裏世界の蕀姫

黒蝶

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春人ルート

第42話

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次の瞬間、春人は白と黒でできているそれを指で操りはじめた。
一体どうなったらこんなに綺麗な音が出るんだろう。
聴いたことがないような旋律がならんでいき、心のざわめきが止まらない。
「…とまあ、これくらいしか弾けないんだけど、楽しんでもらえた?」
「すごいです!こんな音が出るなんて知りませんでした」
わくわくともどきどきとも違う、言葉では表現できないような感情。
人はこれを何と呼ぶのだろう。
「…そんなに感情を大きく出してもらえたの、今が初めてかもしれない」
「え、あ、ごめんなさい。なんというか、その…胸が、いっぱいです」
「喜んでもらえたならそれでいい」
春人は笑っているけれどやっぱり寂しそうで、理由を尋ねてみることにした。
「あ、あの…どうして、悲しそうなんですか?」
「そんなふうに見えた?」
「…はい。花束の話をしているときも今も、寂しそうに見えます」
「君は本当に人のことをしっかり見てるよね」
「ご、ごめんなさ、」
「別に嫌だと思ってる訳じゃなくて、俺にはそんな目がなかったから羨ましいと思ってるだけ」
彼はラビを抱えて、私と向かい合うように椅子に腰かける。
「つまらない話だけど、それでよければ話すよ。途中で無理だと思ったらすぐ言って」
「…分かりました」
今は最後まで聞きたいと思っているけれど、この先どうなるか分からない。
ただ、人に言いたくないほど辛い経験をしてきたのだろうということは分かる。
「…俺が君と似た様な環境で育ったっていう話はしたよね?」
「…はい」
「俺にはこの子がいたから頑張れた。どんな理不尽な暴力にも、ご飯が食べられなくても…とにかくどんなことにも耐えられたんだ。
だけどある日、家に見知らぬ人が沢山入ってきた。そのなかのひとりがあの人…春海さんだったんだ」
春人は虚ろな瞳で真っ直ぐ上を見ている。
けれど、その春海さんという人が【あの人】なら、どうして花束を渡すことができないんだろう。
「あの人は本当にすごい人だった。俺みたいなのに名前をくれて、家に置いてくれたんだ。
帰りたくない、痛いのはもう嫌だって話したら引き取ってくれた」
「優しい人、なんですね」
「とにかく差別しない人で、ご飯を食べさせてくれたり諸事情あって家がない人たちを招き入れたり…居心地がいい場所を作ってくれた。
本当に優しい人だったよ」
彼は黒柿色の髪をかきあげながら、優しい人だったと口にする。
だったということは、今はそうではないのか。
或いは、もしかするとその人はもう…。
「だけど、幸せって長く続くものじゃない。よく知っていたはずなのに、そのときの俺はすっかり忘れていたんだ」
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