裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
23 / 385
春人ルート

第11話

しおりを挟む
翌日、早朝から料理をしているけれど家の中に人の気配がない。
「…お願い、蕀さんたち」
自分に傷がつくのは気にしない。
私の体なんてどうでもいい…ただ、もし春人がいないなら何か力になりたいと思った。
「……いない」
人の気配そのものが感じられないということは、恐らく今この家にいるのは私だけだ。
「……片づけないと」
私の蕀は誰も傷つけない。…私が望まない限りは。
ただし、手のひらや指先から出す形になるのでどうしても自分の怪我だけは避けられないのだ。
「…おはようラビ、チェリー」
急いで止血してふたりの頭を撫でる。
朝食の支度をして掃除をして、それから少し寂しくなってしまった。
勝手に人様の家で色々なことをするわけにもいかず、ラビとチェリーを抱きしめる。
うつらうつらしていると、頭上から誰かの声が聞こえた。
「ここで寝たら風邪を引くよ」
「ん……」
「こんな早くから起きてるなんて、完璧予想外だった」
「春人…?」
「ごめん、起こした?」
体を起こしてじっと見つめると、声の主はやっぱり春人だった。
「ご飯の準備ができたので、」
「その前にちゃんと消毒した方がいい」
「え…?」
一瞬何の話か分からなかった。
ただ、彼の視線が私の手に注がれていることでようやく事態を把握する。
「ごめんなさい、汚すつもりはなかったんです…」
「そうじゃなくて、怪我をしたらちゃんと手当てした方がいいって話。止血だけだと心もとないから、せめて消毒はした方がいい。
この子たちは汚れてないし、君の傷口が開いていること以外は怒ってるわけでもないから」
つまり、私のせいで不愉快な思いをさせてしまっている…?
〈あんたなんか目障りなの!〉
また嫌な言葉を思い出して、目の前が真っ暗になっていく。
もしも要らないと言われてしまったらどうしよう、もしもここから出ていけと言われたら…。
「…月見、終わったよ」
「ありがとう、ございます」
不安に思っていたものの、春人は不満ひとつ言わずに丁寧に手当てをしてくれた。
私なんかの為に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「…君が罪悪感を覚える必要はない。何も悪いことはしてないんだから」
どうしてすぐに見抜かれてしまうのか。
感情を顔に出さないようにするのは得意なはずなのに、何故か春人には見抜かれてしまう。
それだけ人を観察しているということなのか、私が分かりやすいのか。
どのみち、ただお礼を言うことしかできなかった。
「またご飯作ってくれたの?どうしていつもこんなに丁寧にやってくれるのか…」
「食事は、大切だと思います」
「そうかもしれない。…独りになってからは考えないようにしてたけど」
今の言葉の意味を理解したい。
…もう少し彼を知ることができれば、分かるようになるのかな。
しおりを挟む

処理中です...