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第1章 いざないの風
6 帰路
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そろそろ村の明かりが見えてくるだろう頃だった。
隣を歩いていた男が、ふと足をとめた。
不審に思ったエフィミアは、白い髪が月光に照らされてぼんやりと浮かんで見える男の顔を見上げた。
辺りはすっかり夜となっていて、月明かりだけが頼りとなっていた。
「どうかした?」
首を傾けるエフィミアを、男は見返した。
「エフィというのは君の名前かい?」
「そうだけど、どうして?」
軽く目を瞠りながらエフィミアが訊くと、男は正面を向いた。
「誰かが迎えにきたようだ」
彼に言われて、エフィミアも正面を向く。すぐに、彼女の耳にも自分を呼ぶ声が届いた。
「エフィー!」
よく知った声に、エフィミアは口元に手をあてた。
「カイルの声だわ」
「友達かい?」
「ええ、幼馴染みなの。でも、なんで彼が探しにくるのよ」
「それはやっぱり、君のことが心配だったんだろう」
エフィミアは横目でちらりと男を見た。
「年下よ」
「それはあまり関係ないさ。そんなことより、呼んであげた方がいいんじゃないかい。彼、違う方向へ行ってしまうよ」
彼の言葉はその通りで、エフィミアは情けなくて大きなため息を吐き出した。
「しょうがないわね。カイルー、こっちよー!」
声を張り上げると呼ぶ声はやみ、ほどなく正面から藪を乱暴に掻き分ける音がして人影が現れた。
「エフィ!」
現れた栗色の髪の少年は、いかもにほっとしたようすで駆け寄ってきた。
「探したよ、こんなところにいたのか」
エフィミアは腰に手をあてて、わずかしか身長の違わない幼馴染みを軽く睨めつけた。
「あんたに心配されるほど、落ちちゃいないわよ」
カイルはむっと眉を寄せた。
「誰がお前が心配で探したなんて言ったよ。心配しているのはおれじゃなくて、おばさん。おばさんが心配だって言うから、わざわざ探しにきたんじゃないか」
「あっそ」
エフィミアの隣で、くすくすと笑う声が聞こえた。
(カイルのせいで笑われちゃったじゃない)
エフィミアが機嫌を損ねていると、男はカイルに歩み寄って、抱えていた薬草の籠を手渡した。渡されたカイルは、きょとんとして長身の男を見上げている。
「君も男なら、ちゃんと彼女を家まで送り届けてくれよ」
一言だけカイルに言って、男はくるりときびすを返した。
「もう行くの?」
エフィミアがさびしさから声を出すと、男は安心させるようにほほ笑んだ。
「彼がいれば大丈夫だろう」
「村までこればいいじゃない。今日のお礼もしたいし」
「お礼になにかしてもらうようなことはしていない」
「そんな……」
男はほほ笑んだままエフィミアの肩に手を置いた。
「大丈夫、また会えるから」
そう言って彼はエフィミアの肩から手を放し、もときた道を戻り始めた。
「待って」
エフィミアが思わず呼びとめると、男は肩越しに振り返った。
「まだなにか?」
「えっと、その……あたし、エフィって呼ばれているけど、本当はエフィミア・リードっていうの。それで、あなたの名前も教えて。無理にとは言わないけど……」
常では考えられないほどに、エフィミアの胸ははげしく鼓動していた。少しでも長く彼をここに留まらせたいがための問いだったが、言ってみてから訊いてよかったとエフィミアは思った。
男は一瞬の間のあとにふと笑んだ。
「わたしはナーガ。それではまた会おう、エフィ」
エフィと呼ばれた刹那、エフィミアの顔は熱くなり、心臓は二倍速で早鐘打った。産まれてからずっと呼ばれ続けている名前なのに、彼が穏やかに発音すると、自分の名前ではないような気がする。
ナーガは改めてきびすを返すと、今度こそ茂る木々の間に消えていき、エフィミアはその姿が見えなくなるまで見送った。
「あの男、誰だ?」
「え?」
エフィミアはぼんやりとしていて、真横でカイルが言ったことをあまり聞いていなかった。
「なにか言った?」
エフィミアが見やると、カイルは不機嫌な顔で男の歩み去った方を見ていた。そういえば、声もいつもより低かった気がする。
「あいつ誰だよ。なんでエフィはあいつといたんだ?」
「あいつって、ナーガのこと?」
「ほかに誰がいるんだよ」
視線を正面に戻すと、エフィミアの表情は自然にゆるんだ。
「昼間ちょっとね。彼のこと気になる?」
「そうじゃないけど……ああいうきざな男って、なんか気に食わない」
エフィミアは腰を曲げて、カイルの顔を下から覗きこんだ。
「もしかして、妬いてる?」
カイルの顔がさっと赤くなり、むきになって怒鳴った。
「ばかっ。そんなわけないだろうが。誰がお前みたいな気の強いやつ――」
「分かった、分かった。照れない、照れない」
エフィミアはカイルの肩をぽんぽんと叩いた。
カイルはむっと口を引き結ぶと、くるりと向きを変えて村の方向へさっさと歩き出してしまった。
「ちょっと、待ちなさいよ」
エフィミアがカイルにすぐさま追いつくと、彼は低く呟いた。
「おれは、おしとやかなのが好みなんだ」
「誰もあなたに好かれたいなんて思ってないわ。それに、年下の分際で偉そうに女の好みを語るんじゃないわよ」
エフィミアの反論に、カイルはますますへそを曲げて拗ねるように口元を尖らせた。
「年下っていっても、ふたつしか違わないだろ」
「ふたつしか違わなくても年下は年下。くやしかったらもっと背を伸ばしなさい」
「くそっ、探しにくるんじゃなかった」
結局、カイルはそのまま黙りこんでしまい、エフィミアを家まで送り届けてさよなら言うまで、むっとしたまま一言もしゃべろうとしなかった。
隣を歩いていた男が、ふと足をとめた。
不審に思ったエフィミアは、白い髪が月光に照らされてぼんやりと浮かんで見える男の顔を見上げた。
辺りはすっかり夜となっていて、月明かりだけが頼りとなっていた。
「どうかした?」
首を傾けるエフィミアを、男は見返した。
「エフィというのは君の名前かい?」
「そうだけど、どうして?」
軽く目を瞠りながらエフィミアが訊くと、男は正面を向いた。
「誰かが迎えにきたようだ」
彼に言われて、エフィミアも正面を向く。すぐに、彼女の耳にも自分を呼ぶ声が届いた。
「エフィー!」
よく知った声に、エフィミアは口元に手をあてた。
「カイルの声だわ」
「友達かい?」
「ええ、幼馴染みなの。でも、なんで彼が探しにくるのよ」
「それはやっぱり、君のことが心配だったんだろう」
エフィミアは横目でちらりと男を見た。
「年下よ」
「それはあまり関係ないさ。そんなことより、呼んであげた方がいいんじゃないかい。彼、違う方向へ行ってしまうよ」
彼の言葉はその通りで、エフィミアは情けなくて大きなため息を吐き出した。
「しょうがないわね。カイルー、こっちよー!」
声を張り上げると呼ぶ声はやみ、ほどなく正面から藪を乱暴に掻き分ける音がして人影が現れた。
「エフィ!」
現れた栗色の髪の少年は、いかもにほっとしたようすで駆け寄ってきた。
「探したよ、こんなところにいたのか」
エフィミアは腰に手をあてて、わずかしか身長の違わない幼馴染みを軽く睨めつけた。
「あんたに心配されるほど、落ちちゃいないわよ」
カイルはむっと眉を寄せた。
「誰がお前が心配で探したなんて言ったよ。心配しているのはおれじゃなくて、おばさん。おばさんが心配だって言うから、わざわざ探しにきたんじゃないか」
「あっそ」
エフィミアの隣で、くすくすと笑う声が聞こえた。
(カイルのせいで笑われちゃったじゃない)
エフィミアが機嫌を損ねていると、男はカイルに歩み寄って、抱えていた薬草の籠を手渡した。渡されたカイルは、きょとんとして長身の男を見上げている。
「君も男なら、ちゃんと彼女を家まで送り届けてくれよ」
一言だけカイルに言って、男はくるりときびすを返した。
「もう行くの?」
エフィミアがさびしさから声を出すと、男は安心させるようにほほ笑んだ。
「彼がいれば大丈夫だろう」
「村までこればいいじゃない。今日のお礼もしたいし」
「お礼になにかしてもらうようなことはしていない」
「そんな……」
男はほほ笑んだままエフィミアの肩に手を置いた。
「大丈夫、また会えるから」
そう言って彼はエフィミアの肩から手を放し、もときた道を戻り始めた。
「待って」
エフィミアが思わず呼びとめると、男は肩越しに振り返った。
「まだなにか?」
「えっと、その……あたし、エフィって呼ばれているけど、本当はエフィミア・リードっていうの。それで、あなたの名前も教えて。無理にとは言わないけど……」
常では考えられないほどに、エフィミアの胸ははげしく鼓動していた。少しでも長く彼をここに留まらせたいがための問いだったが、言ってみてから訊いてよかったとエフィミアは思った。
男は一瞬の間のあとにふと笑んだ。
「わたしはナーガ。それではまた会おう、エフィ」
エフィと呼ばれた刹那、エフィミアの顔は熱くなり、心臓は二倍速で早鐘打った。産まれてからずっと呼ばれ続けている名前なのに、彼が穏やかに発音すると、自分の名前ではないような気がする。
ナーガは改めてきびすを返すと、今度こそ茂る木々の間に消えていき、エフィミアはその姿が見えなくなるまで見送った。
「あの男、誰だ?」
「え?」
エフィミアはぼんやりとしていて、真横でカイルが言ったことをあまり聞いていなかった。
「なにか言った?」
エフィミアが見やると、カイルは不機嫌な顔で男の歩み去った方を見ていた。そういえば、声もいつもより低かった気がする。
「あいつ誰だよ。なんでエフィはあいつといたんだ?」
「あいつって、ナーガのこと?」
「ほかに誰がいるんだよ」
視線を正面に戻すと、エフィミアの表情は自然にゆるんだ。
「昼間ちょっとね。彼のこと気になる?」
「そうじゃないけど……ああいうきざな男って、なんか気に食わない」
エフィミアは腰を曲げて、カイルの顔を下から覗きこんだ。
「もしかして、妬いてる?」
カイルの顔がさっと赤くなり、むきになって怒鳴った。
「ばかっ。そんなわけないだろうが。誰がお前みたいな気の強いやつ――」
「分かった、分かった。照れない、照れない」
エフィミアはカイルの肩をぽんぽんと叩いた。
カイルはむっと口を引き結ぶと、くるりと向きを変えて村の方向へさっさと歩き出してしまった。
「ちょっと、待ちなさいよ」
エフィミアがカイルにすぐさま追いつくと、彼は低く呟いた。
「おれは、おしとやかなのが好みなんだ」
「誰もあなたに好かれたいなんて思ってないわ。それに、年下の分際で偉そうに女の好みを語るんじゃないわよ」
エフィミアの反論に、カイルはますますへそを曲げて拗ねるように口元を尖らせた。
「年下っていっても、ふたつしか違わないだろ」
「ふたつしか違わなくても年下は年下。くやしかったらもっと背を伸ばしなさい」
「くそっ、探しにくるんじゃなかった」
結局、カイルはそのまま黙りこんでしまい、エフィミアを家まで送り届けてさよなら言うまで、むっとしたまま一言もしゃべろうとしなかった。
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