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第1章 いざないの風
8 幼馴染み
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「あたし、彼に会ってくる」
「彼?」
カイルの問いに、エフィミアは視線を別の方向へと向けた。
東の空を仰ぐように顔を上げたエフィミアの視線の先にあるのは、村に覆い被さるようにそびえるルベル山。村に多くの恩恵をもたらし、エフィミアとカイルもこの山を遊び場として育った。
「まさか……昨日の?」
カイルの疑念を帯びた声に、エフィミアは彼へと視線を戻した。年下の少年は信じられないといった顔で、エフィミアを見詰めていた。
「昨日のあいつと――ナーガと会うって言うのか」
エフィミアはこくりと頷いた。するとカイルの顔がさっと赤くなり、怒鳴りつけるように声を荒らげた。
「やめておけ、あんなやつ!」
カイルの態度の急変に、エフィミアは目をぱちくりした。
エフィミアが驚いているのに気づくようすもなく、カイルは怒鳴り続けた。
「あいつは信用できない。あんなどこの誰だかもわからないやつ。だいいち、あんなちゃらちゃらした格好で山の中歩き回ってるなんて、どう考えてもおかしいだろう。おれは、絶対あんなやつ認めない」
カイルの気迫に気圧されてエフィミアは黙っていたが、カイルが言い終わるとともに冷静になり、声を低めて言った。
「信用できるできないは、この際関係ないのよ」
今度はカイルが気圧される番だった。
カイルを見据えるエフィミアの瞳は、カイルが今まで見たことのない色を宿していて、正直彼は戸惑った。同時に、淡々とものを言うエフィミアというものも、彼は初めて見た。
「彼、なんであたしが追われなくちゃならないのかを知っているみたいだった――昨日は結局訊きそびれちゃったけど――だからあたし、もう一度彼に会って訊きたい。あたしがなにに巻き込まれていて、どんな状況に追いこまれているのか。それが分からないと、自分で対処のしようがないもの。あたし、納得もできないまま人の言いなりになるなんて、したくないの」
決意の固いエフィミアの瞳を、カイルは見つめ返した。
カイルの姿の映る、あまりにも見慣れた気の強い胡桃色の瞳。物心ついたころにはすでに彼女はそこにいて、いじわるにからかわれ、優しくなぐさめられ、一緒に笑っていた。
カイルにとってエフィミアは、ときに姉で、ときに母親のように思われた。彼女が近くにいるのが当然で、離れることがあるなど考えたこともなかった。
しかし今、エフィミアはこの村から去ろうとしている。それがカイルに信じられなかった。
カイルは口を引き結んでまばたきすると、素早く捕まえるようにエフィミアの手を握った。
「それじゃあ、おれも一緒に行く」
思いがけない幼馴染みの発言に、エフィミアは仰天した。
「だめよ、そんなの!」
「ひとりでなんか、行かせられるか」
つい声を大きくしたエフィミアにカイルは間髪入れず返し、握る手の力を強くした。それでもエフィミアは首を横に振り、彼の手を引き剥がすために、握られた手にもう一方の手を添えた。
「こんなわけの分からないことに巻き込めない」
「だからこそだろう。一緒にいれば、おれが守ってやれる」
「そんなこと言ったって――」
「おれにだって、エフィを守れる」
反論を遮るようにわめいて、カイルはつかんでいた手を引っ張った。思いがけない力強さにエフィミアがよろめいたところを、引っ張ったのと同じ手で抱きとめられる。そのまま腰と背中に腕を回され、閉じ込めようとでもするようにきつく抱き締められた。
エフィミアは突然のカイルの行為に驚き硬直した。そして抱き締められたことに驚いた自分にも、エフィミアは驚いた。
何年も前の幼かったころならば、大したことのなかったことだ。実際、怖いことや悲しいことがあったときには抱き合って泣いたし、お互いのふとんで寄り添って一緒に眠ったこともある。しかしそれは、二人がまだ十才にも満たなかったころの話だ。
今の二人は、それらの行為がもっと違った意味合いを持ってくる年頃なのだ。
抱き締める腕の力は、多少の抵抗ではとても抜け出せないと分かるほどに強かった。それで初めて、エフィミアは本当の意味でカイルが男であることを理解した気がした。また、異性として彼を意識したのも、これが初めてだった。
カイルがエフィミアの耳元で呟いた。
「おれ、やだよ。エフィがいなくなるなんて。今までずっと一緒にいて、それが当たり前で、これから先もずっとそうだと思ってたのに……」
その声は泣く一歩手前で、どこか痛みをともなった。
抱き締めているカイルの腕までもが震えていることに、エフィミアは気づいた。そのようすは駄々をこねてぐずる子供そのもののようにも思えて、一瞬前の緊張も忘れてつい口元がゆるむ。
急に幼くなったように見える年下の幼馴染みの腕に、エフィミアはそっと手を添えた。
「カイル、あのね――」
「エフィが好きなんだ」
なだめるように発した声を、カイルが遮った。そのせいでエフィミアは、彼の言葉の意味をとり損なった。
(好き? なにが? 誰が……?)
その間にもカイルは囁き続けた。カイルの常より速い脈拍が、直にエフィミアへと伝わってくる。
「おれ、エフィのことがずっと好きだった。でも、ずっと言えなかった。言って、おれを見るエフィの目が変わってしまうのが怖くて……だけど、なんにも言わなくてエフィと離れることになるのは、もっといやだから……」
エフィミアは驚きに目を見開いたままカイルの顔を見た。二人の視線が真っ直ぐに交わる。
「おれ、エフィが好きだ。だから、絶対に離れたくない」
エフィミアが見つめていると、カイルの顔が急に近くまで迫ってきた。反応できずにいるエフィミアの口元に、カイルの唇が寄せられる――
「彼?」
カイルの問いに、エフィミアは視線を別の方向へと向けた。
東の空を仰ぐように顔を上げたエフィミアの視線の先にあるのは、村に覆い被さるようにそびえるルベル山。村に多くの恩恵をもたらし、エフィミアとカイルもこの山を遊び場として育った。
「まさか……昨日の?」
カイルの疑念を帯びた声に、エフィミアは彼へと視線を戻した。年下の少年は信じられないといった顔で、エフィミアを見詰めていた。
「昨日のあいつと――ナーガと会うって言うのか」
エフィミアはこくりと頷いた。するとカイルの顔がさっと赤くなり、怒鳴りつけるように声を荒らげた。
「やめておけ、あんなやつ!」
カイルの態度の急変に、エフィミアは目をぱちくりした。
エフィミアが驚いているのに気づくようすもなく、カイルは怒鳴り続けた。
「あいつは信用できない。あんなどこの誰だかもわからないやつ。だいいち、あんなちゃらちゃらした格好で山の中歩き回ってるなんて、どう考えてもおかしいだろう。おれは、絶対あんなやつ認めない」
カイルの気迫に気圧されてエフィミアは黙っていたが、カイルが言い終わるとともに冷静になり、声を低めて言った。
「信用できるできないは、この際関係ないのよ」
今度はカイルが気圧される番だった。
カイルを見据えるエフィミアの瞳は、カイルが今まで見たことのない色を宿していて、正直彼は戸惑った。同時に、淡々とものを言うエフィミアというものも、彼は初めて見た。
「彼、なんであたしが追われなくちゃならないのかを知っているみたいだった――昨日は結局訊きそびれちゃったけど――だからあたし、もう一度彼に会って訊きたい。あたしがなにに巻き込まれていて、どんな状況に追いこまれているのか。それが分からないと、自分で対処のしようがないもの。あたし、納得もできないまま人の言いなりになるなんて、したくないの」
決意の固いエフィミアの瞳を、カイルは見つめ返した。
カイルの姿の映る、あまりにも見慣れた気の強い胡桃色の瞳。物心ついたころにはすでに彼女はそこにいて、いじわるにからかわれ、優しくなぐさめられ、一緒に笑っていた。
カイルにとってエフィミアは、ときに姉で、ときに母親のように思われた。彼女が近くにいるのが当然で、離れることがあるなど考えたこともなかった。
しかし今、エフィミアはこの村から去ろうとしている。それがカイルに信じられなかった。
カイルは口を引き結んでまばたきすると、素早く捕まえるようにエフィミアの手を握った。
「それじゃあ、おれも一緒に行く」
思いがけない幼馴染みの発言に、エフィミアは仰天した。
「だめよ、そんなの!」
「ひとりでなんか、行かせられるか」
つい声を大きくしたエフィミアにカイルは間髪入れず返し、握る手の力を強くした。それでもエフィミアは首を横に振り、彼の手を引き剥がすために、握られた手にもう一方の手を添えた。
「こんなわけの分からないことに巻き込めない」
「だからこそだろう。一緒にいれば、おれが守ってやれる」
「そんなこと言ったって――」
「おれにだって、エフィを守れる」
反論を遮るようにわめいて、カイルはつかんでいた手を引っ張った。思いがけない力強さにエフィミアがよろめいたところを、引っ張ったのと同じ手で抱きとめられる。そのまま腰と背中に腕を回され、閉じ込めようとでもするようにきつく抱き締められた。
エフィミアは突然のカイルの行為に驚き硬直した。そして抱き締められたことに驚いた自分にも、エフィミアは驚いた。
何年も前の幼かったころならば、大したことのなかったことだ。実際、怖いことや悲しいことがあったときには抱き合って泣いたし、お互いのふとんで寄り添って一緒に眠ったこともある。しかしそれは、二人がまだ十才にも満たなかったころの話だ。
今の二人は、それらの行為がもっと違った意味合いを持ってくる年頃なのだ。
抱き締める腕の力は、多少の抵抗ではとても抜け出せないと分かるほどに強かった。それで初めて、エフィミアは本当の意味でカイルが男であることを理解した気がした。また、異性として彼を意識したのも、これが初めてだった。
カイルがエフィミアの耳元で呟いた。
「おれ、やだよ。エフィがいなくなるなんて。今までずっと一緒にいて、それが当たり前で、これから先もずっとそうだと思ってたのに……」
その声は泣く一歩手前で、どこか痛みをともなった。
抱き締めているカイルの腕までもが震えていることに、エフィミアは気づいた。そのようすは駄々をこねてぐずる子供そのもののようにも思えて、一瞬前の緊張も忘れてつい口元がゆるむ。
急に幼くなったように見える年下の幼馴染みの腕に、エフィミアはそっと手を添えた。
「カイル、あのね――」
「エフィが好きなんだ」
なだめるように発した声を、カイルが遮った。そのせいでエフィミアは、彼の言葉の意味をとり損なった。
(好き? なにが? 誰が……?)
その間にもカイルは囁き続けた。カイルの常より速い脈拍が、直にエフィミアへと伝わってくる。
「おれ、エフィのことがずっと好きだった。でも、ずっと言えなかった。言って、おれを見るエフィの目が変わってしまうのが怖くて……だけど、なんにも言わなくてエフィと離れることになるのは、もっといやだから……」
エフィミアは驚きに目を見開いたままカイルの顔を見た。二人の視線が真っ直ぐに交わる。
「おれ、エフィが好きだ。だから、絶対に離れたくない」
エフィミアが見つめていると、カイルの顔が急に近くまで迫ってきた。反応できずにいるエフィミアの口元に、カイルの唇が寄せられる――
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