裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第6話

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「どの味にしようか」
「えっと…」
食べたことがないものを想像するのは難しい。
ひんやりしていて、それでいて甘いもの…そんなことしか知らなかった。
「それじゃあ、定番の味からいってみる?」
「夏彦のおすすめで、お願いします」
「そうだな…月見ちゃん、しゅわしゅわしてるのあんまり得意じゃないでしょ?」
「どうして分かったんですか?」
「この前勧めたサイダー飲んでるとき、なんだか飲みづらそうにしてたから」
まさかそんなところを見られてしまっているとは思わなかった。
折角飲み物を渡してくれたのにと思うとただただ申し訳なくて、とにかく頭を下げようとする。
「誰だって好き嫌いはあるから、そんなに気にしないで」
「ご、ごめんなさい…」
「それじゃあ、定番のバニラにしようか」
私が頷いたのを確認してから、夏彦は慣れた様子で注文してくれる。
そのとき、ぞくっとする気配を感じた。
「あ…」
昔からよく見てきたものによく似ているものが、近くのテーブルを囲んで楽しそうに笑っている。
本来、家族というものはああして過ごすものなのだろうか。
「月見ちゃん?」
「ごめんなさい、なんでもなくて…」
「店まで持っていって食べようか」
夏彦は気を遣ってくれたのか、ずっと手を離さないまま家族連れが座っている場所とは逆方向に歩き出す。
「よし、ここで食べちゃおう」
「え、いいんですか?」
「この部屋なら誰も来ないし、商品に関するものは何も置いてないからね」
それだけ話すと、夏彦はそのまま座ってアイスクリームを食べはじめた。
「月見ちゃんも食べないと、そのまま溶けちゃうよ」
「い、いただきます」
甘い、冷たい、美味しい。
そんなありふれた言葉しか出てこないけれど、彼に伝えてみても大丈夫だろうか。
「あ、あの、」
「どうかした?もしかして、あんまり美味しくなかったとか…」
「そうじゃなくて、美味しいです。ただ、今更ながら気になったことがあって…」
「気になったこと?」
「このお店、どうして『ハイドランジア』って名前なんですか?」
夏彦はふっと笑うと、残っていたアイスクリームを食べきってから教えてくれた。
「紫陽花って温度とか土によって色が変わるから、ちょっと洋服っぽいなって思ったんだ。
人によって似合う服って違うでしょ?だから、色とりどりの笑顔でいっぱいになるお店にしたくてつけたんだよ」
「素敵な話、ですね」
「そうかな?春人たちにはロマンチックすぎとか言われたんだけど…ありがとう」
初めてのアイスクリームをあっという間に食べ終わり、他にできることはないか訊こうとした瞬間にちょっとした事件がおきた。
「なっちゃん、入るよ?」
「ちょ、今はまだ人と話を、」
聞こえてきたのは女性の声。
誰も来ないと言われていた扉は、あっという間に開かれてしまった。
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