三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む ― Dragon Heart ―

入鹿なつ

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第2章 竜王の憂鬱

6 木漏れ日①

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 吐息と唾液を交換し合うような長いキスの最中さなか、不意に素肌を撫ぜる外気をエフィミアは感じた。

 びっくりして唇を引き剥がし、慌てて視線を落とす。ドレスの釦がすべてはずされ、前が大きく開かれていた。下着の紐までがすでにゆるめられていて、自身のあられもない姿に驚く――慣れぬ口づけに一生懸命になるあまり、背後から回されていたナーガの手の動きにまったく気を配っていなかった。

 エフィミアの胸元に添えられていたナーガの手が下着を引き下ろした。すでに紐の解かれていた下着は、制止の声を上げる間もなく鳩尾まで落ちる。若い張りのある乳房が、窮屈さから放たれてはずんだ。

「ひゃっ」

 反射的に声をあげ、エフィミアは慌てて腕で胸を隠そうとした。けれど実際に二つの膨らみを覆ったのは、素早く滑り込んできた男の両掌だった。両乳房をゆるく握られ、掌に納まり切らなかった柔肉に指先が埋まる。

「あっ、やん……っ」

 息をのむエフィミアの耳に、背後からナーガの吐息が触れた。

「ここまでされるまで気づかないなんて、わたしとのキスはそんなによかったかい」

 耳殻に唇を添わせて囁かれた声は、常と変わらぬ穏やかさだった。そうして指摘された内容が事実なだけに恥ずかしくてたまらず、エフィミアは咄嗟に言い訳をしようとした。

「だ、だって――」

 その先の言葉は続かなかった。ナーガがエフィミアの両胸を撫でさすったからだ。

「ひゃあ、あっ!」
「覚えている? 初めて会ったときの君も今と同じに明るい外で胸をさらしていて、膨らんだ中心が甘そうに熟れた色合いでとてもそそる姿をしていた」

 確かにナーガは、エフィミアが騎竜兵によって胸を露わにされたところに現れたのだった。
 あのとき彼は親切に服を整えて助けてくれた一方で、今しているような淫らな下心を抱いていたのだろうか。
 これまでなにもなかったのは、エフィミアの体の回復を待っていただけなのだとしたら――そう考えたら、おののきと喜びとがない混ぜになった感情が渦巻き、エフィミアの熱い顔にさらに血が登った。

「んっ、ああ、待ってナーガ……待って……っ」

 咄嗟の訴えは意味をなさなかった。撫でさする掌のくぼみで乳首を転がされ、キスともまったく違う刺激に身もだえる。音をたてながら耳や首筋をついばむ唇もまた、エフィミアの官能を煽った。

 次第に動きが荒っぽくなっていく男の手の中で、乳頭が硬さを増していくのが自身でも分かった。つまみ上げた先端を爪先でつつかれると、悲鳴のような声が勝手に喉からほとばしった。胸への刺激になぜか下腹のあたりが疼きを覚え、膝が震える。

 縋るものを求めて両腕を前に伸ばしたエフィミアは、そこにあった林檎の木にしがみついた。けれど全身を預けるにはわずかに遠く、上体を折った前屈みの体勢になる。その背中に被さるように身を寄せたナーガが小さく笑った。

「エフィ、分かってやっている?」
「え?」

 問いかけの意味が分からず、エフィミアは乱れた呼吸の合間に短く返した。しかし返答がないまま、今度はナーガの手が胸から離れていく。直後、スカートを腰上までまくり上げられてエフィミアはぎょっとした。

「ナ、ナーガ、ちょっと――」
「煽ったのは君だ」

 囁きがうなじに降ってきた。それでエフィミアはようやく理解した。
 前屈みになったことで自然と尻が後ろに出る形になった今の体勢が、ナーガの視点からどのように映るか。そう気づいたときには、下穿きを留める紐が解かれていた。

「やだっ、だめ! ナーガ、それはいやっ」

 下半身をさらすのは、胸を露わにされる以上に強い羞恥と抵抗があった。下穿きが脱げ落ちるのを防ごうと、必死で脚を閉じる。

 これまでになく強く発された拒絶の言葉を聞き、腰回りを探っていたナーガの手は鳩尾まで引き返してエフィミアの細い胴を優しく支えた。

「恐いかい?」

 気づかう響きの囁きに、エフィミアは身を震わせて首を縦に振った。怯えを見せる彼女をなだめるように、胴を抱く腕の力がわずかに強まる。ナーガは麦穂色の髪に鼻先を埋めて、エフィミアの後頭部にそっと唇をあてた。

「心配しなくていい。わたしの体が、君の体を傷つけることはない」

 ナーガの囁きの意味は、エフィミアには分からなかった。ただ、無理強いはしまいという彼の優しさが彼の吐息と共に染みてくるようだった。だからこそ勘違いをされたくなくて、エフィミアは今度は首を横に振った。

「違う。違うの。そういうことじゃなくて……顔が……」
「顔?」

 怪訝そうに反復され、エフィミアは首を縦に振った。

「ナーガの顔が見えないのが、いや。ちゃんとナーガがなんだって……顔を見れば、安心できるから……」

 まるで子供のようなことを言っている自分に途中で気づき、エフィミアは恥ずかしさから次第に声を小さくした。ナーガも急に黙り込んでしまったので、呆れて言葉が出ないのだろうと萎れた心地になる。

 いたたまれなさにエフィミアが首を垂れていると、不意にナーガがため息とも笑いともつかない深い吐息を漏らした。

「――君は、なんてことを言うんだ」

 息と共に吐き出された言葉にやはり呆れの響きがあり、エフィミアはますます落ち込んだ。

 そのとき、胴に回されていた腕に急に力が加わって、前屈みになっていた上体を引き起こされた。すぐに肩へ手が置き直され、勢いよく体を反転させられる。驚きよろめいたエフィミアの体を、ナーガが正面から抱きとめる。片手で乙女の顎をつかんで仰向かせた青年は、吐息が混じり合う距離で囁いた。

「もう、いやだと言っても聞かないよ」

 返事は、彼の唇に飲み込まれた。

 エフィミアの肩からドレスの襟が滑り落ちた。二の腕を撫でるように袖を抜かれ、留めるもののなくなった服はあっという間に地面まで落ちていく。すでに途中まで脱げ落ちていた肌着も、もろとも足もとに溜まる。

 肌を隠すものが靴下のみとなりエフィミアは狼狽えたが、その裸身をナーガは足元から掬うように抱き上げ地面へと横たえた。背中に触れた下草の湿った冷たさに、エフィミアは身を震わせた。

 慈しむように前髪を撫でて、ナーガは乙女の唇を奪った。もう何度目のキスか分からなかったけれど、今度のそれは淡く触れるだけのもので、すぐにナーガは身を離して視界の外へと消えてしまう。

 まばゆい陽光に瞳を差され、エフィミアは目を細くして眼前に手をかざした。
 交差する林檎の枝葉の隙間を縫った木漏れ日が、真紅の果実を艶々と輝かせ、エフィミアにも光を落としていた。それによって、ここが真昼の戸外であることを思い出す。

 青天の下に裸身をさらすなど、当然ながら物心つく以前にあったか否かというほど経験のないことだった。しかも今は全裸と言える状態に膝上丈の靴下と靴だけを身につけたままなのだから、どれほど滑稽な姿と映るだろう。
 完全な裸よりもずっと恥ずかしい心地もして、エフィミアは手足を縮めた。

 視界にナーガが戻ってきた。覆い被さるように顔を覗き込んできた彼が服を着ていなくて、これまでとは違った羞恥がエフィミアの頬に血を上らせた。

 田舎村の労働に慣れた男たちとは違う、色白で滑らかな胸板や鎖骨の線に目を奪われそうになり、慌てて視線をそらせる。目のやり場に困ったエフィミアが気まずく瞳を右往左往させていると、ナーガが小さく笑った。

「わたしの顔が見たかったんだろう?」

 ナーガは身を守るように縮められていたエフィミアの手をとると、そっと引き寄せて自身の頬に触れさせた。彼の頬の温かさと、指の背をかすめる白髪の滑らかさにエフィミアは息を吸い込む。

 エフィミアが胡桃色の目を恐る恐る正面に向ければ、ナーガは翡翠色の眼差しを細くした。
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