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春人ルート
第41話
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「そのブローチ、樹脂で固めてあるみたいだね」
いつの間にか後ろに立っていた春人はそう呟く。
「こういうとき、女の子に言うのはその言葉じゃないと思う」
「それもそうですね。…似合っていると思います」
「えっと、ありがとうございます」
雪乃に促されるようにして言葉を告げる春人は、いつもと様子が違うような気がする。
瞳に翳りがあるし、どこかうわの空だ。
「欲しいものは買えたので、そろそろ行きましょうか」
「え、あ、はい…」
なんだかそわそわして落ち着かない。
春人は手を握ってずっと引っ張ってくれたけれど、やっぱりどこかいつもとは違うような気がした。
「それ、綺麗だね」
「いただいたんです。店員さん、だと思うんですけど…」
「…ごめん」
「どうして謝るんですか?」
「もう少しどこかお店に立ち寄ればよかったと思っていたんだ」
買った花束を丁寧に置きながら、俯きがちに話しはじめる。
「もっと色々な店に入るつもりだったのに、いつもの癖でつい花屋に直行しちゃったから…。
本当に悪いことをした。本屋にでも立ち寄ろうと思っていたのに」
「謝らないでください。私は、その…楽しかったので」
町に出るなんて、昔の私では考えられなかった。
こうして自由に過ごす時間があって衣食住に困らないだけで充分ありがたい。
「そのお花は、どなたかに渡すんですか?」
「うん。毎年欠かさず会いに行っている人がいるんだ。
今年もその人のところに行くだけ。他のみんなとの約束前にね」
「…想いが伝わるといいですね」
「ありがとう。…もう会えないけど、そうなればいいと思ってる」
会えないのに、毎年欠かさず花束を贈る…それはどういうことだろう。
春人ははっとしたようになんでもないと言ったけれど、そういう感じではない。
ラビとチェリーを抱きしめながら、悲哀に満ちた彼の様子を少し離れた場所で窺っていた。
「…ご飯、できました」
「ありがとう。…いただきます」
どうしてこの人はこんなにも寂しげな表情をしているのだろう。
その答えは、きっとこの前少しだけ読んでしまった報告書の中にある。
ただ、人が見られたくないと思っているものを勝手に開ける勇気はない。
「…君は食べないの?」
「いえ。いただきます」
新しい定位置にいるラビとチェリーを見つめながら、ぐるぐると考えてしまう。
訊いてしまってもいいのか分からないまま食べたご飯の味がどうだったか、全く思い出せない。
「…それ、弾いてみる」
「え…?」
「調律はしてあるし、好きなようにやってみればいい」
「えっと…」
やり方が分からない私は、ただその場で呆然と立ち尽くす。
そうしていると、春人が黒い蓋を開けた。
「そこで座ってて。…何かは弾けるはずだから」
いつの間にか後ろに立っていた春人はそう呟く。
「こういうとき、女の子に言うのはその言葉じゃないと思う」
「それもそうですね。…似合っていると思います」
「えっと、ありがとうございます」
雪乃に促されるようにして言葉を告げる春人は、いつもと様子が違うような気がする。
瞳に翳りがあるし、どこかうわの空だ。
「欲しいものは買えたので、そろそろ行きましょうか」
「え、あ、はい…」
なんだかそわそわして落ち着かない。
春人は手を握ってずっと引っ張ってくれたけれど、やっぱりどこかいつもとは違うような気がした。
「それ、綺麗だね」
「いただいたんです。店員さん、だと思うんですけど…」
「…ごめん」
「どうして謝るんですか?」
「もう少しどこかお店に立ち寄ればよかったと思っていたんだ」
買った花束を丁寧に置きながら、俯きがちに話しはじめる。
「もっと色々な店に入るつもりだったのに、いつもの癖でつい花屋に直行しちゃったから…。
本当に悪いことをした。本屋にでも立ち寄ろうと思っていたのに」
「謝らないでください。私は、その…楽しかったので」
町に出るなんて、昔の私では考えられなかった。
こうして自由に過ごす時間があって衣食住に困らないだけで充分ありがたい。
「そのお花は、どなたかに渡すんですか?」
「うん。毎年欠かさず会いに行っている人がいるんだ。
今年もその人のところに行くだけ。他のみんなとの約束前にね」
「…想いが伝わるといいですね」
「ありがとう。…もう会えないけど、そうなればいいと思ってる」
会えないのに、毎年欠かさず花束を贈る…それはどういうことだろう。
春人ははっとしたようになんでもないと言ったけれど、そういう感じではない。
ラビとチェリーを抱きしめながら、悲哀に満ちた彼の様子を少し離れた場所で窺っていた。
「…ご飯、できました」
「ありがとう。…いただきます」
どうしてこの人はこんなにも寂しげな表情をしているのだろう。
その答えは、きっとこの前少しだけ読んでしまった報告書の中にある。
ただ、人が見られたくないと思っているものを勝手に開ける勇気はない。
「…君は食べないの?」
「いえ。いただきます」
新しい定位置にいるラビとチェリーを見つめながら、ぐるぐると考えてしまう。
訊いてしまってもいいのか分からないまま食べたご飯の味がどうだったか、全く思い出せない。
「…それ、弾いてみる」
「え…?」
「調律はしてあるし、好きなようにやってみればいい」
「えっと…」
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そうしていると、春人が黒い蓋を開けた。
「そこで座ってて。…何かは弾けるはずだから」
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