三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む ― Dragon Heart ―

入鹿なつ

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第1章 いざないの風

4 二人目の男

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 突然響いた声に、その場の全員が同時に振り向いた。
 騎竜兵たちがいるのとは、エフィミアを挟んで反対側。いつからそこいにたのか、若い男がひとり、木にもたれて立っていた。

「軍人ともあろう者が女性に乱暴とは、感心しないな」

 男は木から体を浮かせると、こちらへと歩み寄ってきた。

「指揮官が無能なのか、それともその上にいる者がおろかなのか……わたしに言わせれば、どちらもあまり変わりはないけれど」

 エフィミアは上体だけを起こした格好で、そのあまりにも風変わりな男をぽかんとして見た。

 どう見てもこの辺りの者ではない。少なくとも、そこらの村に住んでいる者ではないだろう。深い青の生地に金糸をあしらった、丈長く上等そうな上着がそれを物語っている。長い足で上着の裾をひるがえしながら歩くさまは優雅で、見るものを引きつけた。

 しかし、エフィミアの目を引いたのはそれらではなかった。

 彼が身につけているものではなく、彼の体の一部。肩の辺りで切りそろえられた髪の色だった。それは日の光を照り返す白銀――雪の白だった。エフィミアは朝起きると窓の外が銀世界になっていたときの感動を、にわかに思い出した。

 隊の指揮官である赤毛の男は警戒心もあらわに、白髪の男の行く手に立ちはだかった。

「失礼を承知でおたずねするが、あなたはどちらかの公家の方か?」

 白髪の男は歩みをゆるめることなく、くすりと笑んだ。

「わたしはただの通りすがりだ。そんな身分のあるような者ではないよ」

 赤毛の軍人は、横を素通りしていく白銀を訝しむ瞳で追った。だが、白髪の男がそれを気にとめるようすはない。彼はまっすぐエフィミアのもとへ歩いてきて、彼女の正面へと割り込んだ。

「どいてくれるか」

 男の声は穏やかだったが、否とは言わせない響きをはらんでいた。エフィミアを捕らえていたウィルは暗示にかかったように、無言のまま彼に従った。

 ウィルと場所を入れ替わった白髪の男は、地面に屈んでエフィミアと目線を合わせた。淡い翡翠色の目が、穏やかに細められる。呆然としていたエフィミアだったが、自身のあられもない姿を思い出し、慌てて両腕を体の前で交差した。

 羞恥で顔を赤くするエフィミアに、白髪の男は柔らかにほほ笑んだ。

「かわいそうに、怖かっただろう」

 哀れむ囁きと共に彼は手を伸ばし、腹の辺りまでずり下がったエフィミアの下着をそっとつかんだ。

 恥じらう両手をゆるやかに押しやりながら、下着があるべき位置へと戻される。その途中で納まりを確かめるようにてのひらで膨らみを押さえられたが、エフィミアの中で羞恥はあっても不思議と嫌悪はわかなかった。

 それよりも、繊細な手つきで紐を結び直す動きに鼓動が速くなった。襟の釦を留めるときに彼の指先が喉元をかすめただけで、心臓がどきりと跳ね上がる。覚えのない感覚に、エフィミアの脳内が軽い混乱をきたした。

 白髪の男は手をとってエフィミアを立たせると、彼女の服についていた泥や木の葉を払い落とした。汚れがあらかた落ちたのを確認して、彼は満足そうに笑んだ。

「これでいい」
「……ありがとう」

 初めての感覚に対する戸惑いから、エフィミアは少しぼんやりしながらお礼を言った。そして次に聞こえた剣呑な声に、やっと自分の置かれている状況を思い出した。

「申し訳ないが、勝手なことはしないでもらいたい」

 白髪の男は口元に笑みを残したまま、視線だけを声の方へ向けた。エフィミアもさそわれるようにそちらを見る。

 嵐の色の瞳が、鋭くこちらを睨んでいた。

「それは、邪魔をするなと言っているのかな」

 この一言で、周辺の気温が確実に二度は下がったとエフィミアは思った。
 赤毛の軍人は帽子のつばに手をやった。

「分かっているのなら話は早い。牢に入れられたくなければ早急にここを立ち去れ」

 白髪の男は、体ごと赤毛の男と向かい合った。

「君にわたしを捕まえられるのかい」
「仕事だからな。理由も、任務を妨害された、あるいは王を侮辱したと言えば充分だ」
「後者は冤罪だな。わたしは君が無能か、その上の者がおろかだと言っただけだよ」

 わざと不機嫌な声で返し、白髪の男は肩をすくめる。それが軍人の気に障ったらしく、責める声が一段低くなった。

「わたしの上には王しかおられない。わたしが従うのはあの方だけだ」

 赤毛の男は真剣な面差しで言った。

 とても対照的な二人だと、エフィミアは思った。見た目だけ比べても、同じ美丈夫でもそれぞれに系統が異なっている。赤毛の男の方は几帳面に整った印象が強いのに対し、白髪の男の方は柔和な美しさを持っていた。

 なにより違うのは、二人の持つ雰囲気だ。赤毛の方は――軍人だからかもしれないが――抜き身の刃物のように触れがたい鋭さを、白髪の方は空気のようなつかみ所のなさを感じさせた。

 白髪の男はおかしそうにくすくすと笑い声をたてた。

「忠誠心が厚いんだな。今の王――ルーファンスといったか。君がなぜ彼にこだわるかは知らないけれど……彼は愚王だ」

 瞬間、軍人の瞳が怒りに燃えた。

「あの方は即位されてまだ間がない。なぜ貴様にそれが分かる」

 白髪の男はひるまなかった。

「彼はおろかだ。先代はとても頭のいい人だったのに。人の一生は短すぎると、こういうときには思わずにいられない。怒るということは君もうすうす感じているんだろう。ルーファンスは王の器ではない。竜王を手に入れようとする行為がそれを物語っている」

 鈍色の瞳がハッとみはられ、翡翠色の瞳と交差した。

「なぜそれを……」
「さて、なぜだろう」

 白髪の男の笑みからは、やはり感情が読めなかった。
 剣呑さを増した赤毛の男の手が、ゆっくりと腰の剣と伸ばされた。軍人はことさら低く言った。

「貴様、なに者だ」
「さっき言ったはずだ。ただの通りすがりだと」
「では質問を変えよう――竜王を知っているのか」

 白髪の男は、笑みを深めた。

「知っている、と言ったら?」

 赤毛の男の手元で、剣の柄が鳴った。

「居場所を聞き出すまでだ。その情報を得た経路でも構わない」

 白髪の男は笑みを消すと、いくらか憂えて言った。

「そんなことを訊いてどうする。悪いことは言わない。竜王に手を出すな。人の命は短いが、かといって千年は出過ぎたものでしかない。得たところでいずれ自ら命を絶つことになるだけだ」

 赤毛の男は一瞬瞳をさまよわせたが、あとには引かなかった。

「それでも、わたしは……」
「王の――ルーファンスのために?」

 白髪の男の一言に、軍人は迷いを断ち切るように目を見開いた。耳障りな音をさせて抜き放たれた銀の剣が、まっすぐ目の前の男に突きつけられる。二人のやりとりをはらはらしながら傍観していたエフィミアは、思わず大きく息を吸いこんだ。

 軍人の、低くはっきりした声が響き渡った。

「総員、速やかにこの男を捕らえ、直ちに王宮へと連行せよ。そちらの女も一緒にだ」
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