三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む ― Dragon Heart ―

入鹿なつ

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第2章 竜王の憂鬱

10 王宮

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 ドラディア王国は北大陸の西部に位置する国である。北は山脈に面している一方で、南は内海に突き出す半島となっており様々な海産物を産出していた。中央は国土を縦断するローラ川によって、農産物に恵まれている。

 現在では東の果ての小国へと成り下がったかつての帝国との戦に勝利し、この豊かな土地を手に入れたのは約百年前、十三代国王の時代のことである。

 そして今、十七代国王ルーファンスがこの国を治めていた。

 延々と窓が連なる広く長い廊下を歩きながら、アレクスは自分の前を行く人物の、細い後ろ姿を見やった。

 極細の淡い金糸の髪が、ガラス越しの日差しに白く光りながらさらさらと揺れている。自らの威厳を保つように背筋を伸ばし、ブーツのかかとを鳴らして歩く足取りにためらいはなかった。

 しかし見るからに華奢なその姿は、いまだ少年の気配を残している――現ドラディア国王ルーファンス、その人である。よわい、弱冠十八歳。

 アレクスは、若き君主につき従うもうひとりの人物へと視線を移した。

 その者は黒のローブで全身を覆い、目深に被ったフードからは長い黒髪がこぼれ出ていた。フードの陰になって、表情を見ることはできない。わずかにうつむき加減で、無言のまま滑るように歩くさまは、得体のしれない異質さを感じさせる。

 ひと月ほど前にローリア城を訪ねてきた、ヴィナと名乗る占い師の女だった。

 ドラディア王国中央やや南寄り――世界中の行商人や旅人が一度は目指すとされている、北大陸でも有数の大都市――王都ローリア。ローラ川を東西にまたぎ、西岸の繁華街には商店や多くの庶民の集合住宅が寄り集まり、東岸には豪奢な貴族の邸宅が立ち並んでいる。

 その王都の北端、ローラ川東岸の小高い丘の上に王宮ローリア城はある。

 丘の頂上を平らに切り開いて造成されたその宮殿は、かつての帝国との戦争に勝利した折に建てられたものであり、いくつもの尖塔を有した白亜の城は、百年経った今でもその美しさを損なうことなく悠然とそびえて王都を見下ろしている。

 ルーファンスが足を止めた。アレクスもヴィナと共にそれに従う。やってきたのは、ローリア城西端の塔にある一室だった。
 巨大な宮殿内にあっては小さすぎるようにも見える扉の前に、見張りの衛士がひとり、姿勢を正して立っている。アレクスが動作で下がるように指示すると、彼は一礼して速やかにその場から去っていった。

 見張りの衛士の姿が見えなくなったのを確認すると、彼らは部屋へと入った。アレクスは二人の後に続いて室内へ入り、後ろ手に扉を閉めた。

 城内では狭い部類に入る客室だった。それでも生活するには十分過ぎる広さがあり、落ち着いた色合いの壁紙と絨毯に、品のよい調度品が揃っている。ローラ川を望める西向きの窓には、ビロードのカーテンが重たげに床までさがっている。

 最奥の壁際、天蓋から下がる薄い帳に囲まれたベッドがあった。彼らは真っ直ぐそちらへと歩み寄り、ルーファンスが帳を払った。

「このがそう?」

 ルーファンスはベッドの上に視線を落としながら、独特の涼やかな声で言った。彼の視線の先では、ほのかに少女の気配を残す娘がひとり、深い寝息をたてていた。

 アレクスは、ルーファンスの問いに首肯した。

「はい。しるしも確認しました。今は、鎮静薬で眠っています」
「そう……ヴィナ」

 呼ばれた占い師は返事をすることなく進み出て、娘の寝顔を覗き込んだ。

「間違いないようです」
「…………」

 ルーファンスはヴィナを無言で一瞥し、娘へと視線を戻す。そして、ベッドの上に広がる、彼のものよりも濃い色をした髪を撫でた。

 わずかな沈黙のあと、ルーファンスは腰の剣を抜き放った。なにをする気かとアレクスが息をのんでいると、ルーファンスはその剣で、眠る娘の衣服の襟を裂いた。

「陛下、なにを」
「印が見たい」
「でしたら、そのようなことをせずとも」
「この方が早い。彼女にはあとで新しい服を与えればいい」

 淡々といいながら、ルーファンスは下着まで切り裂いた着衣の前を大きく開き、あらわれたものに見入った。若き王の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

「これが、竜王の印」

 ゆっくりと手を伸ばしたルーファンスは、薔薇色のいただきを持つ膨らみには目もくれず、その間にある三日月型の痣に触れた。

「この印がわたしの体につくんだね……すごく綺麗だ」

 ルーファンスは瑞々しい娘の肌に指を這わせ、うっとりと目を細めて痣に見入る。そして、勢い込んでヴィナの方へと向き直った。

「ヴィナ、今すぐ心臓をわたしに移せ」
「無理です」

 間髪いれずヴィナが返し、ルーファンスは柳眉を寄せた。

「無理?」

 ルーファンスの声は低かった。しかしヴィナがそれに動じることはない。

「わたしでは無理です。本来の持ち主でなくては、どうすることもできません」

 ヴィナが冷静に説き、ルーファンスは再び娘へと目をやった。

「なんにしても、竜王を生け捕らなくてはならない、ということか」

 黒衣の占い師がゆっくりと頷いた。
 ルーファンスはわずかに間を置いてから、「アレクス」と呼ばわり、アレクスは返事をして主君を見た。

「この件は、君に一任する。この子の身の振り方も君に任せよう」

 本来の職掌からはずれた指示ではあったが、アレクスの中に我が王の命令を拒否する選択肢はない。ただ小さく礼をし、抑揚なく返した。

「拝命いたしました」
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