女嫌いの死に急ぎ公爵が唯一愛した人は、呪いで犬の姿に変えられた余命100年のエルフでした。

あまやどんぐり

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3.シャルロット

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 エルフの寿命は1000年――余裕のある人生に、穏やかな性格が多いとされる。妖精とは旧知の仲で、木々や草花の緑を共に守り、唯一その息吹の恩恵を受けることができる種族。

 そして、エルフの女性の中でも選ばれた者だけが、聖女に仕えることができるとされている。

 聖女に仕えることは、神に仕えることと同じとされていて、エルフの女性が憧れる高貴な身分であった。
 但し、純潔でなければいけないという条件付きである。――が、元々理性的で、性欲の弱いエルフにとっては苦でもない条件のため、それ故に競争が激しいことで有名だった。

 先々代の聖女からの強い推薦で従者となることになったシャルロット――現在、266歳の彼女は、他のエルフの女達から疎まれる存在であった。
 聖女となる女性は、種族は人で、エルフよりも遥かに寿命が短い。
 100年に一人といった形で、代替わりをするのが常であるが、先々代は寿命が短く70歳手前で人生を終えた。

 シャルロットは、人間のその短い命が儚く、尊い存在だと慈しみの想いを抱いていた。

 先々代の聖女は、そんなシャルロットの優しさに惚れて従者にと推薦し、加護を与えた。
 聖女の加護は、一人の存在にのみ許されたもので、その加護を受けたものは願いを一つだけ叶えることができると言われている。

 エルフでは、シャルロットが唯一その加護を受けた女性で、何の苦労もなく立場も願いも確立された彼女を妬むには、充分な理由であった。

 穏やかな性格が多いとされる種族でありながら、シャルロットは他のエルフの女達から冷遇されていた。
 大した魔法も使えない癖にと難癖を付けられて、聖域内の洗濯物を全て任される。
 シャルロットは純潔ではないと嘘の情報が噂されると、体の隅々を検査される。そんな辱めも受けた。

 どうしたら、こんな酷なことを思い付くのかと不思議に思うくらい、シャルロットに嫌がらせを繰り返す彼女達から「嫌なら従者を辞めてしまえばいい」と吐き捨てられるが、シャルロットはそうしたくはなかった。それには、理由があった。

 尊い人間に仕えることが幸せなシャルロットにとって、今の身分は最高で、人生を終えるまでこの役目を全うしたいと、それが彼女の願いであったから。

 それに、シャルロットに残された寿命は100年であった。

 今の年齢から数えてもエルフの寿命の1000年に満たない、その原因は彼女の能力にあった。

 緑の息吹の恩恵――それは、魔法と呼ばれる能力のことで、同族の中でもそれぞれが異なる能力を持っているのだが、シャルロットの能力は【治癒能力】で、それも治癒の度合いによって寿命を削るという少々厄介な能力であった。

 何度も言うが、人間を尊く想うシャルロットは、その短い命を大切に想うあまりに、怪我や病気で苦しむ人間を見るとその能力を使って何人、何十人、何百人と人間を助けて来た。

 人々に希望や光を与える聖女を見習った厚意で、シャルロットはそれで命を削っても悔いはなかった。
 だから、残りの100年も聖女に仕えて己のエルフ人生に幕を下ろす。

 ――そのつもりだった。

「貴女をここから消す方法を見つけたわ」

 束縛の能力を持つエルフに、両手両足を拘束されたシャルロットは、今までにない嫌がらせを受けるのだと予測できる状況に、青ざめていた。

「……消す?」

 どこから?ここから?この世から?
 シャルロットの前に立ち、拘束される姿を見つめて口の端を上げて穏やかではない表情を見せる数人の同族女性を、眉を顰めて見ると、リーダー格の女が言った。

「面白い呪いを見つけたの」

 呪い、その言葉に背中にぞくりと悪寒が走った。

 呪いを作るのは容易い。その呪いを作るために、必要な命や血を捧げればいいだけのこと。つまり、目の前の女は、誰かの命や血を奪ったということだ。シャルロットに嫌がらせをするためだけに。

 女は、鎖のついたネームプレートを手に持って、シャルロットに見せつけた。そこには、シャルロットの名が刻まれている。

「これを貴女の首に付けると、犬の姿に変わるのよ」

 何がそんなに楽しいのか、ケラケラと笑い始めた女が魔女に見えた。

「どの犬種になるかは知らないけど、エルフではない貴女はもう、ここにはいられない」

「それとも、私達の可愛いペットとして一生暮らす? どっちがいい?」

 別の女が思い付いたことを発言すると、他の女達が「それもいいわね!」とキャッキャッと盛り上がっていた。

「……や、やめ……んう!」

 放っておいても、後100年もすればいなくなる。それを教えてあげようと口を開いた瞬間、口も束縛の能力によって塞がれてしまった。

「私達からのお別れのプレゼントよ。有難く受け取ってね」

 首にネームプレートを付けられると、黒い煙が床から噴き出して、シャルロットを包んだ。煙の中で、赤い鎖が体中に巻き付いて、身動きの取れないようにされると、きつく縛り付ける痛みに呻き声を上げた。

 視界も暗くなって、彼女達の笑い声が頭に響くと、頭の中で脳がグラグラと何かに揺らされている感覚に、吐き気が込み上げた。

 胃から上がってくる液体を、我慢できずに吐き出した。
 げほげほと咳込んで、四つん這いになって、床に吐いたものが目に入ると「まあ可愛らしいこと」と頭上からの声に顔を上げると、シャルロットを見下ろして嘲笑う女達の姿が、やけに大きく見える。

 なんだか、おかしい光景に、もう一度床に視線を移すと、見える自分の手が、ふわふわとした毛に覆われている動物の前足であることに気が付いた。

(……! 本当に犬の姿に変わってしまったの?!)

 手のひらを見ようとして片足を上げて裏返すと、そこにはピンクの触り心地の良さそうな肉球が存在している。
 首を捻って体を見ると、全身クリーム色の毛に覆われていた。

(私の……私の、残りの人生が……犬?)

 慌てふためくシャルロットの姿を眺めて、腹を抱えて涙を浮かべながら高笑いをする女達、その光景を制止するように、聖域に警報が鳴り響いた。侵入者を知らせる警報だった。

 犬に変わったシャルロットを、侵入者として認知したのだ。

 聖域の守護者は、狼で、吠えながらこちらに向かってくるその姿は今のシャルロットにとっては狂暴でしかなく、犬の本能なのか、全身が恐怖で震えた。

(や、やだ……!)

 このままでは侵入者として排除される。
 恐怖で竦む足をどうにか踏ん張って動かすと、4本の足で歩いたことなんてないシャルロットは、足が縺れて転んでしまった。
 コロコロと丸い体が転がると、毛で覆われているおかげか、大して痛みを感じなかった。
 だけどそうこうしている内に、近付いてくる狼の声がシャルロットを震え上がらせた。

「キャン! キャン!」

 可愛らしい鳴き声を聞かせても、止まってくれない狼と、その光景を見て笑いを止められない女達の異様な光景から、必死に足を動かして逃げた。

 迫りくる恐怖が、怖くて怖くて堪らなかった。
 こんな形でここを去ることになるなんて、エルフ人生を終えることになるなんて、悔しくて悲しくて溢れる涙が視界をぼやけさせたせいで、目の前の危機なんて把握していなかった。

 転がるように走るシャルロットの前足が、小石につまづいて、勢いよく飛んだ。地面が遠ざかって、宙を回転するように飛ぶと、胃が引っくり返ったような感覚に襲われる。

 地面に叩きつけられる。その衝撃に備えたいのに、体をどう動かせばいいのかわからず、手足をじたばたと動かした。

 そして、そのまま、飛んだ先にあった湖に落ちた。



 ――聖域の湖は、ワープゲートとなっていて、他の地域の湖と繋がっている。頭に浮かべた先の湖に移動することができる優れものだが、そこから這い上がるのは自分自身の力でないといけなかった。

 湖に落ちる前にじたばたと動かしていた手足のおかげで、シャルロットは人生初の"犬かき"で難なく湖から這い出ることに成功した。

 辿り着いた先は、エルフの森近くの湖だった。

 びっしょりと濡れた毛に、体が冷たくて寒いと感じると、自然と体が大きく震えて水気を飛び散らせた。だけど、まだ濡れたままの体はとても寒い。

 もうすぐ日が暮れそうな空の色に、途方に暮れるしかない心に冷たい風が吹いた。

「クゥン……」

 思わず出る鳴き声は、可愛らしい動物のそれであった。
 犬の姿で、どうやって生きていけばいいのか……。

(……お腹が空いた)

 空腹を満たすには、どうすればいいのかわからない。

(とりあえず、安全な場所に移動して、それから考えよう……)

 ゆっくりと前足と後ろ足を交互に出して、歩いてみた。
 こんな近くで地面を見たことなんてない、と呑気な考えを巡らせながら、エルフの森を目指した。

 そして辿り着いたエルフの森――そこは、シャルロットが度々精気を吸いに訪れる場所。
 低い目線で見る景色が、見慣れたものを見慣れないものに変えて不思議だった。柔らかい光も、反射して輝く雫も、心地良くさせる鈴のような音も、何も変わらない中で、自分の姿だけが違う。妖精達の姿も、見えなかった。犬の姿だから、妖精達も隠れてしまったのだろうか……。

 しょんぼりとしながら歩いていると、木の根っこの部分にある穴を見つけた。空腹を感じながらも、シャルロットはここに辿り着いて緊張が解かれると、疲労を感じて重くなる体を横たわらせたくて仕方なかった。
 布団代わりにするための草を噛みちぎって、その穴の中に運び込んだ。何度も往復して完成したベッドに体を丸めて寝転ぶと、すぐに瞼を閉じた。

「キュン……」

 シャルロットは、震える体を包む暖かい布団を恋しく感じながら、眠りに落ちた。
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