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第2章 竜王の憂鬱
11 覚醒
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体が思うように動かなかった。手足が、鉛を詰めたようにずしりと重い。
(苦しい……)
混濁する意識の中、エフィミアはゆっくりと目蓋を持ち上げた。
目を開いても、しばらく焦点が合わなかった。それでも、視線の先にそろそろ見慣れてきた灰色の天井があるだろうと思った。
滲んだ世界がゆっくりと輪郭を得て、視界が焦点を結ぶ。だがそこに、灰色の天井はなかった。代わりにあるのは、薄い帳の下がる天蓋だった。
一瞬、状況が飲み込めなかった。戸惑いが先にたって、うまく頭が働かない。
(ここは、どこ?)
頬に枕の布地が触れた。ずいぶんと肌触りがいい。絹製だろうか。ぼやけた頭で考えながら視線を巡らせると、帳の向こうに人影を見つけた。影の形から、その人物がうつむき加減に椅子に腰かけていることが見てとれた。しかしそれが誰なのかまでは判別できない。
エフィミアがじっとその人影を見詰めていると、視線に気づいたように、その人物がこちらに顔を向けた。おもむろに立ち上がり、前を遮る帳に手をかけた。
「目が覚めたようだな」
磨き上げられた銅色の髪を目にした瞬間、エフィミアの意識は覚醒した。
反射的に、エフィミアは勢いよく起き直ろうとした。しかし体を起こした途端に眩暈に襲われ、不自然な格好で再び寝具の上に倒れ込んでしまった。視界に黒い斑紋が浮かび、頭の奥が重く痛んだ。
呻くエフィミアに、赤毛の男は呆れを含んだため息をついた。
「まだ薬が抜け切っていないのに、無理をするからだ」
エフィミアは敵意を隠さず男を睨みつけたが、彼の気に障ったようすはなかった。
「触らないで」
前屈みになった男が手を伸ばしてきたのでエフィミアは抗おうとしたが、力なく突き出した腕が宙を掻いただけに終わった。意外にも優しい手つきで背中を支えられ、上体を抱き起こされる。
そのとき初めて、エフィミアは自分が素肌の上に薄い寝衣しか着ていないことに気づいた。大きく開いた胸元とほのかに透ける肌色に恥じらいを覚えたが、それを言う前に楽な体勢に寝かせ直され、掛布も元通りに被せられた。
「エフィミア・リードといったか。今は逆らわず大人しくしていることだ。そうすれば悪いようにしない」
乱れて顔にかかったエフィミアの髪を払いながら彼は言い、エフィミアは眉根を寄せた。
「……あたしは、あなたの名前を知らないわ」
「訊かなかったろう。アレクスだ」
彼はあっさり名乗った。
しかし、エフィミアは彼を睨む眼差しをゆるめなかった。こちらが名乗る前に、彼はエフィミアの名を知っていたのだ。彼女のことについてずいぶんと調べてあるに違いない。名前だけで済まされては、あまりに不公平な気がした。
エフィミアがいつまでも視線を尖らせていると、彼はその意味を理解したようで、面倒くさいとでも言うように長々とため息を吐き出しておもむろに体を起こした。
「王国軍騎竜第一飛行部隊長アレクス・ブライアントだ。他に訊きたいことは?」
名乗った男は天蓋の帳を紐でくくってとめると、ベッドのすぐ脇に置かれた椅子――さっきはこれに座っていたのだろう――に腰かけた。椅子の背もたれには、漆黒の上着と帽子が無造作にかけてあった。
「訊きたいことは今の内に訊いておけ。後で訊かれても答えないからな」
アレクスは長い足を持て余すような動作で組み、鬱陶しそうに赤毛を掻き上げた。前に会ったときの彼はこんなに偉そうだったろうかと、頭の隅で考えながらエフィミアは口を開いた。
「ここはどこ?」
「ローリア城の中だ」
エフィミアは仰天した。
「ローリア城って、あのローリア城?」
「ローリア城がいくつもあるわけがないだろう」
アレクスのもっともな指摘にエフィミアはぐっと黙った。
確かにローリア城と言えば、ドラディアの王宮ローリア城しかありえない。
しかし、その壮麗さは他国にも知られるほどであり、田舎者にはあまりにも縁遠い。本来なら、エフィミアごときが足を踏み入れることすらできないはずなのだ。
それが今、その中にいると言う。驚かないはずがなかった。
「あなたが連れてきたの?」
「そうだ。覚えていないのか?」
「突然襲われて、気絶させられたところまでは覚えているわ」
「君が勝手に転んで頭をぶつけただけだろう。こちらとしては竜の背で暴れられることもなくて助かったが」
エフィミアはむっとして彼を見た。エフィミアにとって、口をきくたびにいちいち腹のたつ人物は彼が初めてだった。これだけ話しても、一向に無表情が崩れないのも気に食わない。
生理的に嫌いな相手とはこういうものだろうかと、エフィミアは考えた。
「もう他に訊きたいことはないのか」
彼は気のないようすでうながした。
体調の悪さも相まって、すでに心身とも疲れているのをエフィミアは感じたが、これだけは訊かなくてはと息を吸い込んだ。
「……どうしてあたしを連れてきたの」
アレクスは口を閉ざし、ゆっくりとエフィミアに顔を向けた。色の異なるふたつの視線が絡み合う。
先に視線をそらしたのは、アレクスだった。
「確かに、強引に連れてきておきながら、なにも知らせないのはフェアではないか」
アレクスは十分な間を置いてから、おもむろに尋ねてきた。
「竜王というものを知っているか?」
エフィミアは訝しんだ。
「りゅうおう? そういえば、前にあったときにナーガがそんなことをいっていたわね。竜王を手に入れるとかなんとか」
「あの白髪の男はナーガというのか……聞いたのことのない名だな。やつがなぜ竜王を知っていたのかは知らないが――少なくとも、わたしは長らく騎竜隊に属しているが、そんなものは聞いたことがなかった」
「それじゃあ――」
問い詰めようとしたエフィミアを、アレクスは目で制した。
「すべて、最近やってきた怪しげな占い師の言っていたことだ」
(苦しい……)
混濁する意識の中、エフィミアはゆっくりと目蓋を持ち上げた。
目を開いても、しばらく焦点が合わなかった。それでも、視線の先にそろそろ見慣れてきた灰色の天井があるだろうと思った。
滲んだ世界がゆっくりと輪郭を得て、視界が焦点を結ぶ。だがそこに、灰色の天井はなかった。代わりにあるのは、薄い帳の下がる天蓋だった。
一瞬、状況が飲み込めなかった。戸惑いが先にたって、うまく頭が働かない。
(ここは、どこ?)
頬に枕の布地が触れた。ずいぶんと肌触りがいい。絹製だろうか。ぼやけた頭で考えながら視線を巡らせると、帳の向こうに人影を見つけた。影の形から、その人物がうつむき加減に椅子に腰かけていることが見てとれた。しかしそれが誰なのかまでは判別できない。
エフィミアがじっとその人影を見詰めていると、視線に気づいたように、その人物がこちらに顔を向けた。おもむろに立ち上がり、前を遮る帳に手をかけた。
「目が覚めたようだな」
磨き上げられた銅色の髪を目にした瞬間、エフィミアの意識は覚醒した。
反射的に、エフィミアは勢いよく起き直ろうとした。しかし体を起こした途端に眩暈に襲われ、不自然な格好で再び寝具の上に倒れ込んでしまった。視界に黒い斑紋が浮かび、頭の奥が重く痛んだ。
呻くエフィミアに、赤毛の男は呆れを含んだため息をついた。
「まだ薬が抜け切っていないのに、無理をするからだ」
エフィミアは敵意を隠さず男を睨みつけたが、彼の気に障ったようすはなかった。
「触らないで」
前屈みになった男が手を伸ばしてきたのでエフィミアは抗おうとしたが、力なく突き出した腕が宙を掻いただけに終わった。意外にも優しい手つきで背中を支えられ、上体を抱き起こされる。
そのとき初めて、エフィミアは自分が素肌の上に薄い寝衣しか着ていないことに気づいた。大きく開いた胸元とほのかに透ける肌色に恥じらいを覚えたが、それを言う前に楽な体勢に寝かせ直され、掛布も元通りに被せられた。
「エフィミア・リードといったか。今は逆らわず大人しくしていることだ。そうすれば悪いようにしない」
乱れて顔にかかったエフィミアの髪を払いながら彼は言い、エフィミアは眉根を寄せた。
「……あたしは、あなたの名前を知らないわ」
「訊かなかったろう。アレクスだ」
彼はあっさり名乗った。
しかし、エフィミアは彼を睨む眼差しをゆるめなかった。こちらが名乗る前に、彼はエフィミアの名を知っていたのだ。彼女のことについてずいぶんと調べてあるに違いない。名前だけで済まされては、あまりに不公平な気がした。
エフィミアがいつまでも視線を尖らせていると、彼はその意味を理解したようで、面倒くさいとでも言うように長々とため息を吐き出しておもむろに体を起こした。
「王国軍騎竜第一飛行部隊長アレクス・ブライアントだ。他に訊きたいことは?」
名乗った男は天蓋の帳を紐でくくってとめると、ベッドのすぐ脇に置かれた椅子――さっきはこれに座っていたのだろう――に腰かけた。椅子の背もたれには、漆黒の上着と帽子が無造作にかけてあった。
「訊きたいことは今の内に訊いておけ。後で訊かれても答えないからな」
アレクスは長い足を持て余すような動作で組み、鬱陶しそうに赤毛を掻き上げた。前に会ったときの彼はこんなに偉そうだったろうかと、頭の隅で考えながらエフィミアは口を開いた。
「ここはどこ?」
「ローリア城の中だ」
エフィミアは仰天した。
「ローリア城って、あのローリア城?」
「ローリア城がいくつもあるわけがないだろう」
アレクスのもっともな指摘にエフィミアはぐっと黙った。
確かにローリア城と言えば、ドラディアの王宮ローリア城しかありえない。
しかし、その壮麗さは他国にも知られるほどであり、田舎者にはあまりにも縁遠い。本来なら、エフィミアごときが足を踏み入れることすらできないはずなのだ。
それが今、その中にいると言う。驚かないはずがなかった。
「あなたが連れてきたの?」
「そうだ。覚えていないのか?」
「突然襲われて、気絶させられたところまでは覚えているわ」
「君が勝手に転んで頭をぶつけただけだろう。こちらとしては竜の背で暴れられることもなくて助かったが」
エフィミアはむっとして彼を見た。エフィミアにとって、口をきくたびにいちいち腹のたつ人物は彼が初めてだった。これだけ話しても、一向に無表情が崩れないのも気に食わない。
生理的に嫌いな相手とはこういうものだろうかと、エフィミアは考えた。
「もう他に訊きたいことはないのか」
彼は気のないようすでうながした。
体調の悪さも相まって、すでに心身とも疲れているのをエフィミアは感じたが、これだけは訊かなくてはと息を吸い込んだ。
「……どうしてあたしを連れてきたの」
アレクスは口を閉ざし、ゆっくりとエフィミアに顔を向けた。色の異なるふたつの視線が絡み合う。
先に視線をそらしたのは、アレクスだった。
「確かに、強引に連れてきておきながら、なにも知らせないのはフェアではないか」
アレクスは十分な間を置いてから、おもむろに尋ねてきた。
「竜王というものを知っているか?」
エフィミアは訝しんだ。
「りゅうおう? そういえば、前にあったときにナーガがそんなことをいっていたわね。竜王を手に入れるとかなんとか」
「あの白髪の男はナーガというのか……聞いたのことのない名だな。やつがなぜ竜王を知っていたのかは知らないが――少なくとも、わたしは長らく騎竜隊に属しているが、そんなものは聞いたことがなかった」
「それじゃあ――」
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