王に振られた公爵令嬢は王の側近に拾われる

空田かや

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50 記憶

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その男の視線を、実を欲したからだと勘違い
したスピナは、嬉しそうに言った。

「おひとつ…召し上がります?」

男は食べたくなかったが、スピナの期待に
満ちた瞳で見つめられ、断れずに実を一つ取り
口に入れる。

「……酸っぱいな………。」

かつて、王もそんな事を言ったとスピナは思った。

「あの、よろしければ中へ……。」

ここでバスケットを持ちながら、立ち話を
するよりも、男を家の中へ案内しようと
ドアを開ける。

──男は、すぐにドアを押して、開きかけた
戸を静かに閉める。

「…あまりにも、無用心ではないですか?
私が悪い人だったら、あなたはどうする?」

そう言われて、スピナはバスケットを
持っていた手を滑らせる。

すると小さな赤い実が、パラパラと地面に散らばった。
その光景を見て、スピナの昔の記憶が甦る。

確か、木から落ち、王に助けられ、一緒に横になり……。
そして、その日は何かとても嫌な事があった……。
それは何だったか…。

男は、魔術で瞬時に、実をバスケットへ戻す。

「私を家の中に入れる必要はない。
話はすぐ済む……。」

そう言うと、スピナの前に布の袋を差し出した。

「──以前渡そうと…。
いや、あなたに渡してくれと人から頼まれた。
開けてみてください。」

スピナは、バスケットを下に置き
戸惑いながらも袋を開ける。

そこにはスピナが以前、牧場管理費を得ようと
宝石店に行き、二束三文で買い取って
もらったはずの、母の形見の品があった。

指輪、首飾り、髪飾り…。

「………どこでこれを?」

スピナは驚く。

スピナは、もう二度と触れる事ができないと
思っていた母の形見を愛しそうに見つめる…。

「私は、あなたの古い友人という人から
預かっただけの事。
買い戻したそうだ。
王の助けがあるなら、もうこれからは
大切なものを、手放さないでください。」

ふと、男はスピナの頭についている髪飾りに
目を留める。

「綺麗な…髪飾りですね。」

「ありがとうございます…。これを着けると
楽しい気持ちになるから、夜会でもないのに
いつも着けてるの…。
可笑しいでしょう……?」

スピナは、かっちりとは結っていないまとめ髪
に刺してある、真珠の髪飾りに触れながら
言った。
その真珠の髪飾りは、かつてスピナが
王の茶会に出席した時に着けていたものだった。

男は当時の記憶を手繰たぐっていた…。


ハッとし、すぐに男は現実に戻る。

「───では、私は失礼する。」

帰りかけて、男は言った。

「あと、これを……。」

そう言って書物を一冊、スピナに渡す。
スピナは渡された書物に目をやる。

その書物の表紙には
『性生活の謎? 匠の技を伝授☆2』
と書かれてあった。

突然渡された卑猥な書物に、スピナは顔を赤くする。

「……!なっ何ですか…この…このようなものを………!」

男はスピナの反応に、くすりと笑った。

「いえ…外国を旅している時、書を扱う店に入った。
母国の言葉で印字されている書物を見つけ
懐かしくなって、手に取ったらそれだった…。
二巻も出ているのか…と驚愕しました………。」

男は、形のいい手を顎のあたりに置きながら
スピナの動揺を隠せない顔を、楽しそうに見つめる。

「……形見の品は、送ればよかっただけの事。
直接でなくてよかった。
ただ、この書物を渡した時の
あなたの顔が見たくなって、居ても立っても
いられず、すぐに帰国してしまった…。
その顔を見る事が出来たので、私は満足です。
……元気そうでよかった。
王とその書物を役立ててください。
王と仲良く…。では。」


そう言うと、足早に馬車へと向かう。

スピナは書物のページをペラペラとめくった。

この書物の一巻の記憶は確かにある…。

熱心に勉強した記憶も…。

誰の為にだったか───。

月明かりで美しく…この書物の一巻を……
…読んでいた男……。

────────!!!

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