、それだけ厳しい家と見るべきだろうか。
「お好きな席へどうぞ。一先ず温かいスープをご用意させていただきます」
「...?ありがとうございます」
ここが一体なんなのか、何故自分がここに辿り着いたのかさえ分かっていないようだ。
「当店は軽食をお出しするカフェとなっております。勿論デザートもありますが、まずはこちらで体を温めてください」
「いいんですか?」
「はい、是非」
「...いただきます」
フォカッチャとかぼちゃのポタージュをお出しして、飲み物はダージリンを淹れる。
その少女はただ無言で食べ進めていた。
この早い時間に朝食さえ摂っていない様子の彼女は、一体どんな生活を送っているのだろうか。
「すごい、このパンふわふわ...」
「ありがとうございます」
何度か自作しているものの、こんなに上手くできるとは思っていなかった。
焼いたときにぺちゃんこにならないか心配だったが、それも今回はなんとかふわふわ食感に仕上がったようだ。
「...綺麗な髪ですね」
言っていいのか分からないまま、彼女にただ事実を述べる。
怒られてしまうかと思っていたら、少女はただ笑って言った。
「ありがとうございます。...私、それしか自慢できることがありませんから」
黒髪をくるくるとまわしながらぼんやりと中庭の方を見つめる彼女は、何かを隠しているようだった。
だが、それを無理矢理聞き出すのではなく苦しみや辛さを吐き出してもらうのがこの場所だ。『温かいものって結構安心できると思うんだ。いきなり知らない人相手に話すのは難しいだろうから、まずはそのあたりのおもてなしをしっかりするところから始めたかった。
...俺がお客様に飲み物をお出しする理由はそれだよ』
以前あの人に訊いたとき、こんな答えが返ってきたのを思い出す。
最近はこんなふうに過去を振り返る時間が増えてきて、そのまま浸っていたくなる。
だが、今はお客様の前なのでそんなことをするわけにはいかない。
「...こんなに早い時間から外に出ているのは、何か事情があるんですか?」
「事情なんて言えるほどのものではないと思うんですけど、外にいた方が気楽なんです」
彼女をよく観察してみると、先程から右手を一切使っていない。
恐らくだが、それが理由だろう。
「傷は痛むし、あの場所にいたら私が私でなくなってしまう...。だからこうして、朝早くから夜遅くまであの場所に帰らなくていいようにしているんです。
私には、祖母譲りのこの髪くらいしかいいところがありませんから」
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